第三十五話:ブルメアさんの厄日③
飛竜狩りのハルバが残していったおよそ5人前分にもなる厚さにもなる生焼けのヒレステーキを満面の笑顔でむっしゃむっしゃと貪り続ける小さなデーモンを見ては、エルフ二人は神妙な表情を浮かべていた。
「フリュネル、美味しい?」
「うん、美味しいよ! すっごく美味しいよ!」
風精フリュネルは何でも美味しく食べる。そして、感想はいつものコレである。
「フリュネルちゃん、でしたっけ。精霊の実体を間近で見るのは初めてですけど、その、食欲、すごいですね」
「あはは……この子、魔素を含んでるモノなら大体何でも食べちゃうからね……むしろ"普段"食べてる量と比べるとこれでもすっ~~~~~ごく少ないくらいだし……」
「ブルメアさん、こんな食事を毎日続けたら数日でお金使い果たしちゃいますよぉ……」
「うん……そうなんだよね……」
フリュネル、マジュウ、マルカジリ。ついでにコウセキもモクザイもゼンブマルカジリ。
毎晩の獣狩りで発生する残骸のことごとくを喰らい尽くしてきたフリュネルにとって、この程度の食事では腹八分目どころか3時のおやつにすらならない。
「あの、すみません店員さん。お肉のお代わり、これの十倍でお願いしてもいいですか? 生肉のままでもいいですから……」
燃費の悪さと胃袋の底無し具合だけに限って言えば飛竜や牙獣竜級にも匹敵するであろう風精フリュネルの面倒をみきれる男など、世界広しと言えど一人しかいないのだと、ブルメアは改めて思い知らされたのであった。
「は……? 十倍……? それに、生……?」
翼の生えた幼女がヒレステーキ合計55人前、重量にしてみればおよそ牛一頭丸ごとをたった一人で平らげるつもりである。これには流石のウエイトレスも苦笑い。
食べ放題と言っても普通の人はヒレステーキ1人前も食べれば満足する。ハルバが頼んだ5人前ですら人間の食事量として見ると極めて大喰らいの域であり、違約金分を除けば原価的には採算がとれなくなりつつあるラインだ。
つまり、この段階で違約金である銀貨21枚を含めても原価数倍の大赤字である。
「お、お客様、申し訳ございませんが"ヒレステーキ"は20人前で品切れになってしまいますので」
「それなら足りなかった分は他のお肉でもいいかも」
ウエイトレスが咄嗟に機転をきかせた言い訳に対し、遠慮のない無慈悲な一撃をブルメアは繰り出したのであった。
「はい。では不足分の代わりは鶏のササミでお持ち致しますね」
ウエイトレスは一瞬ヒクついて固まったものの、流石はプロである。咄嗟の判断で最も原価ダメージが低くなる食材へと切り替えてみせたのであった。
――食べ放題であってもおひとり様12人前までというところを9人前までを上限とするか、特別料金を徴収するようオーナーに大・提・言しなくては……。はぁ、これでまたお給金が……ひもじい……
こうして、フリュネルというたった一人の例外のためだけに、本日からルールが無駄に一つ増えることになった。
「あの、ブルメアさん、つかぬことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
「今までお一人で旅をしてこられた……わけではないですよね。その、エルフですから……」
エルフの商業的価値からすれば、一人旅をする女エルフなどとカモがネギを背負って歩くが如くの暴挙である。瞬く間に人身売買組織に目を付けられ拉致監禁されるのがオチであるというのは、一度それを経験してきた者からすればほぼ常識である。
「あはは……そうだね。多分、イサラさんとあんまり変わらないと思うなぁ」
ブルメアは隠していた胸元を少しだけはだけてみせると、そこには所有物であることを指し示す"奴隷の烙印"が刻まれていた。
「ごめんなさい」
目を伏せて謝るイサラに対し、ブルメアは首を横に振ってみせる。
「ううん、いいの。もう終わったことだし、多分、私はこれでもすっごく運が良かったんだって思うし……」
「それってもしかして、先ほどブルメアさんが仰っていた師匠という方が……?」
「うん。人間に捕まって奴隷にされてたところを助けられた……というか、その人は"貴女が勝手に助かっただけ"って言うんだけどね。だから勝手にその人の後ろをついて歩いてたっていうか……そんな感じ」
「……? でもブルメアさんは今まで師匠という方とご一緒でしたんですよね? どうしてハルバ様の元に……?」
「えっと……貴女の面倒はいつまでもみきれないし、いい加減そろそろ独り立ちしなさいってお金だけ渡されちゃって……。それにハルバさんならきっと気に入ってくれるし養ってくれるだろうって言うんだよ? 明らかにイジワルだよね」
ブルメアは銀貨が20枚程入った袋をテーブルの上に置いてみせた。
「師匠というお方はハルバ様と面識のあるお方なのですか?」
「え? あ、うん。すっごく強かったって言ってたよ」
「……あの、ハルバ様と直接戦われたことがあって生きておられるお方、なんですか? それはもしや、銀の甲冑を身にまとって黒い大剣を振るっていたお方であったりしませんか?」
「どうしてわかるの!?」
言い当てられたような錯覚から、勢いに任せてブルメアは白状してしまう。
「その、ハルバ様と戦ってる最中フリュネルちゃんが私の隣でずっと応援してましたので……もしかすれば関係があるのではと思っただけだったのですが……」
飛竜狩りのハルバは基本的に男には容赦しない。つまるところ、一度剣を抜かせてしまったら生き残れる人間というのはかなり候補が絞れてしまうのである。
「あっちゃぁ……、これ、後で絶対ゾンヲリに怒られるよ……じゃなくて!……えっと、どうかこれ以上は何も聞かずハルバさんには黙っててもらえませんか?」
「はい、内緒にしますね」
イサラは口元に一指し指を立てて見せた。
「その代わり、ブルメアさんにお願いがあるんです」
「なんですか?」
「どうか、私からハルバ様をとらないで下さい……ブルメアさんは選べるかもしれません。でも、私にはもう、ハルバ様しかいないんです。だからお願いです」
「そんなつもりは……。ただ、"昨日"ハルバさんには色々とすっごく迷惑かけてしまったから、今日はそのお礼を返すつもりで来たんです。全財産合わせても手持ちには銀貨20枚しかないから、折角用意してもらっちゃったお食事の代金にも全然足りてないんだけど……」
そう言うとブルメアはテーブルに置いた銀貨袋をイサラに手渡した。
「でも、これを私達が貰ってしまったらブルメアさんの明日からの生活はどうなさるおつもりなんですか?」
「お金無くなっちゃったから助けて~~捨てないで~~ってゾンヲリに泣きついたら何だかんだでまたしばらくは置いてくれるかも……って打算……だったり?」
それを聞いてイサラは噴き出してしまう。
「ごめんなさい。正直に言いますと、安心しました」
「どうして?」
「もしもハルバ様がブルメアさんを気に入ってしまわれたら、私は一体どうなってしまうんだろうって、要らなくなったら捨てられてしまうんじゃないかって思うと、不安でたまらなかったんです」
「う~ん、ハルバさんはそんな事するようには見えないけどなぁ……」
「それでも、不安になるんです。ハルバ様の周りには沢山の魅力的な女の人が居て、私がその中の一人になってしまって、エルフであることでさえも特別じゃなくなってしまったら、私にはもう……何にも残らないんですから」
奴隷には奴隷としての生き方があった。そして、奴隷であることに慣れきってしまったイサラに、今さら他の生き方などできようはずがなかった。
――そっか、イサラさんと私って、似てるんだ。
ブルメアもまた、今の居場所を失うことを恐れていた。
〇
「鬼は森に災いをもたらす。森から出ていけ」
「違う……私は鬼じゃない。エルフだよ」
「ブルメア、ならばお前のその背丈はなんだ? お前が父に連れられて里にやってきてから10年、たった10年で同年代であった子供達の背丈を大きく追い抜いてしまっている。まるで鬼のようではないか」
「違う……違うよ」
「出ていけ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。もっといいエルフになります。だから」
「出ていけ、化け物」
〇
「淫売のエルフにはその姿がお似合いだな」
「違うよ……私は、エルフなんかじゃないよ。だから、こんなひどい事するのはやめてよ。服も返してよ……」
「うるせぇ、見た目がエルフの女なら細かいことはどうでもいい。オラッ、さっさと股を開け。市長に売りとばす前にその身体を味見してやるぜ」
〇
――エルフでもないし、人間でもない私って何なんだろって、ず~~~っと思ってた。どこに行っても居場所なんてなかった。私を見てくる目ってみんな同じだった。多分、世界で一番不幸なのは私なんだって思ってた。だからきっと、"あの牢屋"から出してくれて、あの牢屋よりも良い居場所をくれる人なら"誰でもよかった"んだと思う。それが、イサラさんにとってのハルバさんで……私にとってのゾンヲリ達、だったんだ。
浅ましくすがって、媚びて、いい子になるだけで居場所を貰えるのなら、居場所を無くしたエルフ達にとっては安いものだった。
ハーフエルフの扱いがヒドイのはテンプレ。某二刀流剣士とハーフエルフ系ラスボスとの間にこういうやりとりがあったらしい。
「ならぼくたちハーフエルフはどこにいけばいい?」
「どこでもいいさ」
「ふざけるな!」
ごもっともである……。なお、「ふざけてなんかいない。どこだっていい。自分が悪くないのなら堂々としていればいい」と続くらしいが、悪いか悪くないはあんまり関係ないと思うの……レッテル張りとストローマン論法の餌食になってるからラスボスになったのでは? とボブは訝しむ今日のこの頃である。




