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第十七話 女騎士との対決

 闇に紛れながら同胞達と共に路地を進み、魔族国西地区の出口を目指す。同胞達の「うーっうーっ」という呻き声が背後から追従してくる。


 だが、出口である西門を目指す上で大きな問題があった。ゾンビロード……大通りを避けて通る事はできない。大通りには幾千とある騎士達の集団……制圧部隊が集中しているのだ。そんなモノに見つかってしまえば、ハゲのデーモン達と同様の末路を辿る。私はその場で手で制止のサインを少女に送る。

 

「ネクリア様、先を見てきますので此処で待機していてください」


 ゾンビ達の集団は非常に目立つ。大通りから視界が通るような所では特に慎重に動く必要があった。そのため、私が安全確認を行っている。


「すぐに戻って来いよ」

「うーっ」


 少女は不安そうな様子で見上げてくる。戦場で意思ある者が一人で取り残される不安もあるのだろう。だが、少女を前に出すわけにはいかない。


「大丈夫ですよネクリア様。私は見つかってもどうとでもなりますから」


 これまでの移動も危ない場面は何度かあったが、何とか戦闘は避けて来れた。騎士風の装備を身に纏うことで味方と誤認させる事が出来るからだ。生気の消えた顔をしっかり見られさえしなければ、問題はない。


 少女達に先行し、路地裏から大通りに続く道を堂々と横切るように進む。


「誰だ」


 火の灯りを向けられ、凛とした声で呼び止められる。緊張が走る。だが、敵意や怪しい素振りを見せれば怪しまれる。だから、自然な様子を心掛けて前に出るのだ。


「俺は味方だ。味方とはぐれて迷ってしまったんだ!」


 自然な様子で周囲の敵の数を確認する。5人……戦闘は不可能だ。現状使えるゾンビ達全てを投入したとしても、勝利は困難だろう。


「貴公、所属と名前は?」


 声の主は2人の随伴騎士を連れて私の元へ近寄ってくる。所属、そんなものは知らない。適当に誤魔化すしかない。


「何度か別動隊に混ざっていたので現在の所属は分からない。名前はルーカスだ」


「そうか。大変だったな。私の隊からも行方不明者が結構出ていたのでな。無事なようで安心したぞ」


「申し訳ございません。デーモンや淫魔が思いの他手強く、味方を守る事ができませんでした」


 声の主は部隊長格と見られた。夕刻に見かけた強者達程ではないが、立ち振る舞いに隙がない。戦闘は避けなくてはいけない。だが、何故かゾワゾワと背中が沸き立つ。声の主に見られている気がする。


「それで、もう一度問うが、貴公は一体何者だ?」


 一瞬、質問の意図を理解できなかった。私は既に名乗っている。


「はぁ、一体どういう意味でしょうか?」


「私の知るルーカスという男は助平で味方を守るような義理堅さもないような男だ。それに、女の尻を追いかけて死んだと報告を受けているんだよ」


 ゾンビであるが故にただでさえ不足しがちな血液がさっと引いていく。不味い。ルーカスを知る者を考慮していなかったわけではない。だが、生存確認をしている人間の対応まではしていられない。


「ふ、不覚にもサキュバスの魔の手でこってり絞られてしまいまして……ははっ。ですがどうやら寸での所で助かってしまったみたいでして……」


「それだけ死臭と血の臭いを垂れ流しておいてか? それに、淫魔の手に堕ちている割には随分と正気を保っているな? 貴公」


 ……声の主から冷淡に発せられるのは疑念と敵意。逃げ場はなし、援護もなし、戦闘を続ければ増援が駆けつけてくる。


 万事休す……か。


「……どうか見逃して頂く事は叶いませんか? 麗しき騎士様」


「貴公の正体次第だな。重ねて問うぞ。貴公はなんだ?」


 近距離の間合いで一撃で仕留めるならメイルブレイカーで首を狙うのが早い。

 

「ゾンビウォーリアーだ」


 キィン、という音と共に鎧通しは弾き飛ばされた。鮮やかに一手を受け流し、凛とした佇まいで端麗な騎士剣を差し向けられる。


「そうか、只者ではないとは思っていたが。まさかゾンビとはな」


 すぐにバックステップで距離を取り、背負った大剣を抜く。騎士数名は私を取り囲もうとする。一対三の状況は不味い。路地に向かって下がり、包囲されないよう移動する。


 だが、下がりすぎるのは不味い。少女が見つかってしまう。ここで戦う他にない。


「私がこのゾンビの相手をする。お前たちは周辺にゾンビを作り出した術者がいないか探せ。それと増援も呼べ」


「はっウィルナ様」


 騎士の一人は増援を呼びに大通りへ、騎士2名は周辺の探索へ、女騎士のバックアップに騎士2名が付いた。最悪だ。時間の猶予は殆どない。


「敵に見つかってしまいました。お逃げください」

 

 後方で控えている少女に分かる程度の声量で叫ぶ。後はもう、少女の機転に期待する他ない。


「それは誰に向けて言ったものだ」


「はて、誰でしょうねっ!」


 女騎士に向けて大剣を縦に振り下ろすが間合いを見切られ躱される。すぐに踏み込まれ、刺突が頭部目掛けて勢いよく繰り出される。


「ぐっ」


 首を捻って刺突を躱す。後の先を取られれば大剣で戦うのは不利になる。振りの遅い大剣ではこの女騎士に攻撃を当てるのは困難。振り下ろされた大剣はそのまま置き捨て、中段蹴りを放つ。

 

「くっ」


 蹴りを受けて女騎士は僅かに怯んで呻くが動きが鈍る気配がない。すぐに反撃の切り払いが振るわれようとする。


 それをバックステップで回避しながらロングソードを腰から引き抜く。


「ウィルナ様。援護します」


「いや、いい。悪魔は兎も角、人間を相手に寄って集って切り殺すのは気が引ける。それに、中々楽しめそうだ」


「人間扱いして頂けるのでしたら見逃して頂けると助かるのですが、私は奴隷の身分なのです。どうかご慈悲を」


「それだけ人殺しに慣れた奴隷が居てたまるかっ」


 女騎士の方から幾度となく斬撃を振るわれる。それを回避し、ロングソードで受け流す。返しの斬撃は躱される。……身体の方が女騎士の勢いに追いつけない。防戦一方にならざるを得ない。


 焦りと苛立ちが募る。このまま攻めあぐねていては時間切れが来る。覚悟を決める。犠牲なくして活路を切り開く事は叶わない。


「なに?」


 左腕で斬撃を受けとめて剣を掴み、勢いを殺す。骨にまで切り込まれた斬撃で久しぶりの快楽(いたみ)が脳髄にまで響いた。


「おおおおお!」


 胴体へ向けて突きを放つ。だが、鎧が硬い。加速が乗らない片手の腕力で放つ突きでは女騎士の鎧を貫く事は叶わなかった。女騎士の装備は私の物より上等な物だったのだ。


「うぐっ」「くっ…」


 今度は女騎士の方から距離を取ってみせた。


「なるほど…… 今のは危なかった。だが、次はなさそうだな? 貴公」


 もはや左手を十分に振るう事はできない。身体能力を犠牲にして一撃で倒すしかなかった。女騎士の防御力を上回る事が出来なかった時点で私に勝利の目はない。防具の薄い弱点を狙わせてくれるほど甘い相手ではないのだから。


「ええ、残念ながら」


 端麗な騎士剣の切っ先を向けられる。呪われた生、少女に祝福された生、偽りの生はここで潰える。願わくば、少女が無事に逃げられた事を祈る事しかできない。


「うーっうーっうーっ」


 無常にも背後から聞こえるのは同胞達の奏でる死への行進曲(デスマーチ)。実に、最悪な展開になってしまった。


「ゾンビの増援? お前たちが対処しろ」「はっ」

 

 バックアップについていた騎士達がゾンビの掃討に取り掛かる。女騎士を倒す事は不可能、ならばせめて数を減らす事に尽力しよう。


 再び女騎士が肉薄し、斬撃を振るう。それをひたすら耐える。


「気を逸らしているな、貴公。どういうつもりだ」


「こういうつもりですよ」


 女騎士に背を向け、甘んじて斬撃をその身に受ける。


「おっふ」


 鎧を切り裂きながら背中に切り込みが入る。肉が引き千切れる。血をまき散らす。嗚呼、快楽(いたみ)とはやはりこうでなくてはならない。


 斬撃の被弾と引き換えに、私に背を向けている騎士に目掛けて手に持ったロングソードを投げ放つ。狙いは脊柱。それ一点。背後からの攻撃ならば回避はできないだろう。


「な、避けろ!レミオス」「えっ!? ぎゃあああああ」


 レミオスと呼ばれた騎士は振り返る間もなく、悶絶しながら絶命する。これで戦列は崩壊する。一人でゾンビを10体以上受け持つのは骨だろう。


 女騎士などもう相手にする気はない。次は貴様だ。


「待て、貴公、逃げるな!」


「ああああああっ」


 騎士の背後から飛びかかる。


「うわっやめろ! うわあああああああ!」


「うーっうーっ」


 武器がないなら掴め、噛みつけ、引っかけ。同胞達がいるなら無様な方法でも引きずり倒せば人一人くらいは殺せる。


「がはっ」


 分かってはいた。首が刎ねられる。私に出来るのはここまでだ。


「クッ許せ……お前たち。貴様ら! 許さんぞ」


 まだ意識が残っていた。……なるほど。ゾンビは首が刎ねられても死ねないのか。もし、同胞達の生を終わらせるのであれば、頭を踏み潰してやる事が慈悲になるのかもしれないな。


 女騎士が同胞達を薙ぎ倒して様を見せつけられる。多数の騎士達の増援が駆けつけてくる。もはや、私ではどうにもならない。


 だが、それだけで済むなら良かった。


「ウィルナ様、怪しい者を発見しました」


 先ほど分散した2名の騎士が戻ってくる。路地裏側からだ。 


「クソ、放せ。私を誰だと…… ゾンヲリ!」


 少女の悲痛な叫び。聞き覚えのある声。この場で聞きたくなかった声。ああ、また。俺はこうなるのか。敗者とはなんと無力で無様なものだ。守りたい者もさえも守れない。これを見せられるのか。


「何やら喚いていたので確保しました。淫魔の子供のようです」


「すぐに殺せ」


「し、しかし、相手はまだ子供です。それは流石に……」


「悪魔は皆殺しだと言っている。それに、恐らくはこの淫売こそがここにいる哀れな死体達を作り出した元凶だ。それで死んでいった者達も報われるはずだ」


 女騎士は少女に近寄り、剣を振り上げる。


「ひっ……」と息を呑む少女。


「……ぐ、止めろ……やめろ!」


 首だけの身で出来る事なんて叫ぶ事くらいしかない。


「まだ息があったのか。何が貴公をそこまでさせる」


 理由、そこに少女がいるからだ。だが、どうやら叫んだ事は無駄ではなかったようだ。闇夜に浮かぶのは黒い影。


「人間共、よくも俺達の街で好き放題やってくれたな」


 降り立つのは数体のハゲのデーモン達。それが、ネクリア様を拘束していた騎士達を殴り飛ばす。


「お、お前ら。どうして!」


「俺、ネーアちゃんに童貞を奪ってもらったんだ。劣等(レッサー)に格安で抱かれてくれるサキュバスはネーアちゃんしか居ないからさ。好きな女を守るためにそれ以上の理由はいるのか?」


「いや、そう思うならもう少し優しく抱いてくれよ」


 何という衝撃の告白か。だが、ネクリア様のネーアとしての活動は、ハゲの者達の中にしっかりと息づいていたのだ。


「最近知ったんだが、ネーアちゃん。ネクリア様なんだって? 俺達、劣等(レッサー)でも生きていけるように税を軽くしてくれた領主様なんだよな!」


「いや、私は何もしてないんだから税とったら不味いだろう」


 少女の優しさに心をうたれたハゲのデーモン達。人であっても、悪魔であっても、義理や人情はあるのだな。あ、頭が真っ白になってきた。 


「ああ、どの道俺達にはこの地区でしか住む事が許されない。だったらせめて、ネーア様に童貞を捧げた俺達がネーア様をお守りするのだ! ネーア様はお逃げください」


「お前ら……」


「なんだ……これは?」


 少女は涙ぐみ、女騎士は心底から呆れてみせる。


「いくぞ!お前ら、人間共に目に物を見せてやれ」


「ふざけるな! 皆、さっさとコイツらを叩き切れ! それと増援を追加で呼べ。ここでコイツらは皆殺しにする」


 女騎士とその取り巻きの騎士に一斉に飛びかかるレッサーデーモン達。私の役目は十分に果たせた。後は頼んだ。ハゲの戦士達よ。


「何寝ぼけた顔をしている。ゾンヲリ」


「ネクリア様……ぶべらっ」


 何時かのように踏みつぶされて絶頂する。そして、一つのゾンビとしての一生を終え、死霊魂へと還る。


「こんな所でお前に消えられたら困るんだよ【ネクロマンシー】」


 大剣を背負い、少女を連れて出口の門を目掛けて走る。「逃がすな」という声に追われながら。

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