第三十三話:ブルメアさんの厄日 ①
ここから2,3話くらいはブルメアさんにあった出来事を描写する話になります。はい。
フードを深く被っていたとしても種族的特徴を示す長い尖がり耳は目立つ。そうでなくとも、白昼の下で身体を隠すような怪しげな恰好をしていれば通行人の目を引くものである。
「おい、アレ見ろよ。前に見つけたエルフの女だ」
「飼主がいない、一人か? クハッコイツはツいてるぜ」
「やっちゃいます? やっちゃいますか?」
鉱山都市の大通りを歩けば衆目達の好奇の目に晒され続ける。外れの道を歩けばガラの悪い男達がヒソヒソとロクでもない談笑をしている。鉱山都市とは、エルフが一人で生きていくにはあまり住み心地のよい場所ではなかった。
「はぁ……聞こえてるんだけど……もうハルバさんとの待ち合わせの場所に行くのやめて帰っちゃおうかな……」
そんな溜息が漏れるくらいには、ブルメアは憂鬱な気分になっていた。ガラの悪い男達がニヤニヤと下卑た笑顔を浮かべながら、背後から距離を徐々に詰めてきているからだ。
――前にゾンヲリと一緒だった時はここまで嫌な視線は感じなかったのに。ううん、きっと私にはゾンヲリがいつも感じさせるような"怖さ"とか"隙のなさ"とかがないから……
以前鉱山都市を歩いた時は振り返られることはあっても、すぐに目を逸らされていた。その美しい翠玉に秘められた獣の眼光と歴戦の戦士たらしめる佇まいだけで、常人にも危険性を理解させてしまえたからだ。
しかし、今のブルメアは一人、しかもほんの少し前まではただの小娘同然である。お世辞にも治安がよいとは言えない街で、女性が一人歩きをするのは亜人でなくとも危険を伴う行動だった。
「やあ、お嬢さんちょっといいかな?」
男の一人がブルメアに背後から手をかけようとした瞬間。
「私に触らないで」
その手を払いのけ、毅然とした態度で精一杯の睨みを返してみせた。
「まぁまぁ、ちょっとそこの路地で俺達とイイコトしようぜ? 今なら丁度誰もいないからよぉ」
「へっへっへ」
すぐ様に男3人が行き止まりの路地裏へと追い込むように、ブルメアを取り囲もうとする。
「お断り、それじゃ私は急いでるから」
ブルメアは完全に囲まれる寸前のところで隙間を潜り抜け、足早にその場を立ち去ろうとした時だ。
「おいおい、淫売エルフの分際でそれはないんじゃないのか? ああん?」
男の一人がブルメアの腕を勢いよく掴んだ。
「触らないでって言ってるでしょ!」
ブルメアは掴みかかって来た男の腕を自由の利く手で咄嗟に掴み返すと、肘を勢いよく関節に決めるように入れ込んだ。
「ぐおっ、お?」
たまらず、男はうつ伏せの姿勢で地べたに組み伏せられる。そして、骨の軋む鈍い音が一度鳴り響いた。
「ぐああああっ!!!! 俺の腕がぁ!!! 腕がぁああ!」
「ちょっと肩外されたくらいで一々大げさに騒がないでよ」
ブルメアは悶絶してうずくまっている男を軽く見下ろすと、即座に立ち上がり他の男達を見据えた。
「おい、このアマ、やりやがったぞ!」
「てめぇ、自分が何したかわかってんのか? ああ!?」
「そんなの知らない。あなた達が何もしてこなきゃ私だって何もしないよ!」
「わかってんのか? てめぇはこの都市の法を破ったんだよ。この都市じゃ俺達人間の人権を侵そうっていう所有者のいない亜人は即刻豚箱送り、まぁお前の場合は奴隷娼館送りだ。ま、最近市長が変わってからはあのくっそ小汚い獣人共だけは俺達と同じ権利を認めるだとかふざけたことになってやがるが、てめぇはエルフだから別だ。すぐさま憲兵に突き出してやるよ」
鉱山都市陥落以降、都市法にはコボルトには人間と同じ権利の適用を認めるという条文が追加された。これはコボルト達が戦いによって勝ち得た特例の権利であり、亜人という大枠、そのうちのエルフに対しては認められてはいない。
また、誰かの所有物となっている亜人、即ち"奴隷"を所有者の許可なく勝手に害する行為は元々認められてはいなかった。
「なんて勝手なの……? 自分から仕掛けてきたクセに、女一人組み伏せられなかったからって、憲兵に頼るの? 情けない」
「ああ!? 舐めてんじゃねぇぞコラ! 刻んで分からせてやろうか!」
挑発をうけて逆上した男は怒りに任せえ鞘からロングソードを引き抜こうとした時。
「ウッ」
既に男の喉元には聖銀の短刀が突き付けられていた。
「剣を抜くなら刺すよ。それでもいい?」
ブルメアから放たれた鋭い眼光には一切の情も込められてはいない。男達には、次の瞬間には躊躇わずに刺すという覚悟を感じさせるものがあったのだ。
「こ、コイツ……やべぇ」
「こ、殺される! ひ、人でなしぃ!!!!!」
男二人は一目散に逃げだしていく。
「お、おい、待て、置いてくな、ん、んぎぃいいいい!?」
「もうっ、だから、外した肩を戻してあげてるんだから一々騒がないでって」
ブルメアは仲間に取り残されていた男を処置した後は放置し、飛竜狩りのハルバとの約束の場所へと駆け足気味に進む。その最中、今回の危機を地力で対処できたことに充実感や高揚感のようなものが芽生えていた。
〇
「ううっヒドイよゾンヲリ、どうして素手やナイフで魔獣と戦えだなんて無茶を言うの? 私には近接戦闘なんて無理だよ……」
「貴女のように弓や魔法だけしか扱えないが高い名声を残している名手というのは実の所少なくはない。だが、貴女は遮蔽物の多い建物の中や、暗く狭い洞窟の中で松明を手に持ったまま弓を構えるつもりか?」
「うっ……できないよね……」
「少し知恵のついた魔獣でも、相手の得意とする間合いや地形での戦闘を避けながら、自身は本領を発揮しつつ数の利と地形を活かして奇襲する程度の"工夫"をする」
「だから、いざという時のために弓だけじゃなくて苦手でもナイフとか体術を使えるようにした方がいいってこと?」
「そうだ、武器を引き抜くためのほんの一手、数秒を凌げるだけで命運を分けることもある。その時になってから、私には使えなかったからと言い訳をするのは勝手だが、相手は納得してくれるかな?」
「えっと、ゾンヲリなら……どうするの……?」
「無論、切って捨てる。つけ入る隙があるのだから当たり前だろう」
「ひぇぇ……」
〇
「ふぅ……」
――ううっまだ胸の辺りがドキドキする……。でも、ゾンヲリが言いたかったこと、今なら何となく分かる気がする。あの訓練をしてなかったら今頃きっと、私……。
今まで狩ってきた魔獣達と比べれば、武器の扱いすら素人の男3人なんて大した相手ではない。しかし、ほんの一昔前までは、そんな男一人にすらも恐れて怯えて成すがままにされていたのだから、ブルメアは思わず苦笑してしまう。
「うん、ゾンヲリと比べたら、もう全然怖くないや」
それが、いつもブルメアが夜に見続けてきた男の姿だった。
時には淫魔の少女の姿で、時には腐った人間の姿で、時にはコボルトの姿で、時には人ならざる者の姿で、毎晩おびただしい量のおぞましい死を築き上げていく。
そんな男が居たからこそ、ブルメアはその恐ろしさに目を奪われ離すことが出来なくなっていた。その恐ろしさが"当たり前"になってからは、恐ろしいモノもめっきりなくなってしまっていた。
――でも、こんな事言ったらきっと、取るに足らない相手でも油断するなってゾンヲリに怒られるちゃうのかな、えへへ……なんてね。
ふと、ブルメアは立ち止り、耳を澄まし、周囲を見渡した。
そこはあいも変わらず人通りもまばらな閑散とした狭い路地で、僅かな話し声もエルフの聴力ならば聞き逃すことはない。にもかかわらず、ねっとりとした肌を刺すような視線だけは変わらず、ブルメアは思わず身を竦めた。
ブルメアの周囲に見えているヒトの量に対して、あまりにも視線の量が多すぎたからだ。
「……なんだろ、すっごく嫌な感じがする」
例えるならば、魔獣が周囲の地形に溶け込みながら獲物を狙っている時のような感覚。それは、さっきの男達が向けてきたような隠す気すらもない悪意ではなく。
「ゾン……そっか。今は居ないんだ」
ブルメアは思わず、危なくなったら何だかんだいつも助けてくれる男の名前を呼びかけそうになった。硬くなって震える自身の身体を抱きかかえたくなるのは、今の状況に恐ろしさを感じているからに他ならない。
――きっと……気のせいだよね。とにかく、今は早くハルバさんの所まで行こう
不安に駆られたブルメアがその場から走り去った後、胸の十字架を下げた者達が物陰から現れ、互いに顔を見合わせていた。
「カンが鋭いな、標的に気取られましたかね?」
「いえ、その割にはまき方が粗末です。単にこの場所から早々に離れたかっただけのように見えました。しかし、あの腹立だしい駄肉に似合わず意外と侮れない戦闘力は持っているようですね」
「ふん、異教の地に住まう野蛮な原始人らしい」
「それを我々の"愛"で教化して従順な神の僕へと変えて差し上げる。ふふっ久々ですから滾りますね」
「無駄口はそこまでにして尾行を続けますよ。あなたは他で待機している聖歌隊に標的の位置を連絡しなさい」
ゾンヲリさん曰く数秒しのげば命運が変わってた例として、第三話のシーザーサラダちゃん達とかがそうかもしれない。
バックスタブさえ凌いでればカイル君が駆けつけるのが間に合って逆転していたからね!
ブルメアさんの脳味噌がゾンヲリさんに汚染させれて筋肉面に染まりつつある。そんな感じのお話が暫く続きます。はい。




