第三十一話:教会への対処
ネクリア様の語るイリスや魔王について興味が尽きることはない。が、夜も更けそうな頃合いだ。
「ネクリア様、そろそろ目下の問題に関する話に戻しましょうか」
「ん、確かにちょ~~~~~とばかし話が逸れちゃったな。でさ、なんの話だっけ」
「"教会"への対処です」
「う~ん……ゾンヲリが"いつも通り"夜に乗り込んで司祭を何とかして終わりじゃダメなのか」
「それを実行するにはまだ幾つか問題があります」
「例えば?」
「ネクリア様、熟練の暗殺者として派遣したシスターからの連絡が途絶えて既に二日経っている今の状況を敵はどのように考えるでしょうか?」
「まぁ、なんか異常があったと考えるよな」
「とすれば、どういった"対処"を敵は実行するでしょうか?」
「単純に考えればさ、シスターが負けるような奴がいるんだから、シスターより強い奴に警備や暗殺を頼むかな? あってる?」
「ええ、だからこそ、シスターには一度教会に戻ってもらい、ありのままに私達のことを"報告"して頂きたかったのです。私達のことを過剰に脅威として認識されないために」
戦闘の内容や事実はどうあれ、"シスターは暗殺に失敗し、戦力も喪失した"という結果を見て敵は作戦を変更するだろう。
一方でシスターが報告していたならば、私達を過小評価してくれる可能性もあった。シスターだけで戦力は十分であると判断し、増援を見送ってくれる可能性もそれなりにはあったし、場合によってはシスターを介して"対話"する余地もあった。
それらの可能性が途絶えてしまった今、最悪の状況は常に想定しておく必要がある。
「えぇ……ゾンヲリ……お前さ、シスターとのあのやり取りの最中でそこまで打算的に考えてたのか? 正直ちょっと引くぞ」
「……と、とにかく、異常が発生してから二日過ぎている現状、教会側からも何らかの戦力増強や対策が練られていること前提で物事を運ばねばなりません。まだ司祭は聖歌隊と呼ばれる私兵を隠し持っていますし、シスターと同格以上の実力を持つ"裁きの銀槌"と連携してくる可能性がありますから」
シスターアンジェには手心があったからこそ何とかなった。だが、別の裁きの銀槌と真向から切り合うような状況に陥れば、現状において使う事の出来る最高戦力であるネクリア様の肉体をもってしても死闘となるだろう。
無論、ネクリア様の身体が傷つくような策は"論外"だ。
だからといってこちら側から用意できる増援もない。ベルクトを初めとする獣人や、新市長ゲートルドに協力を要請し、仮に協力が得られたとしても"魔族に協力"したという事実から政治的に窮地に陥ることになるからだ。
故に、教会への対処は私達だけで行わなければならない。その上で、魔族の暗躍という尾ひれに引っ張られるような事態に陥らないよう、迅速かつ的確に処理しなくてはならないのだ。
……尤も、既に破綻しているような気がしないでもない。だが、そこを何とかするのが戦士である私の仕事だ。
「ん~、じゃあどうするんだ? ゾンヲリ」
「……」
亡霊部隊を使って敵の情報収集を続け、敵に反撃の猶予を与えるか。シスターから得た情報に基づき、今すぐにでも夜襲を仕掛けて事態の終息を急ぐべきか。
これは一種の賭けだ。そして、今ある手札だけでは決め手に欠けるのも事実。
……いや、下手な考えを巡らし時間を消耗するくらいならば、拙速を尊ぶべきだろう。
「夜襲を――」
「ただいま~ネクリア。あ、ゾンヲリも居るんだ」
唐突に、聞き覚えのある女エルフの声が天幕の中へと広がった。
「ブルメア……お前確かハルバとかいうヤリチン冒険者にご飯たかりに行ったんじゃないのか?」
「もう……ネクリアじゃないんだから違うよ」
「あぁ!?」
「それにちゃんと断って来ましたし、お金だってちゃ~~んと払ってきました。それでね……その……お金なくなっちゃったの。だからしばらくまたここにおいてください。てへっ」
「は? 確かお前に渡した報酬金って銀貨20枚くらいあったよな? 1か月くらいは余裕で生活できる金を全部無くしたのか?」
先の戦いで私や亡霊部隊があげた戦果に応じて獣人国から鉱山都市用の通貨が支給された。その殆どは亡霊部隊が鉱山都市で活動するための資金に使われている。そして、ブルメアも亡霊部隊の一員として報酬金を貰っていた。
ちなみに、私への配当額は当然ゼロであるし、ネクリア様への配当も基本的には薬の調合費用を除けば全額亡霊部隊の生活費に寄付している。当然の話だが、人間の通貨をゾンビや魔族が使えるわけがないのだから。
「あはは……その、ハルバさん達と別れた後すぐに、"変な人"達に追いかけ回されて……その時に財布落としちゃって……」
「待て、変な人だと? 服や背格好はどうだった?」
「なんかフード被ってて顔はあんまり見えなかったけど……胸の所に十字架がついてたかな」
シスターから得た情報と照らし合わせるならば、恐らく司祭の私兵"聖歌隊"だろう。つまり、シスターの作戦の成否は関係なく、初めからブルメアの獲得を狙って動いていたというわけか。
「それと、つけられないように撒いてきたのか? まさか、そのまま鉱山都市からここまで逃げてきたわけではないだろうな?」
「う~……撒けてるかどうかまでは全然わかんなかったから、とりあえずゾンヲリに"教えられた通り"、ちゃんと夜になるまでず~~~っと魔獣の住んでる森の中に隠れてました。フリュネルと二人っきりで……すっごく怖かったんだからっ」
私がブルメアに教えたこととは、自分の手に負えそうにない相手に出会った場合はまず逃げること。その上で追跡をかわすために第三者を巻き込むという方法だ。
「その時の魔獣の様子は?」
「木の上から見てたけど"普通"……だったかな。だから多分……大丈夫だと思う」
特に活用しやすいのは魔獣だ。彼らは人間よりも他者の気配に敏感だ。相手が強者ならば魔獣は怯えて近寄らないし、弱者であれば牙を向ける。そして、危険な場所で追跡を続行するにはリスクを伴う。その上でも追跡を強行できる実力があるか否かでも敵の能力をある程度は判別できる。
その上で言うならば、聖歌隊は私の脅威にはならないだろう。今、この瞬間こそが敵にとって情報を得る絶好の好機であるにもかかわらず、周囲にはそれらしき気配がないのだから。
「そうか、よくやったな。貴女のおかげで光明が見えてきた」
「うう……ゾンヲリが珍しく褒めてくる。でも、どうしよう……宿の近くで張り込んでたっぽいし……」
「ならば、まずはそこから切り崩してみるか。報酬代わりに貴女の望みを何でも一つ叶える代わりに仕事を頼まれてくれないか? 私に考えがある」
「うわ……ゾンヲリがすっごく悪そうな顔してる……。あのね……一応何するか聞いてもいい?」
「貴女には聖歌隊をおびき出す為の囮になってもらう。何もかもが上手くいけば、追われる心配もなくなるはずだ。尤も、失敗した場合は敵の虜囚となる覚悟をしてもらうことになるが」
「で、ですよね~……何となく分かっちゃった」
「それで、どうする? 別に嫌なら強要するつもりはないが」
「うん、やらせて」
脱線しまくった話をとりあえず本筋に戻した!(戻せてない)そんなお話であったりなかったりする今日のこの頃




