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第二十八話:神の試み

話のテンポを速めるために前回の27話と次の28話を含めた内容2話分を圧縮しております。


 鉱山都市へと続く街道も丁度半分辺りに差し掛かった頃でしょうか。背中から差し込む夕日の具合からして、夜中になる前には教会へとたどり着くことは出来るでしょう。 後は今日あった事を包み隠さず司祭様に報告する。ただそれだけです。


 なのに、何故だか足取りが重く感じます。


「……本当に、何もされることもなく解放されてしまいました」


 ふと、後ろを振り返って気配を探っても周囲には特に異常は感じられません。私がこうして何らかの目的で泳がされているというなら、どこかに"目"が潜伏していたとしてもおかしくはないのに。


 いえ、そうであってくれれば良かった。


「神よ……、私は、一体どうすればいいのでしょうか?」


 "彼女達"は近いうちに司祭様を狙って教会に襲撃を仕掛けると言ってました。そして、それを私は阻んでも構わないと言っているのです。


 ならば私は、役目に殉じ死力を尽くして司祭様をお守りするだけ。それが執行者として、教会の守り手としてあるべき立ち振る舞いですから。なのに……心が、そうすることを拒んでいるのです。


 ……執行者? そういえば、私はいつ執行者になったのでしょうか……? あ……れ……?


「うぁっ! はぁ……はぁ……頭が……痛い……っ」 

 

 動悸と吐き気が止まらない。記憶を掘りおこそうとすると頭が急にズキズキと痛み、身体が悪寒で震えるのです。一瞬チラついた光景は……? さっき見た悪夢?


「や……めなきゃ……。これ以上考える……のは」


 そう、何も考えず、教会の守り手として……司祭様の言う通りに……言う通りに……?


「とに……かく、司祭様に報告しなければ……ケホッ、ケホッ……、咳?」


 視界がぐらつく、思考がまとまらない。身体全体がだるくて、気持ち悪い。そう言えば、別れ際にネーアが丸薬を手渡してくれたのです。もしも咳が出始めるようなら黒死病の疑いがあるから飲んでおいた方がいいと。


「そ、そうだ。【浄化】の、奇跡……を」


 この気持ち悪さが黒死病が起因しているのならば、浄化の奇跡で癒す事が出来るはずです。


「神……よ、その大いなる光で我が身を覆う不浄を払い給え【浄化】」


 膝を折ってロザリオを握りしめ、太陽の神イリスへの祈りを捧げました。ですが、【奇跡】は発動しませんでした。


「……どう、ケホッ、して……? 私が?」


 黒死病だけではなく奇跡が使えなくなったという事実が、私の心をよりかき乱していきます。そうだ……先には鉱山都市の検閲が見えます。辛いですがそこまで歩けば……歩けば……助けが……来るのでしょうか?


 いえ、今の私は明らかになんらかの疫病を発症しているのは明確です。黒死病の発症者は検閲を通り抜けることは……叶いません。


「そ……んな、あぁっ」


 立ちはだかる運命を前にして歩く意志が挫けてしまう。私は、そのまま地べたに倒れてこんでしまいました。


 顔に付着する泥の感触がひんやりと冷たくて、そのまま目を閉じてしまったら楽になれそうで。


「丸薬……?」


 倒れ込んだ拍子に、小物入れにしまっていた丸薬が眼前に転がっていました。これを飲んだら……治る……? 


「……だ……め……異教の……力に……頼っては……」


 咄嗟に丸薬に伸びそうになった手を意志の力で止めます。これは、罪を犯した私に課した神の"試み"なのかもしれません。だから、私は神を信じ続けなければ……信じれば……必ず……救いが……あ……る……?。


「か……みよ……救……い……を……」


「おい、シスターさん、そんなところで寝っ転がって何をやってるんだ!」


 意識が遠くなる。その間際に、誰かが私を呼んでいたような気がしました。


 〇


 毎晩の恒例となっている本日の病死体の埋葬作業を終え、亡霊部隊のミグルに"教会対策"の密命を出して一段落した頃だった。獣人軍野営基地のネクリア様のテントに、また一人急患が運び込まれてきた。尤も、その急患は見知った顔……シスターだった。


「ネクリア嬢ちゃん、後は頼んだ」


 意識不明のシスターを運んできたのは征伐軍兵士二人だ。


「お疲れ様、後は私が診るから」


 シスターの容態は頬は熱で紅潮(こうちょう)し、苦悶の表情を浮かべ、辛うじて肩で息をしているといった状態だ。まだ黒痣は浮かんではいないが、内出血と思わしき湿疹が所々に見える。


 分かれる直前までのシスターの状態から見るに、症状の進行は予想以上に速い。だが、特効薬で処置すればまだギリギリ後遺症もなく完治できるだろう。


「信じる者は救われる。か、信仰とは難儀なものですね」


 結局、シスターは最後まで錬金術には頼らなかった。いや、ここまで覚悟しなければ【奇跡】を使う事が許されなかったのか。


「なぁゾンヲリ、この苦しんでいる姿のどこに、救いとやらがあるんだ?」


「……いえ」


 少女は怒りを表していた。


「しかし、シスターは黒死病を治療する【浄化】の奇跡を使うこともできたのでは? どうしてこうなるまで我慢してしまったのでしょうか」


「私達、悪魔と契約するまではね。これがあの嫉妬深くて狭量な神、イリスの性格の悪いところさ」


「一度会得した【奇跡】も神の気分次第で容易く剥奪されてしまうこともある……と?」


「うむ。条件はシンプルだぞ。"神に逆らうこと"、ただそれだけ。これをやった瞬間にイリスから与えられたあらゆる恩寵(おんちょう)や加護は一瞬にして全て剥奪される。そして、神の敵である悪魔との契約はルール違反の最たる例というわけなの」


「私が、シスターにさせた口約束一つでこれ……だと?」


 シスターの選択は私が強要させたものであり、不可抗力だろう。だが、神はいかなる事情も道理も汲んではくれない。ルールを破ったという結果責任のみを問うのだ。


 そして、シスターがこれまでの半生を()して手にしてきたモノを、たった一度きりの過失で全てを失ったのだ。……シスターの破滅の一助を担ったのは、間違いなく私だ。


 申し開く術もない。


「まぁね、だからシスターに丸薬を持たせたのにさ。とにかく今は口移しで薬を飲ませることが先決だ。ゾンヲリ、お前はシスターの上体を起こして気道の確保を頼むよ」


「はい」


 寝ているシスターの頭が高くなるように上体を起こして支えて顎を上向きに固定する。すると、少女は黒死病の特効薬を口に含み、ひと思いに口づけをしたのだ。


「ん……」


 ポーションの口移しか、ふと一昔前の苦い記憶が脳裏をよぎったが……まぁいい。意識を失っていても病は進行するし、いつ覚醒するかも分からない危機的状況下においては致し方ない。


 が……治療の様子はあまり直視はしないでおくべきだな。


「よし、これで大丈夫だ。後は寝かせておこう」


 シスターの容態は心なしか先ほどより安定してきているように見える。


「ネクリア様、奇跡とは、イリスとは一体何なのでしょうか? シスターが肌身離さず持っているこの"聖典"とやらに記されてる"慈悲深き神"とその実態には随分と相違があるように思えます」


「そりゃあそうさ。その聖典ってのはさ、お前達人間がイリスという神を勝手に自分達に都合のいい様に解釈して嘘八百と妄想を並べたてて作り上げたただの創作本(フィクション)だし。イリスにとっては善の神として祭り上げられてる方が都合がいいから訂正していないだけ。ま、聖典の愛読家だったオヤジが言うには中々皮肉が効いてて面白い、そうだけど」


 聖典には"部分的"には良い事が書かれている。道理と愛を説きながら、人を導く善神イリスという存在が記されている。だが、シスターに行われてきた仕打ちは、人殺しの私が言うのもアレだが、道理から外れている。


 神の摂理を人の道理で見るべきではないのかもしれないがな。


「そうだ、これから一つ、恐ろしく下らない話をしてやろうか? ゾンヲリ」


「何でしょうか?」


「この創作本ではイリスは自身のことを"太陽神"と(かた)ってるみたいだけど、それは全くの誤りさ。だって本当の太陽の神は地上のありとあらゆる者に等しく光の恩恵を与える。太陽に唾はく者や、太陽の光の届かない場所に住まう者達にもね。こうして悪魔である私が"太陽術"が扱えるのが何よりの証拠だしさ」


 そういうと、少女は【ブライトネス】を発動させ、背後から後光がさすかような演出してみせたのだ。そして、光の球体を環状に変化させ、頭上に乗せてみせたりする。


 さしずめ、物語に出てくる"天使"が頭上に浮かべているエンゼルリングのように。と、思わず口が滑りそうになったがやめた。


 天使と言うと少女が怒るからだ。


「そして、あれの本質は"戦と支配"の神、または私達悪魔の"産みの親"でもあるのさ」

 なお、ネクリアさん十三歳のオヤジことネウルガルは熱心な読書家だった模様。主に人間の国から略奪した書物を読んでたりいなかったりする。そして、寿命の関係で世界で一番聖典という名のラノベに詳しくなった男でもある。



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