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第十六話 積み上げた屍を拾う者

 

 少女を物陰に匿い、味方とはぐれたという体で騎士達に接触する。青年風の騎士2名、まだ若い者達だ。


「デーモン共に味方が皆やられてしまったので退却してきたんだ。これより貴公の隊と合流させてもらってもよいだろうか」


「……そうだな。こちらも一名やられてしまった。貴公、名前は?」


「ルーカスだ」


 この身体の持ち主の名前を平然と語る。俺はゾンビウォーリアー。人の皮を被り、人の名を語るだけの単なる動く肉の塊。


「そうか、ルーカス殿。これからよろしく頼む」


「ええ、宜しくお願いします。あの通路の先にデーモンがおりますので注意してください」


 デーモンなどそこにはいない。そこにあるのは積み上げた死体の山。同じ手で騎士達を呼び込み、同じ手で殺戮を重ねてきた結果だ。


 現場に着くや否や、騎士2名は固唾を飲みこんだのが見て取れた。


「なんだ、これは……何故ゾンビがこんな所に」


 丁度魂も肉体も現地調達ができたから利用させてもらった。使えるモノは何でも全て使え。そうしなければ生き残れない。


 同僚達は何時ものように「うーっうーっ」と呻く。見知った光景だ。


「おい、オルソン!……お前どうしてそんな姿に……クソ、今楽にしてやるからな!」


 騎士の一人は鎧ごとグチャグチャになった動く死体をオルソンと呼んだ。


「くっ……とりあえずゾンビを始末する。いくぞ!」

 

 さり気なく騎士達の背後に回る。背負った大剣を両手に持って握りしめる。


 騎士達がゾンビと戦い始めた所を見計らい、駆けながら大剣を地面に突き立て、その反動で空中へと勢いよく跳ぶ。思いっきり地面から大剣を引っ張り上げ、回転による加速に重力を加えた渾身の重撃を振り下ろす。


「おおおおおおおお!」

「なに?」


 ゾンビにではない。騎士にだ。


 飛龍断(ひりゅうたち)。これは本来、人間に向けて放つ技ではない。本来の使用目的に必要な性能の半分すらも引き出しきれていない。技の予備動作も大げさで隙だらけ。だが、威力だけは、ある。


「ぎゃああああああ!」


 鎧ごと肉を引き千切る手ごたえを感じる。背後から肩口に鉄塊を叩き込まれた騎士の一人は断末魔をあげ、絶命する。そこに残るは鎧ごと胴体がぐちゃぐちゃになったゾンビの元が一体だけ。


「な、ルーカス貴様!とち狂ったか!」


 最後に残った騎士は味方を切り殺した異常者に意識を向ける。


「どこを見ている。敵は後ろにもいるぞ?」


「なに!? うわっ」


 騎士の背後からゾンビが掴みかかる。ゾンビは弱い。だが無視していい程ではない。


 肉塊から大剣を引き抜き、生き残った騎士へと肉薄し、横に薙ぎ払う。ゾンビに掴まれた状態で俺の攻撃を回避することは困難を極める。武器のリーチも圧倒的に俺が上。獲った。


「がぁあああ!」


 ガァン、という音と共に俺の大剣を受けた騎士は、身体を折り曲げ苦悶の表情を浮かべる。斬撃を受けた部位の金属板がへこむ。肉や骨に確かなダメージを与えたという手ごたえを実感する。


 だが、大剣を横に振るうのでは一撃で寸断するには至らない。次だ。

 

「おおおおお!」


 跳ね返った反動を利用して大剣を上段に構え、頭へと振り下ろす。


「ぐぁ!」


 ガァン、と鉄塊を打ち付けられ、たまらず前のめりで地面に倒れ伏す騎士。打撃によって頭部から血が流れている。だがまだ足りない。一度で死なないならもう一度振り下ろすまで。


「おおおおお!」


「やめっ」


 最期の一撃で頭部を叩き割り、返り血が弾け飛び、浴びる。容赦をすれば次に屍を晒すのは自分。敵に慈悲はかけない。油断もしない。俺は今までそうやって生きてきた。今までも、これからもだ。


「……もう大丈夫ですよ。ネクリア様」

 

 二つ、新しく死体を積み上げた。これまでの惨劇を物陰から見届けた少女がひょこっと顔を出し、歩みよる。俺に向ける視線は恐怖が混ざったものだった。


 かれこれ殺した数を数えれば10は下らない。それが殺人鬼に向ける普通の反応だろう。それを責める気もない。そんな反応はそれこそ腐る程受けて来たのだから。


 ……何故そんな事を知っているのかは分からない。


「ゾ、ゾンヲリ……お前、どうして笑ってるんだ」


 どうやら俺は笑いながら殺していたらしい。仕方がない。なんせ楽しいのだから。勝利とはそういうものだ。勝ち続ける事でしか己の価値を証明できない。それが俺の生き方。勝利し続ける事に耐えられる精神がなくては進む事など到底できない。


「申し訳ございません」


 緩んだ口元を引き締め、少女に謝罪する。


「お前、本当にゾンヲリだよな……?」


「ええ、そうですよ。ネクリア様。私が怖いですか?」


 少女は私と15歩分の間合いをとったまま動かない。それは初期の頃の距離感、それは正しい事であり、少し寂しくもある。今度の原因は腐臭ではない。血の匂いからだ。


 血に濡れて赤錆びた大剣、鎧に付着した赤黒い血痕、このままでは"次"が来た時に怪しまれるので適当な布でふき取ってやる。


「こ、怖いわけないだろ。私を誰だと思ってるんだ」


 少女は虚勢を張りながら一歩踏み出してみせる。そして、死体を【アニメート】で新たな同胞(ゾンビ)へと作り変えたのだ。さっきまでの敵は今や「うーっうーっ」と呻く味方となり果てた。


 新しく作ったゾンビを見て、少女は蝙蝠の羽を垂らしてうな垂れて見せる。


「殺してゾンビ化させるのって残酷なんだよな……」


 人は敗れて死ぬ間際に断末魔をあげる。それは酷く悲痛に聞こえるだろう。恐らく少女はそれを聞きすぎて罪悪感を感じてしまったのだろう。


 だが、死してゾンビ化した後に来る苦痛の方が比較にもならないほど苦しい。死に瀕する時の痛みとは刹那のようなもの。甘く、切ない。ゾンビと化せばその魂が滅ぶまでの時間、死の痛みと付き合い続ける事になる。


 同胞達の「うーっうーっ」という呻き、それは凍えた魂であっても有り余る苦痛であるが故に漏れ出る魂の叫び。死人となってしまえば案外静かなもの。死人に口なしとは良く言ったものだ。


「ネクリア様は殺しておりませんよ。私が全て叩き切ったのですから。この手で」


 少女は戦場という残酷な殺し合いをする場に降り立ってしまった。命を何度も何度も切り刻む様を見せつけてしまった。闘争に望む覚悟を持たない者がそこ立つというのは不幸な話だ。


 少女は死体をゾンビに作り変えるという仕事をしていただけなのであって、死体を作り上げる仕事を本業としているわけではないのだから。


「やめろゾンヲリ。これは…… 私が今まで見ないフリをしてきたものだ。幾百幾千というゾンビ。それらはこうやって作り上げられてきた物なんだ」


 人を一人切り殺す。


 善良な者であれば、そのために下らない理由を並べ立てなくてはいけない。正義のため、愛する者を守るため、人々を困らせる悪を裁くため。そうしなければ人を殺す覚悟を持てなくなるから。


「ですが、死んでゾンビになるのも悪い事ばかりではありませんよ」


 一つ、少女の奴隷として生きる権利が与えられる。

 二つ、少女に尽くす権利が与えられる。

 三つ、少女に必要とされるかもしれない権利も与えられる。


 それは、死んで腐って生者を恨んでいては得られ難いものだ。


「それはお前がおかしいだけだろ!」


「そうですか」


「はぁ…… ゾンヲリ、お前を見ていると色々感覚がおかしくなってくるよ」


「ですが、そういうゾンビも居るんですよ。ネクリア様」


 空を見上げれば夜の帳は降りていた。空に輝く星は二つあった。黄色く輝く星、赤く輝く星。二つは寄り添って街を照らしている。赤く輝く星の方を見つめていると吸い込まれそうな気がしてくる。

 

 それほどまでに、綺麗な死の色をしていた。


「どうした? ゾンヲリ」


「いえ、時は満ちて準備が整いました。そろそろ包囲網を抜けて外に出ましょう」


「分かった」


 陽動に使えるゾンビはある程度集まった。闇は此方の味方をしてくれる。これならば、少女一人くらいは外に逃がす事は可能だろう。


設定補足

・飛龍断ち

 本来は対ドラゴン用の技。棒高跳びの要領で握力と脚力によって天高く跳躍し、

 そこから絶天狼抜刀牙の如く高速回転しながらギロチンの如く大剣を振り下ろす。


 本編でゾンヲリさんが実際にやったのは飛龍突。DDONのアレで分からない場合は、

 MHWの大剣の真溜め切りをイメージする方が分かりやすいかもしれない。

 一応地面から引っ張り上げて叩きつけるまでの間に剣速を加速させる猶予があるのだ。

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