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第二十五話:アンジェの過去② ―まだ白かった司祭編―

※引き続きアンジェさんの回想話です。

 バラックおじさんと二人っきりで命がけの旅を始めて四日経った頃でしょうか、ようやくへとへとになった身体を休める街についたのでした。


 そして、おじさんに手を引かれながらついた先にあったのは、屋根に大きな十字架が取り付けられた建物。


「バラックおじさん、ここは……?」


「あぁ? 俺ん家だよ。奥にいきゃあ十字架首にぶら下げた奴がいるだろ? そいつに一晩泊めてくれって頼みな」


 バラックおじさんはそう言い残すと、足早にその場から立ち去ろうとします。


「え……どこいくの? おじさん! 待って……」


 慌てておじさんの服の裾を掴むと、さっと私の手を払いのけて言うのです。


「あん? ちょっくら食い物買いに行くだけだろうが、てめぇはそこにいな」


 それから、日が落ちるまで待ってもおじさんは帰って来ませんでした。ただ、薄々だけど気付いていた。おじさんにとって、私は重荷でしかないんだって。


 だから、涙が出てきた。


「……ぐす……」


「おや、迷える子羊よ、我が教会になんの御用かな?」


 首元に十字架(ロザリオ)を下げた白い法衣を着ている人。


「……どうか、一晩泊めて下さい」


 だから、おじさんに言われた通りに頼みました。


「ふむ……。さぞ辛い思いをしてこられたようですね。暖かいスープとパンを用意しましょう」


 すると、その人は笑顔を浮かべながら私に食事を与えてくれたのです。お腹が膨れるとそのまま倒れ込むようにして意識を失ってしまい、気づけば見知らぬベッドの上で目覚めていました。


「目が覚めましたか」

「あの……」


 お礼を言おうと思って、だけど名前が分からずまごついていると。


「私はこの都市のイリス教会を任されている司祭です」


 と、司祭様は微笑みながら教えてくれました。


「司祭様、ありがとうございます。それで……その……バラックおじさんはいつ頃帰って来られるんでしょうか」


 とにかく気になっていたのはおじさんのことだった。もしかしたら朝には帰ってきてるのかも……そんな期待もあって、司祭様に何の説明もなしに聞いてしまったんだ。


「ふむ……。そうですね。彼は多忙ですので、暫くの間は帰って来られないでしょう」


 司祭様は少し考えるような素振りを見せると、誤魔化そうとしました。それが気遣いからくる言葉なのは分かってしまったから。


 やっぱり、おじさんに捨てられたんだって分かってしまった。


「そんな……私……これから一体どうすれば……私には行くところなんてどこにも……」


「一つ、あなたのお名前をお伺いしても?」

「……アンジェです」


「では、アンジェさえよろしければ、おじさんが迎えにくるまでの間、我が教会で働いてみませんか? 無論、労働の対価として衣食住を保証しますし、僅かながらですが賃金も与えましょう」


「あの……本当にいいの?」


「ええ、これもまた、神のお導きなのでしょう」


 教会での新しい生活は恵まれていたと思う。具材の入った暖かなスープ、卵や野菜を使った料理、固めのパン。こんなに沢山食べられたのは、今までは豊穣の祭の日くらいだったから。


「アンジェは勤勉ですね。まるで光が差すように、教会の隅々にまで掃除が行き届いてます」


 掃除も早朝から日が落ちるまでやってきた農作業の手伝いに比べれば全然辛くない。そして何より……。


「はい! 司祭様や礼拝にきた方々が気持ちよく使ってくれるのが嬉しくて、つい」


 人の役に立てることが嬉しかった。

 

「ふむ……、アンジェの奉仕の心をうけ、主も大変お喜びになられておられます」

「本当ですか? 嬉しいです」


 おじさんが私を教会に連れてきてくれたのも、新しい環境で「頑張れよ」ってことなんだって思えるようにもなったから。



 だけど……転機が訪れたんだ。



「アンジェ、貴女が我が教会で神への奉仕を始めて一月が経ちます。そろそろ文字を学んでみるのはいかがです?」


「私が……文字を……ですか? そんな……」


 これまで、私は文字に触れたことはありませんでした。いえ、私を含めて殆ど人は文字が書けないのが当たり前なんです。本を手にする事が出来るのは貴族と呼ばれるような一部の尊い方々だけですから。


「ええ、文字を覚えるのはなるべく早い方が良いのです。アンジェは私の教えをよく聞く素直で賢い子ですから、きっとすぐに覚えられるでしょう」


「分かりました。やってみます」


「では、本日から日々の三度目の礼拝を終えた後に、我が私室に参りなさい」


 いつもの礼拝を終えた後、司祭様の私室の扉を叩きました。


「司祭様、アンジェです」

「来ましたか、アンジェ。入りなさい」

「はい」


 司祭様の部屋には作業机と椅子があって、壁際にある本棚には沢山の厚い本が納められています。その一つ一つの価値は私なんかには分からないけれど、見るだけでも畏れ多くて、いつも掃除する時は十字架と同じくらい慎重に丁寧に触れていました。


 司祭様はそんな本棚から一冊の本を取り出し、机の上に広げると私を手招きしてみせます。


「おいで、アンジェ」

「あ、あの……」


 椅子も机も部屋内に一つだけです。そして、それは司祭様が使ってます。だから困惑していると、司祭様は自身のひざ元を指して微笑みかけてくるのです。


「さぁ、アンジェ。私のひざの上に座りなさい」


 一瞬、司祭様から底知れぬ寒気のようなものを感じました。ですが、司祭様は普段通りの優しそうな笑みのままです。だから、恐る恐る、お尻を司祭様の膝の上に乗せたのです。


「……あっ」


 緊張していると、司祭様は私の手を握り、机の上に開かれた本の上に置いたのです。そして、もう片方の手でお腹の辺りを抱きかかえられ、身動きできない形になってしまいました。


 後ろを振り返り、司祭様の顔を見上げると、やっぱりいつもの笑顔でした。


「さあ、アンジュ。この文字の意味を教えましょう――」


 部屋には椅子が一つしかないから……、私の座高だと机が高いから……、だから司祭様には悪気はないんだって……、司祭様の温もりを感じてる間はそう自分を誤魔化しながら、時間が過ぎ去るのを待っていました。


 時折、胸やお尻や下腹部や頬に触れられてるのも……偶々なんだって思いながら……。


「アンジェ、僅か半年で本を一つ読破できるようになりましたか」

「……はい。頑張りましたから」


 文字を覚えてさえしまえば、きっと授業の時間はもう終わりで、掃除の仕事に戻るんだって思っていたから。だけど……。


「……素晴らしい。では、アンジェもいよいよイリスの教義を学べるようになったということですね」


「イリス様の教義ですか?」


 司祭様は一冊の分厚い装丁の本を私に差しだしました。


「これはイリスの聖典の1章、創世記を記した書物です。イリス神によって作られた世界の成り立ちや、"正しい歴史"が記されています」


 手渡されたイリスの聖典の頁をめくって軽く目を通して感じたのは、私が読み終えた本よりも遥かに複雑でした。難解な寓意(ぐうい)表現が何重にも渡って用いられていて、今はつかれていないような古めかしい表現も使われていたから。


「……司祭様、私には難しくて……読めません」


「ええ、そうでしょう。イリスの聖典の解釈は聖職者達が一生をかけて行うものですので、早々読み解けるものではありません。ですから、私が一つずつ読み方を教えて差し上げましょう。さぁ、おいで、アンジェ」


 そして、司祭様は膝の上に座るように手招きするのです。いつもの笑顔を私に向けながら。


「……はい、司祭様」


 私と司祭様の関わりは、まだ始まったばかりなんだって思い知らされた。

多分、あと2話(6000字くらい?)司祭=サンによるアンジェさん調教話が続くらしいぞ?



 なお、リアル神父とか司祭とか、洗礼の際にボディタッチするからペドフィリア化したり、シスターにセクハラする輩が割といたらしい……。ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。


【補足】

 識字率について、人間全体として見ると識字率は10%~20%くらいである。主に田舎の農村とかになってくると3%(貴族や領主や教会関係者)くらいまで低下するが、魔導帝国の首都とかになると50%くらいが読み書きができるようになっている。


 また、本の価値も現実と比べると割と高い。銀貨5枚が底値で、価値あるものになると1冊で家くらい余裕で買える程度にお値段がするのも珍しくなかったりする。ちゃっかりマジ君が持ってる魔物図鑑とかは、意識高い系冒険者PTが皆でお金出し合って買う事が多い。


 大抵の文字が読めない冒険者は"愚者は経験に学ぶ"を実践し、魔獣の初見殺し戦法で殺されてしまう(亡霊部隊のミグル隊などが例)。なので、自然淘汰されていない冒険者は意外と文字が読める奴が多くなってくる模様。

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