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第二十三話:魔女の軟膏

※アンジェさん視点だと言ったな? アレは嘘だ。次の話からになりました。はい。


 昏倒しているシスターをテント内に運び込んで柱に縛り付けておいた。とはいえ、たったこれだけの準備では安全に尋問を行うことは出来ない。何故なら、シスター程の実力者にもなればこの程度の拘束は拘束のうちに入らない。柱ごと引き千切られてしまうのがオチだ。


「……念のため、両腕を切り落としておきましょうか」


 以前、シィザと呼ばれた神官に致命傷を与えても五体満足の状態で復活されてしまったように。シスターも奇跡による【肉体の回復(ヒールライト)】が使えるならば、両腕を切り落としても癒すのは容易いだろう。


 ならば多少の痛みを伴う方法で尋問を……とも考えた。だが、恐らくシスターは痛みでは決して口を割ることはないだろう。


 隠し持っている暗器を没収する為に一旦衣服を剥いだところ、背中などには幾つもの暴行の痕があった。これは既に拷問という状況についても経験済みか、"訓練"されている。そんな人間の口を割るには単純な痛みに頼った拷問だけでは難しいだろう。むしろ、"自害"されてしまう可能性の方が遥かに高い、か。


(いや、それは流石にちょっと可哀そうだろ。私に考えがあるから変わってくれ)


「はい」


 すると、少女はテントの端にある素材置き場から、病害に侵された不良品の麦と獣人国で採取してきた痛み止め用の薬草を取り出してきたのだ。


(ネクリア様、それらは一体?)


「ふふん、ゾンヲリ。"魔女の軟膏"を知ってるか? 今からそれに近いものを調合するのさ」


(いえ、私は薬学には疎いのでさっぱりですね)


「う~ん、簡単に言えば、精神を酩酊させて思考力を鈍らせて肉体だけは深い眠りに落とす薬かな。ようするに、目覚めたとしても身動きできなくするの!」


 物理的拘束が不可能ならば、肉体を麻痺で拘束してしまえばいい、か。丸太に縛り付けるよりは合理的であるし自害も防げる。だが、これも完全な方法ではない。奇跡によって異常を治癒されてしまえばすぐに反撃されてしまう可能性が高いからだ。


 ……が、他に対案などないし、奇跡を発動させなければ問題ない。シスターの心象を損ねて最初から敵対的に接するよりは全然良い。


(これ程の素晴らしい案を思いついてしまうとは……流石です、ネクリア様)


「うむ。というか、身動きできなくするのは副次効果だぞ? 本来の目的はこのシスターに"夢"を見せることにあるんだからな」


(夢、ですか?)


「そ、人は眠りに陥ると夢を見る。 けどさ、ゾンヲリ。お前はその現象についてどれだけ理解している?」


 夢を見る。その事について何の疑問も抱いたことはない。何故なら、眠れば夢を見るのは当たり前で、それ以上の理解を必要としてこなかったからだ。


(いえ……全く)


「まず、眠りについて補足すると、よくお前ら人間は、死んだ奴に対して"安らかに眠れ"とか死を眠りに例えたりするだろ?」


(ええ、そうですね)


「あれはあながち間違ってはいなくてさ、眠りは死という経験に限りなく近い状態を指してるんだよ。その理由の一つとして、眠っていると失われた魔力の回復が早いことが関係しているんだ」


 睡眠をとると魔力が回復する。これは魔術師の間では当たり前の事実ではあるが、その原理を調べようとした者はいただろうか。少なくとも私の記憶にはない。だが、"魔力の回復"という現象については心当たりがあった。


 敵を殺し、その魂を喰らう事だ。そして、死霊(アンデッド)は無意識に魔力の溜まる地を求めて彷徨いだすように、魂は本能的に魔素(マナ)という食事を求めている。


(……魔力の回復、近場に滞留している微弱な魂の断片を喰らうことに何か関係が?)


「うむ。眠ると肉体という檻から魂が漏れ出て、近場の魔素(マナ)を急速に吸収しようとする。魔力を得る最も効率の良い方法は魂同士が直接混じり合うことだからさ」


(故に、人は眠りに落ちると一時的に死霊と同じ、即ち死んでいる状態になっているということですか)


「うむ、眠りで魂が剥き出しになっている状態なら【ソウルコネクト】でシスターの深層心理、即ち夢の中へと侵入して干渉出来るってわけ!」


 【ソウルコネクト】という魔法の恐ろしさは散々この身で味わってきた。思考の隅々まで他者に覗き見られてしまう感覚は、なんとも筆舌にしがたい。


(……なるほど、どれだけ固い意思を持って拒もうとしても、夢の中では抑える事が出来ないということですか)


「ただ、普通の眠りだと魂に深く触れるにはまだ不十分でさ、一種のトランス状態になるまで精神の感応性を高めてあげないといけないんだ」


(そこで必要になるのが、魔女の軟膏、ですか)


「そういうこと。夢はさ、魂の声であり記憶、そして、心の内側に秘匿してきた欲望そのものなんだ。だから深い夢の中では人は全てを無防備に(さら)け出してしまうし、内に秘めた情欲に抗うことなんてできやしない。だから私は、この修道女が望むがままに夢を好きなだけ見せてやるの」


 少女は土器を持ち出し、麦の黒ずんだ部分だけを取り出してすり潰して薬草と一緒に混ぜ合わせ、熱湯と動物脂を注いだ。すると、周囲に蠱惑的な香草の香りが立ち込めてくる。


(……しかし、魔女の軟膏も案外ありふれた素材で手軽に作れる物なんですね。もっと複雑なのかとばかり思っておりましたが……)


「錬金術は量産できる素材でやるのが常識だからなっ! ふふん、見直したか~? ゾンヲリ」


(流石です! ネクリア様)


「もっと褒めろ」


(ネクリア様の叡智はまさしく深謀遠慮の賢者にも等しいでしょう。流石です!)


「うむ!」


 煮詰めた液体に拳で握り込んだくらいの小麦粉をまぶすと、徐々にとろみがつきはじめ、スライム状へと変化していく。それを湯呑に移し替えて余熱を取ると、少女は満足気な様子で頷いてみせたのだ。


「さて、魔女の軟膏も完成したことだし、早速シスターの身体に塗りたくるか」


 そう言うと少女は、筆箒のような物で軟膏をすくい取ると、シスターの四肢へと塗って行く。少女の視界を通して映る光景は、控えめに言って目に劇毒だ。


「ふっ、んんっ……」


 少女が筆を動かす度にシスターは身じろぎしていた。


「ゾンヲリ、お前さ、今シスターに欲情してるな?」


(い、い、いいえ、そんなことは)


「ふふん、本当はこれさ、口では言えないようなあ~んなところやこ~んなところに塗る用の薬なんだぞ? なんたって塗られた人間曰く、身体をおいて意識だけ空にトんじゃうくらい敏感になっちゃうらしいし? なんなら後で、私達でも試してみようか?」


(や、やめましょうよネクリア様。それに大丈夫なんですか……そんな薬使って)


「濃度は10分の1以下に抑えてあるから大丈夫だぞ、多分……経口とか粘膜で摂取しなければ後遺症とかもないはず……多分……。まぁ、これって元々イリス教会の生臭神父とかが法悦神秘体験するために使ってるようなレシピだって聞くし、大丈夫だよなっうん。きっと大丈夫……多分……」


 そこで自身なさげにされてしまうと色々困ってしまうのだが。というより、さり気なく少女はとんでもないこと言っているのだが。


「とにかく、今なら【ソウルコネクト】でシスターの夢に侵入できるの」


 少女は静かにシスターの頬に触れて【ソウルコネクト】を発動した。


「……んっ」


 シスターは一度ピクりと震えると、譫言(うわごと)のように呟きだした。


「……おじ……さん」


「ふ~ん? てっきりシスターの男はイリス教の高位聖職者辺りだと思ってたけど、違うんだ。じゃあもっと深く潜らないとダメかな……」


 少女を介して見えた光景、感触、感情、臭い、音、その全てが現実と見紛うが如く鮮明で、激流の如く流れ込んでくる。


(これは……この光景は、一体……?)


「今、私がシスターに見せているのは、シスターにとって深い関係の人物達との思い出の"夢"だよ。それを今から私達は追体験するんだ。たださ、印象深い記憶って大抵の場合は淫夢とか悪夢になってしまうんだよな……。エッチって大抵の人間にとって一番刺激の強い体験になっちゃうから」


 サキュバスは、夢魔と呼ばれることもある。夢の中にて理想の姿で現れ、夢の中で望むことを何でも叶えてくれる。無論、これまではそんな話、ただの迷信かおとぎ話だとばかり思っていた。


 だが、本当は違った。夢魔は確かに実在するのだ。


 まさかそれが、自分になるとは思いもよらなかったのだが。

こうして感度100倍になってしまったシスターがサキュバスにイケないことされて……となることもなく……至って健全なお話に(殴


なお、リアル魔女狩りの時代に作られた魔女の軟膏の本体は麦角菌に侵された麦に含まれたアルカノイド系の毒素だとかこうとか。あとヒキガエルの油とかも入ってると効くらしいな!


リアルでもわりと簡単に作れるらしい……ごま塩程度に覚えて欲しいのさ(やるなよ、絶対やるなよ)

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