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第二十一話:裁きの銀槌

 孤児達が寝静まり、修道女達も午後の礼拝を終えて住居へと返り、完全に静まり返った教会の一室からは、閉じられたカーテンの隙間から微かな明かりが漏れていた。


「来ましたか、シスターアンジェ。人払いの方はどうですか?」

「はい。既に済ませております。司祭様」


 アンジェは戸締まりを終えた後、椅子に腰かけている司祭の前で跪いた。


「では、本題の任務を言い渡す前に、軽く状況を確認しておきましょうか」

「はい」


「本日の昼頃に教会内で黒死病騒動があったことは覚えてますね?」

「はい」


「その騒動の最中、エルフの女が黒死病の発症者になんらかの薬を投与し、症状の改善が確認されたそうですね?」


「……はい」


 修道女アンジェは背筋に冷や汗が伝っていく感触を覚えていた。この"夜会"において議題に挙げられてしまう者達の多くは"過酷な運命"が課される事になるからだ。


「そして、エルフの女はこのような事を口にしたそうです。黒死病は薬で治る病気であり、土人(コボルト)共はそれを完治させる手段を知っていると。これが何を意味するか分かりますか?」


 ねっとりとへばりつく司祭の言葉、それはアンジェに自身の立場を理解させるための呪文だ。


「"不治の病"であるはずの黒死病に対する治療法が確立されてしまえば、奇跡の有用性は薄れ教会の権威は失墜、信仰の喪失にもつながります」


 アンジェは感情を殺し、ありのままの事実を述べる。


「ええ、その通りです。土人共は奇跡によって救済され、我らの神を信仰しなくてはならないというのに、このような真似をされてもらうと困るのですよ。これは実に忌々しい事態だとは思いませんか? シスターアンジェ」


「……司祭様、今回の御命令は何でしょうか」


「神の加護無き土人(コボルト)如きに黒死病の治療法が確立できるだけの頭があるとは思えません。それに此度の黒死病騒動、何らかの特異点があの土地に出現したとみるのが妥当でしょう。そこで、シスターアンジェに命じます。彼の地に赴き特異点の正体を調査し、場合によっては抹殺しなさい。よろしいですね?」


「はい。承知しました。ですが一つ質問をよろしいでしょうか?」


「どうぞ。シスターアンジェ」


「任務は私が単独で遂行するのでしょうか?」


「単独での任務遂行が身に余ると判断したのなら、他都市に駐在している"裁きの銀槌"に応援を要請することを許可しましょう。ですが、可能な限り私の名誉の為にシスターアンジェがお一人でやって頂きたいのですがね? 曲りなりにも貴女は裁きの銀槌の"執行者"の一席なのですから」


 "裁きの銀槌"、異端者や魔族狩りを専門としたイリス教団特務部隊。その中でも優秀で多くの功績を残し、教団に貢献してきたエリートにのみ与えられる階級役職の名が"執行者"。


 それが、シスターアンジェの本来の顔であった。


「承知しました。では、単独での任務を遂行致します」


「他に質問はありますか?」


「万が一調査が難航した際にはいかが致しましょうか?」


「そうですね、少なくとも教会に訪れたという女エルフは情報を多少持っているでしょう。元奴隷収容区の辺りをうろついている所までは調べがついてますので、折を見て執行者の権限で異端の嫌疑をかけた後に拘束し、拷問でもして聞き出しなさい」


 女エルフ。アンジェにとっては一度顔を合わせて話をした程度の関係だ。だが、アンジェは見ていた。黒死病という恐るべき病を前にしても献身の姿勢を見せた女性の姿を。そんな彼女に対し拷問を加えるというのは、明らかに道理に反していた。


「……司祭様、彼女はただ人助けをしていただけです。私には神の敵であるようには――」


 執行者はあらゆる人間の国家に束縛されない超法規的な強権を持つ。しかしそれは、"正義と善を成す"為だからこそ許されているのだ。だからこそアンジェは説得した。


 それが無意味であることも最初から分かりきっていたのだとしても。


「シスターアンジェ。我らが神の信仰を妨げる者は例外なく神の敵、即ち"悪"であると教えたはずですね?」


 イリスの聖典の聖戦の頁にはこう記されている。神の道のために奮闘することに務めよと、悪を打ち滅ぼすことは神に定められた神聖な義務であると、そして、神を冒涜する悪魔と異端者は"悪"であると。司祭の論理には一切の矛盾も、反論の余地もなかった。


 執行者は神の代弁者にして代行者である。執行者が悪と断じるならば、それは神の名において悪となるのだから。


「はい……し、しかし……」


「ただの小汚い孤児だったお前を拾って育て、執行者に推薦までしてやったのは誰かね?」


「司祭様……です」


「私の言う事はちゃんと聞くように教えてきましたね?」


 この言葉を聞かされるだけで、アンジェからは抵抗の意思が失われていく。司祭の忠実な僕となるように、孤児の頃からずっと教育され続けてきたのだから。


「はい……」


「ならば私にこれ以上の恥をかかせることがないよう、誠心誠意務めなさい」


「分かり、ました」


「ああそうでした。シスターアンジェも女性でしたね、拷問するのがお辛いのでしたら聖歌隊に応援を要請しましょうか?。久方振りですので彼らもきっと張り切って異端者に"試練"を与えてくれるでしょうね」


 聖歌隊は異端者、特に魔女を専門にした拷問のスペシャリストだ。"試練"と称する拷問の苛烈さは、一日ともたずに気をやってしまう程の徹底的な精神と肉体の凌辱である。一度だけ、その現場を見た事があるアンジェは思わずこう返した。


「い、いえ。私がやります。大丈夫です」


「それでよいのです。ただし、女エルフには利用価値もありますので、拷問の際には極力殺さないようにしなさい。時間をかけて敬虔な信徒へとなるよう教化を施して"改宗"させた後、宣教師として活動させれば他のエルフ共から信仰を得るための足掛かりになりますのでね。さすれば、私が司教となる日が目前に迫るでしょう」


 司祭の浮かべた歪んだ笑顔を見てアンジェは戦慄する。


「分かりました。で、では私はこれで失礼致します」


「お待ちなさいシスターアンジェ。まだ話は終わってませんよ」


 立ち上がりかけた所を司祭に静止され、アンジェは思わず身体を振るわせた。夜会の終わりにある"恒例行事"の時間が訪れたのかと思われたからだ。


「……はい」


「近頃噂されている"暗銀の騎士"には気を付けなさい」


「暗銀の騎士、ですか?」


 司祭の問いかけが予想とは異なっていたこともあってか、アンジェは思わず聞き返してしまう。


「恐らくですが、その騎士がこたびの黒死病騒動にも関わっている可能性が高いです。そして、もしかすれば特異点の正体は黒き黙示録の予言に記された四番目の騎士、"疫病と死を導く者(ペイルライダー)"なのかもしれません」


 黒き黙示録に記されたペイルライダーに関する一節。


 子羊が第四の封印を開いた時、闇の底で重苦にもがき蠢く者達の呻く声を、私は聞いた。雷が驟雨の如く打ち付けられたかのように「深淵より来たれ」と呼ぶのを聞いた、闇を見つめると蒼ざめた、あるいは灰の外衣を纏う騎士が這い出てきた。その者は「死」といい、これに地獄が付き従っていた。彼らは剣と疫病と死の光をもって地上を飲みこみ、さらに地上に住まう人と獣を滅ぼす権威を与えられた。


「件の騎士は新市長ゲートルドが撃破したと聞き及んでおりますが」


「彼の者が黙示録四番目の騎士ならば、無数の命を持ち、死霊の軍勢と疫病を操り、死そのものすらも糧としてしまうおぞましき魂の収穫者です。仮に一度は殺せたとしてもたちまち蘇ってしまうでしょう。ゲートルド如きに到底撃破できる相手ではありません。事実、詳しい話を追求しても暗銀の騎士については黙秘を貫くかはぐらかしているのがその証拠でしょう。必ず何かあります」


「では、もしも暗銀の騎士と邂逅するような事がございましたら」


「必ず現れた真意を問い詰めなさい。神の真実と審判の日に関する知識を得る機会となるやもしれません」


「はい。必ずや」


 聖典に記された伝説の存在との邂逅。それは、敬虔な信徒であれば誰しもが一度は夢を見る。だからこそアンジェは、この任務に"運命"を感じ始めていた。


「では、不浄の土地に赴く前に、一度身体を清めるために神聖なる"禊"を行いましょうか」


 そんなアンジェの胸の内に芽生えたほんのささやかな高揚感も、今の司祭の言葉でかき消された。


「あ……」


「さぁ、シスターアンジェ、服を脱ぎなさい。折角ですので今晩はたっぷりと可愛がって差し上げますよ」


「……はい。わかり、ました。司祭様……」


 アンジェは言われるがままに衣服に手をかけていく。夜会はまだ、始まったばかりだった。


※こんな描写ですが宗教的な事情によりアンジェさんは処女です。はい。


市長の次は司祭に目を付けられてしまう緑髪のエルフは不幸属性持ち、そんなお話なのさ……。


司祭=サンが言い出したゾンヲリさんペールライダー説は……ノムストラダムスの予言みたいなもん。

1999年7月の暦を読み替えると9.11同時多発テロの貿易センター攻撃が本当の恐怖の大王の降臨だった!? いやいや、コロナウイルスこそが真の……的なこじつけを延々とやってるアレに近い。


ちなみに、ディープワンさんが着用している法衣の色は蒼ざめた色をしている。ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。

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