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外伝2:平和


 魔導帝国ヴォイオディア。


 精霊魔法を始めに魔術を用いた工学技術によって発展を遂げ、人間という種族の枠組みの中では最大規模の勢力圏と軍事力を保有している帝政国家である。広大な領地を持っている一方で、北部には魔族国、東部にはリザードマンや飛竜種(ワイバーン)の住まうルドラ湿原などの敵対する異種族の勢力圏と隣接しているために、戦火は絶えず燃え続けていた。


 魔導帝国の首都、帝都ヴォイオディアの一角にある魔導兵器工業区画では、有毒の黒煙が煙突から立ち昇り、真夜中であっても工場の明かりは絶えず稼働し続けている。廃液に汚染された川、悪臭を放つ濁りきった空気、機械稼働によって発生する騒音、それらの公害が生活を営む者達を蝕んでいたのだ。


 路地裏を通りがかって見れば、喘息と飢えに喘ぐ貧者(ひんじゃ)達を見かける事も別に珍しくはなく、そんな彼らの声に耳を傾けてみれば、口々に語られるのは不平と不満と不安であった。


「ノルマがきつくって……」


「帝王ライオネスが即位してからは、魔導兵器工場勤め以外のお給金は減ったのに、税金と労働時間は増える一方だ……」


「ゴホッゴホッ、あの工場が建てられてからというものの。煙突から昇る黒煙で帝都の空気は汚れ、排水路から垂れ流される汚水で川にはヘドロが浮かぶようになりました」


「たった一人の愛娘に魔術の才があったと言うのだから特待生制度を利用して帝国魔道院(アカデミー)に送り出したのに、半ば強制的に徴兵義務を課されて最前線に送られ、一昨年には戦死したとの報を受けたよ。こんな事になるなら魔術の才なんて無かった方が良かったんだ……」


「欲しがりません。勝つまでは、ならいつになったら魔族に勝てると言うのでしょうか……」


「こ、こんな話をしている所を誰かに見られたら()()されて不敬罪に処されてしまいます。私は今の話を聞かなかった事にしますので、あなたも早くどこかへ去って下さい」


 魔族との戦争を名目に魔導革命がとり行われて以来、魔導帝国ヴォイオディアは軍事力の増強ただ一点に国政をつぎ込んでいた。軍事力は増大していった一方で、その"代償"は帝都で働く下流臣民達に重く圧し掛かっていた。


 圧政、徴兵、強制労働、公害、貧困層の拡大、軍需産業以外の停滞。


「……これが全て、()()が民たちにもたらした事なんですね」


 金髪の男は、深紅と碧玉の瞳に憂いを浮かべていた。そして、その傍らに寄り添っているのは金や銀糸の装飾の施された礼服を(まと)った貴女だった。


「ルインフォード様、暴政に喘いでいるのはこの場所に限った話ではありません。今となっては帝都の至る所、貴族も貧民も分け隔ても無く、暴君ライオネス・ヴォイオディアの粗末な治世によって苦しんでいるのです」


「……分かったよキャスティ。一度、僕の方から兄上に話してみよう」


 キャスティからの再三の説得を受け、ルインフォード・ヴォイオディアは決意した。


「いけません。あの御方は重度の人間不信を患っており、私達の言葉を聞く耳など持ってはおられません。もしも我々の動きを悟られれば第三皇子であるルインフォード様までもが処刑されてしまいかねません。貴方様は帝国最後の希望なのです。ですのでもっと慎重に……」


 キャスティの計画は、水面下で第三皇子ルインフォードを旗印に反雷帝派を終結させ、帝都領内で一斉蜂起させるというものである。


「だからと言って、対話もせずにいきなり反乱を企てるだなんて僕は反対だよ」


「反乱ではございません。暗雲立ち込める帝都の未来を救うために必要な革命なのです」


 ルインフォードには革命と反乱の違いに意義を見出す事など出来なかった。流れる血の色がなんであろうが、事を起こせば不幸になる臣民が増え、革命の成否関係なくヴォイオディア帝国が衰えてしまうのが目に見えていたからだ。


「キャスティ、どうか僕の事を信じて欲しい。かつて平和と民の幸福を願っていた兄上だから、きっと僕の話は聞いてくれる」


 ルインフォードは兄であるライオネス・ヴォイオディアの言葉を信じ、第三皇子という身分を捨てることによって後継者争いという不毛な内乱を治めてきた。


「……後悔、なさいませんよう」


 この後に及んでも煮え切らない態度を崩さないルインフォードに対し、礼服の女キャスティは少々の不快感を示して見せた。


 後日、ルインフォードは帝城の来賓室へと招かれライオネスとの面会が行われた。


「久しいなルイン。あれから10年以上前になるか、お前は相変わらず大事なさそうだな」

「兄上の方こそ、ご壮健のようで何よりです」


 普段の暴君としてのライオネスを知る者からすれば、今のライオネスが浮かべた柔らかな笑みは異常である。しかし、ルインフォードの知っているライオネスの表情は、10年以上前から何一つ変わってはいなかった。


「それで、()()()この俺に会いに来た理由とはなんだ? ()()()()()()()よ」


 兄弟水入らずの穏やかな挨拶を終えた直後だった。急にライオネスが凍てつくような眼光をルインフォードに浴びせかけたのだ。そのあまりの豹変ぶりにルインフォードは困惑を隠しきれなかったが、催促された通りに本題を切り出した。


「兄上、民は皆、長きに渡る魔族との戦争と公害病で疲れ果ててます」


「それが、どうかしたのか?」


 そう言い放った時のライオネスの表情は挨拶時のものと何ら変わりない笑顔である。だからこそ、ルインフォードはそこはかとない恐怖を覚えた。


「……僕は帝都の民たちの声を聞いてきました。皆、口々に兄上に対する不満を述べています。このままでは、以前のように内乱が発生してもおかしくはありません」


「ならば見せしめに数人、公衆の面前で処刑してやれば収まるだろう。それで収まらぬのなら、家財を没収して一族諸共処刑すればよい。……なぁ、ルインフォードよ。お前は、そんなつまらない事を言う為に、態々この俺に会いにきたのか?」


「……兄上、もしやあの広場で行われたような"石打刑"を繰り返す気なのですか?」


 帝都では毎日の如く行われる公開処刑、それだけ民衆と貴族達の不満は溜まるに溜まり、反乱を起こす気運は日に日に高まっていた。そういった状況に対応するためか、不穏分子は密告によって"事前に"処罰されている。


 しかし、ある者は不確かな情報のまま密告し、ある者は粛清を恐れて密告し、ある者は己の利益や私怨のためだけに密告制度を悪用し始め、今となっては密告によって石打台に登っている者の大半は無実の民である。


「無論、そのつもりだが?」


「兄上……私はずっと、誰かが吹聴した悪い冗談だとばかり思っていました。あの兄上があのようなふざけた事をするはずがないと。ですが、あの頃の、平和を愛し優しかった兄上は、本当に変わってしまったんですね」


 ルインフォードはライオネスに失望していた。


「ふっ……。ルインよ。お前はあの頃から何も変わらぬままだな」


 対するライオネスは失笑で返した。


「国も義務も捨てて逃げ去り、冒険者などをやってはどこかで遊び惚けていたかと思えば、今度は民衆に()()()()()とはな」


「な!? 僕が国を去ったのは、次期皇帝を選ぶ跡継ぎ争いで内乱を起こさないようにするためです。決して遊び歩いていたわけでは……」


「まぁ、そう思うのであればそれでもよかろう。だが、お前は既に妹達と共に帝国を去った身だ。その事を弁えた上で、好き勝手自由に生きればいい」


 もはや他人であると言わんが如く痛烈な非難を受け、ルインフォードは言葉を詰まらせた。


「……一体、"何が"兄上をそこまで変えてしまわれたのですか」


「……ククッそうだな。お前がこれからも民衆という"化物"の声を聞き続けるつもりなのであれば、兄として一つだけ忠言してやろう。 俺は、民衆によって()()()()()()統治をしているだけにすぎない。何かが変わったのだとすれば、それは俺ではない。()()()()()()()のだ」


「それなら、どうして今の民たちの声を聞いてあげられないのですか」


「ふっ、ならば今の民衆の声とやらを知るお前に、今すぐにでも帝王の席を譲ってやろうか?」


「なっ……」


 ルインフォードが久方振りに帝都に帰還して築いた貴族の人脈と言えば、酒場内で丁度相席した大臣を()()する女のキャスティとその同志たちである。


「おや、てっきりお前に纏わりついている女狐から、そうするよう(そそのか)されているのだとばかり思っていたのだが。違ったかな?」


 ライオネスは全てを見透かしているかのようにあどけてみせた。それに背筋が寒くなっていく感覚を覚えたルインフォードは、思わず呟くように言い返してしまった。


「……兄上は、僕の事も信じては下さらないのですね……」


()()()()()さ。()()()()()困っている人間全てに手を差し伸べてしまう、お前という人間の事もな」


「兄上はそこまで分かっていて、どうしてこう言ってはくれないのですか、"俺は今困っている。だから俺の味方になれルイン"って。そう言ってくれれば、僕は……」


「ルインフォードよ。俺はこう言ったはずだぞ。お前は既に、国を去って自由になった身だとな」


「では、僕が破滅へ進もうとする兄上を止めるのも自由です」


「ふっ、それでいい。自由とは、誰かによって与えられる物ではない。己の力と意志によって勝ち取るべき権利だ。餌を求めて肥え太り続ける家畜の豚のように、ただ口を開けて泣き喚いてさえ居れば得られるものではない」


 雷帝ライオネスが"家畜の豚"と称した者達。その正体を察したルインフォードの背筋に怖気が走った。


「兄上、貴方は、まさか……」


「ヴォイオディア帝国の歴史において、変革が訪れる際には帝室は血と鉄の臭いで満たされてきた。北の地に黒雲平野が生まれた時、かつて平和を愛してきた父王が、扇動された民衆とそれに便乗した貴族共によって弱腰の愚王と罵られ血祭にあげられてきたようにな」


 帝王の死による代替わりによって帝国の治世は変わってきた。以前は戦いを求めた民衆によって、その前は戦いを忌諱(きい)してきた民衆によって、歴史は幾度ともなく繰り返されてきた。


 そして、今、雷帝ライオネスの代替わりを民衆は求めていた。その果てにある運命を見通した上で、ライオネスは帝王の椅子に座り続けている。


「兄上は民に絶望しているだけです。人は皆そこまで愚かではありません」


「何故そう言える?」


「私は冒険者として各地を巡り、人々が互いに理解し合い、協力し合う姿をみてきました」


 冒険者ルイン。


 数百にもなる魔獣の大規模襲撃や村に略奪しにきた騎士団を単独で退け、幾つもの前人未到の地を制覇してきたという逸話を持ち、白金貨が必要になるような依頼でさえも相手の事情を汲んで格安で請け負ってきたことから人望も厚く、大陸全土で彼の名は知れ渡っている程の名声を誇っていた。


「では、お前が本当に苦しかった時に、お前がこれまで手を差し伸べて救ってきた人間が、お前に手を差し伸べ返してくれたことはあったのか?」


「それは……」


 ライオネスの問いに対し、ルインフォードは一瞬答えに詰まった。何故なら、ありとあらゆる困難は全て自力で乗り越えてしまっていたからだ。


「冒険で得て共に戦ってきた仲間達がいます」


 ルインフォードは咄嗟に冒険を通して得てきた多くの仲間達の顔を思い浮かべた。共に戦い、食を共にし、時には甘酸っぱいやりとりをしてきた仲間達は、ルインフォードを憧れ慕っていた。


 だが、ルインフォードの隣に並び立てる対等の存在はいなかった。全ての問題は結局彼一人で解決できてしまえたのだから。


「そうか、俺には居なかったよ」


 その言葉は、雷帝ライオネスという帝王の一生を物語っていた。


「ふっ、弱音を吐くなど、らしくなかったな。忘れろ」


「兄上、今ならまだ、まだ間に合うかもしれません。ですから」


「戦を止めろと?」


「はい」


「ククッ、なるほど。では10年かけて建造してきた魔導兵器工場を潰しその上に花畑でも植えてみるか? これまで望み望まず魔族と戦い散っていった幾万という英雄達の死を無意味なものにするか? 街中では拍手喝采となることだろうな」


 戦争の為の政治を止める。魔族という驚異を消滅させるためにつぎ込んで来た人、モノ、金の全てを諦める。一時の感情に任せて実行するのは簡単である。だが、その結果の責任を取れる者は誰もいない。


「勝手な話だ。民衆共とくれば口を開けば不平不満ばかりを言い、手を汚す嫌な仕事を何一つもやりたがらないクセに、それを全て押し付けられる都合の良い英雄の登場を夢見てばかりいる」


「彼らには僕達のように強い力を持っていませんから、仕方がないのです」


「力がないから戦えない。働けないと言い訳を続けるというのならば与えてやればいい。魔導兵器という力をな」


 魔導兵器の運用には高い身体能力や魔力を必要としない。それはつまり、一騎当千の英雄が戦場を支配するという従来の戦争から、単純な物量と兵器の強さのみが勝敗を決定付ける時代への変革を意味していた。


「まさか……兄上は帝国民全てを魔族と戦わさせるおつもりですか? 帝国か魔族、どちらかが完全に滅ぶまで……」

「それが、どうかしたのか?」


 帝国民1億の犠牲をもって魔族を打ち滅ぼすという雷帝ライオネスの狂気にあてられ、ルインフォードは戦慄した。


「馬鹿げている! その先に何があるというのですか!?」


「帝国の支配による大陸の平定。完全なる平和の時代だ」

こんなやべー奴が雷帝ライオネスですが


 ここ10年の間に100回以上暗殺されかけてたりします。なので重度の不眠症を患っていたりするらしい。政治でも実力至上主義を重視し、率先して貴族特権を廃止してたりするのも、平民連中を戦争のさっさと最前線にぶち込むための準備であったりなかったりするらしい。


 ただし、功も割とあったりする。魔導兵器技術を農業や工業などにもスピンオフし、その恩恵を平民レベルにもあずかれるようにする事で産業を効率的に発展させていたりと、某戦争シミュレーション的な観点では非常に効率的な富国強兵政策をしていたりする。(なお、国民ヘイトはマッハ)


 また、魔族との戦争後のビジョンも見据えており、魔導兵器を活用しての世界征服までを想定している。ただ、ライオネス本人自身この方針は始めから無理筋(最精鋭の黒騎士団と重装騎士団が壊滅していて練度が落ちているので攻勢をかけるにも限界になっている)であると諦めながらやっているらしい。が、半端な奴が皇帝になっても国が分裂するだけなので、やはり皇帝の椅子に座りながら前に進み続けるしかないのだそうだ。 

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