第十三話:Soldiers
「まず軽く自己紹介をするとな、俺は元々は獣人収容区の獣人奴隷鎮圧隊に配属されていたのさ。仕事内容は……言わなくても分かるだろ?」
「いや、都市にそのような部隊があった事を私は知らないよ」
「……鉱山で炭鉱業をやらされてる獣人連中の生活環境ははっきり言えばクソみたいなもんだ。それに耐えかねて逃げ出す奴ってのは毎度毎度後を絶たない。そして、そういう連中を捕まえたり場合によっちゃ殺害、尋問するのが俺の仕事なのさ。まぁ……表向きは街の警備隊さ」
兵士は自嘲気味に己の職務内容を話し始める。そこに込められていた感情は、後悔とも諦めともとれるような複雑な物だった。
「脱走者の"殺害"は街の大通りのど真ん中でやる事もあってな、そういう時には、目撃者って奴が出てくるわけよ。獣人がぶっ殺される様を見て楽しんでる奴、俺達兵士を殺人鬼を見るかのように軽蔑した表情で見る奴、現場に居合わせて仲間を殺され怒り狂う奴、……まぁ、色々いるわけだが……俺達のお仕事をどういう風に見るのかって言えば、お察しの通りさ」
家畜は屠畜される間際に壮絶な断末魔をあげる。それを聞いた者は少なからずの罪悪感が芽生えてしまうように、殺害自体に抵抗感を覚える者は少なくはない。そして、人と同じように悲鳴をあげ、人と同じように血と汗と涙を流すのだとすれば、猶更だろう。
「それで、脱走って奴は一人じゃ成り立たない事が多くてな、大体は裏で手引してる奴がいるのさ。そういう連中も粛清をしなければこの仕事は終わらない。だから、見せしめもかねて"尋問"をやるわけだな」
兵士は震える掌を凝視しながら、言葉を続けていく。
「まぁ、喋る奴は爪を一本はぎ取るだけですぐに喋ってくれるから楽なんだが、喋らない奴は幾ら殴っても蹴っても目ん玉を抉り潰しても一言も喋らない。そういう時にあの手この手を使ってようやく吐かせるとな、たまに出てくるんだよな……手引きした奴が同じ"獣人奴隷鎮圧隊"だったって例がな。そうなると最悪だ、3日くらいは飯を食う気が失せちまう」
尋問官は相手に同情をしてはならない。その当たり前の原則を当たり前のように守れる意思を保つのは、並大抵の事ではないのだ。本来は。
「聞く限り随分と辛い仕事だが、後悔しているのか?」
「いいや、こんなクソみたいな仕事でも俺は程々に満足していたのさ。なんたってそれなりに給料も出るし、単なる平民上がりの俺が、特別なエリートの一員になれたんだって自覚が持てたからな。まぁ、仲間を粛清した日は、流石に今日のように酒場で浴びるだけ飲んだくれてたわけだが……」
時に、何かをやり遂げる際の残酷さに押しつぶされてしまう事がある。兵士の場合は、酒に酔う事でそれを忘れようとしたのだろう。
「丁度アンタみたいなお節介な物好きが話しかけてきたのさ」
酒場は見知らぬ人同士が交流する場でもある。理由は色々あるが、仕事の斡旋、同行者の募集、噂や儲け話の情報収集などが主目的だ。とすれば、浮ついた目的以外でまともな会話にもならない可能性の高い酔っ払いにあえて声をかけるのは、物好きな部類になってしまうのだろうな。
「そいつは、帝国魔導院の在籍してるイイ所のお嬢様だった。そして、俺なんかに"大変そうですね。街を守るお仕事ご苦労様です"なんてニコニコしながら声をかけてくれたわけさ。ちょっと話してみれば、将来は"立派な帝国魔術師になって、国を良くしていきたい。"なんて馬鹿正直に言ってしまうわけよ。汚い物を何も知らなさそうで、笑っちゃうくらいキラキラした娘だった」
憧憬に耽る兵士の気持ちには共感できてしまう所がある。
望むか、望まざるにしてか、今日までにかなぐり捨ててきた物を持っている。自身と対極の位置にある相手だからこそ、眩しく見えてしまう。無性に、羨ましくなってしまうのだ。
「惹かれていたんだな」
「ああ、一目惚れさ。だけどまぁ、そんな良い娘には大体先約がいるもんさ。その先約は帝国騎士養成学院の地方研修過程とやらで偶々ご一緒していたそうなんだが、見るからにイイ奴でな、育ちが良くて才能もあったし、何よりも勇敢で自分の仕事に誇りを持っていた。俺と違ってな」
確か、騎士見習いは始めに、騎士の十戒を叩き込まれる。その中身を要約すれば……祖国への絶対の忠誠を誓い、弱き者を護るために戦い、弱き者には施し、恐ろしき敵を目の前にしても退くことは許さず、敵には一切の容赦を与えるな。だったか。
誠実で高潔であれ、強く勇敢であれ、騎士という軍人に求められる精神だ。それ故に、ヴァイスと呼ばれた優秀な帝国騎士は、弱き敵を殺戮するという十戒の矛盾に苦悩していたが。
「一応俺も鎮圧隊の中じゃ剣の腕はそれなりに立つ部類だったが。前に合同剣術訓練をした時なんかはあの娘の前でイイ恰好したいがために意地になって何度も勝負を挑んださ。まぁ、大人げなく反則すれすれの手を使って食い下がっても、結局一本すらもとれなかったわけだけどな……」
騎士見習いは、見習いであっても日夜戦争の為の技術と知識を徹底的に叩きこまれるエリートだ。暴動が発生しなければ武器を抜く機会もそれ程ない警備隊の兵士とでは練度に差が生じるのも無理もない。
「そのくせ、審判に反則を咎められると俺の事を庇って"実戦的な訓練になったよ。ありがとう。そうだ、私は鉱山都市にきて間もなくて、知り合いも少ないんだ。良ければこれからも仲良くしてほしい。"だとか清々しい笑顔で握手までせがまれちまったのさ。もう、完敗だよな、色々と」
それからと言えば、兵士と騎士見習いと魔術師見習い3人の惚気と思い出話をひたすら聞かされ続けた。その中身は、ひたすら騎士見習いを称え、闇を生きてきた自分を卑下して自虐するというモノだったわけだが。
(ふあぁ……、ねぇゾンヲリ、この人、さっきから同じことばかり言ってない?)
(酒を飲めばそうもなる)
(ふ~ん、どうして人間ってお酒なんて飲むんだろうね?)
幾度となく繰り返される他人の惚気話ほど退屈な物はないのか、ブルメアが横やりを入れ始めてきた。
(悲しみを誤魔化すため、友との会話に弾みをつけるため、それ以外にも理由は色々あるが、人は何かに酔ってなければ自分を保てなくなる。そういう時は無性に飲みたくなる)
(へ~、ゾンヲリにもあるんだ?)
(ああ。あったというべきなのかもしれないが)
(ふぅん、ちょっと興味あるかも。私も試しに飲んでみようかな?)
ブルメアは酒を飲んだ経験がないためか、興味を示し始めたようだ。
(必要がなければやめておけ。酔えば判断力が鈍るし、冷静さも保てなくなる。そもそも貴女が下戸だったら目も当てられん。気を抜くのは早い)
(ぶぅ、いじわる……)
一度酔ってしまえば、目の前の兵士のように相手の事を見ようとしなくなるし、声を聞こうともしなくなる。酔っていられる間は実に心地が良く、抗いがたい衝動と情欲に身を任せたくなるのだ。
「そして俺は、晴れて一人で酒を呑む事もなくなったというわけさ。我ながら、悪くない人生だってあるもんだよと思ったさ」
満足気に思い出話を終えた兵士はそう言って一息をついて見せた。だが、兵士は今、独りで酒を呑んでいる。
「それで、騎士とお嬢様のお二人はどうしたんだ? この場には見えないようだが」
「ああ、脱線してたな……悪い。それでだ、最近獣人国を制圧するために征伐軍が組織されたのは知ってるか?」
「ああ、知ってるよ」
「俺達3人もその征伐軍に参加してたのさ、で、俺と先約が配属された所はあの娘の配属された魔術師小隊の護衛だった。その時は運が良かったぜ、なんて思ってたよ。なんせ、相手は獣人だからぶっちゃけ負けるわけもない勝ち戦だと誰もが思ってたし、"念のため"の護衛だって本来は必要なかった。はずだった」
兵士は突然肩を抱いて激しく震え始める。瞳孔の開ききった瞳は恐怖に濁っていた。この先を聞くのに躊躇いもあるが、ここまで踏み込んでおきながら聞かぬわけにもいかない。
「何が起こった?」
「司令部の作戦を遂行する為に、俺達は湿気でべたつく夜の湿地林の中を強行軍していた。魔獣の生息域を通っていたはずだが、原生種の夜狼と遭遇するどころか遠吠えすらも聞こえてこないという妙な夜だった」
魔獣は嵐や災厄の前触れを嗅ぎ分けられる鋭敏な嗅覚を持っている。もしも嵐が近ければ、彼らは脅威が過ぎ去るのを闇に潜んでじっと待ち続けるという習性がある。
そして、妙に静かな"夜"というのは嵐の兆候だ。多くの魔獣が恐れる存在がそこに居た事を意味するのだから。
「突如、森の奥からアイツが現れたんだ」
その日の夜、征伐軍の前に現れた脅威は二通りある。グルーエルの肉体を使っていた私か、あるいは……。
「巨人だった。ソイツを一目見た瞬間、俺は飛竜に睨まれた家畜みたいに身が竦んで動けなくなっちまったよ。多分、俺の周りに居た連中の殆どが同じ反応だった。小便を盛大に漏らした奴もいる。何というか、もう本能で理解させられちまったんだ。生物としての格がまるで違うってな。アイツは捕食者で、俺達は、ただの餌だった」
危機を認識した時に身が竦むのは本能がこのように命じるからだ。「その場にいる者全てを囮にしてでも自身の命を優先させ、今すぐにその場から逃走せよ」と。だが、理性でその命令を否定しなくてはならない立場にあるのが、兵士という職責を背負っている者達だ。
「そんな中、真っ先に動いた奴がいた。先約だよ」
本能による警告を無視し、前へ進み、職責を果たそうとした者。それを勇敢と賞賛するべきかは評価に分かれるところだろう。度が過ぎれば無謀にしかならないのだから。
尤も、散々身に染みてる話でもあるのだが。
「何の変哲もないただの支給品のロングソード一本で巨人の股間に切りかかったんだぜ? ははっ……絵面だけ見たら笑っちまうよな。それで次の瞬間、アイツはへし折れたロングソードごとまとめて握りつぶされミンチになっちまったよ……ははっ。死体すらも残りゃあしねぇ」
災害を相手に棒切れ一つで何とか出来るわけもない。命を賭した所でどうにもならない事がある。それが、いわゆる無駄死にという奴だ。だが、兵士という役職は、時にこの意味のない死を求められる。
「その次に、巨人は女を犯し喰らっていくんだ。 金属のボルトやファイアボールの雨も物ともせず、ゲラゲラと笑いながら……な。今でも助けてって悲鳴が鮮明に聞こえてくるんだよ……。うぶっ」
兵士は吐しゃ物をぶちまけそうになるが、飲み下した。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。それから先の戦場の様子はあまりよく覚えてない。気がついたら負傷者用の担架の上で五体満足のまま寝ていて、獣人征伐も終わっていた。だが、一つだけ、鮮明に覚えてるものがあった」
そう言葉を続ける兵士はガチガチと歯を鳴らしていた。目は暗く濁り、その記憶の傷痕の深さは推し量れないと感じさせるものだ。
「恐怖だ。 俺の中にあったのは、恐怖だけだったよ。なぁ、何で俺は生きているんだ? 何でアイツやあの娘は死んだんだ? 教えてくれよ、なぁ!」
突如兵士が両肩に掴みかかってくる。目の焦点が合っておらず、半ば錯乱状態のままだ。
「少し落ち着け。いきなり掴みかかるのは大胆だが関心はしないぞ」
兵士の腕を払いのけてやると、落ち着きを取り戻し始めた。
「あ、ああ、そうだな。悪い。アンタに聞いてもしょうがない事だよな」
「だが、何が起こったのかは私にも推測はできるぞ。まぁ……賢明な判断だったように思う」
「……そう信じたい所だよ。」
敵前逃亡は兵士としては全く褒められた行為ではないが、有効打を一切与えられないオウガに対し挑みかかって無駄死にするくらいならば、潰走を誘発させて一人でも多くを生き延びさせるように動いた方が結果的に合理的だ。
「……それで、何もかも終わった後の話だが、別動隊に参加していた俺の同期も帰っては来なかった。なんでも、銀鎧とかいう別の化物になます切りにされたらしいな。切り口も鎧ごと胴体を無理矢理ねじり切られたのような酷い有様だったと聞いてる」
「……」
「大勢が死んだんだよ。知り合いが皆居なくなっちまったんだ。分かるか?」
戦いの結果が変われば、同じ事が獣人側に行われる。だからと言って、「それが戦いだ。弱かった方が死ぬのは当然の事でしかない」などと、散々斬り殺しておきながら言えるわけもない。
「それで、俺達征伐軍は負けて、おめおめと鉱山都市に帰ってきたわけだけどよ。市民達は俺達に対しなんて言ったと思う? 税金泥棒の役立たず! だ。否定できなかったよ……ははっ。俺はいいさ、敵前逃亡した本物の役立たずだったんだからな、でもよ、アレと戦って死んでいった奴までまとめて言われんのは、いくら何でもあんまりじゃねぇかよ……」
どれだけ努力をしようが、どれだけ犠牲を払おうが、勝利という結果を示せない軍に対する評価とは、実に、残酷だ。だから、ただひたすらに勝ち続けるしかない。
故に、敵に同情してはならない。振るう刃を鈍らせてはならない。一切の容赦を与えずに、あらゆる手を尽くして敵を駆逐し続けなくてはならないのだ。
「兵士って仕事がこんなにも理不尽だって知ってたらよ。俺はよぉ、こんな仕事、始めからやらなかったよ……クソが……」
オウガラカン=サンに真向から切りかかって握りつぶされた兵士Aさんのお話。
征伐軍に蔓延した黒死病ネタも突っ込むはずが、既に6000文字なので区切るかすっ飛ばす事にしたらしい。それもこれも全部、ゾンヲリって奴が悪いんだ……。




