第七話:嘘も百回言えば真実になる
征伐軍元総司令官ゲートルドの屋敷にて、獣人国と鉱山都市との間の戦後構想についての話し合いが行われていた。
「では、鉱山都市内での獣人の主権は人間と同等であるものとし、都市の統治に関しては市長代理としてゲートルド殿に委任して頂く形で合意が得られたという事でよろしいですかな?」
「異論はない。これまでワシらが貴国にしてきた事を思えば、寛大な措置に深く感謝しよう。フルクラム殿」
これまで議題として挙げられ合意が得られたのは、平和及び通商条約の締結、獣人の主権回復、都市法の一部改正である。これにより、獣人に対する暴力及び略奪行為に厳しい規制が設けられた。
「私達はこれ以上の戦乱は望むつもりはありません。願わくば恒久的に"友好"でありたいのですが」
竜王ベルクトの期待には応えられないと言うように、老将ゲートルドは首を横に振って見せる。
「そこまでは一帝国領の"市長代理"かつ敗軍の将でしかないワシの一存ではとても合意はできぬの。あくまでワシの首が繋がっていられる間までの話としてご理解頂きたい」
「ふむ、どの程度まで持たせられますかな?」
「もたせて半年じゃろうな、なんせ貴国はいささか"多く勝ちすぎて"しまっておるからの。おかげ様でワシを絞首台に上げねば気が済まぬ帝国貴族だらけじゃろうな」
「戦時中に突如出現した鬼による被害は、ゲートルド殿の前任の不祥事ではないのですかな?」
「それを疑って業突く張りの屋敷や関係者の周囲を組まなく洗ったが、不審死した人間以外の"証拠"が一切出て来ぬ。よって、残念じゃがあの恐ろしい化け物はそちらが放ったものとして扱い、本国に報告せねばならぬ」
「待ってください。それはいくら何でも……」
「では何のためにアレが現れた。ワシら自身がアレを呼び出して態々自軍を攻撃させるなどと全くもって意味不明じゃ、もはや反逆を自供してるようなものじゃよ。それならまだ魔族の関与を疑った方が遥かに可能性が高くはないかの?」
老将ゲートルドが"魔族"という単語を口に出した事で、ザワりとした剣呑な雰囲気が卓上に広がる。
「聞けば不審な報告は幾つも上がっている。少し前に都市内で発生したボヤ騒ぎでは身の丈程の大きさの大剣を手にした淫魔らしき少女の姿が目撃されておるし、アンデッドの魔獣を使役する遊撃兵によって伝令が奇襲を受けたという報告もある。極めつけはミイラ化していた暗銀の魔将の存在じゃ」
老将の鋭い眼光は獣人達の一瞬の動揺を見逃さなかった。
「ふむ、やはり貴国に心当たりがあるようじゃな。では、ご説明を願えますかな?」
獣人側は互いに見合わせ、諦めたように溜息をついたその時。
「では私が直々に説明してあげようじゃないかっ」
男だらけの空間には不釣り合いな少女らしい元気な声が響いた。
「ぬぅ!」「危ない」
老将はすかさず脇差から短刀を抜き放ち、有無を言わさず声の主に切りかからんとする。が、竜王ベルクトが立ち阻んだ。
「うわっ! いきなり切りかかるとかどういう神経してるんだ」
「クッ、ぬかったわ。屍麗姫ネクリア、これ程の魔族が関わっておるのだとわかっておれば……無念じゃ」
「そうっ! 私こそが絶対美女ことネクリアだ。おじいちゃんが初めてだぞ! 私の事を一目見てちゃんとそーいう目で見てくれたのは」
「ふふん」と、慎ましやかで健康的な胸を一生懸命に張る淫魔少女であった。
「とりあえず、おじいちゃんは早くそんな物騒なものは置いて早く椅子に座りなよ。そんな物向けられちゃあ落ち着いて話もできないしなっ」
「……そのようじゃな」
老将と竜王が再び席に着くのを見て、少女は愛らしく咳払いをして見せる。
「コホン、ではおじいちゃんの質問を何でも受け付けようじゃないかっ。あ、でも年齢とかこれまでしてきたエッチ回数みたいな私のプライベートに関わる質問以外でな!」
――なんじゃこやつ。道化か何かのつもりでふざけておるのか
「アンデッド……それも暗銀の魔将を使役していたのはお主で間違いないかの?」
「その暗銀の魔将とやらがゾンヲリの事を言っているのならそうだなっ」
「何が目的じゃ」
「目的って、お前らが軍やグールなんか派兵してくるから私とゾンヲリが出しゃばんなきゃいけなくなったんじゃん。言うならば正当防衛って奴だぞ」
「では他に一切他意はないと?」
「うむ! まぁ、グールの出所探って鉱山都市に行ったらうっかり捕まって騒ぎにしちゃったのは謝るけどさ……。っておじいちゃん疑ってるな? 本当なんだぞ!」
「お主が本当に四大魔公の一人で今回の騒動の黒幕であるならば、得体の知れない邪術で化物や不死者が出現するのにも納得なのじゃがな?」
「はぁ……確かに、グールやオウガを始めとした化物を生み出す方法は知識としては知ってるさ。だけど、あれらは制御できるような物じゃないし、私は一度として使った覚えはないぞ。魔王様に誓ってもいい」
「では誰が使ったというのじゃ」
「魔導帝国のオルヌル。それと恐らくだけど、一部の魔貴族も結託していると思う」
「帝国魔導院を統括する魔法省の大臣が敵の魔族と結託だと? それはもはやクーデターを企んでるも同然じゃ。断じてあり得ぬ。あの雷帝が許すとは到底思えぬわ」
「でも、そうじゃないとこの状況に陥る説明がつかないんだよ。私の扱う死霊術の本質部分は魔族国でも魔王様に近い立場の限られた魔貴族以外には秘匿されている。なのにその秘匿された知識を人間が取り扱っているというのは、即ちどこかに裏切り者が潜んでいるのに他ならないんだ」
「ふむ、では仮にお主の言葉が真実だとして、四大魔公のお主が何故今この場にいる。さっさと裏切り者を告発して粛清すればよかろう。何故それをやらない」
少女はダラダラと滝のように油汗を流し始める。というのも、少女こそが魔族国に敵を内通した裏切り者の反逆者という扱いである。ここで「私今、魔族国の裏切り者扱いなんですよ~」などと正直に言おうものなら、疑っている老将から「ほれみたことか」と返されるオチが読めてしまったためだ。
「ああ……それは……その、並々ならぬ事情があるというか……その……えっと……てへっ」
色々言うに詰まってしまった少女は、愛想笑いして誤魔化す事にしたのであった。
「……ゲートルド殿。ネクリア様の一族と我々は、古くからささやかですが通商関係を築いておりまして、時折ですが獣人国にお忍びでおいでになられる事があるのです」
「そ、そう、そうなんだよ! そしたら丁度グールが襲撃してきて色々とごちゃごちゃしてたし? 裏切り者告発するのにも証拠とか色々準備しなきゃだったわけなの!」
少女は竜王ベルクトの助け舟に乗り、思いつく限りの適当な理由をでっちあげたのであった。
「忍んでる割には随分と雑にアンデッドを使っておったような気がするのじゃが、お主……嘘やか駆け引きが下手じゃのう……それで本当にあの恐ろしい四大魔公の一人なのかの?」
初期は剣呑としていた老将も、既に半分呆れ気味な様子で淫魔少女を見始めていたのであった。
「その返しももう慣れたよ……。そもそも、色々と急すぎて獣人国に介入するつもりなんて最初は全然なかったし、私がやってる事って基本的に研究ばっかだし、戦闘とか政争だとかそういうの全然向いてないんだから、仕方ないじゃないか……」
少女はしょんぼりと蝙蝠の翼を垂らしたのであった。
――もはや感情を隠す素振りが微塵もなければ、魔族のくせして邪気を孕んでいるわけでもない。腹芸の上手さで言えば、獣人連中の方が遥かにマシという有様じゃ。さて、こやつをあの四大魔公の一人と言い張ったとして、一体どれだけ信用されるじゃろうか。精々、絞首台に乗せられないための苦し紛れの言い逃れのためにでっち上げた偽物として一蹴されるのがオチじゃろうな。ならば。
「ふむ、嘘はそれ程言っておるようには思えぬし、お主の言葉、一応信用しても良いと思っておる」
「本当か!」
少女はピョコと顔を上げ、ぱぁっと笑顔を浮かべて見せる。
「じゃが、その為には一つ、誠意を見せてもらいたいのう」
「うむうむ、私に出来る事なら何でもするぞっ。おじいちゃん」
「ワシはこれから、本国に嘘を報告をせねばならぬ。それがもしも嘘だと認定された場合は、魔族に組した反逆者として即刻絞首台行きになる程の大ベテンじゃ。お主には、その嘘を真実にしてもらわねばならぬ」
「つまり、どういうことなんだ?」
「魔法省大臣オルヌルを反逆者に仕立て上げるための証拠をでっちあげる」
――どの道、負けるはずのない戦いで貴重な人材を壊滅させてしまったワシが、帝国への忠義を示し、首の繋がる未来へ進むためには、この荒唐無稽な陰謀が真実であったと示す他にないしの。 はぁ……胃が痛いわい。
「勿論そのつもりだけどさ、私が言ってるのは嘘じゃないってば」
「世間はそう捉えてはくれぬと言っておるのじゃよ。世で広く知られている真実の大半は、嘘で塗り固められておるものじゃからな」




