第十四話 リンチされるハゲの者達
窓から差し込む光に朱色が混ざる頃、寝入っていた少女がもぞもぞと動き出した。
「うーん、んん……? うわっおい! ゾンヲリ、お前何やってるんだ!」
少女は飛び起きるや否や、巻き付けていた尻尾を解き、私から距離をとる。物理攻撃が放たれなかった分予想よりは柔らかい反応だった。うなされていた件については心にしまっておく事にした。
「ネクリア様の寝姿が可愛らしかったもので、つい」
「お前……ロリコンの気でもあるのか? 手は兎も角、尻尾に触るとか流石に馴れ馴れしすぎるぞ!」
少女は私の視界から尻尾隠すようにひゅんひゅんと動かす。少女の表情は羞恥と思わしき感情から赤面していた。やはり、いかなる理由があろうと寝ている淑女の身体に触れるのは不味かった。
「申し訳ございません」
私は謝罪して頭を下げる。
だが、一つ気になった。手より尻尾の方が恥ずかしいのだろうか。一部の魔獣は尻尾に感覚器官が集中している。そこが弱点となる事もある。先ほどの動きから見て、サキュバスは尻尾の柔軟な操作が可能だ。
……思っていたよりデリケートな部位なのかもしれない。
私は次に来るであろう少女からの叱責を待つ。だが、少女は何かを思い出すような素振りを見せると、ちょっとソワソワし、やがて落ち着いた様子に戻ったのであった。
「なぁ、ゾンヲリ。寝ている私にどこかおかしな……いや、うん。お前には色々言いたい事はあるけど、一先ずその事はおいておく。それより」
少女は窓ガラスを見て現在の時刻を確認すると溜息をついた。
「はぁ……結構な時間寝てしまっていたか。ちょっと顔洗ってくるからそこで待ってろ」
「はい」
長時間の睡眠でボサボサになった髪等を整えてきた少女は再びソファーに座る。
「それで、報告したい事項ってのは何だ?」
「はい、鍾乳洞を偵察しに行った所、ゾンビ達が全滅しておりました。その場に残った痕跡から、恐らくは帝国軍に関連する者達が滅ぼしたのかと思われます」
「……ゾンヲリ。そういう重要な事は手遅れになる前に先に言え。規模は?」
「申し訳ございません。最低でも小隊規模と思われます。ですが、魔族国周辺に潜んでいる様子はありませんでしたので偵察部隊だと思われます」
「……かなり、不味いな。今は魔族国の主力部隊が殆ど出払っている状態だ。だけど何故このタイミングで……まさかな……」
魔族国の保有する最大戦力である大魔公2名は、2日程前に既に南の戦地へと出陣していると言われている。つまり、現状の魔族国の防備は手薄だと思われた。
「迎撃手段はあるのでしょうか?」
「ある事はある。四方門を閉めてしまえば人間が魔族国に攻め入るのは難しいからな」
「四方門…… ゾンビロードの出口の事でしょうか?」
魔族国を歩き回った事はないが、地図は見た事がある。東西南北それぞれの地区と中央区の5つの区域が黒壁で区切られている。四方にある魔族国の出口となる四つの門、それが四方門なのだろう。
また、区域によって住むもの達の特徴が違う。西区はネクリア様、南区と北区は現状ベルゼブルが、東区はルーシアが治めている。そして、中央区は魔族国の頂点である魔王が治めている。
「そうだ。西門出口はゾンビを各地に派遣したり、獣人国との交易のために開くようにしているんだ。門を開け続けておかないと色々と滞ってしまうので戦争開始ギリギリまで門は開くようにしているつもりだったんだが……」
ネクリア様の治める西区は税が軽いため公共福祉は殆どなく、治安も悪い。そのため、劣等と呼ばれる階級のデーモンが一番多く生活している。魔族国の中でも一番緩い居住性から、中立の獣人達も稀に商売にやってくる。ゾンビが歩き回ってるためか上級魔族からの評判はすこぶる悪い。らしい。
そして、西区一番の特徴はゾンビロードだろう。融通の利かないゾンビでも真っすぐ出口に向かえるよう道路が舗装されている。そして、ゾンビ達が何時でも外に出れるよう門は常に開け放たれている。
つまり、現状一番簡単に攻め落とされやすい区域でもある。真っすぐに進めば各種区域に移動でき、尚且つ広い道路は戦闘域を広げる。
「危険ですね……」
「そうだな。もし、本当に敵が近いのだとしたら門を閉めないと不味いんだ」
ベルゼブルが死体を作らせ続けるよう少女に指示した意味をようやく理解した。これは、警備に穴を空けるためにわざと……突如、鐘が鳴り響いた。少女の尻尾がビクっと上向きに動いた。
「!?」
「これは……」
普段は鳴らないはた迷惑な鐘の音。それが意味するのは、襲撃。結論にたどり着くのがあまりにも遅すぎた。
「ゾンヲリ、すぐに外に出るぞ!」
「はい」
少女と共にゾンビロードへと向かい、状況を確認する。逃げ惑うハゲのデーモンやサキュバス。逆に入口へ向かって戦いに望むハゲのデーモン達。場は喧騒と悲鳴に包まれており、正確に状況を把握出来る者は誰も居ない。西区は一瞬にして混乱と混沌に陥ったのだ。
開け放たれた入口の大門より迫りくるは大勢の騎士風の甲冑を着込んだ者達。それらがハゲのデーモン達を切り崩してくる。
閉鎖された中央区へと続く行列から声が上がった。
「おい!何で門が閉まってるんだ。早く開けろ!」
「そうよ、早く開けないと私達殺されちゃうじゃない!開けなさいよ!」
だが、そんなハゲのデーモンと淫魔達の叫びは虚しく木霊するのみ。門が開け放たれる事はなかった。つまり、戦えという事なのだろう。
騎士風の軍勢からも声が上がる。
「捕虜や奴隷の解放を優先し、デーモン共は必ず2人以上で連携してかかれ、淫魔共々容赦はするな!」
それは確かな死刑宣告だった。彼らは、人間の側からすれば正義と呼ばれる者達なのだろう。
遠目で見た騎士達の中には何名か非常に強い力を持つ者達が居た。立ち振る舞い、装備、気配、どれも見ただけでどうにもならないのが分かる。今、ここにいるデーモン達では万が一にも勝ち目がない程のものだ。
「人間風情が、ふざけた真似!」
「ぶっころがしてやる!」
十数人のレッサーハゲのデーモンが騎士の群れへと突貫する。騎士の群れのうち、大盾を持った者が前に進み出て、それと対峙する。大盾の騎士はハゲの剛腕を盾で受け流す。
その間に武器を持った騎士達数名がハゲのデーモンをすぐさま取り囲み、切り、殴打し、刺突する。数人がかりでの同時攻撃を受け、瞬く間にハゲ達は叩き伏せられたのだ。同じように突貫していった十数名のハゲの者は皆、切り崩された。
人間は数の暴力と連携で戦力差を覆す。個人主義のデーモン達の弱点は連携を軽視するところにある。体格が中途半端に大きいため、矢の的にもなりやすい。どんな強者でも同時に相手どれるのは精々3人が良い所だ。
「……ネクリア様、これは」
「どうする……一体どうすれば……」
少女は冷静さを欠いていた。蝙蝠の羽をパタパタとはためかせ、右を見て左を見る。当然か。この手の荒事には慣れていないのだろうから。
「ネクリア様、一先ずは逃げましょう。とにかく目立つ中央道路や門は危険です。路地に逃げ込めば集団に囲まれたり矢で射かけられる事はなくなります」
「わ、分かった」
少女の手を引き、路地に向かって走る。
私が騎士を倒せても精々一人か二人が限度。少女はそもそも戦う事すら不慣れ。中央区、北区、南区への門は閉められている。その周辺には逃げ惑う者達で混乱を極めていた。
この場において正解は一切分からない。だが、とにかく時間を稼がなければいけない。突発的に発生したこの戦いにおいての勝利条件はただ一つ。少女の安全のみ。
私にとって、他の事はどうでもよかった。
話数がかかってしまったけれどプロローグの終了も近い。
設定補足
・レッサーハゲの者は貧弱一般騎士とタイマン換算で2人分くらい強い。
けど、同時に攻撃を受けると普通に死ぬ。盾役の相手をしてちゃダメ。
だけど、ハゲの者達は所詮単なる荒くれなので連携がとれない。
軍隊的な規律とかそんなのもない。
盾役無視して他殴りに行けよって理屈はあるかもしれない。
でも一番前に居る奴無視して背後見せるって普通やらないよね。
そんな事をすれば普通に後ろから刺殺されるだけです。
結果一人で突っ込んで数の暴力を前にして負ける事になる。悲しい。