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第六話:筋肉がついてしまったエロフ


 フード女が姿を消し、一先ず周囲に目立つ危険はなくなった。先ほどの騒ぎなどまるで初めから無かったかのように、それまで裏路地に隠れていた孤児や浮浪者達が疎らに表通りに出てくる。


 暴力沙汰など別に珍しい事でもないのか、戦後にこのような治安の悪い場所にまで警備隊を一々回してられる程人員に余裕がないのか、いずれにせよ風俗通りは普段の賑わいを取り戻すのに、それ程の時間はかからないのかもしれない。


 

 生命感知や視線から周囲の気配を探るも、フード女らしき強者の気配は感じられない。が、アンデッドの生命感知は便利だが、万能でもない。念を押すに越したことは無い。


「フリュネル、周囲に不審な魔法の痕跡を感じないか?」


 生命そのものが発する気配そのものは焚き火から発せられる"熱の暖かさ"のように、非常に曖昧な感覚でしか得られない。この"暖かさ"は飛竜狩りやフード女のような強者からはより強く感じられるものの、魔法を阻害する金属のようなもので阻まれていたりすると極端に感じとりにくくなる。


 ようするに、建物の中に居る人間が分かったりするようなものではないし、私が生命感知に頼っていることさえ知っていれば魔法などで"誤認"させるという芸当も出来なくはない。視線や殺気等から気配を探るのも同様、ブルメアに対して向けられる"雑音"があまりにも多ければ、本命の気配を探り漏らす可能性がある。


 その点、"魔法"の気配や空間の(ひずみ)を探知する事に関しては私よりも精霊であるフリュネルの方が遥かに適任だろう。


(う~んとね、わかんない!)

「そうか、何かあったら教えてくれ」

(わかった~)


 尤も、フリュネルに頼るのはあくまで保険でしかない。とりあえず、いつまでも治安の悪い場所(風俗通り)に長居はするべきではないし、後の事は雑音(ひとさらい)を撒いてから考えるとするか。


 角を曲がった直後に【三角飛び】で建物の屋根上まで登って元居た場所見下ろせば、人相の悪い暴漢数人が駈け込んで来た。


「おい、エルフは何処に消えた!?」

「折角見つけた上玉だ、散開して探せ」


 あれらは脅威にもならない。だが、こうも頻繁に近寄って来られると流石に面倒だ。飛竜狩りの従僕がエルフは町中を一人歩きも出来ないと言うだけはある。


(う~……本当に後ろつけられてたんだ……)

「はぁ……そんな調子ではまた牢獄送りになるぞ」

(別に、街に入る時はゾンヲリもいるから平気だもんね)

「明日からは貴女一人でこの街中を歩くというのに、そんな他人事では困る」

(え? 一緒に来てくれないの?)

「当たり前だろう」


 そもそも、私が今ブルメアの身体を借りているのは市長に接触するためにはやむを得なかったからであり、つまるところ例外中の例外だ。流石にブルメアの恋路や食べ歩きに付き合ってられる程に暇ではない。


(う~……だったらやっぱりあの時にちゃんと断っておけばよかったのに、どうしてゾンヲリってば考えますなんて言っちゃったのよ)


「貴女が今後を見据えるならよく吟味するべきだと判断した」

(そうかなぁ?)


「ならば聞くが、貴女はこれからどうするつもりだ?」

(じゃあ、ゾンヲリ達はどうするつもりなの?)


 質問に質問で返されはぐらかされたが、それはいい。今頃、少女と獣人国の重鎮と鉱山都市の現領主達とで"会談"が行われているだろう。既に我々側の方針については定まっており、後は鉱山都市の現領主が納得してくれるかどうかという話なのだが。


 尤も、交渉という名の脅迫が行われるだけなのだが。


「次の戦争に備えるために、私達にはより多くの戦力が必要だ。そこで各地から"協力者"を集う必要がある」


 世界には、獣人やエルフを初めとした多くの"亜人"が存在する。その多くは現時点で最大の勢力圏を誇る人間の支配下内では不当に虐げられる立場にあるために、人間とは多くの軋轢(あつれき)がある。そこで、敵の敵は味方という理屈で亜人同士で同盟を組んで戦力を増強し、今回の騒動のように安易に攻め込まれないようにするための抑止力を得る必要があった。


 ……単に少女の安全を確保するためだけにここまで大事にせねばならないのかとため息が出てくるような話なのだが。少女がやると言ったのならやるしかない。


(むぅ……ゾンヲリってば回りくどくてすっごく分かりにくい言葉使うよね)


「では単刀直入に言おう。"私達"の戦争にエルフも巻き込むために、これからは使者として貴女の故郷に出向く事になるだろう。これでいいか?」


 実の所、地理的な近さと戦闘力を両立している種族と言えば魔族がいるのだが……当然ながら指名手配中の少女的な意味で論外だ。よって現状、最も有力な協力者候補と言えば、地理的にも心情的にも獣人と近いのはエルフしかいない。


 尤も、亜人同士で共栄圏を作ると言えば聞こえは良いが、エルフのように僻地に籠って不干渉と独立を貫けている勢力からすれば迷惑もいい話だろう。飛んでくる火の粉を態々被りたがる被虐嗜好者(マゾヒスト)などいないように、当然タダで話がまとまるわけがない。


 第一、ブルメアの同胞を戦争に巻き込むのだから大概自分勝手な話だ。どうせ幻滅されるのであれば今が頃合いか。


(じゃあ、私も手伝ってあげるね)


 ブルメアの返答は予測とあまりにも乖離していた。


「待て、何故そうなる」


(何故って、案内も無しに"風の森"を歩くのってすっごく危ないし、せっかく村に辿り着けても多分、エルフじゃないと中に入れてもらえないと思う。皆"外"の事を恐れてるから)


「いや、そうじゃない。貴女は同胞を"戦いに巻き込む"のに抵抗はないのか?」


(ないわけじゃないよ、でも、ず~~っと隠れてても、そのうちきっと獣人(コボルト)の人達と同じになっちゃうんだとしたら仕方ないかもって思うし)


 今の所獣人国が緩衝地帯になっているのもあってか、エルフの勢力圏は獣人国程には脅かされてはいない。だが、獣人国が完全に併呑されてしまえば次に矛先を向けられるのがエルフである可能性は高い。それに、"外"でのエルフの扱いや価値を見る限り、獣人狩りよろしくエルフ狩りが跋扈していてもおかしくはないのだから。


(それに、私も色々思う事あるし)

「やはり、故郷に帰りたいのか?」

(ううん、帰ってもどうせ村の皆は私の事を受け入れてはくれないと思う)


 以前自暴自棄になっていた頃のブルメアが言っていた。エルフという種族は純血と純潔を大切にしていると、そして、そのいずれもブルメアは持ち合わせていなかった。


「おかしな話だな。辛い思いをすると初めから分かりきっているというのに、何故態々自分から案内を申し出たりする」


(ゾンヲリには教えてあげない。どうせとぼけちゃうんだし……)


「わけが分からん」


(ほら、また早速そーいうこと言っちゃう。とにかく! ゾンヲリ達が風の森に行くっていうなら私が案内してあげるんだから)


 不利益を被ってまでこうも強引に関わろうとする意図が掴めない。が、ブルメアの助力が得られるのならばこちらとしては心強い。


「案内をするのは良いが、明日の約束の件はどうするんだ?」

(勿論断ります)


「はぁ……私達についてきた所で、もう満足に報酬も食事も出せないぞ。毎日のように食べたくもない魔獣肉を食べ続け、汗も出なくなるくらい苦しい訓練を続ける生活に嫌気がさしてたんじゃなかったのか」


 ブルメアも亡霊部隊の訓練には参加していた。そこで行われた実戦訓練のうちで特に厳しいものが、魔獣の生息域で自給自足で生き延びる事になる。勿論食事は朝昼晩の三食全て殺した魔獣の肉と得体の知れない野草や木の実で飾り付けしたようなものだ。


 獣人国内では食糧の調達にすら難儀する。数十人をまとめて養うには魔獣肉に頼る他になかったがための苦肉の策だったのだが……元々の生活が質素すぎたが故に亡霊部隊内ではブルメアを除けば割と好評だったりする。


(うっ……でもほら、なんか最近はそんな嫌な気がしなくなってきたし、むしろ食べないと力が出てこないというか……と、とにかく、最近は身体の調子だっていいの! ゾンヲリだって分かるでしょ)


 ブルメアも少しは"筋肉"が付いてきたように思う。その証拠に、こうして屋根の上に登って渡り歩く程度なら息も切らさない。


「ああ、(たくま)しくなったな。今なら林檎くらいなら軽く素手で握りつぶせそうだ」

(馬鹿! そんな事言われても嬉しくない!)


 確かに、林檎程度ではまだまだ実戦運用に耐えられるわけでもないし、最低限夜狼の頭蓋骨くらいは掴み割れる程度の握力を得てから褒めた方が良かったか。


 林檎を握りつぶすのに必要な握力はおおよそ70㎏くらいらしい。ごま塩程度に覚えておいて欲しいのさ……。ちなみに、これは細腕を握撃すると骨にヒビを入れるには十分な威力だったりするらしい……。さらに、人間や夜狼の顔面を握りつぶすには200㎏くらいの握力がいるらしいぞ?


 今のブルメアさんの握力パラメータはおおよそ120㎏くらいなのだ。ちなみにネクリアさん十三歳の握力は780㎏くらいある。意外にマッチョなのだ! なお、ハルバ君くらいになると四桁後半を超えてきたりするらしい。


 インフレ……?知らんな!


【生命感知】

 五感が鈍すぎる(腐ってたり潰れてたりする)アンデッドは生命波動エネルギーを感知する事で生命体を補足している。イメージ的には体温センサーで熱源反応がある場所を大まかに把握している感じだ。そして、アンデッドが存在を維持し続けるにはこの生命波動エネルギーを吸収するのが必要なので、自我の残っていない個体は強者や魔力の濃い力場に無意識的に引き寄せられがちだったりする。


 ゾンヲリさんの実力測定がやたら正確なのは、生命感知でオーラ量が見えてしまっているので明らかにヤバイ相手はヤバイと分かってしまうのである。勿論立ち振る舞いなども加味した上なので、ネクリアさん十三歳のようなオーラ量が多くてもポンコツなのはちゃんとポンコツであると見分けがつく。


 魔力≒魂は近い性質を持つ為、生命波動は金属鎧などで身を包むと探知されにくくなる。逆に、周囲の魔力が濃すぎて実体が見えなくなるパターンもあるのだ。また、余程強いエネルギーを発していない限りは遮蔽物によって減衰する性質があるため、屋外では探知範囲は広くても建物や洞窟の中ではそこまで広く生命を探知できるわけではなかったりする。


 では何で2章辺りでネクリアさん十三歳を差し置いてゾンヲリさんの方にばかりアンデッドのヘイトが向かうのかと言えば……ディープワン=サンが答え言っちゃってるけどゲフンゲフン


次回は会談回になる予定。

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