第五話:処女センサー
【幻霧】が晴れた事により、これまで霧中に潜んでいたローブ女の本体が白昼の下にさらされていく。
「あら、見つかってしまったわね」
「ガハハ、降参するなら今のうちだぜ? 」
飛竜狩りがボロボロになった火竜燐の剣をローブ女に差し向けると、火の粉が舞い散った。両者の距離を測れば民家二軒分は離れている。しかし、それは卓越した実力を持つ戦士からしてみれば大した距離にはならない。即ち、既に必殺の間合いの内側に立っているのだ。
「ええ、降参しようかしら。"今のままだと"アナタとも相性が悪いし、そもそも私って"こういうの"あんまり得意じゃないもの」
水の属性と火の属性は互いに打ち消し合う相殺の関係にある。【幻霧】という防護魔法を無効化した今、形勢は飛竜狩りに傾いていると判断してしまうだろう。
お手上げのポーズをとって見せるローブ女だが、その声音からは"余裕"が消えていない。まだ隠している手はあるとみて間違いない。
「よ~し、じゃあまずはフードを脱いで顔を見せてもらおうか、可愛かったらおっぱいを揉むくらいのお仕置きで許してやるぜ! ガハハッ」
気を良くした飛竜狩りは両手をワキワキさせながら要求を突きつけて見せる。
「ふぅ……仕方ないわね」
そして、ローブ女も言われるがままに、フードに手をかけながら近づいてくる。いや、これはかなり不味い。
「ま、待ってください!」
市長鄭を警護していた獣人看守がローブ女と目を合わせた直後に昏倒してしまった所を一度見ている。つまり、ローブ女の凝視には何らかの権能が備わっている可能性が高いのだ。
だが、飛竜狩りはその事を"知らない"。心構えがないままにソレを不意に受ければ、抵抗も困難になる。止めなくてはならない。
「んあ? いきなりどうしたんだ? エルフちゃん」
「じょ、女性に対し、そ、そういうの、良くないと思います」
「そうですよハルバ様、やめましょうよ~~」
急で声を作ったので少しばかし震えてしまったが、従僕のエルフも助け船を出してくれ――
(ねぇゾンヲリ、その声、どこから出してるの?)
今は聞くな、一瞬の油断が命に関わる。とにかく、ローブ女の視線を遮るように割って入る事には成功した。
「あら、アナタ、やっぱりコレにも気づいてたのね。目聡い子」
ローブ女の疑念を確信に変えてしまったのは失態だ。先ほど拝借した聖銀の短刀で不意打ちに切りかかるという手も、一度警戒されてしまえば通用はすまい。
「あぁん? 何を言ってやがる。俺様にも分かるように言いやがれってんだ」
「さぁて、どうしようかしら」
「お願いです。もう私を追うのはやめてくれませんか? それがお互いの為です」
ローブ女は形振り構わず力を振るう事を避けている。無論、私もこのブルメアの身体のまま町中で全力の戦技を振るい暴力沙汰や死闘を起こすのは色々な意味で避けたい。そんな事をすれば、ブルメアが単なる元奴隷エルフでは居られなってしまうからだ。そして、ローブ女もただの帝国の密偵魔導士では居られなくなる。
互いにこの場で正体を暴露し合うのは何の特にもならない。不利になってから話を聞く者などいない。この場に飛竜狩りという抑止力があり、優勢であるうちに交渉を済ませてしまうのが得策なのだから。
「お互いの為、ね。 まぁいいわ、少しアナタに興味がわいてきた頃なのだけれど、そうした方が賢明のようね」
「では」
「ええ、退いてあげる。当初の目的は遂行済みだし、アナタ達は残しておいた方がこれからが色々楽しくなりそうだもの」
そう言い残すと、ローブ女は再び即時詠唱した【幻霧】に隠れて消えてしまった。
「あ、おい」
飛竜狩りは狸に化かされたような顔をしていた。
というのはさておき、ローブ女の当初の目的……恐らくグールパウダー絡みの証拠隠滅だと思われる。一般的に人造オウガを作り出すという薬物の流通を許可するとは考えにくい。それにあの魔導帝国の利益に反する言動も、むしろ混乱を望んでいるような節すらも見受けられる。
先日の戦闘で相まみえた老将の反応から見ても、帝国も一枚岩ではないという事か。恐らく、オルヌルと呼ばれた帝国の要人や、魔族国からの"協力者"とやらが一枚噛んでいる可能性が高いが……。
「――ちゃん、おい、エルフちゃん」
「あ、はい。何でしょうかハルバさん」
「いきなり虫を殺せそうな勢いのムスっとした顔になるから何なのかと思ってな」
……これは私の悪いクセだな。
「で、それでだ。まずはエルフちゃん、この俺様に言う事があるよな」
「助けて下さってありがとうございます。ハルバさんへの御恩は一生忘れません」
「いやいや違う。分かるよな?」
「えぇっと……」
「俺様は美人の名前は必ず聞くようにしているんだぜ」
「ブルメアです」
「そ~かそ~か、ブルメアちゃんって言うんだな」
ポンポンと気安く肩に触れてくる。職業柄無意識に身体が動きそうだが、少女から何度も"せくはら"を受けてきた私に隙はない。
いや、手つきが少し嫌らしい。具体的に言うならば、胸に指先が触れそうになるくらい露骨だ。だがこの程度、迷惑をかけた謝礼の一つくらいに……。
「じゃあさっそくだが、ブルメアちゃんの処女を俺にくれ! そこの娼館で一発ヤろうぜ」
爽やかな笑顔とキラキラした歯をのぞかせて言うセリフがそれなのか……、いや、まぁ、そのくらい"私だけ"なら謝礼にしても全然、構わないのだが……、問題は……。
(ねぇ、ゾンヲリ、この人ぶん殴ってくれない?)
身体の主が許さないだろう。
しかし、残念だがブルメアの要求に応えるにはオウガくらいに強靭な身体能力をもってなければ不可能だ。仮に今から全力の正拳突きを放ったとしても、親指と一指し指で容易く捕まれ、それを口実に揉みくちゃに好き放題されるのがオチなので止めておくのが無難だろう。
……予想はしていたが、助力を求める相手を間違えたか。どうしたものか……とりあえず悪足掻きしておこう。
「あの、ごめんなさい。それは無理なんです」
「俺様は紳士だからな、初めては優しくしてやるぜ」
「私、処女じゃないんです」
「ば、馬鹿な……俺様の処女センサーが外れた。だと!? 誰だ、ブルメアちゃんの処女を散らした不届きな野郎は」
恐らく、既に虫の息か、息絶えているのだが。
それはさておき、確かに"私"はその経験がないのであながちハズレではない。むしろ、元奴隷の美人を相手に何故そう思えたのかと感心してしまうくらいには。
というか話が逸れはじめている。
「は、ハルバ様、ブルメアさん嫌がってますから、やめましょうよ」
困っていると、従僕のエルフが歯止め役を買って出てくれた。だが、何故か私を見る目が若干冷たい気がする。
「むむむ……そうだな、少しばかり早急すぎたぜ」
「あのエッチな事でなければ御礼は致しますので……それで勘弁しては頂けないでしょうか」
「なら、俺様と一緒に仕事しようぜ仕事。美人でそこそこ"実力もある"みたいだし、ブルメアちゃんなら大歓迎だぜ、そこで一緒に愛を育もうぜ」
……いや、待て、これには一利ある。
「すみません、少し考えさせてください」
「おう、いい返事を期待してるぜ」
それからは、割とすんなり開放してくれたのであった。尤も、明日"かふぇてりあ"なる場所でお茶を飲む約束を取り付けられてはしまったのだが。無論、代金は飛竜狩りが全部負担してくれるとのことだ。
(ねぇゾンヲリ、考える余地なんて全くないと思うんだけど)
(いや、貴女にとっては悪くないどころか、是非もなく乗るべきな話だと思うが)
(どこが悪くないのよ……悪い事だらけじゃない)
(飛竜狩りは少々下半身に素直な所があるが、名声程に悪人ではないと思う。その証拠に、共に連れているエルフの姿をよく見てみればよい)
肌の血色や髪の艶がよく、脂肪もそれなりについている事から食べ物には苦労はしていない。戦闘傷や暴力の痕も見当たらない事から、飛竜狩りは亜人や奴隷に対する偏見をそれ程持っていない。加えて、金銭や食糧などの入った重要な物資を預けており、従僕のエルフは飛竜狩りに対して割と自由に発言もしている。
それどころか、オウガの一件での飛竜狩りは従僕のエルフを庇うような立ち回りを見せており、従僕のエルフも一晩中自発的に飛竜狩りを応援するくらいには、互いに好意を抱いているのだから。
(互いに良好な信頼関係を築けてなければああはならないはずだ。少なくとも、彼の下で過ごせるならば、今までのように食べる物や寝る場所に困るような生活をしなくて済むだろう。それに……)
飛竜狩りは自由だ。美人の為ならば躊躇わず国家権力さえも敵にする。それに関してはそこいらの有象無象よりは遥かに信用できる。
(人間の街で過ごす気があるならば、彼の傍に居る方が居心地が良いはずだ)
(それは絶対ないよ……すっごくスケベな目で見てくるのが分かるんだけど)
(それは別に飛竜狩りに限った話ではない。少なくとも、今日一人歩きをしていた際に、通りがかりに貴女に扇情を向けていた通行人は47人居た。うち、5人は実力行使に出る素振りを見せていた程度には、貴女という女性は魅力的であるという自覚を持った方がいい)
無論、私もブルメアと目を合わせていると気恥ずかしくなって無意識に豊満な胸部の方に視線を吸い寄せられてしまうくらいには。
(えぇ……何それ……もう町中一人で歩けないんだけど、というか、ゾンヲリってば街歩いている人全員見てるの?)
(それくらい、常に気を張っていなければならなかった。普段から感じてはいたが、貴女は少々無防備が過ぎる。今に限らず一人で歩くつもりならば気をつけた方がいい)
ゾンヲリさんのハルバ君に対する好感度が高すぎる不具合。
百聞は一見に如かずとはよく聞くが、口で言うくらいなら牙を抜いたほうが色々手っ取り早いのだ。
ここの所暫く忙しかったのとそのせいでブランクがあって困っていたけどサクーシャは元気です。はい。




