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第四話:偽りのおっぱいめ……


 飛竜狩りはボロボロになった火竜の剣を抜き放ち、周囲を警戒し始める。人通りの少ない昼下がりの娼婦街での抜剣沙汰だ。雑魚寝している宿無しやたむろしている乞食達は面倒事に巻き込まれまいとその場からそそくさと立ち去って行く一方で、カツカツと石を叩くように足音を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる気配が一人。


「昨日も今日も予想外な事ばかり起こるのね。こんにちは、飛竜狩りのハルバさん」


 ローブ女は奇襲を仕掛けるでもなく正面から姿を現すと、周囲の温度がぐっと下がったかのような肌寒さを覚えた。いや、これは対峙した相手の気配による錯覚のせいではなく、実際に"寒い"のだ。霧状になった水が周囲に漂い始めている。


 つまり、既に"魔法"が発動している。


「俺様も最近妙な奴に遭遇したばかりで困ってるんだがなぁ。というのはさておき、てめぇ、"人間"じゃねぇな。小細工してねぇでさっさと姿を現しやがれ」


 飛竜狩りがローブ女から異質を感じ取った理由の一つが、身に纏う魔力の高さにある。単独で"地相"を塗り替え、隙も見せずに魔法攻撃を放てる領域ともなれば、もはや人外の領域といっても過言ではない。


 最近見かけた者のうちで匹敵する相手となれば、少なくとも上位悪魔(グレーターデーモン)級の高位魔導士(ハイ・ウィザード)か。……実の所、魔族国内はそういった面々の方々だらけであるし、常日頃に高魔力の持ち主(ネクリア様)が身近におられるので感覚が麻痺しつつあるのだが。


「ふふ、流石にアナタ相手に実体を晒すのは少し怖いもの」


 不敵に笑いかけるフード女の像が一瞬乱れ、蜃気楼のように消えてしまった。そして、何の脈絡もなく別の場所からフード女がいきなり出現したのだ。


 だが、再び出現したそれも【幻霧(イルミスト)】であって実体ではない。視覚にのみ頼り過ぎていると、こういった感覚阻害魔法は厄介極まるのだが、生命感知で魔力の流れを探れば"何もない"場所に本体が潜んでいるのくらいまでは分かる。が、今の所は気付かないフリをしておくのが得策か。


 相手を自分の術中にハメていると錯覚している時にこそ、最も油断を引き起こしやすいのだからな。


「それで物の相談なのだけれども、そっちのエルフを大人しく引き渡して貰えないかしら。そうするならアナタを始末しなくて済むの」


 とはいえ、狡猾な魔術師がこういった会話を持ちかけてくるのは、十中八九次の魔法詠唱の準備に入るための時間稼ぎだったりする。なんせ先日もこれで痛い目を見ている。魔術師に時間を与えれば与える程不利になるのは此方であるというのは忘れてはならない。


「ハルバ様……、エルフが街中を一人で歩けるわけがないですから、この人きっと脱走したんだと思います」


 現在進行形でブルメアは脱走中だ。従者エルフの指摘は正しい。しかも、ブルメアの胸元には奴隷紋が刻まれている。これを調べられたら言い訳もできない。尤も、正当かどうかは分からないが飼主だった男は今頃獄中死も同然な状態なわけなのだが。


 ……こんな身分でも淫魔である少女や腐った死体の姿で一人歩きするよりは大分マシだったりするのだから困る。魔族はその場で問答無用で斬殺したとしても一切罪には問われないのだと、道すがらに見かけた掲示板に大きく記されている程度には人権がないのだから、これを知った時には思わず戦慄(せんりつ)したものだ。


 市長の小児性愛趣味(ペドフィリア)がなければ少女(ネクリア様)は即死していてもおかしくはなかったのだから。



「ええ、そういうわけなの、だからアナタもここで奴隷の逃亡を共助して国に追われる犯罪者にはなりたくないでしょう?」


 不味い、このまま国家権力を盾に強請(ゆす)られては普通に明け渡されてしまう。くっ……かくなる上は。


「お願い……助けて……」


 頑張って上目遣いの表情を作って飛竜狩りを見つめ、豊満な胸も強く押し付ける。ようするに、ただのヤケクソの泣き落としだ。


(ねぇ、ゾンヲリ、本気で怒っていい?)


 今が分水嶺(ぶんすいれい)なんだ。殴るも蹴るも後にしてくれ。


「ハッ、見くびるなよ人外。大体、国だかクンニだか知らねぇが、困ってる美女をほっとけねぇのが俺様のポリシーだ」


 下心丸出しの下卑た笑顔を見せてくれる飛竜狩りの白く光る歯が妙に印象的だった。台詞だけならカッコいい……? のだが、何とも言えない気持ちになる。そう、色々な意味で。


「だったら私も困っているのだけれど?」

「この俺様にも嫌いな女がいてな、性格が悪い美女だけは対象外なんだ。お仕置きはするがな! ガハハッ」


 すまない。


 騙して悪いが、私も性格が悪い部類だ。などと言えるわけもないので黙っておくことにした。それと、一瞬だけ従僕のエルフがビクっと震えた。


「そう、実は私も嫌いなタイプの男がいるの、丁度アナタみたいな()()()を見てると、アレの顔が浮かんできて吐き気がするのよね」


 俺様系……? 飛竜狩りを一言で形容する言葉のようだが、清純系の亜種のようなものだろうか。


「大体てめぇの方こそ、そのフードを剥いじまったら困るんじゃねぇのか?」

「ええ、今は下着くらいしか穿いてないもの、そんな事されたら困ってしまうわ」


 ローブの上からでも分かる魅惑的なボディラインを強調するかのように、ローブ女の幻影は自らの身体を抱きかかえるような仕草をして見せた。


 魔術師は魔力阻害を嫌って銀以外の"金属"武具の着用や携帯を避ける傾向にあるが、大抵の物体は大なり小なり魔力の流れを阻害する。それを嫌って衣服の着用すらも必要最小限に留め露出狂に走ってしまう輩もいないわけではない。そして、こういった手合いは強さの代償に色々と捨ててきているので非常に厄介である可能性が高い。そう、色々な意味で。


 魔導の深淵は複雑怪奇なのだと、()()が言っていた。


「むむむっ……中々のお色気ボディ……」

「ふふっ、なんなら触ってみる? クスクス」

「と、とぼけるなよ、そんな偽物のおっぱいに、この俺様が騙されるとでも?」

「ハルバ様ぁ……なんか変態っぽいです」


 飛竜狩りは誘惑を意思の力で跳ね除け、見えているローブ女の正体が【幻霧】であることを看破してみせた。こういった"囮"に迂闊に近接攻撃を仕掛けると、地雷代わりに設置された【スプラッシュ】などの炸裂系統魔法の直撃を受け、魔法名の通り肉体は木っ端微塵に弾け飛びかねない。


 相手が経験豊富で狡猾な魔術師であればさらに2,3重に罠を張っている可能性もある。


「あら、残念、私は()()()の方が得意なのだけれど」


 胸に手を当てて見せるローブ女の仕草一つ一つが、熟練娼婦のような魔性を放っていた。


 だが、一つ違和感がある。確かに、霧の幻影を自由自在に作り出せる【幻霧】ならば、飛竜狩りが指摘したように部分的な身体的特徴を改変して見せる事も可能だろう。だが、市長の前に見せていたローブ女の本体の姿と、戦闘形態に入った今のローブ女の【幻霧】は全く同じ姿をしている。


 つまるところ、今のローブ女の姿は偽りのおっぱいなどではない可能性が高い。


 尤も【シェイブシフト】のような光の屈折現象を利用した擬態魔法を予め併用していた場合はその限りではないのだが、わざわざ偽りのおっぱいを作り上げる為だけに【シェイブシフト】まで使っている魔術師はいない……はずだ。なんせ、霧で見え方を誤魔化しているだけなのだから、素早く動くなどの"ちょっとしたきっかけ"で直ぐに綻びが生じるので擬態魔法の使い勝手はそれ程良くなかったと記憶している。


 ……ローブ女ならその気になればブルメアの身体を借りている私にすぐに追いつけたはずだ。なのに、追いつけない理由があったのだとすれば……考えすぎか。


「それより、私はそっちの子猫ちゃんの方に興味があるの」


 ローブ女の幻影が意味ありげに視線を向けてくるが、魔導士の瞳を凝視するのは危険なので目を逸らしておく。目を媒介にした権能を用いる者は少なくはない。例えば、ゴルゴンの石化の魔眼(ペトロアイズ)や淫魔の熱視線(チャーム)がそれにあたる。


「……どうしてですか? 私は何も知りません……」

「お芝居が下手ね。まるで誰かさんを見ているみたい」

「どういう意味ですか」


「さっきまで逃げ惑っていたのに、私の事を食い入るように見つめているアナタの熱い視線には一切の恐怖が籠もってないもの。さっき一度すれ違った時とは"別人"ね。そもそも、私の投刃はそこいらの()()()()に躱せるわけがないし。ふふ、どういうカラクリなのかしら」


 それを指摘されてしまうとぐうの音も出ない。


 ある程度洞察力の高い相手ならば、"私"が表に出ていれば当然のように警戒されてしまうだろう。すれ違ってもローブ女から警戒されずに済んだのは、偶々その時に表に出ていたのがブルメアだったからでしかない。


 私は職業病故に"見せる隙"は作れても、"致命に至る無防備"までは晒せない。無論、生身でさえなければ必要あらば完全に無防備な隙を晒すのもやぶさかではない。だが、借りている身体を五体満足で返さなくてはならないとなると、冒険は出来ない。


 ようするに、私が表に出ていると見る者によっては"胡散臭さ"が一目瞭然なのだ。ベルクトや老将に即座に別人を疑われてしまう程度にはな。


「ええい、この俺様を無視するな! その正体引っぺがしてやるぜ!」


 しびれを切らした飛竜狩りが火竜燐の剣で横薙ぎに一閃する。朱色に燃える剣の軌跡からは火の粉が舞い、空気中に漂う霧と混じり、互いに反発し合って霧散し、霧が晴れていった。


 

偽りのおっぱいめ……

なお、マ〇ック〇ングダ〇の女神像の事では断じてない


設定補足


【幻霧】


 水霧によって幻影を作って囮にする魔法。【シェイブシフト】の上位版みたいな感じ。対処方は火の爆破魔法などで水霧や地相そのものを吹き飛ばせば良い。丁度ハルバ君が火属性の剣を持っていたので、偶然斬魔剣っぽくなっているらしい。


 ちなみにハルバ君は理屈でなく天然で斬魔剣モドキを使ってる状態なのだが、結果が良ければ全てヨシッ。


【シェイブシフト】


 擬態魔法というだけあって、主に自身を周囲に同化させる目的で使われる。カメレオンが木に張り付くと茶色になるように、特徴的な身体の一部分を隠したりするのに使ったりする。逆に盛るのは難しい……つまり、偽りのおっぱいを作るのは結構大変だ。(実体を持たないので、水袋でも用意しないと服を膨らませるのは困難だし)


【スプラッシュ】


 水版のエクスプロードみたいなもん。とはいえ、発動させる条件がそこそこ厳しいので普通は川の上とかじゃないと使えない。魔族クラスならジョバジョバ水出せるのでちょっと出力を落として発動自体は出来たりはするけど、そんな事するくらいならエクスプロード使えよ。で完全論破である。


 ただし、霧が出ている状況下では火属性魔法の威力が落ちる。こういう時にはスプラッシュを発動させた方が威力が高くなる。


ゴルゴンの石化の魔眼


 ネクリアさん十三歳が大好きなゴルゴンチーズの産地である某種付のデーモンおじさんが経営しているゴルゴン牧場では、ゴルゴンを家畜化する際に魔眼を潰してます。豚さんだって家畜になる前は猪だし、大きな牙が付いてたりするんだ……。エルフを牢屋に入れたら弓を取り上げるでしょう? 家畜になるってそういうことなの……。 

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