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第一話:鉱山都市陥落


 征伐軍本隊を率いる老将ゲートルドは、敗走中の隘路防衛部隊を救助、再編成した後に、火急の勢いで鉱山都市への帰還を目指したのであった。しかし、


「くっ、やはり遅かったか」


 閉ざされた都市門は、征伐軍の入場を固く拒んでいた。見張り台には武装した獣人兵士が、外壁の上には磔にされている人質の姿が立ち並ぶ。そして、先遣部隊が獣人への攻撃を開始しようものならば、即座に人質の喉元には石槍が突き付けられた。


「ゲートルド司令! このまま奴らにコケにされ続けるのはもう我慢なりません。【ファイアーボール】による一斉砲撃許可を!」


 鉱山都市の外周をぐるりと取り囲む外壁は、かつてそこに住んでいた獣人達によって建造されているものを補修工事し再利用したものだ。それは、周囲に生息する魔獣の爪や牙を阻むには十分に強固ではあるが、カノン砲や【ファイアーボール】のような火力攻撃を阻むには頼りない。


「獣人程度、外壁を崩して突入さえすれば我々なら容易く勝てます」


 事実、獣人と征伐軍では練度及び装備に関して相当の差があった。1対1での戦闘に限定すれば単純な戦力比は数倍、軍としての練度の差まで考慮すれば多少の不利など無視して圧殺も可能という意見が多数派である。


 にも拘わらず、獣人如きを相手にこうして二の足を踏まされているのは屈辱にも等しく、征伐軍内では人質の犠牲を無視した突撃の敢行を支持する気運が高まりつつあった。


「【ファイアーボール】による砲撃は許可できぬ」


 だが、老将ゲートルドの下した命令は攻撃停止。


「何故ですか、司令!」

 

「外壁に積まれた油壺や火薬樽を見よ。奴らの"狙い"に気づけぬか?」


 老将が視線を向けた先は外壁の上で拘束された人質ではなく、その真横に配置されている鉱山の採掘爆破に使われるような爆発物の類だ。


「まさか……獣人共は都市そのものを人質にしているというのですか」


 もしも【ファイアーボール】の爆風や外壁の崩落にソレらを巻き込もうものならば、一斉に誘爆し、外壁全てをまとめて吹き飛ばされる。そして、都市の内外には燃える油の雨が降り注ぎ、密集した木造建築物の数々は焼き尽くされていく。


 それが、老将ゲートルドの警戒していた最悪のシナリオだった。


「守るべき都市をワシらが率先して焼け野原にしてどうするというんじゃ」


「では、司令はどうなさるおつもりですか、このままいつまでも睨み合いを続けていても状況は……」


 現状の征伐軍は、黒死病患者や重傷者などの早急な治療を必要とする者が3分の1以上を占めている。既に都市からの補給線が断たれてしまった事で水や食糧の供給にも問題が生じ始めており、これ以上の時間を浪費してしまえば、もはや軍としての統制の維持すらも困難となるのは自明の理である。


「奴らには要求があるから人質をとるのじゃよ。ならば、一先ずは敵将と話をせねばなるまい」


 そして、その対話の機会は直ぐに訪れた。


「あ、あれは……市長ではないですか」

「む、そのようじゃな」


 棒に(はりつけ)にされた鉱山都市市長が、多数の獣人達に運ばれ、都市門の丁度真上に立てられたのだ。


「私が市長だぞ! 愚劣極まる亜人の分際で! 直ぐに解放しろ! 貴様ら無能共も見てないでさっさと私を助けるのだ! 早く助けろ!」


 市長はと言えば、このような調子でずっと喚き散らすばかりであるが、これでも鉱山都市を統治する最高権力者である。そのような人物が縄で簀巻きにされているという状況が意味するのは。


「ニンゲン達に告ぐ! 都市は我々獣人が完全に占拠した。これ以上の戦闘は無意味である! ただちに降伏せよ!」


 竜人を模したような銀の全身鎧が、都市門の真上で降伏勧告を叫んだ。


「あ……あれは……獣人戦君(コボルトウォーロード)、死んだはずじゃ……」


 その外観は、征伐軍を百以上斬殺してきた存在と似つかわしい姿をしていた。多くの犠牲を払って倒したはずの強敵が傷一つもない姿で再び出現する。それは、直接対峙しておきながら命からがら何とか生き延びてきた兵士達に心的外傷(トラウマ)を想起させた。


 軍からはどよめきが広がる。


(みな)落ち着け、単に鎧が同じだけで軍人が一々狼狽(うろた)えるでないわ。あの獣人戦君(コボルトウォーロード)は魔将ではない。ただの竜王じゃよ」


 老将ゲートルドは兵士達の動揺を(いさ)めると、わざと目に留まりやすいように最前線に歩みでては銀鎧を睨みつける。竜王ベルクトも応えるようにゲートルドを見下ろした。


「貴方がニンゲンの軍団長か」


「左様、ワシの名はゲートルド。一応男爵をやっておるが、この際ワシのことなどどうでもよかろう? 業突く張りがいつまでも喚いて煩いし、さっさと本題に入ろうではないか」


「我々獣人の要求は先ほど言った通りです。ただちに武器を捨てて降伏するのであれば、危害を与えるつもりはありません」


「ふむ、では断ると言ったらどうなるかの?」


 老将は試すような口ぶりで交渉の決裂を示唆(しさ)してみせる。


「それなら致し方ありません。我々にはこの都市を全て燃やし尽くす覚悟があります。幸い、ニンゲンが作った建物は乾燥している木材を使っているのでよく燃えます。一度火を放てば瞬く間に都市全域に燃え広がるでしょうね」


 竜王は松明の火を鉱山採掘用爆薬樽に近づけようとする。


「待て、先ほどの言葉は単なる冗談じゃ。その"都市の盾"、もしや獣人に入れ知恵した者の策かの?」


 老将ゲートルドが慌てて制止すると、竜王ベルクトも松明を爆薬樽から遠ざけた。


「ええ、ですが、この結末は我々にとっての本意ではありません。無論、貴方方にとっても」


 "都市の盾"とは、都市占領型の焦土作戦である。どうせ占領出来ぬのなら、獣人国侵攻の前哨基地となる鉱山都市を爆破して燃やし尽くす事によって次回の侵攻を遅らせる事を目的としている。その結果、獣人は戦果を得られず飢えて果て、鉱山都市在住の人間や獣人達は全てまとめて焼き殺される。


 多くの屍が積まれるものの、誰もが不幸に陥れられる最悪の愚策。それを選択せねばならぬほどに、獣人達は追い詰められていたのだ。


「ならば降伏すれば我々はどうなる? お主らが昔年の恨みを晴らすべく、市民全て奴隷にでもおとしてやるつもりかの?」


「いえ、私達獣人が求めるのは自由と解放だけです。戦役で消費した今後1年間の食糧提供と停戦、それに加え、獣人への不当な扱いを改めて貰えるのであれば、鉱山都市の自治権までは奪いません」


 ベルクトの主張は戦争の終結後に1年間の不平等通商条約並びに獣人の労働条件を人間と対等にするというものだが、これは敗者となった者からすれば破格の待遇だった。


「ふむ、随分とワシらにとっては虫のよい話じゃが、そのような甘すぎる賠償でお主ら獣人が納得できるとでも?」


 拠点を制圧するために犠牲となってきた獣人達は、それまで奴隷にされてきた獣人達は、何を願う。征伐軍は奴隷にする気で獣人国を土足で踏みにじってきたというのに、獣人は人間を奴隷にせず、凌辱もせず、略奪もない粗末な勝利を認めるだろうか。 


 認められるわけがなかった。


 一体誰が、右の頬を殴られたのに左の頬を殴り返すなと言われて納得できるものか。左の頬を殴り返すどころか短刀で串刺しにしてやりたいと願う方が尤もらしい。


 ゲートルドが竜王の言葉に疑念をぶつけた理由だ。


「竜王ベルクトの名において、納得させましょう」


「……ふむ」


 老将ゲートルドの指先が顎髭に触れた。


 条件だけを聞くならばゲートルドが降伏を呑まない理由はなかった。しかしそれは、ベルクトの言葉が"真実"である場合にのみ限られる。武装解除した矢先に石槍で串刺しにされては、希代の愚将と(そし)りを受けかねないのだから。


「やはり、その言葉だけでは信用には足りぬのう。態々困難な和平の道を望む意図も読めぬ」


「私達獣人は"弱く"、人間は"強い"ですから……では理由にはなりえませんか」


「ふむ」


「私達の"今"の優勢も紙一重の上に保っています。もし、獣人が鉱山都市を力で奪い返し、人間達に多大な賠償義務を課したとしても、何かの拍子に力でいとも容易く踏み倒されてしまうでしょう。だからこそ、私達獣人は人間に危害を加えるわけにはいかないのです」


 "都市の盾"や地の利が無ければ獣人と人間との間に戦いは成立しない。そんな中、鉱山都市を占領統治してしまえば【ファイアーボール】の盾となってくれた都市は守るべき資源となり、資源にした人間奴隷達は内部から反乱を企てる火のついた爆弾と化す。



 人間ですらも獣人の反乱を抑えられないのに、獣人が人間を抑えられる道理など、初めから無かった。



 そして、鉱山都市やその周辺の獣人奴隷を解放して実害を被る者は、その殆どが鉱山や農業利権を貪る商人や貴族が大半である。なんせ、奴隷を飼い続けるにも人一人を養うにも衣食住を必要最低限提供し続ける程度の経費が発生する。それは、生活だけで精一杯な多数の労働階級市民からすれば十分な"重荷"となりえるだけの費用にもなる。


 つまるところ、都市で暮らす"殆ど"の市民にとっては獣人奴隷の待遇改善などと"他人事"で済んでしまう程度の問題であり、反発も生まれにくい。それどころかむしろ"奴隷"という強力な競合相手が減るのは、低賃金な労働者にとっては朗報にもなった。


「なるほど、理解したぞ。反乱を抑えるために賠償を軽くして都市の自治権をワシらに返すと? 大胆な強襲占領を仕掛けた当代の竜王にしては、随分と弱気じゃのう?」


 占領下に自治権を残す統治手法として、傀儡国家を打ち立てる


「弱気で結構、これこそが私達獣人が生き延びる為の道なのだと私は信じています」


 竜王は迷いなく老将ゲートルドを見据える。


「おい、ゲートルド貴様ァ! 何のために過去の実績を評価して無能な貴様に軍の指揮権を預けてやったと思っているのだ! さっさと亜人共を射殺してこの私を助けろ!」


 老将ゲートルドは、業突く張りの声の騒々しい怒声を呆れたように聞き流したのであった。


「あぁ……やはり市民の安全とこれ以上の兵士の犠牲には替えられぬ。竜王よ、白旗じゃ。お主の提案通り降伏しよう。その代わりにじゃが――」


「はぁ? ゲートルド貴様ぁ! 私をぬきに何を勝手な事を決めている。獣人とチンケな銀鉱石も売れなくなったらこの都市はどうなる! その責任、一体誰がとってくれるというのだ! おい――」


 こうして一つの戦いは終わり、都市門に磔にされたままの市長ただ一人を除いて市民達は皆解放され、竜王と老将との間に終戦後の処理についてやり取りが交わされていく。そして。


「私が市長だぞ……何故、誰もこの私を助けに来ない……くそ、裏切り者どもめ!」


 そんな元支配者の叫びが、鉱山都市に木霊していったのであった……。


 拠点を完全粉砕するか、傀儡国家を打ち立てるか、完全制圧の三択のうちの一つを選択した場合、一番最適な方法を選択する。


 都市を完全に焼き払う→周辺都市から戦争狂と認識され集団リンチを招く。食糧調達も不可

 完全制圧→獣人3人で人間一人を抑え込めるかどうか、人口1万人規模なのに軍人2000人程度でどうしろと? しかもハルバ君のような一騎当千が一人紛れ込んできただけで……。

 傀儡政権擁立→既得利権手放したくない市長がそんな事絶対に許さない!


 はい、市長をコロコロしちゃうだけで皆幸せになれるならそうしましょうねぇ……。という悲しいお話なの。


 なお、余談だが、スパルタという国は一人辺り奴隷十人を抑え込めば反乱を抑制できるというマルス算理論で統治していたりするらしい。何だかんだでフィジカルと人口は大事(暴論)

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