百二話:岩んこっちゃない
※チャート改変に基づき、大分ごっそりと展開変えました。ご理解とご協力をお願(ry
私が今置かれている状態を一言で表すのならば、岩になった気分だろうか。頭部は潰れ、視覚、聴覚、嗅覚は完全に失われ、体中の骨という骨は衝撃によって完全に砕かれているため、声帯から声を発するのはおろか、どれだけ意思を込めても四肢どころか指の一本すらも動かせないという有様だ。
周囲に漂う生命反応の強弱くらいならば辛うじて認識できるが、そこから察せられるのは征伐軍がこの場から立ち去った程度の情報だろう。だが、今はそれだけを知れるなら十分だった。
(フリュネル、居るか?)
契約者の"声"で風精フリュネルに語り掛ける。
(な~に? ご主人様、ってはわわ…… 大変だよ。ご主人様がすっごく大変だよ)
(ブルメアに今の私の状態をありのままに伝えてくれないか?)
(分かった! 待っててね! ゾンヲリのご主人様)
(すまない、助かる)
事前の作戦は万全を期していた。展開も理想通りに運べた。グルーエルという強者の肉体もあった。だが、それでも飛竜狩りという男とは隔絶たる実力差があった。故に情けない話だが、初めから私の敗北を前提とした遅滞戦術を実行せざるを得なかった。
挙句、小さなフリュネルやブルメアに死体回収を頼んでいる有様なのだから、笑えない。
(ゾンヲリのご主人様! ブルメアのご主人様に伝えてきたよ! 伝えて来たんだよ。 すぐに大ご主人様を呼んできてくれるって!)
(ああ、分かった。よくやったぞフリュネル)
(えへへ~)
この潰れた頭部では、無邪気に照れているフリュネルの顔を拝み見る事も叶わないが、そんな事より重要な話がある。
(フリュネル、ブルメアの方には大事ないのか? 日喰谷方面では炎の精霊魔術師団との戦闘もあったとの途中報告もあったようだが)
老将の率いる征伐軍本隊を湿地林に釘付けにしている間に、竜王ベルクトが日喰谷戦線を突破して鉱山都市まで一気に駆け上がるという作戦が本命だ。だが、日喰谷戦線に敷かれている魔術師を含めた三百にもなる敵の防衛陣地突破は獣人軍だけでは困難だった。
その理由も単純で、獣人軍の主な兵装は投石と石槍、これでは後衛に控える敵の魔術師に対して有効打を与えられない。隘路では数の利を生かした人海戦術の効果も見込めない。そんな状態で例えば、火力集中に特化した密集陣形でも組まれ、途切れることなく【ファイアーボール】で砲撃でもされれば一網打尽にされてしまう。
だからこそ、魔術師という獣人の弱点に対処するために、ブルメアという狙撃手を援護に向かわせた。尤も、その結果の是非に関してはフリュネルの様子から見てそれ程心配はしていない。
(うーんとね、大丈夫だったよ! ブルメアのご主人様がひゅーんって矢を魔法使いさん達に撃ったらね、ぼ~んぼ~んって綺麗なお花が咲いたみたいに弾けちゃったんだよ)
フリュネルの言葉を要約すると、【ファイアボール】を詠唱待機中の精霊魔術師の一団に対する狙撃を成功させたという意味になる。特定のタイミングで狙撃によって魔法詠唱中断を引き起こせば、詠唱途中の【ファイアーボール】は暴発自爆する。そして、周囲の術者も巻き込んで自爆連鎖は波及していくという寸法だ。
要するに、狙撃手への警戒を怠った密集魔術陣形を組んだ魔術師など、導火線に火のついた爆弾を腹に抱えた殉教者集団のようなものでしかない。魔術師を最小の労力で効率的に爆殺する方法が、逆凪の誘発を目的とした"狙撃"だ。
(そうか、それなら良かったが……その時のブルメアは体調を崩してたりはしないか?)
だがそれは、あくまで私にとっての理屈だ。大量殺人の片棒を担がされているに違いないし、闇に紛れての高所からの隠密狙撃は射程と攻撃機会で優位をとれるとは言え、盲撃ちで【ファイアーボール】による反撃を受けないとも限らない。
(なんかね、ポカーンってしてたよ)
……魔術師は一度の魔法で大量に生命を殺傷する事から、大量虐殺に対する忌諱感を持たなくなる傾向があるのだとどこかで聞いた覚えがある。逆に、敵との距離が近く断末魔を直に聞いてしまう剣士のような役回りになるほど、殺害への拒絶感を持ちやすくなる。なんせ、魔術師と同じだけの殺戮を剣士が引き起こせば残虐な狂戦士と呼ばれるくらいなのだから。
時に、武器を無くした時によくやる殺害方法と言えば、相手の目玉を親指で突き刺して潰し、そのまま脳まで抉り込み、眼球を引き抜くというものがあるのだが。当然の如く、これと同じ事を亡霊部隊やブルメアには夜間訓練の過程で魔獣相手に何度もやらせている。
……その経験が生きたのかもしれないな。
(……一応体調には気をつけるようブルメアには言っておいてくれ)
(うん、分かった~)
それからもフリュネルの声を通じてブルメアから現在の戦況報告を受けていた。色々と紆余曲折のある情報をまとめて整理すると、既に竜王ベルクトは最終戦術目標である鉱山都市への攻撃を開始しているというものだった。
つまるところ、後は竜王ベルクトがガラ空きの鉱山都市を制圧するのが先か、老将の軍が都市に帰還する翌日になるのが先かという状況であり、多少の懸念事項は残るが勝利はほぼ目前だった。
久方ぶりに肩の荷が下りるかと思われた矢先に、魂が繋がりを感じた。
(や~~っと見つけたぞゾンヲリ)
多少呆れたような口調で、いつもの、鈴の音のような少女の声がした。その後少女はすぐに私の死霊魂を回収し、その身に受け入れていったのだ。
「全く、お前ってさぁ、毎度毎度ボロボロになってるよな」
(面目も御座いません)
「まっ、いいさ。無事で何よりだよ」
無事というにはあまりにも無様ではあるのだが。それは一先ずさておき、少女から肉体の制御権を借り受け、四肢を動かそうとした時だった。
「おっ……」
完全にミンチと化したミイラの肉体と健全な少女の肉体との勝手の違いによる"肉体酔い"でフラついてしまう。
(どうかしたのか? ゾンヲリ)
「ああ、いえ、問題ありません。直ぐに亡霊部隊を招集して前線に……」
空を見上げれば朱色の光が差しており、もうじき夜の帳もおり始めようかという時刻になっていた。視覚を潰される前はまだ"夜明け"であった事から、老将の軍との距離は恐らく半日程度、急げばもう一度くらいは夜襲を仕掛けられなくはない。
(それは却下だゾンヲリ。これから私達は獣人砦まで戻って後方待機なっ)
「何故でしょうか? ネクリア様」
(あのさぁゾンヲリ、そっちでへばってるブルメアを見て何も思わないのか?)
そう少女から指摘され、木々に腰掛けてうずくまっているブルメアに目を向けると、呼吸は乱れており、冷や汗を浮かべ、見るからに体調が悪そうにしていた。恐らく、戦闘の緊張や空腹や寝不足からくる疲労によるものだ。
「あ、はは、ちょっと、気持ち悪くて」
「睡眠や休息はとらなかったのか?」
「だってゾンヲリが危ないって言うから、急いじゃった」
……日喰谷から崖を降り、最前線から一度獣人砦に戻り、湿地林の奥深くまで踏み入るには行軍距離に直せば2日程かかる。それ程の距離を半日で踏破したのだ。しかも、前日の夕刻から一切睡眠もとっていない。ブルメアの身体能力からすれば相当の無理をしているのは明らかだ。
また、疲労の状態については亡霊部隊も大差なく、この極限状態での強行軍の継続は自殺行為にも等しい。私が単独で攻め込むにも、替えの利かない少女の肉体単騎で最前線に突撃するわけにはいかない……か。
「無理をさせてすまない」
「無理ばっかりしてるゾンヲリが言うのって変な気もするけど……。じゃあ、これでゾンヲリには貸し一つだね」
立つ事すらも辛いといった有様で、エルフの娘は暢気に微笑んで見せる。
「借りは必ず返そう」
「んふふ~約束だよ、あっ……」
その言葉を最後に、ブルメアは意識を失った。
(ええ……此処に来るまでに夜狼に二人乗りしてきてるのに、操縦手のブルメアが寝ちゃったら帰れないじゃん)
この場にあるのは【アニメート】済みの夜狼一体とブルメアという荷物だ。少女の寝そべり騎乗スタイルで操縦できるのは私が夜狼の身体を用いている時くらいなのだが、これでは気絶しているブルメアとダインソラウスを運べなくなってしまうという問題が生じる。
「ネクリア様、私が気絶しているブルメアの身体を拝借して夜狼を操縦しましょう。それなら夜狼に二人乗りで帰れます」
(寝ている婦女子の身体操作しようとするとか、ゾンヲリお前……ナチュラルにちょっと変態っぽいぞ)
何故なのか……。
なお、チャート変更点
市長がオウガ化しなくなりました。
ゾンヲリさんが鉱山都市に急行せず、補給線部隊及び捕虜(レイアちゃんIN)護送を行うようになりました。
ベルクトさんがゲートルドおじさん軍をやっつけるルートに入ります。
これにより、獣人国編は15話分くらい圧縮されました。




