表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/270

第十三話 一時の休息

 ネクリア様の屋敷にて、地下室から湧き出た同僚達を見送る。「うーっうーっうーっ」という同僚達の呻き。ゾンビは何処から生まれ、何処へ向かい、何処に沈むのだろうか。

 

 ……感傷に浸っている暇はなかった。地下室の階段を降りる。


 カツカツと音を鳴らしながら石畳を叩いて降り、最下層へと辿り着いた。部屋の中央に居るはずの少女に声をかけようとして思わず息を呑んだ。


 発光する幾何学模様が描かれた魔法陣の中央で宙をぼーっと見上げる少女。

 

 その周りの揺らめくのは幾多の死霊魂達、ひゅるひゅると少女の周りを飛び回りながら消えていく。時には優しく手を差し伸べ、あるべき場所へ還れるように導いていくのだ。全ての霊魂達がその場から見えなくなった時、少女はふっとこちらに気がついた。


「何だ、ゾンヲリか。戻ってきたのなら声をかけろよな」


「お邪魔してはいけないと思っておりましたので」


「ああ、気にするな。アレらは害がない部類だから」


 少女が魂呼びをしている所を冷静な状態で見るのは初めてだった。普段は見た目相応にあどけない仕草を見せる少女、今回は妙に大人びて見えた。


「そうですか」


「それで、戻って来たという事は何かあったのか?」


「はい、ネクリア様に報告が必要な案件だと思います」


「そうか、じゃあ上に戻って聞こう」


「はい」


 少女は魔法陣の中央から歩きだした辺りで、膝から崩れ落ちる。


「あ……れ……?」

「ネクリア様!」


「いい、大丈夫だ。ちょっとばかし消耗して疲れただけだ」


 少女は両手を地面に着くともう一度立ち上がり、平静を装って歩いて見せる。手を差し伸べてやりたい気持ちはあるが、この状態ではありがた迷惑だろう。


「やっぱり危ないから手を繋いでくれ、ちょっとばかし歩くのが辛い」


「分かりました」


 少女に向けて手を差し出す。それを少女が手に取る。私から少女に触れるのは此処で初めてになる。ガントレット越しだけれども。


 少女の手を引き、階段を登りはじめる。手甲は硬く、握れば少女の手を傷つける。だから強く握りしめないよう細心の注意を払う。


「やはり、日に3度も魂呼びするとなると辛いな」


「無理せずに休まれてはいかがですか」


「一日で140体作ると言ったきりだろう? ……まぁ、20体が良い所だったけどな」

 

 一週間でゾンビ1000体作ろうという無謀な試み。今思えば、少女を消耗させるためのベルゼブルの策だったのではないかと邪推したくもなる。


「ところでゾンヲリ」


「何でしょうか?」


「何でお前、あの雌豚の臭いをプンプンさせてるんだ?」


 ……思考と足が止まった。これは言い訳が通じるのだろうか。いや、やましい事は何もない。平静に、冷静に、丹精に話せばきっと分かってもらえる。


「帰路の途中でイルミナ様に会いました。ネクリア様を心配しておられましたよ」


「言い直そうか、お前から明らかにテンプテーションを受けた程度に強い雌豚の残香(ざんこう)が臭ってくるんだが、重要な事を隠してないか?ええ?」


 凄みを利かせた睨みをうけ、思わず力を込めて拳を握りそうになる。が、寸での所で思いとどまる。


「た、確かにテンプテーションは受けましたが、私は決してやましい事はしておりません」


「そのセリフが出てくる時点で疑わしいのだが、本当か? 魔王様に誓って言えるか?」


「ええ、勿論です。証拠に腹を抉って正気を保ちました。本当です!」


 少女にじろじろと腹部の抉り傷を眺められる。臓物の中身を人に見られるのは恥ずかしい。そして、ちょっと興奮する。今後は臓物を見られないように一工夫しないといけないかもしれない。


「……確かに、刺し傷が増えてるな。はぁ、あの雌豚め、一度じゃ懲りずに二度までも……」


 少女はぶつぶつと恨み言続ける。妹の思い、姉知らずと言った所だろうか。それは少し寂しいと思った。


「あまりイルミナ様を責めないであげてください。悪ふざけはあるかもしれませんが、本当にネクリア様の事を案じておりますので」


「ふ~ん、随分とあの雌豚の肩を持つんだな?」


 ……少女は思っていた以上に握力がある。握られたガントレットが軋んだ。


「あ、いや、それは……」


 藪の中にいる大蛇を突いただけだったのかもしれない。触らぬオルゴーモンに祟りなし、臭いオルゴーモンは包んで埋めて蓋をせよ。

 

 よく聞く話だ。


「……」

 

 見下ろせば据わった目つきでじーっと目を睨まれる。結構気恥ずかしい。


「まぁ、嘘は言っていないみたいだな」

「はい。申し上げた通りです」


 窮地は脱した。また、少しだけ命を繋ぐことを出来た事を魔王様に感謝する。地下室の階段を登り終えると、少女に握られたガントレットが手放された。それが少し名残惜しくも感じた。


 リビングルームでソファーに座ったネクリア様は、イチゴを頬張りながら聞く体勢を整えるのであったが、少し眠そうにしている。


「……ああ、悪い。魔力を使い切るとどうしてもな」

「休憩してからにしましょうか?」


 疲れと焦りは判断力を鈍らせる。それに、下手に緊迫感を与えてしまえば休息の質にも影響が出る。ここで少女を急かすのは良くない。


 もし、戦いに望むのであれば、それこそ事前の休息が必要だ。これだけ消耗しきった状態で何かすれば全てが自殺行為になる。そうじゃなくてもこのような事を一週間も続けていれば限界が来る。


「……そうだな、そうするか。本当は、こんな時に休んでる暇なんてないんだけどな……」


「大丈夫ですよ。おやすみなさい」


 横になって目を閉じた少女は、疲れていたのかすぐに無防備に寝息を立て始めた。その寝顔は愛らしく、とても大魔公のモノとは思えない。


 ……時が過ぎる。今更ではあるが、この身体になってから睡眠をとった覚えがない。ゾンビは睡眠をとらなくても生きていけるのだ。ちょっと頭痛と吐気が増す程度、無視してよい程度の痛み。


 食事にしてもそうだ。食べない事で発生する痛みなど精々、猛烈な腹痛、全身の関節痛、骨の軋み、特に筋肉の衰えを強く感じる。今や、新鮮だった時と比較すれば腕の太さは3分の2。時間が経てば経つ程、私は弱くなり衰えゆく。


 それでも、腐る痛みや刺し傷に比べれば遥かにマシなのだ。


 ……自身を顧みて行き着く先にある答えは死を想うこと。掃除でもして気を紛らわさなければと思い、部屋を後にしようとする。


「待…て…おと……ん置い…行か…いで」


 聞こえて来たのは少女の譫言。

 

 身体や精神に疲労が溜まっている状態で眠ると睡眠の質が悪くなる。特に、極限状態での眠りは悪夢を見やすい。サキュバスであっても悪夢を見るのだな。


「……ネクリア様」


 少女の寝ているソファーの前で膝を着き、寝顔を見る。寝ているけれども、その表情には苦悶が浮かんでいた。


「うう……」


 手を伸ばし、虚空を掴もうとする少女。それは見るからに痛々しく、手を差し伸べたくなる。だが、少女が求めるのは今は亡き父親の幻影。私ではない。


 分かっている……だが、放ってもおけなかった。恐る恐る、手を差し伸べて少女の伸ばした手をとってしまった。小さな手はガントレットを握り、離さない。

 

「…お……さん…臭い……」


 寝ながらガントレットを掴んだ少女の第一声がこれだった。寝顔から苦悶は消え、再びすーすーと寝息を立てる少女。


 何となく、少女が死霊術を続ける理由が分かった気がする。この少女は父親に会いたいのではないだろうか。死霊術では既に死んだ者とも会話ができる。私がその生き証人だ。


 既に魂が身体から失われてしまった生を蘇らせる事はできない。だが、魂だけは何らかの手段で呼び戻す事が出来る。それが魂呼び。そして、呼び戻した魂を無理矢理肉の檻に押し込んだものがゾンビだ。


 もし、苦痛やゾンビとして生きる不利益から解放されるのであれば、それは一種の不死者(アンデッド)となり得るのだろう。事実、私は多くの肉と魂の犠牲と引き換えに生き延び続けている。より多くの生者を犠牲にすることさえも躊躇せず、身に降りかかる苦痛と付き合っていけるのならば現時点でも不死になりえる。


「……ん?」


 少女の尻尾が動き、しゅるしゅるとガントレットに巻き付いてくる。少女の手と尻尾で固定されてしまった私の腕はもう引く事ができない。……尻尾でスカートが捲り上がって尻が見えそうになっていた。


 黒くてしなやかで柔らかい尻尾のぷにっとした触感が手甲越しに伝わる。


「……ふぅ…」


 これを振りほどくのは躊躇われた。だから、片膝を着いた姿勢のまま少女の寝顔を見守り続ける事にした。

設定補足

 度々現れるオルゴーモンとは何か?


 まったりとしていてしつこくなく、それでいて、臭みがほんの少しあってぬめりけがある。

 キューと鳴きながらヒューと喚きながらニューと伸びてくる。

 それを食べるとまるでてんしさまに会ったかのように安らかに眠れる。

 それを撫でると筋張った筋肉にような感触があるがぬめりけもある。

 それを燃やすととてもしあわせになってともだちができる。

 オルゴーモンを見つめていると逆に見つめられてしまう。

 オルゴーモンに魅入られると1週間身体を洗うのを忘れてしまう。

 それはとてもつぶらな瞳をしている。

 深くオルゴーモンに関わりすぎるとオルゴーモンになってしまう。

 世界の9分はオルゴーモンで構成されている。


 オルゴーモンは観測者によって如何様にも姿形を変える。

 ただ、一週間放置するととても凄い臭いがするらしい。

 そういう生き物なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ