第九十五話:ラカン団長
※またモヒカン系おじさんがメイン
血まみれの男を背負った血まみれの男が、湿地林の闇の中を歩いていた。
「へへ、こんな風に背負ってもらったのは、ラカン団長と共に傭兵団に入った時に使い捨ての足止め部隊をやらされた時以来ですかね」
「ああ、あの時だって俺達5人は生き延びてきた」
羅漢団団長のラカンは、獣人砦の【石の雨】を凌ぎ切り、死体を装いながら逃げ道を探し、獣人達の警戒が緩んだ隙を見計らって、同じように凌いでいた仲間達5人と共に一斉に湿地林の方に駆け込んだのだ。いずれも、羅漢団設立時から生き抜いてきた最古参のメンバー達であるため、以心伝心ともいえる連携を駆使して獣人達の追撃を振り切ってきた。
「だけどもう、二人まで減っちまいましたね」
その間、二人は時間稼ぎのために追撃の足止めに残り、共に逃げてきた一人は先ほど力尽きた。
「だからせめて、てめぇだけでも生かして帰る。俺の下らねぇミスで、こんなつまらねぇ場所で死なせたりはしねぇ」
団長ラカンは、足を引きずりながら防具付きの大の男を背負っていた。ラカンに背負われている男の両腕はだらりと垂れ下がっており、体重を前に預けている状態である。
「最初は5人しかいなかった貧乏冒険者パーティも、いつの間にか5百人を超える傭兵団になるまで大きくなったってのに、減る時はほんと一瞬で、笑えないっすよね、ハハッ」
背負われた男は自嘲気味に笑っていた。
「ならまた、大きくすりゃあいい。一度はでかくできたんだから、もう一回やれる。俺たちはまだまだこれからじゃねぇかよ」
「へへ、ラカン団長なら、きっとできるんでしょうね」
「ボケた事言ってんじゃねぇ、そん時はてめぇも一緒だ」
進めども進めども湿地林の闇は深まるばかり、既に体力の限界が近いのかラカンの足取りも重い。
「やっぱり、お天道様って奴は見てるんでしょうかね……あっしら、半端な連中がここまで来るのに、色々やってきましたからね」
羅漢団は全うな手段で成り上がった傭兵団ではなかった。いわゆる、裏の稼業とも呼ばれる仕事を多くこなしながら、時には競合相手の傭兵団を闇討ちして潰し、時には団員の不満を解消するために山賊まがいの真似をして辺鄙な村を襲った事さえもある。傭兵団の規模が大きくなると、その維持には多くの金を必要とするためだ。
「だったら強姦魔の飛竜狩りの野郎辺りはとっくにくたばってなきゃおかしいだろってんだ」
「飛竜狩りの奴は、欲望には忠実ですけど、あっしらと違って一線までは踏み越えてはいませんからね……」
悪名高き飛竜狩りの主な罪状は過剰防衛からくるものである。故に、自分から関わろうとしない限りは基本的に無害である。しかし、羅漢団が行ってきた山賊行為や闇討ちはその限りではない。
「俺らが食っていく為には仕方なかった」
「ええ、しょうがなかったんですよ。ただ、一回楽な方法って奴を覚えちまうと、何度もやっちまうんですよねぇ。あっしらは飛竜狩りみたいに一人で突っ張れる程強くはありませんし、組織って奴はでかくなると楽したがる奴もどんどん増えますしね」
羅漢団も最初は全うな仕事だけをしていた。しかし、多種多様な部下がつくようになると、次第に団規は乱れ初め、羅漢団の名前を使って暴力や強姦事件を起こし、しまいには勝手に傭兵団間抗争まで引き起こしてしまう輩も現れる始末である。しかし、それを罰すると多数の離反者も出かねないために、ラカンは黙殺してきたのだ。
「それでもよぉ……俺達には夢があったじゃねぇか」
「栄光ある騎士様になるにゃあ、あっしらの手はちょっとばかし血生臭すぎる気がしますがね」
「一々うるせぇな」
「へへ、すいません」
ふらつき、前に倒れそうになるもラカンは気合で持ち直し、前を進み続けた。
「団長、あっしのことはここに捨て置いて下さい。団長だけなら湿地林を抜けられます」
「寝言は寝て言え、死なせはしねえって言ってるだろ」
「団長、実は、あっしはもう、前が、見えないんですよ」
「そりゃあ一過性のショックで見えなくなってるだけだ、休めばまた治る」
「肩から下の感覚も、ないんですよ。へへ……、分かるんですよ、あっしはもうダメだってのがさ」
「おい!」
背負われた男は、ずるりと後ろ側に倒れるようにして地面へ落ちていった。
「人生の終わりってのは、こんなもんですかね。ラカン団長、あっしらはひとまずこの先10年くらいまでは地獄で待ってますよ。騎士様に成れた暁には土産話を持ってきて、下、せぇ……」
地面に落ちた男は力尽きた。
「おい、馬鹿止めろ、目を覚ましやがれ! 横っ面ぶん殴るぞ」
ただの屍は何も答えを返してはくれない。
「畜生が……、チクショーーーーーーーッ!!!」
団長のラカンは天を仰ぎ叫ぶ。己が今逃亡中であり、それが敵に居場所を知らせる原因になろうとも構いもしない。
「見つけたぞ。ニンゲン。もう逃げられないぞ」
追手の獣人が5人現れる。いずれも石の武具を装備した下級兵士である。
「ああ? 俺はヨォ、今、凄まじく機嫌がワリィんだよ。犬っころ共……」
ラカンはボロボロに欠けたレザーシールドをその場に投げ捨て、刃こぼれしているロングソードを両手に持ち、八双に構える。それは防御を捨て、ただ必殺のみを狙うという捨て身の構えである。そして、強く噛みすぎた口元からは血が溢れ出ていた。
「囲んで石槍で叩け!」
5人も居れば回り込んで一斉に攻撃を仕掛け、一発でも打突を浴びせればそれで決着がつく。当たり前のようにラカンは複数の獣人に取り囲まれた。
「タダじゃあ死にはしねぇ、死にはしねぇよ。せめててめぇらの首くらいは手土産にしてやる」
「かかれ――」
そして、戦いは十秒も経たずに終わった。血染めの茂みの上には、獣人5人の斬殺死体が横たわっていたのである。
「ちっ、無駄に死に損ねちまった。団長なんてやるもんじゃねぇな……」
腹部に刺さった石槍を引き抜き、血の溢れ出る脇腹を抑えながら、ラカンは道なき道を進み続けた。追っ手も居ない、魔獣も居ない、静寂に包まれた森の中には、茂みを踏みしめる音だけが響いていた。
「出てこい……もう抵抗もしねぇよ、八つ当たりも済んで満足したとこだしな」
ラカンはそうつぶやくと、闇の中から音もなくローブ姿の女が現れた。
「私はアナタの味方。助けにきたのよ、羅漢団のラカン団長」
「助けにだぁ? さっきからずっと傍観決め込んで見殺しにしておきながらよく言うぜ、クソアマが」
「あら、気づいてたの? 結構上手く隠れてたと思ったのだけれど」
ローブの女は心底から意外そうに、あどけたような口調で身繕いしてみせる。
「カマかけただけだったが……、マヌケは見つかったみたいだな。てめぇは何者だ」
ローブ女が姿を現すその直前までは一切の気配がなかった。しかも、一見隙だらけの佇まいから発せられる異質な気配が、ラカンの不信感を煽っていた。
「私は帝国宰相オルヌル様の密偵の一人、騎士団を新設するにあたって優秀な人材のスカウトに来ているの。そして、その優秀な人材として選ばれたのが、ア・ナ・タ」
「ク、ククク、ハハハッハァーーーハァ……、こりゃあ傑作だ。これ程犯すよりもぶち殺してやりたいクソアマは初めて見たぜ」
「あら、別に犯してもいいのよ? 私はアナタの味方だもの」
女はローブを開き、胸元の紐をほどくような仕草をして見せる。
「舐めるなよ、お前がマトモではない事くらいはこの俺でもわかる。こんな死にぞこない相手にして一体何が目的だ」
「最初に言ってるじゃない。私はアナタを助けたいだけ。だから、はい、コレ」
女は薬瓶を一つ取り出し、ラカンに手渡そうとする。液体の色は水色、見かけは錬金術によって作られた傷を高速で癒す効果のある高級ポーションに近い。しかし、ラカンが薬瓶をその手に持った瞬間、言いも知れない悪寒がよぎった。
「……色も臭いもどう見てもポーションだが」
「ええ、ポーションよ。それを飲めば、アナタの傷はすぐに癒えるわ」
「……直ぐに傷が癒えるようなポーションを購入するには、最低でも金貨20枚は必要だ。それ以上とぼけるようなら今すぐこのポーションをたたき割ってやろうか?」
ラカンは薬瓶を強く握りしめてワザとらしく掲げてみせる。
「それはアナタが死んじゃうから困るわ、だから教えてあげるけど、それは最近開発された試薬なの。効果は傷を癒すポーションと恒久的に効果が持続するパワードリンクから副作用を取り除いた物と言ったところかしら」
「要するに、新薬の人体実験がしたいから俺が弱るのをずっと待ってたってわけか?」
「ええ、ごめんなさい。効果は確かめないといけないから、だからお詫びにアナタを騎士にしてあげる。オルヌル様から許可ももらってあるわ」
ラカンは目の前のローブ女が間違いなく嘘を言っているのだと確信していた。そんな都合の良い話をちらつかせてくるのは大体詐欺の類しかないからである。
「どの道、それを飲まなきゃアナタ、死んじゃうわよ?」
「だろうな、俺はきっと死ぬんだろうさ。だが……」
飲まなければ確実に死に、飲めばもしかしたら助かるかもしれない。そう考えればラカンがポーションを飲まない理由はなかった。死よりも最悪な事などあり得ないのだから。生き恥を晒してでももう一度やり直そうと言ってしまったのだから。
何よりも、地獄で待つ仲間に話す土産話を作るために、嘘っぱちの騎士になれたと自慢するために、ラカンはポーションを飲み下した。
「ガァッ」
空になった薬瓶はラカンの手から落ちて割れる。
「グァアアア!?ガァアアアアアアアア!?ガァアアアアア!!」
悶絶して転げまわるラカンを他所に、ローブ姿の女は怪しく舌舐めずりする。
「ふふ、愚かな人……。それじゃあ、人の祖たる鬼人のお手並みを拝見させてもらおうかしら」
ローブ姿の女は言い捨てると、夜の闇の中へと消えていった。
組織が腐るのは頭からのパティーンが多いような気がするが、足元から腐っていくパティーンも結構ある。700人が1日生活する為に必要な食費は単純計算でこの世界で言えば銅貨2500枚、銀貨(銅貨50枚で一枚)に換算すれば銀貨50枚、即ち金貨1枚必要になる。(実際には炊き出し等で食費を浮かすのでもう少し安くなるが、装備も用意しなければいけないので誤差の範疇)
傭兵団を1年維持するためには最低でも金貨365枚=聖白金6枚前後稼がないといけないので、とにかく手当たり次第に獣人を捕まえて売り払わないと生活できない。そりゃあ山賊やら汚い仕事もやらなきゃ生きていけない。その上、毎度の如くいつ死ぬかも分からない殺し合いを続けなくてはならない。しかも、いつも傭兵が必要になる程大きな戦いがあるわけではないので、仕事がないときはずっと仕事がない。
ラカン団長がハルバ君にむかつく気持ちも分かってくる……来ない? という、なろう主の経験値にされてしまう哀れな人たちのお話。
やはり魔獣食は必要なのでは?




