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第九十四話:開戦の狼煙

※ゲートルドおじさんがメインのお話


 征伐軍遠征の雲行きに陰りが見え始めた事により、総司令官ゲートルドは念の為の保険として飛竜狩りのハルバに直接獣人の将軍である竜王討伐任務を依頼していた。


「最低でも聖白金貨1枚と金貨30枚だ。それ以下で請け負うつもりはねぇ」


「……此度の遠征予算の3分の1にも相当する額の報酬を要求するのは、いくら飛竜狩りのハルバ殿といえど、いささか強気が過ぎるのではないですかな?」


 奴隷売買による利益を得る、それこそが此度の獣人国遠征における最大の目的である。戦力、食糧、制圧後の統治、何をするにしても金というモノは大量に必要とし、金を積んで戦力を増やせば獣人国は容易く落とせるようになる。しかし、それでは奴隷売買で獲得できる権益以上の損失が生まれてしまい本末転倒である。


 そこで、およそ半年から1年という歳月をかけて獣人国周辺の戦力を丁寧に下調べし、その上で獣人国遠征に必要な予算が組まれているのだ。にもかかわらず、飛竜狩りのハルバが要求した報酬額とは、今までの計画を根本から覆す程の法外な額を吹っ掛けているのである。


「そりゃあ下調べが甘えんじゃねぇの? それが薄々分かってるからこそ、この俺様に直接依頼しにきたんだろ?」


 ゲートルドからすればこれは大変面白くない話である。事前の予測では、戦闘が発生する事すらもなく獣人達からの全面降伏によって侵攻は完了する見込みだった。


 だが、現実に起こったのは傭兵団の中でも最大規模だった羅漢団が消滅し、今朝方からは謎の奇病を発症する者達が軍内部から現れ始め、獣人砦への奇襲任務を請け負った野薔薇団(ワイルドローズ)の生き残りからは昨晩の時点で壊滅したとの報告も受けている。


 ゲートルドの老勘も不吉を告げていた。


「……しかし解せぬのは、今回の竜王は強さにおいてはそれ程脅威はないと事前に報告を受けているのだ。しかも、前回の遠征で現れた最強の竜王ですら精々金貨30枚が相場じゃろう? 今お主が提示しているのは、はぐれ火竜の討伐とほぼ同等の報酬額ではないか」


 はぐれ火竜が相手にもなれば、並大抵の人間では何千人集まった所で空中から火炎ブレスで一方的に焼き払われておしまいである。天空を自由自在に高速で駆け巡る飛竜にはボウガンの矢は届かないし、仮に城門を一撃で粉砕するバリスタの矢を命中させたとしても、ようやく竜鱗一枚にかすり傷が付くかどうか。


 一般的に聖白金貨が1枚が支払われる程の相手ともなれば、それ程の脅威でなくてはならない。


「さっきから俺様はそのレベルの案件だと言ってるわけなんだが? 耄碌(もうろく)しちまったか爺さん」


「……倍額の金貨40枚じゃ。獣人戦君(コボルトウォーロード)階級一匹でこれだけ貰えるなら満足じゃろ?」


「ダメだダメだ、全然ダメだな。さらに不利になってから頼むようなら、聖白金貨2枚にしなきゃ請け負わないぜ」


「その根拠はなんなのだ。現時点で上がっている情報からではそこまでの脅威には到底思えぬ」


「竜王が二人いるとしたらどうだ? しかもそのうちの一人は前に現れた奴よりも強いとしたら?」


「ばかげておる、ありえない。事前調査は秘密裏に獣人国内全域で行われている。ここ1週間かそこいらの間にそれ程の優れた戦士が急に生えてくるわけがなかろう」


 天性を持って生まれてくる者は稀によく現れる事もあるが、それが実際に頭角を現すには長い年月を要する。即ち、1年という調査期間を経過してそれ程の実力者が網にかからないという事はまずあり得ないのだ。


「いや……魔術によって突貫で作られたハリポテとはいえ、要塞が急に生えてきたのも事実か。今思えば、先週より前に起こった鉱山都市での奴隷脱走反乱騒ぎの際に、()()()()()()によって都市の門番が全員撫で斬りにされていた事件も気がかりじゃが、まさかな……」


 獣人奴隷による反乱の際に、市民及び警備隊から百名前後の死者が出てしまった。うち、市民から出てしまった死者の大半は殴る蹴るといった暴行によるものが殆どになるが、武装警備隊から出た死者は例外なく斬殺である。


 それも、金属防具ごと胴体を一撃で寸断されているという、異常極まる殺され方だった。


「それと、今野営地で蔓延し始めている黒死病は(やっこ)さんが仕掛けた攻撃だぜ? 俺様の一番奴隷が言ってるんだから間違いねぇ」


「……確かエルフは疫病の気配には敏感じゃったか、それで今発症が確認されている輩の殆どが、谷に一度足を踏み入れておる。ふむ……」


 司令官ゲートルドが最も頭を抱える羽目になっている問題とは、黒死病の蔓延である。


 2日以内に特効薬を投与しなければ死に至る病だが、その特効薬を2日以内に大量に戦場に運び込むのは、特効薬の製造及び物流の観点から見ても非現実的である。精々発症者を見かけ次第隔離しておくくらいしか対処法が存在せず、今の所はまだ少数であっても予断は許されない。


「ああ、奴さんは谷に黒死病をばらまいてやがるから、そこを通れば感染者は増え続けるハメになるぜ?」


 谷底の道は狭く、兵士間で十分な間隔も取れないまま進まなくてはならない。


「面倒じゃなぁ……」


 司令官ゲートルドは、胃がキリキリと痛み始めてきたのでいつもの薬瓶から2錠ほど胃痛薬をつかみ取り、泥水と一緒に口の中へと流し込んだ。その原因となっているのが帝国魔道院(アカデミー)の研修生達という今後の帝国の将来を担うであろう貴族の魔術師達の用兵である。谷を進ませて万が一にでも黒死病に感染させてしまえば、帝都でふんぞり返っている貴族共から責任を追及されかねないからである。


「爺さんよ、俺様に聖白金貨1枚と金貨30枚を支払うだけで問題が解決されるんだぜ?」

「いや、しかしじゃな……」


 ――帝都の古狸連中と関わりたくないからこそ辺境に隠居していたというのに、何故ワシが今さらこんな目面倒事に首を突っ込まねばならないのか。もう嫌じゃ……。


「分かった……金貨20枚はワシの財布から出そう。これで聖白金貨1枚じゃ、流石にこれ以上は出せん」


 自腹とはいえ、面倒事を金貨20枚で退けられるならまだ安い。そう、ゲートルドは判断した時に、部下の一人が天幕をくぐってきたのだ。


「失礼しますゲートルド様、例のクエストの生き残りがもう一人現れたようですが……」


「はぁ……通せ。とりあえず話だけは聞こう」


 その後天幕をくぐってきたのは、青年の戦士マジだった。


「あ~そこの、前置きとか面倒な事は言わんで良い。さっさと要点と結果だけを言いなさい」


「は、はい。では……、単刀直入に申し上げますと、訳あって別行動していた野薔薇団(ワイルドローズ)が全滅していましたので、クエストの遂行を断念して帰還しました。こちらが何とか回収してきた身分証(ドッグタグ)になります」


 そう言って、青年戦士は野薔薇団(ワイルドローズ)の団員証をテーブル台の上にばらまいた。


「ふむ、野薔薇団(ワイルドローズ)団長のローズの身分証もあるな。で、敵の情報はもちろん持ち帰っておるのじゃろうな?」


「はい、多数の獣人が森に潜伏していました。さらに、それを指揮する黒剣の銀鎧、獣人戦君(コボルトウォーロード)の存在も確認されています」


「はぁ!? なんじゃそれは、獣人砦にもおるのだぞ? まさか本当にいきなり竜王が生えてきおったとでも言うのか?」


 ゲートルドは驚愕していた。


「ほれみろ、やっぱり俺様の言った通りじゃねぇか」


 その一方で飛竜狩りのハルバはドヤ顔を決めていたのであった。


「さらに、単独行動していた獣人を撃破して問い詰めた所、明後日には谷と湿地林の二方面から()()()()()()()()()()()()()だとか……」


「それは解せぬ、何故攻める必要がある。奴らからすれば守るだけで十分じゃろう?」


「獣人達の目的は防衛ではなく鉱山都市の開放なのです。それを気取られないようにするために、湿地林の中に()()()()の戦力を秘匿してきたのだと言ってました」


 ――竜王どころか兵士まで千人以上生えてくるなどとあり得るのか? 全く意味が分からぬ。もはやこやつらが金欲しさに嘘や出まかせをバラまいているとしか思えぬぞ。じゃが……。


 しかし、実際に野薔薇団は一夜のうちに消滅してしまった。羅漢団程の規模ではないにせよ、魔術師も含めた構成の傭兵団がこうもあっさりと壊滅するのであれば、相応の軍勢が潜んでいなければ辻褄が合わない。


「お主はその黒剣の獣人戦君(コボルトウォーロード)を見たのか?」


「はい、現場に置かれた死体の状態などを見ても、人体を防具ごと容易く寸断してみせるような恐ろしい手練れです。しかも、その獣人戦君(コボルトウォーロード)直属の指揮下にあたる獣人達に至っては魔獣すらも使役しており、その強さは()()()()()()()()()です」


 青年戦士マジは多少の嘘や誇張も交えている。しかし、その発言の全てが全て嘘ではないために本質を看破するのは困難である。


「……はぁ、なるほど。()()()()()()()()()()()だったと……、これは実に、面倒じゃ」


 司令官ゲートルドの胃がさらにキリキリと悲鳴をあげ、その痛みはピークに達しつつあった。追加でもう2錠を瓶詰から取り出し、ガリガリと噛み砕いたのだ。


「分かった。お前には駄賃に銀貨6枚くれてやろう。違約金の足しにするがよい」


 司令官のゲートルドは投げやりに銀貨6枚をテーブルの上にばらまいてみせるが、青年戦士のマジは顔を横に振るうだけである。


「いえ、私が仕事を達成したわけでもないのにそれを頂くわけには参りません。ですが、代わりにと言ってはですが、僭越ながらゲートルド様に一言だけよろしいでしょうか?」


「なんじゃ? 申してみよ」


「今晩の湿()()()()()()()()()した方がよろしいかもしれません。もしかすれば何らかの動きがあるかもしれません」


 無論青年戦士マジの予言は真実であり、今晩の湿地林からは間違いなく動きがある。なぜならば、そういう風に事前に打ち合わせがなされているからである。


「まぁいい。覚えておこう」

「では、私はこれで……」


 青年戦士マジがおぼつかない足取りでテントの外へ出ていくと、ゲートルドは再び飛竜狩りの方に視線を向け、深くため息をついたのだ。


「明後日の夜までを期日とし、湿地林の獣人戦君(コボルトウォーロード)の首をとってくるがいい。そやつの首一つに聖白金貨1枚出そう。獣人砦の方も狩れたなら追加で金貨30枚じゃ」


「なんだ、分かってるじゃねぇか」


 それでハルバとゲートルドとの間の商談は成立し、テントの中で一人になったゲートルドは下士官を呼びつけたのであった。


「ゲートルド様、胃薬の用法は守られた方がよろしいですよ」


 下士官は、胃痛薬をさらに2錠バリバリと噛み砕いているゲートルドから薬瓶を取り上げてみせた。


「若造が、ワシに指図するでないわ」


「それで、結局どうなさるおつもりですか?」


「どうもこうもなかろう、湿地林に大軍が潜んでいるならば早急に各個撃破せねば不味い。この野営地を無視して鉱山都市に特攻でも仕掛けられれば面倒じゃし、付近の奴隷農場(プランテーション)を襲撃され反乱でも扇動されればなおも面倒じゃ。獣人共に攻撃の主導権を渡すわけにはいかぬ」


「むむむ……、もしやいつの間にか結構不味い状況になってますか?」


「獣人共は()()()()()かと思っておったので様子見してしまったが、それが不味かったかもしれぬ」


「普通は防御していた方が有利に戦えますものね」


「そうじゃな、砦を正面から落とすには兵の質が同等なら防衛の三倍以上の人数を必要とするというのは有名な話じゃ、()()()()()()()()()()()()()()()()なら待った方が圧倒的に有利じゃな」


 日喰谷という鉱山都市と獣人国を繫ぐ隘路(あいろ)を抑えて防衛陣地を築いておけば、侵攻側は絶対的に不利になる。その条件は獣人も征伐軍も全く等しく平等である。


「ええっと……なら獣人が攻めてくるのを待ったらいいんじゃないですか?」


「奴らがどこを攻めてくるというのじゃ? まさか、都市や奴隷農場(プランテーション)という重要拠点を差し置いてこの陣地に直接攻撃を仕掛けてくるとは思ってないじゃろうな?」


 しかし、湿地林側から軍が抜けてくるのであれば、隘路前の強固な防衛陣地などまるで意味をなさない。そんなものを無視して攻めたい場所を好き放題に攻めてしまえば良い。それが攻撃の権利である。


「ああ……なら軍を分割して全部守れば……」


「なおの事阿呆か、奴隷農場が鉱山都市周辺に一体どれだけあると思っておる、薄くなった場所に戦力を集中されて各個撃破されるだけじゃろうて。お主用兵を舐めとるじゃろ」


「うう……なら一体どうすればいいんでしょうか……ゲートルド様」


「敵に攻められる前に此方から攻める他にあるまい。森狩りじゃよ。直ぐに侵攻の準備をせよ」


 それから征伐軍は、隘路防衛用の兵士数百人余りを残して湿地林への侵攻を開始した。そして、夜の帳が落ちる頃、広大な湿地林の至る所から多数の狼煙が上がるのを目撃する事になる。

湿地林ルート→通過に2,3日 同時戦闘域1000人以上

日喰谷ルート→通過に1日  同時戦闘域100人


湿地林を経由した場合は村や都市に直接攻撃を仕掛けられる。日喰谷を通った場合侵攻側がガン不利。

黒死病サドンデスモードに突入しているので千日手はないものとする。


 という条件下でどのように用兵するのが最適解かと言われると……胃痛案件。


 日和見が最悪手ということでゲートルドおじさんには攻めの二択を迫られているのだが、実際にゾンヲリさんの方から攻め込む気は全くなく湿地森でガン待ちする気満々だったりする。なので日和見してても実はそれ程問題なかったりする。


 実の所、メタ視点では大人しく魔術師を日喰谷ルートで特攻させて正面から要塞崩すのが一番被害が少なかったりする(ファイアーボール2,3発当てれば要塞はガラガラと崩れるし、士気も崩壊する)のだが……。様々な偽装工作や内ゲバ事情のせいでゾンヲリさんのテリトリーにまんまと踏み入れてしまうのであった……。というお話。


ハルバ君は金欲しさにゲートルドおじさんを恐喝するし、マジ君はレイアちゃんの為に偽情報流すし、冒険者という奴は……。

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[気になる点] 黒剣て修理して銀の大剣になってたのでは?
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