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第九十一話:グラウンド・ゼロ・エクスプロード


 魔術師レイアは二度しか使えないファイアーボールを既に撃ち尽くしてしまい、青年戦士マジは石礫を受け続けた事により満身創痍、一方で獣人側は無手の赤騎士一人と4人いる黒騎手(ブラックライダー)のうち二人は無傷、戦況は獣人側が極めて有利な状態となっていた。


「手短に済ませよう」


 赤騎士がガントレットを強く握りこみ、姿勢を低く落とした。


「ま、待ってくれ」

「命乞いを聞くつもりはない。降伏は無意味だ」


 降伏……と青年戦士マジが言いかけた所を赤騎士から先手を制される。


「と、取引をしよう!」


 青年戦士マジは灰色の脳細胞をフル回転させ、少しでも長く赤騎士をその場に留める方法を考えた結果、交渉を選択した。


「……交渉は実力が対等でなければ成立しない。お前にそれが出来るようには見えないが?」


 ――よし、食いついた。問答無用で殺されはしないだけ僥倖(ぎょうこう)だ。


「私から提供できる取引材料は情報だ」


 ――兎に角、対話から窮地を脱する糸口を探る。話を引き延ばせばさっき逃げた魔術師の女の子みたいにレイアが逃げられる隙だって作れるかもしれない。


「敵の情報ならば先ほど捕まえた数人の女共の口を無理矢理割ってしまえば済むまでの話、それ以上の情報をお前が提供できるとでも?」


「そ、その為には貴方達の事情や目的を知らなくては、此方から提供するべき情報も判断できない。だから幾つか質問するのを許して欲しい」


「……話にならないな」


 赤騎士は再び手甲を握り込み、早々に交渉を切り上げようとする。


「ま、待て、そう、例えば、この作戦に参加している()()()()というエルフを連れた竜剣使いの冒険者について知っているか?」


 青年戦士マジの眼前にいる赤騎士が征伐軍にとって未知の存在であるように、赤騎士にとって飛竜狩りは未知の存在である。


「……あの男か、なるほど、ならばお前から話を聞く価値はありそうだ。後ろの魔術師を殺した後でな」


 赤騎士は青年戦士に対する圧力を軟化させた一方で、魔術師レイアに対し殺意を込めた眼光で睨みつけた。


「な!? ダメだ! レイアは魔導帝国のレッドフィールド家という魔術で名をはせた大貴族の御曹司なんだ、殺せば一体どうなるか……」


 魔導帝国という驚異の名を借りる事で脅迫する起死回生の一手、それが青年戦士マジが導き出した答えであった。


「このような場所にそれ程の大貴族が大した護衛も付けずに歩いているわけがないだろう。つくならもう少しマシな嘘をつくべきだったな」


 しかし、冷静な赤騎士相手では半端な嘘は通用しない。例えそれが、部分的に本当の事であったとしても、状況的に起こりえる可能性が皆無にも等しければ信用されない。


「第一、攻撃魔法を詠唱中の魔術師を無視はできん」

「な!?」


 青年戦士マジは驚いて振り返ると、魔術師レイアの手には、膨大な量の火の魔素(マナ)が集い始めており、その煌々と輝く赤光の塊は周囲の大気を振るわせる程の質量と化していた。


「はぁ……はぁ……」


 己の限界をも超えた火の魔素(マナ)の制御を息も絶え絶えになりながら続行する魔術師レイア。それを見た赤騎士は、魔術師レイアを仕留めるべく、地面を蹴って一気に加速する。


「だ、ダメだ! レイアは殺させない!」


 青年戦士マジは咄嗟に赤騎士の片足にしがみつくも、それを赤騎士は後ろ回し蹴りで蹴り飛ばしたのだ。


「どけ! 邪魔だ」

「がはっ」


 青年戦士マジは吹き飛ばされ、凄まじい勢いで樹木に激突し、吐血する。


「貴方はそれ以上、動かないで! はぁ……はぁ…… 動けば、ボクがこの場ですぐに、【エクスプロード】を発動させ、この一帯を全部吹き飛ばします。脅しじゃありません」

 

「……お前のやろうとしているソレは、なりふり構わず魔力を暴走させているだけだ。到底【エクスプロード】と呼べるような代物ではない」


「なんとでも……はぁ……はぁ……言ってください。零座標(グラウンド・ゼロ)でなら【エクスプロード】は最も簡単に発動できる攻撃魔法ですから……」


 遠隔起動爆破魔法【エクスプロード】の発動が困難である理由とは、()()()()しなければ自爆してしまうところにある。深紅眼(レッドアイズ)という魔素集積触媒を持つレイアであれば、爆破に必要な膨大な火の魔素(マナ)を集める事に関してだけはクリアできた。


 そして、最初から遠隔爆破を放棄して爆心地を自分にするという斬新な微調整(アレンジ)を加える事によって、【エクスプロード】の発動条件を満たしてみせたのだ。


「レイア……今すぐ馬鹿な、真似は、やめるんだ。そんな事をすれば君は!」


 満身創痍の青年戦士マジは、地面を這いずりながらも手を伸ばそうとしていた。


「マジ君が今傷ついてしまっているのだって元はと言えば全部ボクのせいなんだ。それに、こうでもしなきゃ結局マジ君は殺されてしまう。だから……ごめんね、マジ君」


 魔術師レイアは倒れた青年戦士の方に小さく笑いかけると、赤騎士をきつく睨みつけた。


「今からボクが提示する条件をのんでください。はぁ……はぁ……貴方にはこれを断る権利はないはずです」


「……なるほど、私の部隊を人質にした。というわけか」


 魔術師レイアが全力で放つ【零距離(グラウンド・ゼロ・)エクスプロード】の爆破規模は計り知れず、この場にいない亡霊部隊すらも巻き添えにされる危険性があった。そして、この状況を維持すればするほど爆破威力と暴走の危険性は加速度的に高まっていくのである。


「ボクの事はどうなっても構いません。だから、マジ君の事は開放してあげてください」

「貴女の提示した条件を受け入れる。()()()()()()()()()と約束しよう」


 赤騎士は魔術師の提示した条件を即諾するほかになかった。


「よか……ぁああ!? ダメ、制御がっ! できない、うぁあああああ!?」


 契約を締結させたことによって、魔術師レイアに一瞬の気のゆるみが生まれてしまった。辛うじてギリギリの均衡を保っていた火の魔素(マナ)は、既にレイアの制御下からはずれ、勝手に収縮を始めていた。


「チィ、既に逆凪(バックブラスト)が始まったか。かくなる上は!」


 赤騎士はすかさずレイアの元に駆け寄り、収縮中の魔素(マナ)の塊を握り潰しながら、もう片方の手でレイアの首筋に手刀を見舞って昏倒させた。その後、行き場を失って乱れた火の魔素(マナ)は燃え盛る炎と化し、コバルトガントレットを伝って赤騎士の全身を駆け巡り火達磨に作り変える。


「グォオオオオオッ! フリ"ュ"ネ"ル"ウ"!」


 地べたを転げまわりながら、火達磨は風精の名を叫ぶ。


「あわわ、ゾンヲリのご主人様が燃えてる! 燃えてるよ!」


 しかし、具現化した風精はどうすればいいのかが分からずにオロオロしていた。


「ォオオオ! 兎二角俺の周囲の風ヲ"喰ラ"エ"!」

「うん! よく分からないけど、頂きまーす」


 それから、風精の子フリュネルは訳も分からず悶絶している赤騎士の周りで羽をパタパタと羽ばたかせながら、口をパクパクと一生懸命動かしていると、赤騎士を燃やしていた炎が次第に収まっていく。


()()()()のご主人様、大丈夫? 大丈夫?」


 鎮火を見届けた風精は、ゾンヲリの目線の位置まで降りてフルフェイスの中身を心配そうにのぞき込んでいた。


「ああ、大丈夫だ。お前と浴びていた血のおかげで全身火傷を負った程度で済んだ。後でご褒美をあげよう」


 炎によって血が蒸発し、(いぶ)した銀色鎧となった男は風精の頭を撫でて見せる。


「わーいわーい! ()()()()()()()()()()だね!」


「せ、精霊まで従えているだと……貴方は一体、いや、何故レイアを助けた」


「一瞬で意識を奪わなければ【エクスプロード】が暴発する可能性が極めて高い危険な状況にあったからだ。もっとも、()()()()()()()()()()()()()を期待し、術式そのものを握り潰したのは半分ほど賭けだった。その結果がこのザマだ」


 一般的な金属防具は魔素(マナ)を遠ざけてしまう作用があるため、魔術師が金属防具を装着するのは厳禁である。銀騎士それを逆手にとり、コバルト製ガントレットで構築済みの術式を咄嗟に破壊したのである。しかし、コバルトという金属は抗魔性が低いために、炎の属性付与(エンチャント)が意図せずに発動してしまった。


「もしや、隊長は俺達の事を庇うために?」


 この場にいた黒騎手達は、仮に【エクスプロード】を発動されていれば完全に巻き添えを喰らっていた。だからこそ、魔術師レイアは銀騎士と対等に交渉できたのだ。


「私は別にお前達を庇ったわけではない。勝手に要らぬ勘違いをするな」


 よろよろと起き上がる銀騎士をよそに、青年戦士マジは気絶している魔術師レイアの元まで足を引きずりながら近づいて行く。


「まて、お前はそこで何をしている。早々にこの場を立ち去れ」

「何って、レイアを連れて帰らなくては」

「お前は契約の内容を聞いていなかったのか?」


 魔術師の事は好きにしてよく、戦士は開放しなくてはならない。それが悪魔の契約の内容だった。


「ま、待て、それじゃ貴方達はレイアに何をする気だ」

「友好的に協力してもらえるのならば、手荒な真似をする気はないつもりだが?」

「まさか、レイアに人間を殺させようというのか、貴方は!」


「……? それの何が悪いのだ?」


 まるで意味が分からないと言った風に銀騎士はとぼけた態度をとってみせる。


「それはダメだ。だったら、私も捕虜にしてくれ。同じパーティメンバーとして、お前達の元でレイアを一人にさせるわけにはいかない」


 青年戦士マジが鉄の意志を込めて銀騎士を睨みつけると、銀騎士の方は少し考え込む仕草を見せる。


「……ならば、そこの魔術師を戦闘に参加させないための条件も付け加えよう。お前が代わりに手を汚す覚悟はあるか?」


「……クッ、私に選択肢はないんだろう?」


「お前にはこれから、"明後日頃には2千の獣人がこの湿地林から侵攻を仕掛けてくる"という偽の情報を流布してもらう、それで敵主力をこの湿地林におびき寄せる事が出来たのならば、鉱山都市の開放と同時に魔術師は開放してやろう。陽動できなければ3日後に魔術師は殺す」


「……分かった。それで条件をのもう。だから絶対にレイアに対して手荒な真似はするなよ!」


「そうなるかどうかはお前の活躍次第だ。それと、噂の信憑性を高めるために私が殺してきた女傭兵共の身分証(ドックタグ)を渡しておこう」


 こうして、青年戦士マジはたった一人のパーティメンバーである魔術師レイアを救うためにスパイに身を落とし、人間の敵となったのであった。



 レイアちゃんの設定盛って強くしすぎたせいでゾンヲリさんが火達磨になるなど色々と混沌と化した今回のお話。何もかも仲間守るためにダインソラウスを開幕ぶん投げて斬魔剣封印という大チョンボをやらかしたせいである。


 レイアちゃんとマジ君は仲間パワーで強くなってる一方で、ゾンヲリさんは仲間のせいで凄まじい弱体パッチを喰らってるという。これがレベル差の開きすぎたパーティ補正という奴かもしれない……。


 マジ君は必死こいでるけど、ぶっちゃけレイアちゃん的にはコボルト側に保護してもらった方が遥かにマシな待遇になるという。(鉱山都市が獣人の支配下になって帝国の治外法権になれば、捕まって問答無用の全裸石打刑だけは回避できるしね)


【設定補足】

唐突に出てきた抗魔性について


 簡単に言ってしまえばサ〇フロ2システム。主に金属系になるが、抗魔性の高い武具を装備すると魔法発動が著しく阻害されます。


 今作で言うところの精霊銀(ミスリル)が、抗魔性が非常に低いので魔法剣の発動に適している金属だったりする。そのうえで、鏡銀(コバルト)も劣化ミスリルのような性質を帯びていたりする。つまり、"銀製品"には共通で魔法詠唱を阻害しないという効果がある。そこで、安価な魔石アクセサリーのリング部分は銀で加工されている事が多い。


 ゾンヲリさんが火達磨になってしまったのは裏設定のコレが影響しているというオチである。コバルトフルプレートなんて魔法耐性0の防具を装備してたらそりゃあね……というお話。


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