第八十九話:魔法少女レイアちゃん!
※レイアちゃんの夢という名の回想です。多分精霊魔法の設定補足回みたいなものです
――懐かしい夢を見た。まだ、魔法を覚えるのが楽しかった時の夢だった。
「こほん、今の所1年間だけだがレイア君の魔術講師を務めさせて頂くレオスだ、宜しく頼む」
「はい、よろしくお願いします。レオス先生」
「あ~俺もまだまだ魔導の道を修行している身だ。正直なところ、レイア君に偉そうな講釈を垂れ流せる程魔術に詳しいわけではないんだが、それでも君の一助になれるよう誠心誠意務めるつもりだぜ」
レオス先生はお父様が私の為に雇って下さった平民の魔術師だった。冒険者として実戦を経験してきた人だからなのか、魔術師なのに騎士のように鍛えられていて、一緒にいると幼心からでもドキりとさせられることもあった。
「まず、最も基本の話になるのだが、レイア君が今から学ぶ精霊魔法とは何なのかを知ってるか?」
「えっと、火・土・風・水の四種類の属性の魔素を練りあげて魔法事象を形作るんでしたよね」
魔素は、挽いた小麦粉一粒よりも小さくなった精霊のようなものだと聞いている。実際に目に見えるものでもないし、そこにあるのかどうかを肌で感じ取れるわけでもない。
「では、魔素は何処に宿っているのかは分かるかな?」
「色んな所にあるんですよね」
「うむ、大気中には"魔霧"として滞留しているし、鉱石に宿れば魔石になるし、生き物、例えばレイア君の深紅眼にも火の魔素が沢山宿っている。精霊魔法というのはこれらから属性の魔素を抽出することで初めて使う事ができるんだぜ」
「では、私には深紅眼があるから火の精霊魔法が得意という事になるんですか?」
「ああ、レイア君はその目のおかげで体内に火の魔素をかなり取り入れやすい状態にある。逆に、相反する属性である水の魔素は君を避けてしまうだろうな。まぁ、魔術師が使える属性ってのは精々一つか二つまでだと思っておけばいい」
レオス先生の瞳は、見ていると吸い込まれそうになるくらい透き通った青空のような色をしていた。
「でしたら、レオス先生は碧眼だから火の魔術は使えないんじゃ……私の講師が務まるんでしょうか?」
「はっはっは、レイア君は着眼点がいいね~。だけど俺くらいの魔術師になれば下位の火属性魔法程度なら大気中にある魔霧や触媒だけでもなんとか出来てしまうから問題ないぜ。流石に"紅蓮"の化け物女みたいな本職とは全く比べものにはならないが」
そう言っては、レオス先生は人差し指を立てると、その真上に【発火】の魔法を発動してみせた。
瞳と同じような綺麗な青色の炎が、揺らぐこともなく静かに燃えている。その時は全く不思議に思わなかったけれど、今になってからようやく先生の凄さが身に染みた。
「……先生、お父様やお母様の前で今と同じ事言ったら追い出されますよ」
紅蓮とは、帝国に仕官している火の魔術師における最高峰の名誉だ。だからそのような御方に対し、化け物女と呼ぶのは貴族であっても畏れ多い。私の家系、レッドフィールド家も紅蓮の魔術師に対して畏敬の念をもっているのだから。
「おおっと、めんごめんご。この"触媒"についても説明するから許してくれ」
レオス先生は軽い口調で平謝りした後に先端に紅い魔石がはめこまれた杖を見せてくれたけれども、平民ってこんな無礼な人ばかりなんだろうか……なんて当時は思っていた。
「俺たち人間って奴は魔族や龍と比べると体内に保持できる魔素量って奴がどうしても少なくてな、こういった魔素の塊を外部に持ってないとすぐに強力な魔法を放てないのさ。中にはこの俺や紅蓮の化け物女みたいな例外もいるがな」
「化け物化け物って……さっきから先生は女性に対して失礼ですよ」
「あぁ……アイツ目が遭う度に一々絡んできて鬱陶しいんだよ。へーかを愚弄するなーだのなんだの言われてかれこれ数回は殺されてかけてるんだわ……」
「それ、先生の自業自得じゃないですか?」
「ま、そうともいうが。だけどレイア君はあーーはなるなよ? ありゃあもはや宗教とか病気の域だからな」
精霊魔法には四属性あるように、帝国には紅蓮を含めた四人の筆頭魔術師が存在し、今の四席は全て貧しい境遇から成りあがった元平民の方々で埋まっている。だからこそ最高位の名誉を与えてくれた雷帝ライオネス・ヴォイオディアに忠誠を誓っているらしい……のだけど。
今となっては帝国や雷帝に忠誠を誓えなどと言われても……出来るわけがない。
「さて、いよいよここからが本番だぜ? 魔法を発現させるには"詠唱"が必要だ。だが、この詠唱って奴は一癖も二癖もあって厄介なんだよ」
「先生は【発火】を使う際に詠唱してませんでしたよね?」
「ああ、さっき出した奴には"無詠唱"と"微調整"も加えてある。ちなみにこういった事もできるぜ?」
レオス先生が掌を広げると、全ての指先から【発火】を発現した。
「これが"多重詠唱"だ。で、最後に見せるのが――」
そして、手の平の火の子は次第に集いはじめ、蒼炎の剣を形作った。
「"集中詠唱"からの"超過出力詠唱"だ。コイツは体内の魔力をドカ食いするし、使用時に多くの詠唱時間を必要するから注意が必要だけどな」
「わぁぁ……先生凄いカッコイイです! でも、どれから覚えればいいのか分からないです」
「あ~これはあくまで見せただけだ。割と簡単な詠唱短縮だって普通の奴だと使いこなせるようになるまでには、レイア君が一人前のレディーになるくらい修行する必要があるぜ? まぁ、俺は今のレイア君くらいの年齢になる頃にはもう使えてたけどな」
「むぅ……、先生って私とまだ10歳くらいしか年齢違わないじゃないですか」
この頃のボクはレオス先生にちょっとした対抗心を抱いていた、だから翌年までに【ファイアーボール】の詠唱短縮を必死で練習して習得したんだ。多分、ちょっとでも追いつきたかったんだと思う。
「まぁ、その頃は冒険者や傭兵やって血反吐垂れ流してた位だからな、戦いの年季が違うんだよ、年季が。で、話は戻すが、まずは基本詠唱を完璧に使えるようになるのが大前提だ。基本を疎かにして応用や微調整に手を出そうとする奴は後で必ず痛い目を見るぜ」
――今思えば、ボクはこの先生の助言をもっと真剣に聞いておくべきだったんだ。
「……じゃあ、どうして私に見せたんですか? 」
詠唱短縮、無詠唱、多重詠唱、集中詠唱、超過出力詠唱、いずれも魔術に精通してなくては使えないのなら今教える意味がない。だから、少しイジワルするつもりでボクは先生に質問していた。
「まぁ、実戦だと基本詠唱だけだとどうしても限界が来るんだよ。そんな時にこれらを知ってるかどうかで土壇場で使える手札が増えるんだぜ?」
「う~ん、いまいち要領を得ませんけど……」
「例えば、敵が目の前にいるのに【ファイアーボール】を馬鹿正直に詠唱してたらザックリと殺されちまうだろ? そういう時には無詠唱や詠唱短縮が必要になる。逆に硬い外殻や魔法障壁に守られてる相手に通常の魔法では全く傷つけられないのだとしたら、集中詠唱で多少詠唱時間を伸ばしてでも威力をあげる必要性に迫られる。言ってしまえば、トレードオフの関係って奴だぜ」
「そもそも、先生の言ってる"詠唱"って呪文を唱える事ではないんですか?」
「あ~すまんすまん、レイア君の場合はそこからだったな。何故呪文を唱えるのかといえば、魔法の威力や効果範囲を間違えないようにするための紐付けなんだよ。仮の話だが、無尽蔵の魔力を持っていたとして、全て無詠唱で発動できるという条件下で【エクスプロード】と【ファイアーボール】と【フレイムウォール】という魔法を全て一瞬の判断で使い分けられるか? これに多重詠唱や集中詠唱による効果範囲拡大も交えてみな」
魔法を発現させるには、魔素は練り上げる方向性をある程度定めなくてはならない。手元で圧縮した魔素を投射して拡散させる【ファイアーボール】や、魔素を一定間隔で放射するだけの【発火】は比較的簡単だけど、複雑な魔法になるとより微細な制御を要求されるようになる。
【エクスプロード】のような遠隔起動爆破魔法にもなると、手元で魔素を練り上げられなくなるので座標転送詠唱か、事前設置式の遅延詠唱が必要になってくる。そのための効果範囲計算と魔素制御は今のボクでも全く見当がつかない。これに多重詠唱まで加えたら、一体どうなるのか……。
「えっと……無理だと思います」
「無詠唱は言わば究極的な手癖だ。魔法の制御と味方への周知を初めから放棄しているも同然なんだよ」
比較的弱めの魔法である【ファイアーボール】だって瓦礫を吹き飛ばせる程の威力がある。至近弾でも石礫や爆風でケガをしかねないのだから。予め【ファイアーボール】を使いますと宣言しておかなれば、味方は備える事もできない。
……当時のボクは魔法制御の難しさにばかり目が行っていたけれど。
「へ~、だから呪文を唱える意味があったんですね」
「何でも無詠唱教の言い分だと、周りや味方への被害なんぞ無視して、手当たり次第に素早く全力の破壊魔法をぶっ放して敵を倒しさえすりゃあいいんだろ? って理屈らしいが、戦いは一人でやるもんじゃない、俺はそういう連中には背中を預けたくはないね」
「レオス先生は無詠唱で何かあったんでしょうか?」
「あぁ、いや、ちょっと私怨が入っちまったな、気にしないでくれ。それと、破壊力があまりにもデカすぎるのでこの場で見せるわけにはいかないが、"大魔法詠唱"というものもある。もしかすればレイア君なら使う機会が訪れる可能性があるから予め教えておこう」
「大魔法……ですか?」
「魔法を発現するために必要な魔素は自分の体内だけではなく、外部の魔素も扱えるとさっき教えたよな?」
「えっと、触媒や魔霧からも精霊魔法は練り上げられるんですよね」
「うむ。だが、その土地に残留している魔霧に含まれている属性別の魔素の量は常に一定ではない。時には枯渇するし、時には異様に高まってしまう事がある。極端な例だと、湖の中で周囲の魔霧を使って火の精霊魔法を放とうとすると発動を著しく阻害される。俺はこれを水の"地相"と呼んでるな」
「えっと、不利な地相では周囲の魔霧から精霊魔法を発現できなくなるので、必要以上に体内の魔素を大きく消耗してしまうって事でしょうか?」
「その通りだ。で、精霊魔法は放てば放つ程にその土地に放った魔法属性の魔素が集積する。逆に反属性の魔素はその土地から排除されてしまうわけだな」
ボクのモードである火の地相で考えると分かりやすい。周囲が燃えている状態を火の地相であるとすれば、燃え盛る炎は水をかけられたら鎮火するし、周囲の水は火によって蒸発させられる。
「あ、だったら魔法属性が反目しあってると地相の取り合いになっちゃいますね」
「その通り、魔術戦において地相の支配は重要だ。だから魔術師は原則として同じ属性の魔術師同士で組むのが基本なんだ。間違っても一時の気の迷いで水と火の魔術師同士で組んだりするなよ? えらい目にあうぜ。逆に、敵の魔術師が強力な魔法を使用してくるのなら、相手の不得意な地相に変えてしまえばいい。まぁ、流石に龍や魔族相手じゃ焼石に水程度の小細工にしかならないが、それでもやらないよりはマシだな」
「へーー為になりますね」
「で、ここまで説明してようやく大魔法の話に入るわけだが……、ようするに、地相に含まれる特定属性の魔素が極限まで高まった時、その土地に含まれる全ての魔素を消費し尽して一発だけ放てる究極の破壊魔法が大魔法だ。もしもそれが行使されれば、帝都から北に進んだ所にある黒雲平野みたいにペンペン草一つすらも生えない不毛の大地になってしまうぜ」
帝国史によれば、黒雲平野と呼ばれた場所はかつて緑溢れる肥沃な土地で、十数年前までは帝国に次ぐ規模の大きな国も残っていたらしい。だけど、その国はいともたやすく滅ぼされた。
――龍災――
それが黒雲平野を作り出した大破壊の名前だった。龍をただ一度撃退するためだけに、それだけの代償を支払わなくてはならなかった。帝国近代史には当たり前のように記されている話だけれど。
「……大魔法なんて、きっと放たない方がいいですよね」
「……まぁな。後にも先にもあれっきりにするべきだろうよ。だからって俺の相棒みたいに剣一つで龍に挑みかかるのは大概だけどな」
「レオス先生には相棒がいるんですか?」
「おうよ、と言ってもゲテモノ食いで頭の中が全部筋肉に支配されてるような非常に残念な奴なんだが、何事も極端はよくないぜ?」
……何で今さらになってこの頃の夢を見たのかをようやく思い出した。マジ君が持っていた魔獣図鑑の原著者にはレオス先生の名前が記されていたからだ。
「さて、精霊魔法について大雑把に説明するとざっとこんなもんだ。で、レイア君は何か質問はあるか?」
――結局、レオス先生は平民で無礼だという理由で1年と待たずにお父様から解雇されてしまったけれど……。
これもはやレイアちゃん主人公なのでは? と思わなくもないが、回想力を高めないとゾンヲリさんに斬殺されてしまうので致し方なく……。
なお、レオス先生が解雇された件と詠唱短縮の練習をしすぎたのがレイアちゃん停滞の原因だったりする。ようは魔法の使い方に変なクセをつけてしまったせいで【ファイアボール】以外の魔法制御が出来なくなってしまったのだ。逆に言えば、【ファイアーボール】だけは割と得意なんだけど、自爆して死にかけたトラウマのせいで使うのを躊躇してしまっているのが今のレイアちゃんでもある。




