第八十七話:選ばれし者
※マジ君とレイアちゃんのお話はこれでひと段落です
紅き星明かりに照らされて浮かびあがったのは、黒衣を纏い死狼に跨る獣人達。それらを従えているのは禍々しい邪気を放つ黒剣を手にした銀鎧。そして、黒衣の獣人の一人は銀鎧の前に傅くと、凶気の孕んだ眼を光らせた。
「ベルクト隊長、今夜の標的はあの狼煙でよろしいですか?」
闇の中に光があれば亡霊達は誘われる。今宵亡霊が目を付けたのは、誰も居ないはずの湿地林で火の光を発する存在、即ち野営をしているニンゲンの先兵である。
「そうだ。ではミグル、お前がすべき事は分かっているな?」
「はっ、逃げるニンゲン共に夜の恐怖を知らしめ、全部根こそぎ奪いつくしてやります」
亡霊部隊に与えられた任務、それは"収奪"であった。
資源も武器も足りていない獣人達にとって、石の槍では刺し貫けないニンゲンの鎧と、金属鎧を切り裂き貫通できるニンゲンの武器は大変魅力的である。食糧も依然として不足しているのだから、どうせなら敵から全て奪ってしまう方が手っ取り早かった。
「戦い方も覚えているな?」
「敵の数が多ければ闇に潜みながら陽動して分断を図り、数が少なくなった瞬間を見計らって一気に囲んで仕留めます」
多数で少数を囲む。それは、弱者が強者に対してとりえる戦術の中で最もシンプルでかつ強力な戦法である。石の槍で一度に刺し貫けないのなら、闇の中から背後から何度も叩きのめしてやればいずれは倒せる。仮にニンゲン共が同じように闇に紛れようにも、闇の中でも戦えるように"臭い"を覚えてきた獣人達からは逃れられない。
「よろしい。では私は奴らを刈り取りに向かう。刈り漏らしの処理と分隊の指揮はミグル、お前に任せる」
一度戦場の霧に紛れてしまえば、正確な指揮をとり続けるのは困難である。故に、外側から冷静に状況を判断できる副官の存在は必要不可欠であった。
「はっ、任せてください」
「では始めよう、狩りの時間だ。お前たちはいつも通りにやればいい」
そして、獣人の亡霊達が一斉に湿地林の闇の中へと溶けて消えていった。
〇
魔獣の領域で野営を行う際に最も神経を使わなくてはならない時間、それは夜番である。
「レイア、念のため火は消して場所もここから移しておこうか」
「どうして? 暗くて何も見えなくなっちゃうよ」
「だからこそだよ、私達は弱いし少数なんだ。魔獣は火の光を本能的に恐れるけど、焚き火は遠くからも丸見えだから誰が見てるか分かったもんじゃない」
「それもマジ君の言う冒険者としての心得なの?」
「そうだね、今は魔獣よりも野薔薇団や獣人に見つかって夜襲を仕掛けられる方が数段恐ろしいかな。それに、相手が魔獣だったら最悪火を撒きながら逃げて野薔薇団に押し付けちゃえばいいんだし」
「マジ君、ちょっと悪そうな顔してるね」
「ははは……まぁ、この仕事で綺麗事だけやってて自分の身を守れる人って本当に極少数の人達だけだから……。私ですら仲間から置き去りにされて魔獣の群れの中に一人放り出された経験くらいはあるし」
魔術師レイアはビクりと震える。時には魔獣よりも人間の方が恐ろしい事もある。それを学び、生き残る術を学ぶのも冒険者の洗礼の一つである。
「大丈夫、私はパーティーメンバーのレイアを見捨てたりはしないよ。それをやってしまったら、私は私を置き去りにして捨てて行った奴らと同じになってしまう。それではもう、私は戦士では居られなくなってしまうから」
戦士の役目は前衛となって仲間の盾になる事である。そして、常に殿を務めなくてはならない都合上、最も仲間から見捨てられやすく、死亡率も高くなりやすい役回りである。
逆に、仲間の盾としての役目を全うできない戦士とは、単に武器を持ってるだけの暴徒となんら変わりない。
「それじゃあ、ボクがマジ君を見捨てて逃げちゃうかもって考えたりしないの?」
「その時は、仕方がなかったんだなって思うよ。誰だって自分の命は大切だし、戦士と魔術師の命の価値は同じじゃないから」
青年戦士マジは役目に殉ずる姿勢を崩さない。魔術師レイアからすれば、その覚悟はあまりにも常軌を逸した考えに思えた。
「そんな割り切り方、絶対間違ってるよ!」
「レイアは優しいよね」
「別にボクは優しくなんか……」
「優しいさ、だって、レイアでなければ出来ない事は山ほどあっても、私でなければ出来ない事なんて命を懸けたって僅かしかないんだ。だからこそ、平民が貴族の為に尽くすのは当然の事なんだよ」
「そんな事ない。ボクに出来る事なんて何も……」
「だってほら、レイアは私を選んでくれたじゃないか。だから私はまだ、この場に立っていられるんだよ」
「え……?」
「レイアに選ばれてなければ、私は大金を得られるチャンスすらも与えては貰えなかった。でも、何の名声も実力もない戦士の私の方からレイアに同行を持ちかけたとして、レイアはそれに応じてくれたかい? きっと、断ったんじゃないかな?」
――そんな事ない。とレイアには答える事はできなかった。
魔術師レイアが青年戦士マジを選んだ理由とは、クエスト板での魔術師の女性とのやり取りを見て、気の弱そうにしていたところに何となく親近感を覚えたからでしかない。つまるところ、単なる気まぐれである。そして、青年戦士マジの代わりなど幾らでもいる。
それこそ、青年戦士マジよりもっと実力と名声のある戦士を選ぶ事もできたはずなのだから。
「私はレイアにとても感謝してるんだ。だから、私を選んでくれた君の事は命に代えても必ず守るよ。それが、私が戦士として持っている細やかな意地と誇りだからね」
家族からは口減らしを理由に捨てられ、仲間からは囮にされ捨てられた男が行き着いた先にあったのは、感謝であった。
「それじゃ行こうか」
「うん……」
青年戦士マジより差し出された古傷だらけの手をレイアは握りしめた。血豆を何度も潰したかのようなゴツゴツとした掌の感触が、湿地林の暗闇の中を進むレイアに安心感を与えた。
「えっと、レイアはいつまで手を握ってるんだい?」
「あ、あわわ、ごめんなさい」
指摘されてレイアは慌てて繋いでいた手を放し、青年戦士マジの隣から真後ろを付いて歩くようにしたのであった。
「よし、付近の茂みは浅いし、木々に星明かりも遮られてないこの場所でなら辛うじて周囲を見張れそうだ」
「もしかして、マジ君は朝になるまでずっと見張ってる気なの?」
「そうだよ? 誰かが夜通しで見張らなきゃ危ないからね。そうだ、レイアには私のマントを貸してあげるから、それを下敷きにして眠ってるといいよ。何かあったらすぐに起こすから」
そういって、青年戦士マジは外套を脱ぎ、レイアに受け渡した。
「あ、ありがと」
「あ……、一応洗ってるとはいえ、結構使い込んでるから臭いだけはちょっと勘弁してほしいな」
「うん」
そうしてレイアは言われた通りに青年戦士マジの外套を下敷きにして寝入り、青年戦士マジは何故か存在する手ごろな切り株に腰掛けながら周囲を警戒し始めたのだが……。
「うう……やっぱりこんなの眠れるわけないよぉ……それにマジ君の匂いがすっごいする……」
年ごろの少女には、男の使い込んだマントの臭いはあまりにも刺激的過ぎた。次があるなら自分の分のマントはしっかり準備しようと心に決めるレイアなのだが……。
「でも……なんか、ちょっとクセになるかも……」
内から芽生え始める衝動から、レイアは新たな扉を開き始めていた。
人は何故……性癖に目覚めてしまうのか……。SM、臭いフェチ、放置プレイ、寝取られ……etc。
これも人の性かな。
マジ君からの度重なる冒険者セクハラにより、レイアちゃんがちょっぴり変態になりました。だから男女で一緒のパーティなんか組んではいけないのだ!
なお、マジ君はレイアちゃんに選ばれた事を除けばふつーの戦士でしかないです。貴族から理不尽な要求を押し付けられたり、仲間から見捨てられたり、家族に捨てられるのもモヒカンワールドではふつーで当たり前の事です。悲しい。




