第八十二話:大地の重み
※今回も被害者の会です。はい
砦から敗走するコボルト軍団を生け捕りにするべく猛追する羅漢団だったが、土地勘がない上に足元も見えない道を進みながらでは中々思うように距離を詰めらない。
「逃げるんじゃねぇ! 臆病者共が」
羅漢団団長のラカンは苛立ちのあまりに罵声を飛ばした。
蒸れる金属武具を装備したまま走り続けるのは案外疲れる。一方、コボルトの兵士はと言えば、特徴的な銀鎧以外はほぼ半裸同然の恰好が目立つ。しかも、逃走時には手に持っていた石槍すらも投げ捨てていくという、徹底した戦闘放棄の構えをとる潔さを見せている始末である。
追撃隊は距離を離されまいと全力で走る。新調した鎧がガチャガチャと耳障りな音を立てながら。
「団長、外の光です」
闇に慣れすぎたが故に光の柱と化した日喰谷の出口。それを見て団長ラカンは舌舐めずりする。
「しめた、外に出たら横陣を組め! 一斉射撃を仕掛けて奴らの足を止めるぞ」
砦のような動かない目標ならまだしも、狭い暗所でのボウガンは同士討ちの危険性もあって使いにくい。広い場所にさえ出てしまえば、文明の利器である遠隔攻撃武器を思う存分に使える。
「へへ、ようやく追い詰めたぜ」
谷を抜けた先には岩壁があり、その前で獣人達は立ち往生していた。
「ぷっくくくくっ! 袋小路に逃げ込むとはやっぱ間抜けな蛮族は蛮族だな。さて、観念して今すぐ降伏するならコイツをぶち込むのだけは勘弁してやるが?」
団長のラカンは勝ち誇ったかのように、矢の装填されたボウガンを銀鎧に向けると、背を向けていた銀鎧がゆっくりと振り返り、小さく呟いた。
「……ここまで上手く事が運ぶとは思わなかった。ですがこれも大地の精霊様の思し召し……でしょうか」
「何をブツクサ言ってやがる! 聞こえるようにはっきり言いやがれ!」
「聞けぇ! ニンゲン共よ!」
「!?」
それまで弱腰に指揮していたはずの銀鎧が突如大気を震わせる程の猛々しい咆哮あげた。それは、背面の岩壁に反響して何重にも折り重なり、羅漢団の身を竦ませるには十分過ぎる程の威圧感を伴っているものだった。
「これは怒れる大地の叫びである! 地上這い回る愚者共よ! 天声を傾聴せよ!」
「大地の怒りを!」「我らの叫びを!」「我らの怒りを!」
銀鎧の一声に合わせた大地を揺るがす程の斉唱、そして、次の瞬間には幾百という石槍が天から降り注いだ。それは羅漢団の進行を阻む石柵となり、それまで丸腰だったコボルト兵士達の武器となった。
ここに来てようやく、羅漢団は袋小路に誘い込まれていたのは自分達の方であったことに気づいた。
四方を見渡せば、先ほど十数人の犠牲を払って落とした砦とは比較にならない程に高く堅牢な城塞に囲まれており、その外壁に並ぶ獣人達の数は少なく見積もっても数千は優に超え、各々が石の武器を手に取り、血走った目で牙を剥き出しにしながら怒りを叫んでいるのだ。
羅漢団やそれと同じく最前線に立ってしまった者達は、無意識的に来た道を振り返ってしまった。
「なんだ!? 何が起こってる!?」
「何を止まっている! さっさと前に進め。後ろがつっかえるだろ」
「お、おい。馬鹿、押すな」
数秒前までの自分達のように、日喰谷から意気揚揚と這い出てきた傭兵団で渋滞が生まれてしまっていた。
軍隊とは生き物だ。一度前に進む流れが生まれてしまえば個人の判断で逆走はできない。そんな事をしてしまえば、後ろの味方によって地面に押し倒され、金属具足で踏み潰されてしまうのがオチである。これからも、戦勝気分の盲共が谷底から続々と続いてくるのは明らかだった。
「たい……」
団長のラカンが"退却"と号令をかけようにも、後ろから鼓膜が破壊されそうになる程の獣人達の一斉唱和にかき消される。付近の傭兵達も口々に何かを叫んでいるが全く耳に入らない。
「跪けェ! 地上を這い回る愚か者共よ!」
雷雨の如く轟く獣人達の怒声、圧倒的な数の暴力、不利な地形、破壊された命令系統、ありとあらゆる危険信号がラカンの脳に警鐘を鳴らし続ける。
人は生命の危機に直結する程の恐怖に瀕した時、生物の本能によってfight-or-flightという二つの選択を迫られる。それは、この場所は危険だから芋虫のように地べたを這いずり回ってでも"逃走"するか、それが嫌ならばこの場で"闘争"する事によって窮地を打開するというものだ。
この時、ラカン団長は既に"闘争"という選択肢を排し、"逃走"を選択していた。それは、相手が弱者の獣人であるという事を忘れてさえいなければ、正しい判断だった。
「跪け!」「跪け!」「跪け!」「跪け!」「跪け!」
「うわああああああ!」
「跪け!」「跪け!」「跪け!」「跪け!」「跪け!」
ラカンは叫び続けた。不運にも最前線に立ってしまった者達も皆同じだった。
ただ、味方を蹴飛ばしてでも日喰谷の中に駆け込みたかったのだ。そうして生まれた退却の流れは次第に奔流となり、日喰谷から這い出て来た者達をも飲み込んでいく、そのはずだった。
「大地の重みを知るがいい! 崩れ落ちる壁より貴様らが逃れる術はない! 」
【過重圧殺!】【過重圧殺!】【過重圧殺!】
竜王の一声の直後に、突如最後尾の傭兵達の頭上に落石が降り注ぎ、その真下に居た者全てを圧殺したのだ。
それは、土の精霊魔法の【過重圧殺】にも等しい現象でもあるが、実際には獣人の神官達が一斉に【石弾】という石礫を同時射出し、予め不安定に生成していた石壁にぶつけて破壊し、擬似的ながけ崩れを引き起こしただけに過ぎない。魔術能力に長けた者から見れば失笑も禁じ得ない程の陳腐な攻撃だ。
だが、数十人の仲間達が一斉に大地の重みによってすり潰されるという惨状を見せつけられた。その事実は傭兵団を戦慄させるには十分過ぎる衝撃となった。
「あ…? ああ……?」
「なんだよ……一体何だよ! これは!」
まるで悪い夢か幻だったかのように呆然自失に立ち尽くす者もいれば、それを他人事のように見ているだけの者もいる。
「うわあああああああ! 助けてくれぇ!」
「退け! 邪魔だ!」
「てめぇの方が邪魔だ! とっととどきやがれ!」
可能性が僅かであっても生にしがみ付くのを諦めなかった者達は、落石によって狭まってしまった退路を目指し、かつての仲間であった者達を踏みつけにしていった。
「過去に流れし血の記憶を忘れ、未だ血を欲し続けるかニンゲン共。ならば貴様らに与える慈悲もなし! 大地の嘆きに溺れて沈め!」
竜王は石の剣山に歩み寄ると、一本の石槍をその手に掴み取り、勢いよく投擲した。閃光が突き抜けるが如く豪速で放たれた石槍は、一瞬の間に不運なニンゲンの胴体を金属鎧ごと破砕せしめたのである。戦場に降り注ぐ血飛沫が開戦の狼煙となり、獣人達はその場に存在するありとあらゆる"石"を一斉に投げ始めた。兵士達は石の槍を、城塞の守護者は石の剣を、兵士でない者達は石の塊を。
【石の雨】
一度天を仰ぎ見れば、燃え盛る太陽は石の雲で覆い尽くされている。それは剣の雨のようであり、地神の涙のようにも見えた。
「ああ、……あぁ……?」
いずれにせよ、数秒後に降りかかるであろう雨を思えば、何もかもがどうでもよくなってしまうような光景である。僅かな隙間すらもない密度で降り注ぐ豪雨を避けようなどと考えるのは、もはや狂人の領域でしかないのだから。
「うわあああああああ!」
滝に打ち付けられているかのような激震と轟音を伴いながら、大地の至る所は抉り削られていく。ニンゲンの肉体は偉大な大地のように理不尽に耐えられるよう出来てはいない。当然の如く、たった一雨で"全滅"する程の徹底的な破壊が降りかかる。
「ガァアアアッ!、俺の足ガァ……変な方向に曲がって……」
「おい、おい、しっかりしろ! おい! クソ、ド頭が割れちまってる」
「ちっ、受け損ねて盾がぶっ壊れちまった……それよりやべぇぞ、次が来る! 備え――」
辛うじて急所への直撃を免れた者達も、石で全身至る所を打撲し満身創痍である。しかし、"石"はまだまだ残っていた。【石の雨】は再び降り始める。ニンゲン共の心身を完膚なきまでに叩きのめすまで、雨が完全に降り止む事はない。
二度目の雨で壊滅し、三度目の雨で殲滅に至る。そうして、戦いはあまりにも一方的な蹂躙という形で決着がついた。
「我々の勝利だ!」
竜王ベルクトは剣を掲げて高らかに宣言する。日が完全に沈むまでの間、大地を震わす程の獣人達の歓声は留まる事を知らない。
オイヨイヨ、オイヨイヨ、オイヨイヨ、タイタン! オススメの大縄跳び系MMORPGがあるんだが? というネタがやりたかっただけ。そんなお話である。
折角コボルトで土属性なんだししょうがないね! しかも包囲殲滅陣ノルマの達成まで付いて来る! 露骨過ぎて色々アウトかもしれない今日のこの頃。
なお、戦力比700対4000弱(石投げオンリーの市民含むが地形効果はMAX)という完璧に不利な状況に陥っても、羅漢団=サンが覚悟キメて最後の一兵になっても勇敢に戦えるバーサーカーだらけだったなら案外イイ勝負したりする。
【石の雨】もテストゥドで弾切れまで凌げば勝機があったりなかったりするという。(ベルクト=サンのグール級エリートフィジカルで放たれる投擲という名のレーザービームだけは、半端に盾を構えてるだけだと問答無用で死んでしまうけど……)
オラついてる間はそこそこ強いけど、士気が崩壊しちゃうと獣人と傭兵どっちも脆い、案外薄氷の上での勝利だったりするのさ……。それだけ士気は重要なのだ。




