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第七十七話:一矢報いることもなく


「はぁ……はぁ……、やった。やっとついた。ここが頂上だよね?」


 ブルメアは崖の端に捕まった姿勢のまま、ここより"上"がない事を知って安堵の息を吐いていた。


「気を抜いて"また"落下したくなければ、崩れないうちにさっさと登ってしまえ」

「い、言われなくても……でももう腕に力が入らなくって……あっ!」


 手を伸ばそうとした矢先、捕まっていた出っ張りが崩れ、背筋が寒くなっていくのをブルメアは感じた。走馬灯がよぎり、迫る死を前に思考が真っ白に塗りつぶされて――。


「っ! 捕まれ!」


 その言葉でブルメアは我に返り、ガムシャラに手を上に伸ばすと、勢いよく崖上まで引っ張り上げられた。


「あ、ありがと」

「全く世話が焼ける。と、言いたい所だが、よく登り切ったな」

「うん、やってみれば案外出来るものなんだね」

「2,3度は死んでてもおかしくはなかったがな」

「実際、ゾンヲリが咄嗟に助けてくれなきゃ崖下か途中で頭ぶつけてたから、もう二度とはやりたくないな……」


 ブルメアは日喰谷の崖上に到達するまでにおよそ2千400回の【三角跳び】繰り返してきた。その間、足を踏み外しては崖下まで真っ逆さまに転落するのを3度繰り返し、その度にゾンビウォーリアーが落下中のブルメアを抱きかかえながら崖に大剣を突き刺して救出してきたのである。


「歩けるか?」

「ちょっと、辛いかな、もう膝とか結構ガクガクしてて危ないし……もう少しこのまま捕まってていい?」


 一瞬、銀鎧のゾンビは"衛生上の問題"で直接手に触れるべきかどうかを迷っていたが、既にここまでに緊急時とはいえお姫様抱っこの真似事は3度繰り返している。今さら1度や2度の濃厚接触回数が増えた所で誤差の範疇でしかなく……。


「……ああ」


 と、ゾンビウォーリアーはなし崩し的にエルフの白い手をとってしまったのであった。それから、安全な場所で(しば)しの休息をとった後に、ブルメアは思い出したかのように崖の端に駆け寄る。


「うわぁ~、絶景だねっ」


 ブルメアは無邪気な子供のような表情で、遠くに見える森や川や小さな獣人国の村々を眺めて感動していた。この景色を見るために何度も死にかける程の苦労しているので、その感動も一入である。


「そうか?」


 しかし、ゾンビウォーリアーにとっては数分で来れるような場所であるために、そこに何の感慨も沸きようもなく。


「そうだよ! ほら、ゾンヲリも見て見なよ。ビースキンの大精霊様の像があんなに小さく見えるよ!」


 城塞都市ビースキンの中央区には巨大な土の大精霊を(まつ)った石像が建てられているが、通常は外壁に阻まれていて覗き見る事は叶わない。だが、日食谷の尾根からならば、雲の上の天上から下界を見下ろすようにして壁の内側が丸見えになっていたのだ。


「ここに遊びにきているわけではないのだがな……まぁ、気が済むまで景色を堪能したのならさっさと反対側に向かうぞ。そこからなら鉱山都市の様子も一望できる」


 と、どこか冷めた様子で返すだけである。


「もう、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいのに……」


 ブルメアは少しむくれたように悪態をつきながら、ゾンビウォーリアーの後を続いていったのだ。


「ねぇゾンヲリ、あれってまさか……」

「ああ、"敵"だ」

 

 遠方の鉱山都市から途切れる事なく続いている長蛇の列が、山道を通りながら日喰谷へと迫りつつあった。


「人間……」


 急速に口内が渇く感覚を覚えたブルメアは、無意識に弓柄(ゆづか)を強く握りしめていた。無論、ブルメアは人間と相まみえる覚悟をして来なかったわけではない。しかし、それでも尚、いざ実物を目の前にしてしまえば緊張と動揺を隠せないでいた。


「焦りと恐怖は腕を鈍らせる。今の貴女がここから矢を放ったところで、一矢を報いる事もなく無駄にするだけだぞ」

「ふぅ……、大丈夫。思ってたよりは落ち着いていられる」


 ブルメアは一度呼吸を整えると胸元に刻まれた奴隷の烙印に手を当てる。人間と共に過ごしてきた屈辱の日々を思い出すかのように。


「今はもう、弱かったあの時の私とは違うから」

「私から言わせれば、今もさして変わらないと思うがな」

「もう、ゾンヲリから見ればどれも皆一緒でしょ。それより、これからどうすればいい?」


「貴女にはこの場所で"目"をやって貰いたい。敵に何か動きがある度にフリュネルを介して私に"座標"と"敵の規模"を連絡して欲しい。……それとも直接戦えないのは不服か?」


「ううん、"情報"が大事なのは夜の訓練で何度も死にかけて覚えたもん。それに、私にしか出来ない役目なんでしょ?」


「そうだな、貴女にしか務まらない。それもこの戦役の勝敗そのものを左右する程の、極めて重要な役目だ」


 契約者の"声"を通しての意思疎通、それは"一切の遅延もない情報伝達"方法である。契約者ブルメアの見聞きした情報は、前線で戦闘を行うゾンビウォーリアー及びその指揮下の亡霊部隊に即座に連携される。


 それは、この場にブルメアが存在する限り、崖下及び湿地林へと進む敵の構成、位置、戦力の全てはゾンビウォーリアーへ筒抜けになり、その一方で秘匿された戦力である亡霊部隊は自由なタイミングで奇襲を仕掛けられる事を意味する。それ即ち、手札を全て見られた状態で賭け事をするに等しい状態である。


「だが、無理強いをするつもりはない。そもそも此度の戦は貴女にとって全く関係も無ければ利もないのだからな。仮に勝利したとしても私から渡せる物など精々僅かな謝礼ばかりであるし、敵に捕まれば鉱山都市での生活の二の舞という不毛でしかない戦だ。崖を降りたいなら今ならまだ間に合うが?」


 これから始まる戦いは獣人(コボルト)と人間の戦いであり、食客のエルフでしかないブルメアには参戦の義務と責任はない。しかし、ブルメアの戦略的価値と責任は極めて重く、その重圧も並大抵ではなかった。故に、戦士でもなければ兵士でもないブルメアにその責を背負わせるのは、ゾンビウォーリアーには忍び難かったのだ。


「崖登りまでやらせておいて、今更"関係ない"なんて寂しい事言わないでよ……」


「……そうか、なら止めはしない。だが一つだけ忠告しておく、もしも敵に発見されてこの場所に到達できる程の実力者と相対したならば、今の貴女では万が一にも勝ち目はない。その時は逃げに徹して私を呼んでくれ。すぐに貴女の元に駆け付けて敵を駆除しよう」


 狡猾で残忍なゾンビウォーリアーは、二重の策を用意してブルメアを日喰谷の崖上に配置することを決めていた。一つは高所をとり視界と遠隔攻撃能力に有利を得る事、もう一つは竜王ベルクトを超える強者を誘き出すための"囮"として。


 ブルメアには敵に最優先で狙われる要素があった。一方的に情報を奪取する偵察役、高所に布陣した弓兵、金貨数十枚と同等の価値を有する白金貨の数枚分に相当する程高価な女エルフ奴隷。

 それは、"戦果"を獲得しにきた者にとって大将であるベルクト以上に価値ある戦術目標となりえた。そして、ブルメアの元に到達するのは、雲の上まで続く程の"断崖絶壁を崖登り"出来る者に限られるのだ。


 人間の軍勢から強者を分断するための策として機能するのに加え、ブルメアという目標を無視するならば"所詮その程度の軍"でしかなかったという試金石としても十分に機能する。


「えへへ、ゾンヲリは私の事も守ってくれるんだ?」


 そんなゾンビウォーリアーの思惑とは別に、満更でもなく嬉しそうにしているブルメアであった。


「私にとって、貴女はとても重要なヒトだからな」

「えっ……?」


 勿論、ゾンビウォーリアーのこの言葉は、"戦力"として以外には他意はなく。


「ああそうだ、本来は落ち着いてからにするつもりだったが、今の内にこれを渡しておこう」


 そう言ってゾンビウォーリアーが雑嚢(ざつのう)から取り出したのは、小さな小包である。それは、直接触れないように何重にもかけて封がされている。


「これってどうしたの?」


「前に貴女から返してもらった碧風石(アクストロン)だが、すぐに金には換えられなかったので代わりに耳飾りに加工したものだ。風の魔力を含んでいるので風の精霊であるフリュネルの力を気休め程度には強めるだろう。よければ使ってくれ」


 "装備"として見るなら大した防御能力もないアクセサリーだが、それでもペンダントが矢から身を守ってくれるという逸話もある。少しでも生存率を高めるために、あるいはゾンビウォーリアーが討ち死にして報酬を渡せなくなる。という事態を防ぐ為に今渡す事にしたのである。


「うわぁ……もしかしてこれってゾンヲリの手作り?」


 真円になる程丁寧に磨き込まれた宝石部は、陽に照らされて淡く翠色に光る。


「見てくれが不格好なのは許してくれ、いかんせんこういうのは初めてでな。まぁ……頃合いを見て売れば多少の金にはなるはずだ」 


「う、ううん。ずっと、大切にするね」


 ブルメアの紅潮している尖った耳や潤んだ翠玉の瞳にゾンビウォーリアーは気づいてはいない。本職が作るのと比べれば、あまりにも不格好な品を送る事への気恥ずかしさや照れから、ブルメアと目線を合わせられないでいたからである。


「……ねぇこれ、ゾンヲリが着けてくれる?」


 ブルメアは耳飾りを一旦差し出し返そうとするが、ゾンビウォーリアーによって制止される。


「いや、それに私が触れてしまえば汚れる。自分で付けてくれ」


 手甲の中身は死人(ゾンビ)の手である。事前に消毒してあるとはいえ、不衛生な手で耳飾りに直接触れれば、要らぬ感染症を引き起こしかねない。つまらないリスクは負うべきではないという判断だった。


「……そっか。そうだよね。うん」

「ん? どうかしたのか?」


 ブルメアの瞳にあからさまな落胆の色が見えたので、ゾンビウォーリアーは訝しんだ。


「ううん、ゾンヲリは気にしないで、何でもない。何でもないから」

「そうか、では、私は敵が近い事をベルクト殿に報告しに向かうが、貴女はどうする?」


「ゾンヲリはまたすぐ戻って来るよね?」

「ああ、この場所に"物資"を運ぶ必要もあるからな」

「じゃあ私はここで人間達を見てるね」

「そうか、では頼んだ」


 そして、ゾンビウォーリアーは何食わぬ顔でブルメアを置いて崖を飛び降りて谷底へと消えていく。それを見届けたブルメアは、小さく溜息をついたのであった。


「もう、ゾンヲリってば分かってるのかな……。エルフの里じゃ"耳飾りを送る"ってずぅ~~~っと一緒に居ようねって意味なのに……。絶っっ対、分かってないよね……。でも」


 ブルメアはすっかり火照ってしまった身体を冷ますようにして、谷から吹き上げる冷ややかな風を浴びる。


「すっごく嬉しいな……」


 そして、雲に隠れて見えなくなってしまった銀鎧の背中を目で追いながら、イヤーリングを取り付けたのであった。


 落下してお姫様抱っこする下りをねちねち書こうかとも思ったけど、いい加減くどいかなと思って巻く事にしたらしい。


エルフの風習で結婚する際にプレゼントとして送られるのは、結婚指輪ではなく結婚耳輪だったりする。ゾンヲリさんは人間の風習から指輪を送るのを避けたわけだが、それが裏目になる事も稀によくある。


 そんなネタをやりたかったがためにネチネチと黒死病マラソンの話が挿入され、20話近く水増しされたのであった。


 今回の話を某国民的RPG第六作目風のお話に例えると。


ハッサン「アモッさん、俺の銀の指輪を受け取ってくれ。防御力が上がるぜ」

アモス「ハッサン、本当に俺(スタメン落ちの)が貰ってもいいのか?(きゅん♡)」

ハッサン「ああ、そのまっ裸のままじゃ寒いだろ?」

アモス「……ありがとう(エニクス(主人公)に装備全部売られてしまってな……)」


 という"装備品の使いまわし"という日常的によくやるシーンである。(なんでミレーユやバーバラにしねぇんだ!ってツッコミは認めない)

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