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第七十二話:開戦演説

※1ヶ月くらい胸痛があったので休んでましたが、熱が39度くらい出てくれたおかげで胸の痛みが治まったので更新復帰するらしい。

 ビースキン中央区の公衆広場、そこは市民の休憩所として親しまれていた。しかし、今やその場所は一面が獣人達の埋め尽くされており、公園内は異様な熱気で包まれていたのだ。血走った目で石槍をその手に持つ者、不安気に成り行きを見守る者、物見遊山に立ち寄っただけの者、ただ祈る者、いずれにおいても、市民達の注目と関心の全ては、公園中央に置かれた檀上の人物に集中していた。


 その人物の名は竜王ベルクト。彼は壇上から市民一人一人に対して目を配らせていくと、次第に公園の熱気は収まっていった。


「ご協力ありがとうございます」


 竜王ベルクトがそう一言を発する頃には、騒然と湧いていた公園はすっかり静かになっていた。そして、竜王は静かに、深く呼吸をした後に、目を見開く。


今日(こんにち)、私は竜王の名と権限を持って、諸君らに戦時体制への移行を宣言します。それに伴い、諸君らには多くの犠牲と忍耐を強いる通達をしなければいけません」


 戦時体制、それを聞いた市民達の間には動揺と困惑が広がる。その反応は当然であり、戦時体制下では戦闘行動を優先させるために軍から強権が行使される。それによって、ただでさえ貧しい市民達の生活と自由がさらに制限されるようになるのだ。


「戦時体制だって!? こんなの普通じゃ考えられない!」

「どうして急にこんな事になった! 説明をしろ!」


 市民達は口々に不満を叫ぶ。それをベルクトは黙って受け止め続けていたが、警備隊達がそれを許さない。騒がしい反抗的な市民は威圧され、徐々に会場は静かになっていった。


「先日、旧鉱山都市の現領主より、我々獣人国に向けての最後通牒(さいごつうちょう)が突き付けられました。ニンゲン達からの最大限の平和的譲歩の内容を一言で言い表すならば、獣人国の民全ての無条件全服従以外にありません」


 公園内は完全に冷え切っていた。鉱山都市で重労働を強いられている獣人達の扱いを知らない者は殆どいない。だからこそ、それまでは"まだ他人事で居られた"者達にとってはそれだけ衝撃的な話なのだ。今さら臆病な竜王に対して野次を飛ばした所で、もはやどうにもならない事を完全に理解させられた。


 市民達には家があれば、仕事もあるし、守るべき者達も居る。それら全てを放り出してニンゲンから逃げるというのは、即ち壁の外を跋扈する魔獣の餌になる事に他ならないのだから。


 戦うも、逃げるも、人間に従うも、どの道を選んだ所でその先には地獄しかない。


「……このようなニンゲンの横暴をもたらしてしまったのも、ひとえに私、竜王ベルクトの力が及ばなかった事に全ての責任があります」


 ベルクトは静かに目を伏せた。


「そうだ! 私達の生活をどうしてくれるんだ!」

「鉱山都市の二の舞だと!? ふざけるな!」

「これも今代の竜王が不甲斐ないせいだ!」

「代わりの竜王を出せ!」


 竜王ベルクトは現在の獣人の中では紛れもなく最強であるし、彼は常にそうあろうと研鑽を積み続けてきた。実際の所、彼の代わりが務まるような人物は何処にもいないのである。しかし、それでも竜王ベルクトは己の無力を自覚せずにいられないでいた。


 結果とは、淡々と残酷な真実を告げるばかりで、そこに至るまでの努力の過程に一切の恩情を与えてはくれない。


「諸君らの怒りは尤もだ。だからこそ私は! 今こそ竜王としての職責を果たすべく、獣人国の精鋭達を率いて決死の覚悟をもって戦いに赴いて諸君らに勝利と自由という結果をもたらしましょう」


 その"精鋭"がニンゲンに勝てるのなら始めからこうはなっていない。ベルクトの言葉は単なる虚勢と嘘である事は、市民達には既にお見通しである。


「先代竜王グルーエルにも出来なかった事が出来るわけがないだろう!」


 すぐに衛兵によって取り押さえられた一市民が放ったその言葉は、正しく"呪い"である。その一言だけで、竜王という役職に就いた者の心をへし折るには十分過ぎた。当代の竜王は歴代最強の先代と比較される運命にあり、先代ですらいとも容易く人間(オウガ)によって滅ぼされたという事実を背負わなければならないのだから。


 獣人の脳裏の奥底に刻み込まれた敗北の記憶は、数年程度で薄れるわけがない。


「それでも! どうか、私を信じて欲しい。私が信じられないのであれば、今に戦場に赴く者達を信じてあげて欲しい!」


 ベルクトは噛み殺した奥歯から血を流しながら叫んでいた。


「わたしね、テントにいた時に黒くて怖いのに襲われたんだけど、りゅーおうのおにーちゃんに助けられたよ。すっごく強くてかっこよかったのに、なんで皆はおにーちゃんの事信じられないの?」


 みすぼらしい獣人の少女が何気なく放った言葉が、空気を変えた。

 

「ああ、俺も見たぜ。あのおぞましい黒い化物を一瞬で細切れのミンチにする瞬間をな。俺は信じても良いと思っている」


「ん? 小さな女の子庇って右手怪我してた所は見たけど、そんなに強かったか?」

「あ? 竜王様以外にそれが出来る奴はこの獣人国にいねぇだろうが」


 竜王は間違いなく黒い化物(グール)を"2匹"倒していた。それを偶々目撃していた者達は、竜王ベルクトが銀の竜である事を疑いはしない。それもあってか、少しではあるが大衆はベルクトの言葉に耳を傾け始めたのだ。


「お前ら……少しは冷静に考えろよ。外で雑魚寝してる難民連中の面を一度でも見てみたか? ここで竜王様に文句言った所で、明日にはああなるのが俺達の番になるだけなんだぜ? だったら腹と毛皮括るべきだろ」


「俺はあの黒い化物に村を壊されて逃げて来た。それからは生き地獄だったぜ? ここ一週間は具材が石だけのスープを飲んで、山羊みてぇにその辺の雑草をかッ喰らって来た所だからな。一緒に逃げて来た仲間の大勢は死病で野垂れ死んだし、俺もそれで先日死にかけた。生き残った奴のうちの何人かは食うに困って別の農村を襲いに行った始末よ」


 胸部から浮き出たあばら骨が特徴の獣人は、掠れた声で難民キャンプで過ごした体験を語った。飢え、疫病、犯罪は治まる事を知らず、心身共に疲弊しきった者達が最期に求めたのは一時の快楽か、絶望の淵に沈みながら潰えるか、自ら人身御供となって他の者に与えるか。


 あるいは、憎悪で己の身を焼くか。


「聞けばあの黒い化物差し向けたのはニンゲンだっていうじゃねぇか。なぁ、何で俺らがこんな目に遭わなきゃならねぇんだろうな?」


 難民キャンプ上がりの濁った瞳の奥底に孕んでいたのは狂気。


「竜王様! 俺達はニンゲン共には勝てるんですよね?」


「勿論だ。諸君らが石のスープで腹を満たし、飢えに苦しむ生活は間もなく終わりを迎える。そして、諸君らの破壊されてしまった村々の復興もこのベルクトの名において約束しよう。その未来を掴みとるために、諸君らにも協力して欲しい」


 闘争か逃走かの二者択一、片方は蜘蛛の糸を掴んで奈落の穴から這い上がる道、もう片方は地獄の底への片片道を進む道。獣人達には選択の余地など始めから無いのだ。


 ならば、酔いの醒めぬまま衝動に任せて叫ぶ方がもっともらしくないだろうか。耳触りの良い未来を妄信して突き進む方が楽ではないだろうか。そう思う者が少なくはなかったからこそ、民衆は轟雷の如く沸いた。


「ネクリア様、どうやら私達の出番は必要なくなってしまいましたね」

「むむむ……折角スピーチを頑張って考えて来たんだけどなぁ……まぁいっか!」


 それまで物陰で一生懸命皮紙とにらめっこしていた魔族の少女は、クシャクシャと畳んで袋に粗雑に突っ込んでしまった。

 実はこの話だけで、2,3回書き直していたりする。正直ベストではないが、だからと言って本題すっとばしてサブの演説に数話(1万文字)使うのも中々辛い。そして、ここでぼっとでのネクリアさん十三歳がいきなり現れて素晴らしい演説して拍手大喝采というのは中々無理があった!


 という事で、ゾンヲリさんによるオウガ像一刀両断計画は頓挫した模様。


【補足】

 ベルクトさんが実際に倒したグールの数は一体だけど、ゾンヲリさんがベルクトさんの装備(コバルトフルプレート)を借りてグールを倒しているので、それを遠目から目撃してしまった人にとってはベルクトTUEEEという結果になっている。(覚えてる人いるかな……大抵忘れてるよね)


 なお、ベルクトさんはグールから逃げ遅れた幼女を庇って負傷していたらしい。

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