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第六十七話:下敷き


 初めての魔獣との夜間戦闘を経て、亡霊部隊の各々は焚き木を囲んで夜行演習で起こった出来事をを振り返っていた。ある者は自分達の戦いの改善点を探り「次はもっと上手くやる」と決意を改め、ある者は皮を剥いだ夜狼の肉を晩餐にしては「案外いけるもんだな」と能天気な事を口にしている。


 その一方で、此度の演習での負傷者数は13名、うち3名が重傷者である。曲がりなりにも戦闘経験があり、演習に対し強い意気込みを見せ、森の深くに潜ろうとしていた部隊であるほど、負傷率が高くなっていたのだ。故に、重傷者を出してしまった部隊の空気は重苦しいものとなっていた。


 特に、部隊員を壊滅させてしまったミグル隊に至っては、声をかけるのも躊躇(ためら)われる程の有様である。


「すまない。俺のせいだ……俺がもっと深く森に入ろうなどと言わなければ……」


 血を流し、痛みを訴え、苦痛を叫ぶ仲間の声を聞き、ミグルは他者より僅かばかしに優れた戦闘経験を持っているという自尊心(プライド)を完全に打ち砕かれてしまったのだ。傷口を抑えて横たわるサリサとフランクの前で(うつむ)き、終始謝罪の言葉をかけ続けていた。


「大丈夫だよ。ミグル。身体中噛み傷だらけで痛いけど、すぐに手当てしたから腐らずにちゃんと治るってネクリア総隊長も言ってたし」


 サリサはミグルの前で奥歯を噛むような笑顔を見せるが、それが一層ミグルの目に痛々しく映る。


「まぁ、ミグルだけでも無事でよかったよ。アレに囲まれて生きていられるだけ、僕たちも運が良かった方だって思えるし」


 魔獣とは、本来はヒトの手に余る恐ろしい存在である。故に"魔獣"と呼ばれるのだ。しかしながら、ヒトは時折その事実を忘れてしまう。


「なぁ……アレは、何だ……?」


 "何か"に気付いた亡霊部隊の誰かが呆けたような声をあげた。


 例えば、数十匹もの死狼の群れが、統率のとれた動きで一斉に仰向けで大開脚し、雄にとって致命的に大切な弱点をおおっぴろげに見せびらかしているような珍妙な光景を目撃してしまったかのような呆けっぷりである。そんな決断的服従アピールを目の前で繰り広げられてしまっては、一体どうして夜狼を恐ろしい化物だと思えるのだろうか。



 そう、思えるわけがなかった。



 弱肉強食の世界を生きぬいてきた魔獣としての威厳と矜持を、戦いに勝ち続ける事で会得した知恵も、その限りある生すらも【死霊術(ネクロマンシー)】によって冒涜され尽くされた哀れで下等なマゾ犬奴隷と成り果ててしまった彼らに送られるべきは畏怖でも敬意でもない。


「何だこりゃっ 傑作だなっ! わはははっ」


 嘲笑だ。


 無傷の勝利者達の間に、異様な熱気に包まれた笑いの渦がどっと広がった。


「な……ナンなんだよ……コレは……」


 その様子にミグルは絶句する。


 少女にお尻をぺんぺんと叩かれては元気に走り回っている夜狼の姿を見て、あの恐ろしかった群長が子供獣人を背に乗せて走っている姿を見て、言いもしれない想いがこみ上げて来たのだ。


 夜狼に半殺しにされかけた者達は皆同じ気持ちだった。涙を流し、嗚咽(おえつ)を漏らす者さえもいる。


「ああ……そうか。そういうことなんだな」


 そして、ミグルは何かに確信したように、静かに、深く息を吐いた。それをサリサとフランクは訝しげに見つめていた。


「ミ、ミグル。どうしたんだい」


夜狼共()の姿が今までの俺達さ。ニンゲン共に力で押さえつけられ、好き放題に痛めつけられ、それでも尚、死ぬまで尻尾を振り続ける事しかできない無様な家畜だよ」


「お、落ち着こうよ。アレと私達が一緒なワケな――」


「一緒さ! 俺達はこんなにも弱く、力が足りないから下に敷かれて食われるのさ、ネクリア総隊長のような力さえ手に入れれば、俺達を散々苦しめて来たニンゲン共だってあの狼共のように下に敷けるようになるって事だろ!?」


 魔獣の背に乗っている少女は、己の持つ暴力一つで全てねじ伏せ、生殺与奪の権利を支配した。今の獣人達がどれだけ欲しても決して手に入らない圧倒的な武力。


 それが、ミグルには酷く魅力的に思えてしまった。


「あの"御方"に付いて行けば、俺達はきっと強くなれる。事実、あの夜狼共だってもはや俺達に尻尾を振る事しか出来ない能無しの家畜になってしまったじゃないかっ! ハハッハハハハッハハハハハッ…………」


「ミグル……」


 高らかに笑いながら大粒の涙を流すミグルに対し、サリサとフランクはかける言葉を見つける事ができなかった。その後日が昇りきるまで行われた"夜狼騎乗訓練"では、一層熱心に訓練に励むミグルの姿があった。


「ネクリア総隊長」


 既に、ミグルは少女と並走出来る程度に夜狼を乗りこなしていた。


「なんだ、ミグルか。隊員のサリサとフランクの面倒を見なくてよいのか?」


「ネクリア総隊長のおかげで皆も今は大分落ち着きました。ですが、俺以外の隊員はもう今回の戦に出られません。だから、代わりに俺が皆の分前に進み続けなくてはならないんです」


「そうか」


 ミグルの瞳に密かに宿る狂気を少女は見逃してはいない。だが、それについて一々関心を持つような素振りは見せない。そんなものを一々気にしていては軍は回らないからである。


 無害であれば一先ずは捨て置く。それが少女に宿る戦士のスタンスだ。


「一つ、ネクリア総隊長にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「構わん」

「どうすれば俺達は総隊長のように強くなれるんでしょうか?」


「戦場では弱い者から先に死に果てる。互いに武器を交えてまだ生きていられるのなら、それは"強い"事になるだろう。理由はどうあれどな」


 ミグルの望んでいた答えは返って来なかった。少女の助けを借りなければ間違いなく魔獣に殺されていた。だから、弱い。努力が足りない。そう言って欲しかったのだ。


「逃げたとしてもですか」

「弱ければ逃げ切る事すらもできまい。この狼共のようにな」


 夜狼は高度な戦術を駆使するが、それを成り立たせるには経験豊富な群長の指揮が必要不可欠だった。しかし、その群長は撤退の号令を下す間すらも与えられずに少女によって殺害された。


 残されたのは指揮のない戦い方が分からない狼、巣にとり残された"子狼"を見捨てきれなかった狼、長や同胞を殺され怒りに狂った狼、そのいずれもが激情と絆という血鎖に縛られていた。中には逃走を試みようとした個体もいたが、すぐに少女に追いつかれて殺害された。仮に少女から逃げおおせたとしても、何もかもを捨てて一匹狼となった者の末路とは悲惨でしかない。


 故に、夜狼達は逃げるという選択肢を排してしまった。それが、"群でしか戦えない"夜狼達の弱さでもあった。


「すみません。俺には、とてもそうは思えません」


 ミグルは尚も納得できずにいた。


「……そうだな。お前はこの狼達を恐ろしいと感じたか?」


「……はい。俺はどこかでこの狼を所詮ケダモノだと思ってナメていました。だけど……彼らは俺達よりもよっほど賢く、強かった」


「己を強者だと思いこんでる者は、相手が弱者と知るや否や無意識に(おご)るようになる。そして、その(おご)りを一度突かれてしまえば、それまでの優位など一瞬で瓦解する。お前は今、その事を痛みと犠牲をもって"知った"わけだ」


 人は、痛みが無ければ覚えようともしない怠惰な生き物である。失わなければ失った物の大切さにも気づけず、必要に迫られなければ努力もしない。その上、後悔だけは忘れようともしない。


「本来、一度油断すれば二度目がやって来る事などあり得ない。お前がこの先も戦場に身を置き続けるつもりならば、それだけは肝に切り刻んでおけ」

 

 夜狼騎乗訓練を終えた後も、ミグルは己の身体の限界も顧みる事をしなかった。力への狂気的な信仰と、仲間を負傷させてしまった自責を糧に、昼夜問わず石の槍を振るい続ける。彼が槍を振るうのを止めたのは、傷ついた仲間を見舞うその瞬間だけだった。


以下、ミグル君発狂の経緯。


 死んでから起き上がり、一斉にち〇ち〇を実行する夜狼=サンを見てミグル君は2D10のSAN値チェック。→コロコロ→18→アイディアチェックで1D100で賽子を振る→コロコロ→1クリティカル→一時的狂気を発症→1D10で4、多弁症を発症→一定時間以内に5分の1以上のSAN値が削れたため不定の狂気を発症→コロコロ→1D10で9、力に対する偏執症を発症。


 なお、ゾンヲリさんの死んだ奴は弱い発言の意図は、死ぬような状況に追い込まれている時点で弱いという戦略的視点から見た話だったりするのだが、ゾンヲリさんはもう死んでるので"自分も弱い"という特大ブーメランを後頭部にぶっ刺していたりするという小粋なジョークである。


 エビで鯛を釣るという言葉があるが、戦争はソロで戦うものではない。囮も立派な役割なのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゾンオリさんの皮肉さすがだな。深い。 ミグルさん狂気を抱えてしまったな そもそも死兵だからほとんど死ぬと思うが今回
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