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第六十三話:夜行演習

 編成会議が終わり、今夜を含めた二日後には開戦前演説が中央広場で執り行われる事になった。無論、防衛陣地の建造に動ける工兵達は明日からでも先行して開戦予定地の谷口へと向かうだろう。


 ……この二日という猶予、可能な限り有効利用しなくてはならない。


「で、今晩は外に出たいって? しかも、今から亡霊部隊(アイツら)を連れてさ」


 少女は大好きな溶けかけたゴルゴンチーズナムを口元から離し、皿の上に置いた。機嫌が良さそうな瞬間を見計らって外出の合意をさり気なくとろうとしたが、その目論見は外れてしまった。


 少女がチーズを目の前にして理性を保つという異常事態に思わず困惑せざるを得ないが、素直に要求をぶつける事にした。


(はい、"彼ら"には夜に慣れてもらう必要がありますから。夜行演習に付いてこれない者は全て振るい落とします)


「そういう事なら許可するし、私も行くよ」


 少女は再びゴルゴンチーズナムをハムハムする。


(しかし……ネクリア様は特効薬の調合に必要な微生物培養の為の【リジェネレート】や、グルーエルの腐敗防止に【ヴァイオレット・レイ】を何度も使われてます。そろそろ休まれてはいかがでしょうか?)


 少女は一昨日から連日で特効薬の調合にかかりっきりで殆ど眠れていない。【リジェネレート】による促成栽培をもってしても百を超える程の量を供給するとなると時間も資源も不足する。せめて、今夜くらいはゆっくり静養して欲しいのだ。


 そして、ナムは再び置かれる。


「いや、さ。私が付いていって定期的に【ヴァイオレット・レイ】をかけ続けてやらないと一晩でグルーエルの身体なんて腐っちゃうだろ? だから私の身体使え、純粋に面倒なんだよ」


 死蝋は脂であるが故に腐りにくいが、密閉された石棺から解き放たれて外気に触れれば腐敗は進行しだす。それを抑える為には少女が定期的に【紫外線殺菌(ヴァイオレット・レイ)】をかけ続けなくてはならない。


「……第一さ、何かこう、待つのって嫌だし」


 そう言って蝙蝠の羽根を垂らしていた少女だが、すぐにパサっと羽ばたいた。


「お前ロリコンだし? 亡霊部隊にもロリやショタが何人かいて危険だし? 私が見てないと纏わりついてくる女が増える気がするし? ま、そういう事だから付いて行くったら付いて行くんだよっ」


(ネクリア様……今晩は夜通しになります。お肌と健康にすこぶる悪いですよ)

「何でお前が一々そんな事気にするんだよ! 朝帰りなんてサキュバスにとっちゃ普通なんだぞ。食べたらさっさと出発するぞ!」


 少女はナムを味わおうともせずに飲み込んでしまった。


 少女は焦りからか気負っている風に見えた。それも、元老会議が終わった辺りからずっとだ。何かを(うれ)いては不安げに溜息を漏らしていたが、その理由までは推し測れない。


 何もともあれ亡霊部隊を"叩き起こして"招集し、農村部の外れにある森林へと向かった。即席で(こしら)えた木槍や木の枝に石を括り付けた斧だけを持たせ、薄い紅光の差し込む夜道を歩いていると、部隊員の何名かは不満を漏らした。


「ネクリア総隊長。何でよりにもよって今の時間にこんな場所に連れてくる意味があるんですか?」


 女性獣人の一人はこのように食って掛かって来た。


「お前は確か、サリサだったな。これよりお前達には武器の扱い、夜の恐怖、極限状態、そして、戦いそのものに慣れてもらう。文句がある、あるいは不満がある者は今すぐ引き返せばいい。この演習程度で懲りた者も私の部隊には要らない」


 亡霊部隊には、極限状態の中に身を置きながら生存する力を求められる。ここで弱音を吐き士気を乱すような輩はゲリラという苛酷に耐えきる事は到底不可能だろう。


「そして、この演習最大の目的はお前達の身を守る防具を得る事にある」


「その防具って何よ」


 安価で手に入る簡素な防具など、人間の使う魔法や兵器を前に殆ど意味を成さない。それに、亡霊部隊一人一人の戦闘力も、戦いを生業(なりわい)とする傭兵を相手に正面から戦うには力不足が過ぎている。


 だとすれば、傭兵と直接交戦しないことこそが"防具に求められる性能"だ。


「夜狼の毛皮だ。お前達には夜狼を狩ってもらう」


「夜狼って……あの魔獣の?」


「ああ、そうだ。その漆黒の毛皮で()って作られた宵闇(よいやみ)の衣は、お前達の姿を夜の闇に隠してくれるだろう。人間のキャンプを夜襲するには適任だろう?」


 漆黒の毛皮は暗闇に溶け込み、遠方から敵に視認される危険性を減らす。仮に敵から視認されても逃げて撒ける可能性を高められるのだ。


 無論、防具を得る事だけがこの演習の目的ではない。


「未熟なお前達が夜の闇に紛れながら戦う術を学ぶには、まずは夜狼の狩り方から習うのが一番手っ取り早い」


 夜狼はその名の通り、夜に群体で獲物を狩るのを得意とする魔獣だ。一匹一匹の力はそれ程強くはないが、一匹の獲物を狩る為に四方八方から複数同時に波状攻撃を仕掛けてくる。状況によっては格上の魔獣を狩る事さえもある程、彼らは狡猾で臆病でもある。


 夜狼の狩りから闇の怖さを知り、夜の強さを知り、自身の血肉としてもらわねばならない。


「目標は最低50頭。お前達全員分の装備を夜明けまでに調達してみせろっ」


「そんな事言われたって……」


 獣人女性の反応は当然だろう。なんせ、魔獣の得意とする地形にロクな装備も持たせず踏み込めと言っているのだ。最初から半分以上の亡霊部隊をこの場所で振り落とす為にこの演習を始めたのだから。計画通りと言っても良い。


 だが、不平を漏らした女性獣人サリサの肩に手をかける者がいた。


「いいからやるぞ。それとも、サリサは俺達の誓いを裏切るのか?」

「うっ……。分かったよ。ミグル。やるよ。私」


 "誓い"の内容については毛ほど興味が沸かない。悲劇を生き残った者達同士で復讐を誓い合う事など"よくある話"だからだ。ただ、彼らにとっての"誓い"とは、魔獣と戦って傷つく事よりも"重い"。そして、そういった者達は経験則上最後まで生き残ってしまう。


 ある意味、最も無慈悲で残酷に敵を殺せる戦士としての高い資質を持つ者達でもあるからだ。今昔と変わらぬ私のようにな。


(……また、復讐なのか?)


 少女の言葉に静かに頷いた。結局、誰一人脱落する事もなく演習は続行される事になった。


「今から最低三名から六名までの分隊を組んで別れて森林の中へと進め。一人でも戦闘継続が不可能な者が出てしまった部隊は即座にこの焚き木の明りを目指して帰還しろ。また、一匹狼をとり逃したり、自分達と同数以上の夜狼と遭遇しそうな場合は迷わず逃げて狼煙(のろし)を上げろ。そこに私が向かう。私からは以上だ。何か質問がある者はいるか?」


 夜狼は群れからはぐれた個体を狙う事で有名だ。一定以上の規模の戦闘集団に対しては夜狼は基本的に近づいて来ない。故に、夜狼を誘い出す為には群れからはぐれている風を装う必要があった。


 また、少人数の分隊を組ませる事で、個人間の結束を強めて連携を意識した戦い方を学んでもらう。短い期間で以心伝心とまでいくのは叶わないが、それでもお互いを知る事でとり得る選択肢は増える。


「隊長。ですが、同数以上を見かけたら逃げるのは分かるのですが、どうして"一匹狼"を取り逃がしたら逃げないといけないんですか?」


「夜狼はまず獲物を探す斥候を放つ。それが一匹狼だ。獲物を見つけた夜狼は群れの元へと戻り、その獲物を狩れるだけの数を連れてくる。後は分かるな?」


 斥候が先に敵を見つけ、追ってくる敵を分断し、敵に勝る数と質を揃えてから奇襲を仕掛けて圧殺する。単純だが基本にして最も有効な戦術でもある。それを実現する綿密な連携も夜狼達にはとれるのだ。


「わ、分かりました」


 亡霊部隊は恐る恐る夜の森の中へと踏み込んでいき、やがて完全に目視出来なくなった頃。


(行っちゃったな……大丈夫かな。アイツら)

「ネクリア様、そんなに心配でしたら彼らの後ろに獣のゾンビを付けてみてはいかがでしょうか?」

(あ、そういう事か)


 ゾンビは弱く、酷く匂い立つ。一匹狼の鼻と注意を亡霊部隊から反らすのには十分に使える。先ほどからこちらを見計らっている魔獣もいるのだから、まず、彼に一匹目のゾンビとしての大任を受け持ってもらう事にする。


 鏡銀の大剣を手に取り藪の中へと殺気を向けると、隠れていた魔獣は茂みの奥へと逃げ去ろうとする。だが、もう遅い。

「君主論」「政略論」より


名将に指揮された精鋭でない軍隊と、

凡将に指揮された精鋭軍隊のいずれが役に立つかは容易に断定できない。

しかし、名将は戦う前に軍隊を訓練して精鋭にする。


つまり、モブ兵でもレベリングは大事大事。

ごま塩程度に覚えておくのさ……。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] グルーエルてミイラなのか死蝋なのか?私の知っている限りだと天然でできる場合の死体の保存環境が違いすぎてしまって。 あと死蝋て脂肪が変質して腐らない蝋に変わってしまった死体なので腐らない…
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