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第六十二話:鉱山都市方面軍編成会議 その2


「フルクラム殿、籠城戦に反対の理由を伺っても?」


「何もかも簡単な話よ。それでニンゲンを追い払ったとして、"その後"の事をお主らは少しでも考えたか? どうやらゾンヲリ殿とベルクト殿はまだ分かっているようだがな」


 人差し指で頭を叩くような挑発的な仕草を混ぜながら、元老フルクラムは籠城派を睨んでいた。


「なら一体何が起こるって言うんだ」


「"飢え"よ」


 籠城戦最大の弱点を元老フルクラムは指摘したのだ。


「獣人の大半が冬すらも待てずに飢えて果てる。それを勝ったと言い張って良いものか? 違うな」


「……フルクラム殿の仰る通りです。今の私達は農地を奪われた多くの難民を抱えております。その難民達全てをビースキン内に収納したまま、籠城戦を数日保てるだけの食糧の余裕がないのです」


「な、なら……難民全てを外に出して戦えば良いだろ!」


「お主よ、戦を終えた後にビースキンに食糧を運んで来てくれるのが誰だかわかっているのか? お主が追い出してニンゲン共に(さら)われていくであろう難民達よ。それで着飾るばかりで土くれすらロクに触った事もないワシらに今更ニンゲン共に荒らされた田畑を耕せるとでも? ああ、実に馬鹿げている」


 魔族国方面やエルフの森方面の土地でさえも、籠城戦が長引けば略奪の為に荒らされる。備蓄していた食糧は全て根こそぎ戦争の為に使われ、逃げ遅れた村人は全て奴隷にされ、戦いが終わった後の獣人達には何一つも残らない。


 それがビースキンでの籠城戦という選択だった。


「私は獣人ではないのだが、一つ発言しても良いだろうか?」

「どうぞ、ゾンヲリ殿」


「籠城という道は最後の手段にしておく方が良いだろう。敵に奪われるくらいなら自ら田畑を燃やす。即ち"焦土作戦"をとった方がまだ芽がある。幸いにも敵は大人数で攻めてくるのだから、それを逆手に取れば敵の士気を挫く事も可能だろう」


 多数の兵で攻勢に出るほど一日に消費する食糧は増大する。戦闘員一人が満足に戦うために必要な武器や食料を持ち運ぶ為には、物運び傭員や馬のような動物を連れ歩かなくてはならない。そういった非戦闘員達にも食糧は必要となり、攻勢中の食糧補給はやがて破綻する。


 故に、攻勢限界を伸ばす為に敵地での"現地調達"は横行する。


 それを防ぐ為に自ら領地を焼き払い、敵の現地調達を防ぐ為の戦術を"焦土作戦"と呼ぶのである。予め敵の食糧補給要素を潰してしまえば、籠城戦で先に根を上げるのは大人数で包囲を始めた敵側の方になる。


「だが、このような勿体ない戦い方を態々する必要もない」


「むむむ……何か妙案があるとでも?」


 訝しげに兵長は聞き返す。


「この"場所"に強固な防衛陣地を築けば、籠城戦にも劣らない地の利が見込めるだろう」

 

 淫魔少女が卓上によじ登って指さしたのは、鉱山都市と獣人国の丁度中間地点にある谷の出口だった。左右は急な断崖絶壁に囲まれ道幅は狭い。そして、谷口から獣人国側へと向かえば三角州状に平野が広がっていた。


「……確かに、この谷口でなら一度に行われる白兵戦闘を百人程度にまで抑えられますね。野戦であっても敵の大半を遊兵に出来ます。何より、敵の農村部への略奪も防ぎ、こちらは農村からの補給や支援が受けられます」


 先に狭所に軍を展開して待ち構え戦闘域を抑えて開戦する事により、質も量も劣っていた軍を質のみが不足している軍へと昇華する。それが、地の利の強さである。


「これならば、敵の投射能力さえ私が無力化すれば十分に戦えるだろう?」


 この場において、異論を唱えられるのはいなかった。


「先ほどからずっと傍観してたが、最初からその戦法をとるつもりだったのだろう? 貴殿は随分と人が悪いな」


 元老フルクラムから野次を飛ばされながらも、淫魔少女は動じず作戦解説を続ける。


「……谷口の陣地は単なる囮だ。その手前にもう一つ強固な陣地を築く、こちらが本命だ」


 淫魔少女は谷口の外、三角州に広がる平野を囲むように指でなぞったのだ。


「……なるほど。これなら突出してきた敵を三方向から囲んで包囲殲滅できます。まさしく包囲殲滅陣ですね」


 淫魔少女が提案した戦法とは、谷口から出てくるしかない"百の兵数"を偽装撤退で殺し間に引き込み、3倍以上の白兵戦力で囲み、後方に控えた投射兵と連携して十字砲火(クロスファイア)掃射を行う。つまり、兵士の総量では人間に劣るはずの獣人が局所的に量で勝るという勝利の絵を描く事である。


 それが包囲殲滅陣だった。


「……土の精霊魔法の一つ【崖崩れあるいは地滑り(ランドスライド)】でも引き起こせる者がいれば、また別の方法をとる事も出来るのだが。今はこれで手一杯だろう」


「貴殿は精霊魔法に詳しいのだな。もしやニンゲンや魔族が行使するような強力な魔法を使えると?」


「いや、私の場合はこの剣一つで魔法に対抗する事を強いられてきただけだ。"使えないから"と"知らない"で戦に臨むのは、単なる死にたがりでしかない」


 つい先ほどまでは籠城戦という絶望から悲壮感に暮れていた者達も、今では戦に向けて瞳に火を灯していた。


「……それと、これは敵がこちらを過小評価するという油断に乗じているからこそ成立する策でもある。敵も馬鹿ではない。この方法で凌げたとしても精々1度きりだと思っておくべきだろう」


「……ふむ。ベルクト殿もこの考えは少し見習った方が良いのではないか?」

「フルクラム殿!」


 それからも作戦遂行する為の綿密な打ち合わせが行われていった。不測の事態が発生した時の狼煙の合図、具体的な装備の振り分けや部隊編成、そして、実際に陣地設営計画に話は移り変わる。


「陣地までの兵站は難民達で維持しましょう。これで黒い化物(グール)に滅ぼされた廃村に物資を行き渡らせて復興も兼ねる事も出来ます」


「その点には異存はない。しかし、敵の侵攻が始まる前に防衛陣地設立が間に合うのか?」


「間に合わせるしかないでしょう。フルクラム殿、神官や建築術師達にも協力を要請して頂く事は可能でしょうか?」


「……そうだな。協力するようこちらで働きかけてみるとしよう」

「感謝致します」


 政治的な根回しを快く引き受けてくれた元老に対し竜王は礼を述べた。そのやり取りを眺めていた淫魔少女は今まで(つぐ)んでいた口を開いた。


「建築術師?」


「ああ、土の精霊様との契約を果たし、その力で住居を建造している者達です。今日私達が集まっているこの石の家も、もとはと言えば土の精霊様のお力によって作られているのです」


 ベルクトは室内の岩肌に触れてみせる。


 獣人国には岩石を掘ったような建物が存在する。それらの多くは精霊魔法によって地中の岩石を地表まで掘り起こし、その中身を繰り抜いて住居にするという荒技によって建てられているのだ。


「そうか、ではその者達は【岩弾(ストーンバレット)】のような精霊魔法の行使は可能なのだろうか?」


 人間の魔術師が使う【岩弾(ストーンバレット)】の一般的な威力は、人間の頭部程ある岩石を音速の三分の一程度の速度で射出するというものだ。ただし、地中から岩を掘り起こしてから飛ばす必要がある為、切羽の詰まった実戦では使いにくい部類の攻撃魔法である。


 純粋な攻撃魔法として使うならば火属性の【ファイアーボール】が最も攻撃的で使い勝手も優れている事からも、土属性魔法を好んで修める者は多くない。


「ゾンヲリ殿、貴殿が期待するような力は神官達にはありませんぞ。魔法の力で岩を飛ばせるのは精々拳程度の大きさまでが限度なのだ。これなら弾丸を精製するだけにしてスリンガーや投石器(カタパルト)辺りで投石した方が威力も射程も精度も良いという有様でしてな」


 獣人の精霊契約者は人間の魔術師程の力を発揮する事が出来ない。


「だが選択肢が一つ増える。何よりも"弾丸を持ち運ぶ"必要がなくなるのは大きな強みだな」


 投石機(カタパルト)に使用する岩一発分の重量は平均的なヒトの重量の約2倍にも相当する。それだけの荷物を持ち運ぶには、普通は馬車などの動物の力を借りなくては困難である。そこで、精霊魔法の力を借りれば手に何も持たなくても現地で投石機用の弾丸を精製できるのだ。


「つまり、ゾンヲリ殿は一人欲しいと?」


 元老フルクラムは含むような物言いで問いかける。


「……確かに協力して貰えるなら非情に助かる。だが、希少な精霊契約者を失う可能性と天秤にかける程ではない」


「ふむ、実はここにも丁度一人【精霊魔法】が使える者がおってな……貴殿の元で戦っても――」


「フルクラム殿ぉ!? 元老総括ともあろうフルクラム殿が戦場に出向くような事があってはなりませんよ!」


 元老フルクラムがゾンビウォーリアーの元で戦うというのは、獣人国の重鎮が危険な敵陣奥深くに潜り込むという事を意味する。


「いかんのか?」


「ダメですよ! 万が一にでもフルクラム殿が倒れてしまうような事があれば、誰が残りの元老達をまとめるのですか!」


「ふん、此度(こたび)の作戦はゾンヲリ殿が敵の魔術師を殲滅している事を"前提"に組み立てているのだ。ゾンヲリ殿が倒れてしまっては何もかもが終わりだろう」


 最も無謀で馬鹿げた戦術がゾンビウォーリアー率いる亡霊部隊による夜襲計画であり、これが頓挫(とんざ)すれば包囲殲滅陣を築いたとしても【ファイアーボール】の雨が降り注ぎ、獣人達の戦列は一瞬にして瓦解する。


 勝利するには針の穴を通すような細い道を通るしかない。それを共通認識としているからこそ、老狼フルクラムは勝利の礎となる事を望んだのだ。


「それに神官も建築術師も戦場の空気をまるで知らぬ。ならばこの元老フルクラム、老骨を折ってでも戦場に出るのを辞さないつもりよ。辞世の句を詠むにも丁度良かろうて」


「……分かりました。ゾンヲリ殿、フルクラム殿をお願い致します」

「誰一人として欠けぬよう善処はしよう」


 こうして、鉱山都市方面軍編成会議は終了し、獣人の存亡をかけた第二次鉱山都市ミンヒルズ戦役に向け、各々が戦いに向けて走り出し始めた。



どうしても包囲殲滅陣がやりたくてむしゃくしゃしてやった。反省はしない。

何故かフルクラムおじさんの出番がどんどん増える


ベルカ式国防術をやったし、焦土作戦もやったし、包囲殲滅陣もやった。次はどうするかな……!


以下設定補足


 精霊魔法は火土風水の四属性が基本です。それ以外は何か色々あって普通の魔術師レベルでは基本使えません。


基本術一覧

【ファイアーボール】

 魔族国編三話辺りで具体的な威力が描写されてます。触媒要らずでストーンバレットのほぼ完全上位互換。着弾してから爆発する性質上、迫撃砲のような使い方もできる。なので戦場では自走式砲兵として重宝されがち。


【ストーンバレット】

 作中描写の通り。岩を掘り起こして発射するまで1分近くかかったり、射程が目視範囲なので100m前後しかなかったり、そもそも弾速が遅いので避けられる。などと色々残念。魔力が高い連中が使うと色々おかしなことが出来たりするが、そういう連中は基本的に儀式や上級魔法の方を使う。


 なお、獣人の使うストーンバレットはこれよりさらに残念な性能なので戦場での使用に耐えられません。


【ウインドカッター】

 カマイタチの刃を飛ばす。基本術の中では断トツで詠唱時間が短く、5秒でいける。ただし射程は極低で威力も低いので魔法使いが接近された時に悪あがきで使う程度の魔法。


【ウォーターガン】

 圧縮水弾を正面に飛ばす。最も装甲貫通能力がある魔法だけどリーチに難あり。触媒に水が必要だったりと色々使いにくい。


 自前で水を用意出来るレベルの魔術師なら水属性は割と強い。


【氷属性】

 風と水の複合属性なので使ってる奴はその時点でかなり強い人です。


【雷属性】

 こちらも複合属性なので使ってる奴はやばい奴です。見かけたら逃げた方が良いレベルだったりします。合成術式で起こしたりすることも。

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