第六十一話:鉱山都市方面軍編成会議 その1
夕刻、城塞都市ビースキンの外郭に建てられた詰所にて、鉱山都市方面軍を編成する会議が開かれた。そこには獣人最大の勢力である竜王ベルクトを始めに、一部の元老、地方から駆け付けた農村の警備隊長、市民から募った義勇兵士の代表達が参加していた。
「すまない。所用で遅れてしまった」
垂れ幕を潜りぬけた後、軽く会釈をして詫びてみせたのは淫魔少女。瞳から放たれる鋭い眼光を覗き見てか、竜王ベルクトは表に出ている主人格を看破する。
「まだ代表同士の顔合わせが済んだ程度ですから。どうぞ、ゾンヲリ殿はそちらの席へ」
淫魔少女は空席の前に着くと、軽く自己紹介を済ませた。その間、最初一目見ては単なる子どもだと侮っていた者達でさえも、少女が放つ独特な威圧感を前にすれば只者ではない事は理解させられていた。
「では、鉱山都市方面軍の編成と作戦会議を始めましょうか。まず、伝令から現在の鉱山都市の近況について報告を」
伝令はクシャクシャになっている羊皮紙を広げ、平静を装いつつ読み上げていく。
「現時点のニンゲン共の戦闘員数はおよそ千三百から千五百程度だと思われます。そのうちの主戦力となるのが鉱山都市に駐在している私兵連隊及び、外部から参戦した傭兵と思しき2個大隊です。その他ならず者や補給部隊などの"非戦闘員"までを人数に含めれば総数にして五千前後にも上るでしょう。また、今の所は鉱山都市の動きは鈍く、すぐに侵攻軍が出てくるような事態ではないようです」
読み終えると伝令は静かに羊皮紙を畳み、壁際に寄った。
「まだ時間が許されているとはいえ、これ程の規模を動員されたのは数年前に鉱山都市を奪われて以来ですね。ニンゲン共も今回は本気で我々を駆逐するつもりですか……」
この事実に動揺を隠しきれない者は少なくない。
「ところで、"魔術師"はどれだけ動員されているのだ」
淫魔少女は伝令に問いかける。その意図は集団戦における最大級の脅威を見据えての事だった。
「そこまでは分かりません。ですが、以前の大戦で動員された人間の魔術師の数は百人前後だったと思われます」
その伝令の言葉を聞き、中年の獣人兵士が身体を抱えて震えていた。
「ああ、恐ろしい……。俺は五年前に火の玉が降り注ぐ鉱山都市防衛戦に参加していた事があるんだが……。 城塞が燃やし崩されるのを目の前にして……俺は蜘蛛の子を散らすように逃げる事しか出来なかったよ」
百人分の【ファイアーボール】が一斉に放たれればどうなるか、石で積み上げられた城塞程度はものの数分とかからずに崩れ去り、囲いの中は焼け野原と化す。それが数十秒置きに幾度となく無情に降り注ぐのだ。
魔術師を自由にするというのは、投石機や機械連弩といった原始的な攻城兵器を自由に撃たせるのとは比較にもならない被害を及ぼす。
「ならば、それらの全てを私が受けもとう。お前達の元に火の玉も矢の雨も降り注ぐ事はない」
「……は?」
思わずそんな言葉が周囲から一斉に漏れる。もはや何言ってるんだコイツ? といった視線を淫魔少女に向ける者達が大半の中、ベルクトと一部の元老だけは相槌を打っていた。
「お願いしてもよろしいですか? ゾンヲリ殿」
破壊力においては凶悪極まる魔術師だが弱点もそれなりにある。そして、先ほど豪語した少女にはその弱点を突く手段がある。故にベルクトは信頼したのだ。
「任されよう。ただ、白兵戦ばかりはお前達自身で何とかしてもらう必要がある。流石に千人以上切り殺すのは骨だからな」
小さな体躯からいとも容易く行われる殺戮宣言。会話に付いてこれず、開けた口を閉じる事が出来ない兵長達はただただ成り行きを見守るばかりである。
「でしたら、ゾンヲリ殿に幾つか部隊を付けるよう融通しましょうか?」
「いや、それには及ばない。幸い、死を畏れない優秀な人材が今の所手元にある。それに、私は獣人の習慣や勝手までは知らないのだ。そんな中で部外者である私が獣人達を指揮をしてしまえば、指揮系統は分散させてしまいかえって統率を乱してしまうだろう」
獣人兵士達と共に訓練し、時には食事を囲み、時には共に戦ってきた実績のあるベルクト。その一方で実力だけはあっても"新参者"でしかないゾンビウォーリアー。どちらが指揮官として適しているのかと言えば、この場に居る誰もがベルクトの方が適当であると判断していた。
「確かに……そうですね」
「出来れば全体の指揮統制はベルクト殿や将校達に一任し、私は敵地深くの後方部隊を奇襲しつつ身の回りの部隊を率いる事だけに専念したい」
「分かりました。ですが最も危険な場所に向かうのです。せめて必要な物資があるならこちらで用意致しましょう」
「恩に着る」
少女は軽く頭を下げる。
「ベルクト様、そこの無礼な少女が本当に信用出来るのでしょうか? 私には疑問です」
兵長の一人は苦言を呈する。全く面識のない者からすれば、獣人の最高戦力たる竜王相手に傲慢が過ぎる少女の物言いと態度はあまりにも目に余る。しかし、ベルクトは首を振ってその場を制した。
「少なくとも、私はおろか偉大な英雄である先代竜王グルーエル様すらも凌ぐ御方ですから。"彼"はその気になれば単独で敵陣に乗り込んで制圧しますよ。……その現場を見ていた現竜王の私が保証します」
ベルクトはどこか言い含めるよう、竜王の名を使った。
「ベルクト様がそう言うのでしたら……」
納得できない者も渋々と引き下がるのを見届けたベルクトは、卓上に古地図を広げる。
「では、主戦場を決めましょう。この地図は"とある少女"から一時的に借り受けた物ですが、我々獣人国への侵攻路が詳細に記されております。名案が思い浮かんだ方は気兼ねなく意見を出して下さって構いません」
とあるおじさんの形見の地図に記されていた侵攻ルートとは、鉱山都市近辺の山岳地帯から平野に下り、そのまま付近の村々から"現地調達"を行いながら獣人国を真っ直ぐ目指すというものである。滞りなく進軍が進めば、大よそにして四日程で城塞都市ビースキンへと到達する。
「そんなのビースキンでの籠城戦に決まっている! 数でも質でも劣る俺達が野戦なんて出来るわけない」
「そうだ! 外壁や地形を生かせば敵のクロスボウは凌げるし、ニンゲン共相手に多少有利に戦える! ゾンヲリとやらが敵を倒しきるまでの時間も稼げるではないか!」
一兵長が述べたこの意見に賛同する者は少なくはない。真正面から殴り合えば敗戦は必至、故に地の利を最大限に得られる要塞戦でなら戦闘面で優位に立てるという判断だ。
「ベルクト殿に一つ伺いたいのだが、此度の戦における勝利とは一体なんなのだろうな?」
少女に問われ、言葉を失うベルクト。
淫魔少女が率いる圧倒的な個人戦闘力に任せ、残りは時間稼ぎに徹する。それが今の脆弱な獣人に取り得る最大限に有効な戦術であるのは間違いない。
「……敵を追い払う事。ではありません。私は……逆侵攻を仕掛けてニンゲン共から鉱山都市を奪還するべきだと思っている」
質も量も文明も劣る者がどうして逆侵攻によって鉱山都市に攻城戦を仕掛けられようか。まさしく世迷言である。
「ベルクト様……いくら何でもそれは不可能ですよ。我々とニンゲンでは地力が違いすぎます……。どう考えても守るだけで手一杯ですよ」
「そうです。今の私達兵長階級であっても鏡銀製装備が使える者は数少ないんですよ。義勇兵に至っては竹や石の槍を持たせるしかないんです。戦慣れしてるニンゲン共の金属防具を石槍で砕くのだって困難なんですから……」
兵長達は皆、人間と真正面から戦う事を恐れていた。それは、歴史的に幾度も行われてきた弾圧や、獣人国の英雄である竜王の惨殺といった形で獣人達の奥深くに刷り込まれてしまった恐怖からくる反応である。
だが、中には別種の反応を見せる者もいた。
「ふん、ベルクト殿から奪還、という言葉が出ただけ臆病風に吹かれていた頃からは随分と変わったな。このまま止めないようなら王の元へと無理矢理にでも降伏を進言しに行くとこであったわ」
「フルクラム殿?」
「ああそうだとも、私はビースキンでの籠城などという馬鹿げた案には断固として反対する。そうでなくては戦う意味など全くないのだからな」
元老フルクラムは獣人国の将来を見据える立場の者として、籠城戦の"欠陥"を見抜いていたのだ。
オチなしネタなしオシリアスもなしなのが辛いところ。
さて、数も質も劣り、援軍もやってこない獣人達が地の利一点張りで籠城戦したら一体どうなるか!
竹槍で戦闘機を落す事を強いられないだけまだマシかもしれないけど、多分色々酷い事になります。
でも戦う弱兵側の心情からすれば、騎兵突撃やクロスボウの雨が降って来る野戦なんてやりたくない……やりたくなくならない?という意見である。実際普通に竹槍もって野戦に臨めば虐殺されるのがわかりきってます。
なお、そんな中でゾンヲリさんは「私は一人でもいくぞ!」というテオドール的三国無双ムーブである。やっぱロリコン拗らせた奴は頭おかc