プロローグ
ぼんやりとした意識のまま、闇一色の世界を漂い続けていた。
「………」
歩いているのか、浮いているのか、前に進んでいるのかでさえも定かではない。この状態でどれ程の時が過ぎ去ったのか、いつからこの状態であったかのかさえも分からない。自分が何者であったのかさえも。
「………」
ただ、薄っすらと"声"が聞こえる。それで初めて"音"という感覚を覚えたのだ。だからというわけではないが、自然とその音に惹かれていた。"何もない"という今の状態から、何らかの変化を期待していたのかもしれない。
「………」
音の元へと近づくと、黒は閃光によって真っ白に塗りつぶされた。
その後に映し出された世界は、辺り一面が劫火で焼き尽くされていた。金属や肉の焦げる"臭い"で息苦しくなりそうなものだが、無音無臭のただの映像でしかなかった。
その景色の中で特に特徴的だったのは、焼けただれ朱色の液体へと溶けていく石の城と、それを天上から見下ろす黒翼の巨獣だ。黒翼が幾つもの呪いの言葉を重ねると、炎は雨となって天から降り注ぎ見える全てを焦土へと変えていく。
「………」
忘れてはならないと、内側から波立つ"感情"が叫ぶのだ。そうだ、その景色には"覚え"があった。なのに、それ以上を思い出そうとすると、霞がかかっているかのようにぼやけていく。
次第に景色も元の完全な黒一色へと戻ってしまった。
「………」
激情のままに叫ぼうとする。しかし、叫び方が分からない。剣を振るおうとする。だが、腕が無ければ何も振るえない。それでようやく気がついた。この場所で過ごすのに、自我というものは不要の長物でしかなかったのだ。
先ほどの景色を思い出してしまったが故に、"この場所の恐ろしさ"も思い出してしまったのだ。それからと言えば、ただひたすらに"声"を追いかけていた。
「……………を望むのであれば、もう一度立ち上がるがいい」
そう、はっきりと少女の声が聞こえた時、世界は眩い光に包まれた。そして……。
「ガアアアアアッ!? ア"ア"ア"ア"ッ!?」
初めての鮮明な感覚が"痛み"だった。濁流の如く全身を駆け巡る激痛に悶え苦しみ、ただひたすら冷たい石床の上を無様にゴロゴロと這いずり回っていた。
「むむむ、これは失敗したかな。自我を残したままゾンビ化するとは運のない奴だな」
などという、少女の呆れ声が聞こえてきたような気がしたが、転げまわった際に腕がボロっと千切れた痛みと、熱したマグマを一気飲みした後のような体内が内側から爛れる痛みの二重苦のせいでそれどころではなかった。
「はぁ……とりあえずうるさいコレは放っておくか……ついてこい、お前ら」
少女とその付近にいた存在達は、私を無視して石階段を登って何処かに立ち去ってしまった。そして、光が殆ど刺しこまない暗室に閉じ込められたまま、時間の感覚がなくなるまでの間、一人で延々と叫び転げまわっていた。
「い"で"ぇ"ぇ"え"!!!!!!!!」