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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かげろう占い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 うう、なんだか目がチカチカする……。つぶらやもないか? こう、マンガ表現とか全部抜きにしてさ、ガチで視界に星が散っていること。

 俺の場合は、ケーキとかに乗せる金粉がキラキラ光りながらさ、あちらこちらへ散ろうとしたり、集まろうとしたり。けれど一つ一つの光はふっと消えたり、突然現れたりを繰り返して、留まることを知らない。それでいて、消える際にはカメラのフラッシュを焚いた時のような、残像を残す。ほんのわずかな間ではあるが、俺の目の中にあいつらが居た証があるんだ。

 視界は俺たちにとって大きな判断材料だ。同じことに取り組みながら、成果を出している奴と出せていない奴を見ると、運以外にも見えている視界が異なるんじゃないか、と俺は考えたことがある。出している奴には、思考的な意味以外でも、成功への道筋が見えているんじゃないか、とな。

 お前も視界に関するエピソードはそれなりに知っているだろ? 良かったらその中に、俺が聞いたこの話も加えといてくれや。

 

 古の社会において、神職における「盲人」の存在が大きな意味を持っていたのは、すでによく知られていることと思う。目に見えない何かを感じること、それは本来、視覚に費やされるべきであるエネルギーを、第六感の発達に注げるからではないかと、俺は考えている。

 そのうえ、「盲人」はその絶対数において、見える連中よりもはるかに少ない。限られたもの、優れた性能をもつものは、いつだって人々の関心を引くもんだ。本人たちが望もうと望むまいとな。

 自分も持つものになりたい。だが、すでに持っているものは失いたくない。そう考える奴は多かった。見えながらにして、見えない何かを感じる以上の力を得たい。傲慢で、けれども切実な願いだったのさ。


 大和朝廷がじょじょにその版図はんとを広げていたころ。新しく支配下に置いた村のひとつでは、変わった風習が行われていた。

 彼らは子供の歯が生えそろう歳になると、村はずれの大木へ向かう。その木は大人が五十人ほど集まって、ようやく囲えるくらいの太い幹を持っており、高さもまた村にある物見やぐらの倍以上はある巨体だった。

 その身体には何本もの太くて長いつるが、根本のほど近い部分は幹全体を隠すようにして巻きつきつつ、木の半ばほどからはピンと伸びきって、その先端が上方の緑あふれる茂みの中へ姿を消している。

 一年中、葉を散らせることないその茂みの中を調べてみようとする者もかつてはいたが、幹に巻いたつるに手足を滑らせ、落下してしまう。どんな木登りの巧者が挑んでも結果は同じで、架けようとしたはしごも、ひとりでにつるが滑って倒してしまうんだとか。

 大和朝廷が村と出会った時には、すでに木はご神木扱いになっており、儀式の時を除いては触れることすら許されなかった。先述した事例も、あくまで村に伝わる言い伝えによるものらしい。

 そして、件のご神木に触れる儀式については、次のようなことが行われる。

 

 その村の子供たちは口の中に歯が生えそろうと、神木のつるを食べることになっていた。この時だけは、めいめいが刃物代わりの鋭い石器を片手に、つるの中から手が届く高さにあるものを切り取って口に入れる。少なくとも自分の片腕の長さくらいは食さねばならない、という決まりだった。

 食した直後は誰も何ともない。だが何ヶ月、何年も過ごしていると、見えるものに変化が表れるらしいんだ。

 多くの者の証言に基づけば、視界の一部に「かげろう」のごとき、ぼやっとした影が映り込む。その見え方によって、自身や身の回りにあるものに対し、占いをすることができるらしい。

 一例をあげると、ちょうちょの形をした「かげろう」の影が重なった樹木や水面には、上質な果実や魚がある。反対に、へびの形をした「かげろう」の影が重なった場所には、いかにきれいに見える場所でも、毒や危険が眠っているという。その他の影も多数あり、未来の出来事について言及する意味もあるのだとか。

 

 難点は、人によって見えるものが違うこと。ある人の利益は、ある人にとっての不利益になり、まったく反対の結果が映し出される可能性があった。そのため重大事の占いには時間や人員、環境が要ること。相応の人数と、見たままを偽らない誠実さ。そして、出た言葉を信じて目をそらさない強さが求められた。

 当初は、すんなりと朝廷の支配を受け入れたかのように見えた村だったが、その直前までは従うか逆らうかの大激論が交わされ、最終的に犠牲となるものが少ない道である、服従が選ばれたのだとか。

 切り取られてしまったつるたちに関しても、やがて自分の力で生えてきて、季節が一巡りする頃には元通りになっている。毎年、子供が何人、何十人産まれても大丈夫なくらいの長さが確保され続けていたらしい。

 効果が分かると朝廷もすぐに目をつけて、息のかかった子供を多数送り込み、つるを食べさせた。何年も村で過ごすうちに、やがて彼らにも「かげろう」の影が見えるようになり、見えるものの内容に関しても学んだ彼らは、試験的な占いにおいて、ひと月先までの出来事を、ほぼ完ぺきに的中させることに成功する。

 帰還を促された彼らは、たちまち朝廷の支配領域の各地で成果をあげた。飛ぶ鳥を落とす勢いで、国政に食い込むのも時間の問題か、と噂され始めた十数年後のこと。

 

 突然、彼らの視界に石のような影が入り込んだ。見える範囲の半分以上を覆ってしまうそれは、いつも見ていた半透明のかげろうと違い、重ささえ感じられそうな黒みを帯びていたという。

 このような兆しは、誰も知らない。しかも全員に同じものが見えているということは、個々の意志さえねじ伏せる、強い影響力を帯びている証といえた。

 かつてつるを食べた者たちが、件の村に急行すると、果たしてそこでも同じ事態が起きていたんだ。村における全員が、その視界の中に黒々とした石を浮かばせていると答える。しかし、互いの瞳を見やっても石のような影は見えない。信じられるのは、口から出た言葉のみ。

 ご神木に手掛かりがある。駆け付けた彼らは、つるを片っ端から切り取って、歯を立てながら夢中で食べ漁る。子供も大人も関係なく貪り食うありさまは、もはや恥じらいを捨てた獣のごときだったらしい。

 食べながら彼らは、つぎつぎとがった石器を押し付け、手に届く範囲のつるを切り離していくが、すでに残りは少なかった。

 赤みがかった幹が露わになっていき、やがては手を伸ばしても届かない高さ。幹に巻きつかず、ぴんと伸びきっている部分しか残らなくなってしまう。

 それでも彼らはあきらめない。一人の男が、残ったつるの先に飛びつき、己の重みで持って引きずり降ろそうとしたんだ。

 重さは足りなかった。そうみるや、男の足に次から次へと届く者が飛びかかり、しがみつき、無理やりにでも自分たちの背の高さまで手繰り寄せんとする。続く者が足に取り付き、地面に着いたら今度は横へその足を引っ張って、もはや人々は一本の綱となっていた。いずこかで「ぶちり」と何かがちぎれる音が混じり、引っ張られる人たちが苦悶のあえぎ声を漏らし出した時。

 

 ざざっと、頭上の梢が騒ぎ、立ち込める葉たちが揺れ動く。引っかかっていたものが外れたように抵抗がなくなり、あっさりとつるごと地面に倒れ込まされる村人たち。だが、次の瞬間には、頭上の緑を音立てながらかき分けて、姿現した巨大な球が、幹近くに転がっている人々を下敷きにしてしまった。

 ごろりとその球が転がると、村人および、つるを食べていた全員が、いっせいに両目を押さえて苦しみ出した。無事だったのは監視役として同道した、ご神木のつるとは縁もゆかりもない者ばかり。しきりに両まぶたをかきむしる人々をなだめつつ、転がったものを見て彼らは息を呑んだ。

 

 それは巨大な眼球だった。ご神木の幹の太さに劣らない、でっぷりと太った巨体。

 伸びきったつるの一本一本がそれに取り付き、表面へ細かく根を張るように先端を伸ばして、球の半分以上を覆っていた。

 残り半分は白い肌。その中心には茶色い点。実際、茶色も人の頭ほどの大きさがあったが、全体に比べれば微々たる大きさ。それが小さく渦巻くように、おのずとぐるぐる回り出し、十回転ほどした後に、ぱっと目の前から消えた。残るは白い地平だけ。

 自分の目玉をほじっていた面々も、合わせてぱったり動きを止める。けれども全員は抑えきれず、顔に新しい穴をこさえてしまった者もいたとか……。

 

 以降、「かげろう」の影を見る者はいなくなった。見ていたものの瞳が、その日以来、すっかり光を失ってしまったからだ。見えながらも見えない何かを感じようとしていた彼らにとって、皮肉でしかなかっただろう。国政参画こくせいさんかくの話もお流れになり、村も失明者多数で立ち行かなくなる。

 ほどなく村は消滅し、彼らは朝廷の保護を受けながら、霊感を養う道を歩むより他、なくなってしまったとか。


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― 新着の感想 ―
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