6:モノクロな世界【Aルート】
はじめに
更新遅れて申し訳ありません!
久しぶりの更新になりますが、どうか最後までお楽しみくださいませ。
今回は帝国サイドのお話になります。トーマたちのお話は二話程度お休みになる予定です。
それでは、はじまりはじまり~
「おい聞いたか!?大戯曲の勧告だってよお!何年ぶりだろうな!」
アトリアがその知らせを受けたのは今より三日前の昼の事だった。
「大戯曲…ですか。確か前回は農業政策でしたよね。兵役の義務にある者から2割程度が農業に移って暮らし向きが良くなったとされている」
どこか人づてな口調になってしまうのは、その政策が行われたこと自体がまだ自分が幼少期の頃だったからだ。
「されている…って、おお!そうか!そんときゃお前まだガキだったもんなあ!覚えてねえのも無理ねえ」
いかにも勢いだけで生きてきたであろうこの先輩はどこか苦手な部分を感じる。自分に好意を持って接してくれているだけ先輩としては中々優良物件なのだろうが。
「そうですよ。まだ僕が七つか八つの時でしたしね」
その時から大戯曲の意味を正確に把握していたかはわからないが、自らの父親が大慌てで農村へ単身赴任したことだけは覚えている。
「…僕は戯曲なんて、本当は大嫌いなんですけどね」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありませんよ。それで、今回の大戯曲には一体どんな内容が記されていたんですか?」
「いや…それがな…」
「?」
最初の勢いからの落差が随分激しいが、一体どうしたというのだろうか。
「…これより三日後、兵役の義務についているもの及び第二王子を引き連れ…デンタパークに向かう」
「―――ッ!デンタパークに!?いったい何をしに行くんですか!」
「デンタパーク」そのキーワードはアトリアの心を大きく揺れ動かした。それに、この国で最も多い「兵役の義務」についているものと王子を引き連れていくのだ。
穏やかな事情ではないのだろう、そう想像させるのに難くはなかった。
すると先輩―――サルガス中将は軽く息を吸うと、これまでになく落ち着いた口調で―――。
「第二王子を筆頭として巨大艦隊を編成する。…目標は、デンタパークの抹消だ」
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大帝国センタジアには「軌跡の碑石」と呼ばれる、巨大な石版が国の中央に立っている。
そんな邪魔な位置に建っている石版など切り落とせばいいのだろうが、―――この国ではそんなことをしたら死罪など生易しい程の大罪だ。
この国の人々は生まれながらにしてこの先の人生がすべてその石版によって決められるのだ。
石版に触れるとこの先の未来、成すべき事の全てが表示されその通り生きていくことになる。
人はそれを「戯曲」と呼び、この石版が生み出す軌跡に従って人生を歩み、国の繁栄の為に死んでいく。
しかし誰一人としてこの制度に不満を持つものなどおらず、むしろ喜々として、名誉なこととして自分の使命を受け入れるのだ。実際ここ数百年、この石版に従ってきたがためにセンタジアはあの戦争を経て尚成長し、現在の地位に至るのだから。
呪文や魔法や権能、そんな非科学的なものが蔓延るこの世界で誰一人としてこの石版に疑問を抱く者もいない。
しかし、この石版に認められないものもいる。
「軌跡の碑石」に触れても何一つとして未来が表示されない。所説は色々あるのだが、神格化すらされている「軌跡の碑石」。それに認められない者は今後のセンタジアにとってイレギュラーとされ、その軌跡を辿る上で必要のない存在とみなされるようになった。
そうして月日は流れ、認められないものは「デンタパーク」と呼ばれる四方を隔壁で覆われた―――牢獄のような場所に収監されるようになってしまった。
そんな非人道的な真似、許されない事だと反対する意見も当然あったが、すべてが石版によって決められている現状から、その意見を押し通すことは簡単ではなかった。
そんな歴史を抱えるこの石版だが、数年及び数十年に一度「大戯曲」というものを勧告する。
戯曲が個人に課す使命だとしたら、大戯曲は国全体に課す石版からの使命だ。
かつてあった大戯曲は農業政策、政治政策、どれをとっても平和的政策であった。
センタジアの人々は大戯曲を乗り越える度に大きな成長を遂げ国としても多くの利益を上げていったのだ。そのため大戯曲が勧告される度に国全体ではお祭り騒ぎになる。
―――そんな中で突如勧告されたのが、今回の「デンタパーク」抹消の指示だった。
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「おい…おい!アトリア!聞こえてるのか!?」
「…ん?あ、スピカさん。すみません、ちょっと考え事してて」
「飛行船の操縦席で考え事!?ちょ、ちょ、ちょ、やめてね?この飛行船今君の腕に大勢の命がかかってるんだからね?…あとそれから同期にまで敬語使うのどうにかならないのか?もっとフランクに行こうぜ」
「大丈夫ですよ。この船はほとんど自動操縦と言っても過言じゃないですし、僕がここに座っていなくたって大して関係ありません。あと、敬語は癖なんです、ごめんなさい、…おっと」
立ち上がろうとした瞬間、立ち眩みに襲われ椅子の背もたれに手をつく。
「おい大丈夫か?」
「すみませんが交代お願いしていいですか?少し体調がすぐれなくて…」
「お、おう。なるべく早めに戻って来いよ、もう少しで到着だからな」
「はい、お願いします」
そう言ってスピカという同期に操縦席を預け、その場を後にした。
現在アトリアがいる飛行船は巨大飛行艦隊のその内の一つだ。
「デンタパーク」出発が決まった巨大飛行艦隊、その数は5千をゆうに超えた。
それもそうだ、大帝国センタジア。そんな大国の全戦力がたった一つの小さな町に向かっているのだから。
第二王子だけは巨大艦隊から一つ上空にとびぬけた飛行空母に乗船していた。
全ては大戯曲で定められた未来へたどり着くためたったの三日という短い準備期間でセンタジアは全ての戦力を結集させ、デンタパークへ向かっている。
「…気持ち悪い」
先ほど席を立った理由とは別の意味をもつその言葉を吐き捨て、コックピットから少し離れた場所で座り込んだ。
「…どうしたんだよ」
顔を上げ声のする方へ顔を向けると―――そこには先ほど操縦席を預けたはずのスピカが立っていた。
「…そちらこそ、どうしたんですか、いくら自動操縦とはいえ、席に誰も座っていないのは問題ですよ」
「席は他の奴に預けた。それに、こんな飛行船より、体調の悪い同期のほうが大事だ。―――お前出発からそんな調子だけど。一体どうしたんだよ」
「―――」
驚くべき点は様々だが、このスピカという同僚が、大戯曲に記載されている事項を「こんな飛行船」と言ってのけたことに大きな衝撃を受けた。
「話したくないんなら別にいいが―――隣いいか?」
無言で頷くと意志が伝わったのかスピカはアトリアの真横に腰を下ろした。
「俺はな、本当は妹がいたんだ」
「…そうなんですか」
向こうは勝手に親しくなっているつもりらしい、正直に言っていい迷惑だが。こうして隣を許してしまった以上、聞かなくてはならないだろう。
「俺が7つかそこらの時だったから…十年くらい前だろうな。母親が俺に「もうすぐお兄ちゃんになるんだよ」とか言ってきたりして…ハハッ…本当に嬉しかったんだ、その時は」
「…はい」
「それでいざ出産ってなったんだがな…母親は元々身体がそこまで強いほうじゃなかったらしくてな、妹を産むだけ産んでぽっくり逝きやがった」
「…はい」
「そのときゃ流石に俺も泣いたなあ…親父もわんわん泣いてた。いい大人が情けねえって、その時は思っていたが、今なら痛い程その気持ちもわかる。俺ももうガキじゃねえしな」
「…はい」
「泣いて泣いて泣きわめいて、男二人で病室でな。まあ客観的に見たらさぞみっともねえ場面だったろうな…」
「…はい」
「だがいつまでも泣いてるわけにもいかない。母親が自分の命と引き換えにして産んだ俺たちの妹だ、これ以上ない愛情を注いで、幸せにしてやろうって心に決めてたんだ」
「…はい」
「―――だが、その望みは叶わなかった」
思い出すように、記憶から探り出すように話していたスピカの雰囲気が突如変わり、何かを恨むような、憎むようなそんな空気が伝わってきた。
「出生後、二週間以内に『軌跡の碑石』に触れることが義務化されているだろう?だから俺も親父もそれに従ってわざわざあの石版まで出向いたんだ。―――あの忌々しい石版に」
「…」
「―――妹が何回あの石版に触れても戯曲は表示されなかったんだ。俺らが何度も何度もあの石版に触れさせても、そこに佇んでいるだけなんだアレは。」
「…」
どこか、スピカの声が涙交じりになっていることがわかった。
「妹は、石版に、この国に認められなかったんだ。たかだか、石版ごときに俺と親父の望みも、妹の明るい未来だって、すべて決められやがった」
「…」
「それを知って親父は全てが嫌になったらしい。妹がデンタパークに送られてからというもの、浴びるように酒を飲むようになって。そのまま…」
「…」
「俺は、あの石版のせいで。すべてを失った。あのいたっきれのせいで、すべてが終わったんだ。…デンタパークに行こうが、この街に残ろうが、結局俺から、妹からすべてを奪って言ったんだ。あの石版は」
「…」
「…今、デンタパークで妹が生き残っているのかは俺にはわからない。もしかしたらいい仲間と出会って、幸せに幸せに過ごしているのかもしれない。俺はそれを望んでいる。だが…」
「…」
「その可能性の芽すらも…今から俺たちが摘みに行くんだよな。…他でもない、俺たちの手で」
「…」
「俺はなんでこんな国に生まれてきたんだろうな…」
「…なんで、それを僕に」
スピカの今の話は到底あの帝国で公表できるものではないだろう。
「軌跡の碑石」に逆らうことは国家反逆罪にも等しい罪に問われる。
ただの同期という事だけで、大した信頼関係も築けていない自分になんでそんな話をしたのだろう。いいふらす可能性だって十分にあると言えるのに。
「…なんでだろうなぁ…お前のその様子が、昔の俺を見てるように見えたからかな。あ、この話、他言厳禁な。なるべく早めに戻って来いよ。一応ここの操縦はお前が任されてるんだからな」
調子を取り戻したかのように、そう言うと立ち上がるとスピカはコックピットへ戻ろうとした。
「――――ッ待ってください!」
「うおっ!声でけえよ!」
「僕は…僕にも、弟がいました」
「…それで」
アトリアの突然の大声に驚いた様子のスピカだったが、アトリアの話を聞いて落ち着きを取り戻した。
「弟は…最初の戯曲では、しっかりと未来が刻まれていました。僕と同じ『兵役の義務』そう刻まれていたんです」
「そりゃあ、よかったじゃねえか」
「僕も最初はそう思っていました。ですが、弟が5歳の検査の時―――戯曲が、すべて消えたんです」
「―――」
「呪文と対を成す力である魔法、その適正がメキメキと上昇してきたタイミングだったんです。これは将来軍に入ったら大将も狙えると、そう話していた時の事でした」
「それで」
「僕は思ったんです。魔法適正が、この国にとって、この国の未来にとってイレギュラーだって事なんじゃ」
「…アトリア。結局お前は何が言いたい」
「僕が言いたいのはつまり―――」
「今の『軌跡の碑石』体制。この忌々しい体制を崩壊させるのに必要な戦力、役者全てをドロップアウトすることにより碑石の思うような未来を描くことが目的なんじゃないかと、そう思うんです」
「―――なるほどな。それなら今までのデンタパーク送りになったやつも納得が付く」
「僕はあの石版が死ぬほど憎たらしい。今すぐにでもへし折ってやりたいぐらいなんです。…ですが、僕に今その力はない。」
「僕にっていうかお前な…あれだけ反対意見が合ったにもかかわらずまかり通る体制だぞ、そんな簡単にどうにかなるわけねえだろ」
確かにスピカの言う通りだ、何百年にも渡り大帝国センタジアをその名を堕とすことなく現代まで導いてきたのはあの石版なのだ。これからもその体制を貫くという人々は未だ多くいるだろう。
「そうなんです。簡単にはどうにかならない。だから、スピカさん。あなたの話を聞いて意志が固まりました」
「?―――何を」
「―――ここで最初のクーデターを起こしましょう。デンタパークの住人、今までの情報から彼らはこの国を変えるためのトリガーになるはずです。今回の大戯曲の勧告、それはあの街に役者がそろってしまったからでしょう―――スピカさん、まずはこの大戯曲を止めましょう。ここを逃せば僕たちは―――僕たちの未来を勝ち取る鍵を失ってしまいます」