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X NightS ~スラム育ちと騎士団長の叛逆譚~  作者: 夢莉
1章:鳥籠の大帝国
4/6

4:罪

あれだけ威勢のいい啖呵を切ったのにも関わらず―――トーマの体力は早くも限界だった。



「ち、畜生…。まさか階段ダッシュで体力の限界が来るとは…雑草オムレツじゃエネルギーが足りないって事か…そりゃそうだアイツ…」



ここにはいないルクスに向かって恨み言を言いながら再び走り出す。助けてもらった代償として相手の満足いく契約をしているんだ、立場は対等…なはなずだ。恨み言の一つや二つくらい言ってもバチは当たらないだろう。


それにしても、上から見ていた時は近いように見えていたのだが、走ってみるとそれなりに距離があるようだ。上がる息を押し殺してトーマはそのまま走り続ける。


地面を踏みしめる足から伝わってくる振動で体が僅かに痛む。どうやら治癒魔法とかいう奴は完全な状態には戻すことは出来ないようだ。外傷がないだけマシだろう。


エネルギー不足で思うように動かない体、簡単な衝撃で悲鳴を上げる節々、こんな状態で大柄な男6人に挑むのはやや不安が残るがそれもやむなし。


ルクスが動かない以上、自らがあの少女を助けるしかあるまい。




―――そう言えば、なぜ自分はここまであの少女に肩入れしているのだろう。


よく考えてみれば不思議でならないのだ、この街の住人は他人の事を考えている余裕なんてあるわけがない。全員が全員自分が生きるために必死なのだから。―――それは決して今のトーマも例外ではないはずだ。


ルクスとの協力関係になって少し気が大きくなっているのかもしれない。きっとそうだ。


そんな事を考えながら走っていたら聞き覚えのある声が―――正確には出来れば二度と聞きたくなかった、いかにも品性が感じられない声が聞こえてきた。



「どれだけ人様に迷惑かければ気が済むんだあの野郎共は…!」



声の聞こえる方向へ速度を落とさないよう走っていくと、だんだん声が明確になっていって―――。



「はーやーくー!ルカはお腹がペコペコなのー!!もー!」



「い、いや、嬢ちゃん。これは俺らの食料だからな」



「そうだぞ、痛い目に合いたくなかったらさっさとどっかいきな!」



事件現場に到着し、そこでトーマが見たものは、明らかに翻弄されている自称自警団6人組と―――それとまともに口論している、未だ10にも満たないであろう、大変強い胆力をお持ちの少女だった。


幼いながらも顔立ちは整っていて、数年後には上流階級の貴族とも間違われる程の美貌の片鱗が見える。

少女は印象に残る千草色の眼光を鋭く男達に向け、トーマが先程奪おうとした自警団の食料を狙っていた。



「こいつ状況分かってねえみたいだなぁ…おい。女子供を殴るのは趣味じゃねえんだが…」



「―――そ、そこまでだ!!」



あ、言ってしまった。

いや、本来そのつもりで来たのだからい言う分には全然問題なかったのだが。



「お、お前ら!そんな男六人で女の子襲うなんてかっこりい事してんじゃねえぞ!」



「ん?…お前どっかで…見た顔だな…」



「俺もお前らの顔には死ぬほど嫌な思い出があるけどな」



「思い出したぞ!こいつさっき俺らから食料奪おうとしたやつだ!」



「あぁ、あの時の…。ん?お連れ様は一緒じゃねえのか?」



「そ、そうだ。あいつは…」



「きっと捨てられたんすよ!1人じゃただの雑魚だ!」



「ふふっ、あはははっ、ざこだざこだー」



自警団の煽り文句に便乗して少女が万遍の笑みで弾けるようにケタケタと笑う。

もはや何のためにここまでわざわざ危険を犯してきたのか分からなくなる状況だが。



「…お前ら揃いも揃って…。とにかく!そこの女の子!君は今すぐ手を引いて逃げろ!そのあいだ俺はこいつらの相手をする!」



「あはは、おもしろーい冗談だね。おにーさん。ルカはねー、このおじさんたちからご飯もらうためにここにいるの!お腹すいたの!はやくー!」



「…やっぱ状況分かってねえみたいだな。このガキ。さっさとどっか行けって…言ってんだ―――ろッッ!!」



「―――なッ!―――やめろッ!!」



少女の正面に立っていた自警団のうちの一人が痺れを切らしたように少女に殴りかかった。トーマのいる位置からはとてもじゃないが庇うにしても間に合わない。



あの体格差で本気で殴られたりなんかしたら最悪の場合あの少女は―――。




「―――すごい―――」




僅かな時間の切れ間に、トーマは確かに聞こえた。





「―――遅い」



あの少女が確かにそう言ったのを。








「―――何ッ!?」



次の瞬間、殴りかかったはずの男が驚愕の表情を顔に貼り付ける。


それもそのはずだ、拳を振り上げてから殴り掛かるまでのそのほんの刹那で少女は避けたのだ。


それも、煽るかのように、拳の軌道に沿ってスレスレに。



「おじさんたちー。もしかしてみんなそんな弱いのー?私が痛い目にあうって…ふふふっ、何を根拠に…あははははー」



これまた痛烈な煽り文句だ。

20も年下であろうしかも少女に渾身の攻撃を避けられた挙句、それを手に取って煽られる、当然の事ながら男達は―――。



「…ふざけやがって。舐めてんじゃねえぞこの糞ガキがぁ!!」



激昴だ。



「やめろって…言ってんだろ!!」



しかし、トーマはそのチャンスを逃さなかった。少女に気を引かれている男達、そのうちの一人を思い切り後ろから殴り飛ばす。


一応トーマもこの年になるまでそれなりにトレーニングはしてきたのだ、ルクスと比べるとそれはもちろん劣るがそれなりに地力はある方だと自負している。

殴られた一人はそのまま地面に突っ伏し動けなくなった。よく見ると、こいつはトーマが以前食料を盗もうとした時一番嬉嬉として殴りかかってきた奴だ。

しっかりと借りを返せて胸の奥が少しだけスっとする。



「おおー。意外とおにいさん強い!グッジョ!」



「そうだろうそうだろう!舐めてんじゃねえ!飯さえ食ってたらお前らなんて相手にならねえぞ!!ジャンジャンかかって来やがれーーー!!!」



「おー!そうだ!めしはだいじだ!さっさとよこせー!!」



少女と少年は自信満々に見当違いの雄叫びを上げ、自警団と向き合う。


しかし、対する相手は大柄な男が1人減って五人。やはり戦力不足は否めない。




「もういいわかった…。お前ら…殺せ―――!!」



自警団のリーダー格なのであろう男がそう命令する。

少女の圧倒的動体視力―――あとトーマの意外と強いパンチに翻弄されていた他の男達は懐から大ぶりのナイフを出す。

一気に場の緊張感が最大になった。



「―――うん。おにいさん。」



「―――?」



「今すぐ後ろに下がって!!」



突然の少女の叫びに動揺するが、言われるままに一歩後ろへ下がった。





「―――グラビティ!」



少女が謎の単語を叫ぶと同時に―――さっきまで殺意に満ち溢れていた4人が押しつぶされるように地面へと押さえつけられた。


目の前で潰されていく男達を見て、トーマもまた戦慄する。



「…ぐ…ぁあ…こんな…これは…」



リーダー格が不可視の何かに押しつぶされながらも必死に抵抗しようとする。だが、一向にその力に勝てる気配はなく、抵抗するたびにより強く地面へとさえつけられるような状態だ。



「これは…一体…」



「ぼさっとしてるばあいじゃないよ!早く袋もって!逃げるよ逃げるよ!」



「お、おう!」



少女に催促されるがままに袋を持って駆け出す。

振り返り、男達が追ってきているか確認するが―――そんな様子はまるでなく、未だ彼らは地面に突っ伏したままだった。








************************








「…で、彼女が君が助けたお嬢さん。か」



「え?おにーさんルカのこと助けようとしてくれてたの!?すごーい!やさしー!たのもしー!」



嘆息するルクスを脇目に一人で盛り上がる少女。

少女を助けたトーマはこのルカと名乗る少女を連れて再びルクスの待つ建物まで戻ってきた。



「あぁ…当初はそのつもりで言ったはずなんだがな…どうも俺がお荷物みたいになっちまった」



「ふむ…ああは言ったが、君が窮地に追い込まれるような状況になったら僕も助けに言ってたよ。僕はその腕の術式を介して、どこにいても君の状況を把握することが出来るからね」



「なんだそれ気味わりいな…」



予想外な場面で術式のオプションを知ることになった。他にもそんな機能があると思うと少しだけ背筋が冷たくなる。



「それはそうとトーマくん。なぜ彼女をここへ連れてきた?」



「そりゃお前…あの状況で小さい女の子あんな所に残して一人で逃げ帰るなんて出来ないだろ」



トーマのその意見にルクスは顔を険しくして瞑目する。



「―――それは愚行だ。君は間近でみたのだろう、彼女のあの呪文を」



「呪文?…あぁ、あれの事か」



確かに謎の詠唱の後に、突然地面に突っ伏す自警団。

かつてルクスが言っていた呪文とやらと条件が一致している。



「しかもあれは最も習得が難しく、高度の魔術師でも使えるものが限られている―――重力系呪文だ。違うかい?」



「―――ふふふっ、青髪のおにいさん。おもしろいね」



無知なトーマには何のことやらサッパリなのだがどうやら二人の間ではそれだけで通じているらしい。


少女は今までな無邪気な笑いとは違い、このルクスという青年に対しての興味で笑っているように見える。



「それは肯定と捉えて問題ないようだね。ハッキリ言わせてもらおう、僕は今その力に最大の警戒をしている。今すぐ君の首を切り落とす事だって…やぶさかではないくらいにだ」



その時、ルクスを中心にして辺りに緊張が走った。

全身の毛穴が沸き立つような圧迫感、それは武に長けていないトーマにでさえ伝わってきた。



「お、落ち着けよルクス。相手はまだ子供だぞ…いくらなんだってそれは…」



「少し黙っていてくれないか。トーマくん、協力者である君の意見を聞かないのは契約に反するのだが、今はその限りではない。最悪の場合この場で僕達2人の命は失われるかもしれない。その事実を顧みれば、君にだって今何が一番大事なのか分かるだろう?」



「…」



今この場で最も正しいのはルクスの意見だ。

勝手に自分の意見を押し通して、勝手に助けたつもりになって、勝手にここまでこの少女を連れてきたのはトーマの落ち度だ。


やはりあの時ルクスの言った通りにするべきだったのだろうか。



「…先程、君の呪文詠唱を見た時、そしてこの場で間近で君の姿を見た時―――正確にはその千草色の目を見た瞬間、疑念が確信に変わった」



そう言うとルクスの掲げた右手が淡い燐光を纏い―――そこには一刀の剣が携えられていた。

美しい剣だ、明らかに業物とわかるその剣は月明かりに照らされ薄く輝いている。それだけではない、剣自体が淡い光を発しているのだ。


その剣を少女が立っている方へと突き出した。














「―――君はセンタジア王族の、その一人だね」


剣を照らしていた月光は陰り、空には黒雲が多い始めた。



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