ep.4.6
ボクはムカデの体当たりを避けながら、スキを伺う。
――狙うなら次、だね。
「ちょっと、攻撃がワンパターンすぎない?」
そうムカデに言いながら、再び突進してきたムカデを正面に捉える。
そしてタイミング良くキロネックスを振るい、ムカデを頭から両断した。
「ビンゴ!」
ムカデの長い胴の中ほどまで切り裂いてから、ボクは飛び退いて壁に掴まる。
「――真っ二つにしたのに、死なないのね」
二つに裂けたムカデを見て、ボクはため息をついた。
ムカデの断面から溢れたジェルは、蠢きながら一つにまとまり始めている。
「あのムカデ、頭を両断したのに再生してるよ」
「コアを破壊されて再生するだと!?」
フェルは驚いているようだ。
「どうしようかな? 変なタイミングで外に出ると、他の味方に被害が出そうなんだよね」
「少しでいい。 爆弾を解除するまでの時間は稼げないか?」
「わかった。 やってみる」
ボクは再生を終えたムカデを睨み、キロネックスをしっかりと握る。
その時、あることに気づいた。
ムカデは"元の姿に再生したんじゃない。"
両断された時の体も再生させたけど、ジェルで新しい体を作って、3つに分かれた体を持つムカデになったのだ。
「下手に切ったら増えるみたいだね。 あのムカデ」
「そんな――」
そんな情けない声出さないでよ、サイ。
ボクがなんとかするからさ。
「ルドガー、聞こえる?」
「どうした?」
3つの体を巧みに操るムカデの攻撃を避けながら、ボクはルドガーを呼んだ。
「戦艦のエンジンルームで、新種のエイリアンと遭遇した。
再生能力が非常に高くて困ってる。 ここじゃ狭いから、外に誘導してもいい?」
サイたちの事を考えると、こいつは外に出したほうがいい。
「外のエイリアンは片付いてるし、補給も済ませてある。 いつでもいいぞ」
「OK」
ボクはエンジンルームの天井を背後に置き、ムカデの攻撃を誘った。
直後、勢いをつけたムカデの突進をギリギリで避け、天井を食い破ったムカデが戦艦の外にそのボディを晒す。
「オイオイ、なんだあれ……。 冗談だろ?」
「下手に攻撃すると増えるみたいでね。 ボクも手が出しづらいの」
後を追ってボクも外に飛び出し、上空からムカデを見下ろす。
直後、空を飛んでいる私たちを睨んだムカデに動きがあった。
「あいつ、何をするつもりだ?」
3つに分かれている部分から下を、エンジンに巻き付けた?
しかも、首の一つが自分の体を傷つけはじめてるし。
「どうして自傷行為なんか……」
傷口から流れ出たジェルが固まって、また新たな体を作り出す。
どうして体を増やしたんだろう?
こっちにまで攻撃は届かないと思うんだけど……。
考えている最中、ムカデに巻きつかれた戦艦のエンジンが、赤く輝き出したことに気づいた。
四つの首は筒を作るかのように固まって、その筒をボクたちに向ける。
「――――!」
――まさか!
「全員、散開して! 全速力で!」
ボクは大声で怒鳴り、全速力でその場から離れた。
「わかった!」
ボクに続いて全員が離れた。
その直後ムカデから強力な閃光が放たれた。
「――あのムカデ、砲撃までできるのか!?」
青白い閃光、一筋の光が空を切り裂き、衝撃でボクの体が揺れた。
「――直撃したら、蒸発してたね」
あのレーザーの威力は馬鹿げてる。
でも、どうやって発射するためのエネルギーを確保したんだろう?
「――ハイゼ。 エンジン出力が急速に低下したようだが、何があった?」
「さっきのムカデがレーザーを撃ったんだよ。
でも仕組みはわかった。
レーザー砲のエネルギーは、戦艦のエンジンから確保してるんだ。
で、エンジン出力が正常に戻るにはどのくらいかかるの?」
「――3分後だ」
多分、2発目は3分後に放たれる。
「ルドガー。 3分で決めるのと、2発目を避けるの……どっちがいい?」
「――俺はどっちも嫌なんだが、できるなら3分で決めたいな」
「じゃあ、ボクは突撃するよ」と言って通信を切り、加速した。
HUDの片隅に、タイマーを起動させておく。
――ここからはもう、無駄な動きはできない。
「ルドガー、デイビッド、それに他の人。 ミサイルを用意して、ムカデの四つの頭全てをロックオン。 いい?」
「なにをする気だ?」
「ボクがムカデの頭を切り落としたら、 "全ての頭を速やかに"ミサイルで破壊して。
一つでも頭が残ったら、また再生する」
「そんなの不可能だ!」 デイビッドの怒鳴りが聞こえてくるけど、気にしない。
ムカデの頭を切り落とすくらい、簡単にできる。
ただ、多少のリスクは覚悟しないといけないけど。
「リアクター、リミッター解除」
ボクが呟くと同時に、胸元でカチャカチャと部品が外れる音がした。
これは、通常ではまず使われる事がない機能……。
この機能を使えば、間違いなくパワードスーツに搭載された炉心は破損するだろう。
「炉心からのエネルギー供給回路の接続先を、全て追加スラスターに変更。 追加スラスターへのエネルギー供給は最大で」
音声認識による操作で準備を進める。
ムカデはとぐろを巻き、甲殻で味方からの攻撃を防ぐことに集中していた。
「慣性制御は15%にまで落として。 加速時の重力がギリギリ12Gに留まればいい」
全てのシステムが起動し、HUDのウインドウが専用のものに切り替わる。
――これで準備は整った。
あとは加速中に失神しないよう祈るだけ!
「――オーバードライブ!」
炉心の出力が一気に上がり、全身を青白い光が包んだ。
追加スラスターからも光が放出され、視界が一瞬だけ歪む。
「ボクを捉えきれるかな!? このムカデ野郎――!」
怒鳴りながらキロネックスを振るい、1つ目の頭部を切り落とした。
対処が遅れたムカデは、瞬時に脚を巨大化させ、脚から電撃を放つ。
レーザーを捨て、ボクを接近させないようにするために、攻撃方法を変える。
……無駄に頭はいいんだね。
「また1本目の頭が生えたぞ! 大丈夫なのか!?」
「焦らないで! 次で決める!」
ボクは電撃を避け、再び加速した。
炉心が生み出したエネルギーをスラスターから直接噴射させることで、この驚異的な加速を実現させている。
ボクの肉体にかかる負担は、戦闘機に乗っているパイロットと同等かそれ以上――だけどね。
パワードスーツが纏うエネルギーは、ムカデの放った電撃を逸らしてくれる。
おかげで、ムカデの頭を切り落とすことができた。
「やっぱりキツいな、これ……」
加速する度に、ぐいっとワイヤーで体が引っ張られるような、そんな衝撃に襲われた。
だけど、そんなことはどうでもいい。
ボクはパワードスーツを急停止させ、別の方向に反転させる。
そのまま2本目の頭を切り飛ばし、断面を足場にして踏み込んでから、3本目の頭も叩き切った。
「――誰か、あとでキロネックスを拾って!」
口の中を満たす、鉄錆のような味。
ボクは顔を歪めながら、思いきりキロネックスを投げた。 それも2本とも。
高速で回転する2本のエクスカリバーは、4本目の頭を瞬時に断ち、戦艦の艦橋に突き刺さる。
「今だよ!」
ボクは合図を出してから全速力で上昇し、身の安全を確保した。
「任せな!!」
同時に、ルドガー達が構えていたランチャーからミサイルが放たれ、宙を舞っていたムカデの頭部に命中し、粉砕した。
「――ムカデが再生してない。 やったぞ! ムカデを倒せた!」
兵士たちが喜ぶ声。
滞空していたボクも、深く息を吐き出す。
加速の時うっかり頬を切っていたみたいで、ズキズキと傷が痛んだ。
――その直後
「ハイゼ!?」
追加スラスターから黒い煙が噴き出し、炉心が停止する。
これが、オーバードライブを使った反動……。
「誰か受け止めろ!」
「距離がありすぎる! 間に合わない!」
ノイズ混じりで、ルドガーとデイビッドの声が聞こえる。
追加スラスターが、セオウドライブが、パワードスーツの装甲が……全部バラバラになって外れていく。
インナーのみとなったボクは、真っ逆さまになって落下していった。
戦艦から200mほどの高さに居たはずだけど、間もなくボクの体は甲板に叩き付けられるだろう。
ここまで、か……。
そう思っていたら、直後、何かに受け止められた。
「――サイ……」
目を開けて確認すれば、UNブルーのパワードスーツと目が合った。
「無茶するなって言っただろ? なんで言うことを聞かないんだ」
「……ごめんなさい」
落下していたボクを、サイが受け止めてくれたのだ。
おそらく、戦艦の装甲をキロネックスで突き破りながら、一直線に加速してきたんだろう。
……そういうサイだって、無茶してるじゃん。
「パワードスーツ、壊れちまったな」
「――機械はいつか壊れる。 壊れたら、また新しく作ればいい。 兵士は無事なんだしさ」
サイに横抱きにされながら、ボクは彼の首に抱きつく。
そして、バイザーをサイが装備するのパワードスーツのフェイス部分に押し当てた。
「――ハイゼ、今のは……」
「今のは……言わなくてもわかるでしょ?」
今のがキスの代わりだって事くらい。
「基地に戻ったら、一晩中楽しまないか? ……いいだろ?」
「――その前に報告書は書こうね。 サイは国連の兵士なんだから」
◇
【ガルフポート基地 医務室】
基地に戻ったボクは、念のため精密検査を受けることになった。
エイリアンの戦艦は港に係留され、米軍の部隊によって徹底的な調査を受けている。
乗艦していたエイリアン達は、ガルフポート基地に連行された。
多分、基地で取り調べなどが行われるんだと思う。
「――ハイゼ」
医務室のドアが開いて、サイがひょっこりと顔を見せた。
基地に戻ってから3時間は経つけど、報告書はちゃんと書いたのかな?
「報告書は?」
「もう書いて提出した」
サイは近くにあった椅子を持ってきて、ボクが横になっていたベッドの右側に座る。
「フェルやシャルたちは?」
「みんなに自分たちの事や、元々居た惑星の事を話してるよ」
そう言って、サイは走り書きのメモを差し出した。
ボクは静かに受け取り、視線をメモに落とした。
◇
――エイリアンは、地球から200万光年離れた惑星からやって来て、偶然地球を発見。
地球環境が最適だったため、故郷を支配していた【帝国軍】は、地球を支配しようともくろみ、戦力の投入を開始した。
地球の正確な座標を把握してからは、惑星の戦力を物質転送させて送り込んでいる。
エイリアン達に、種族名のようなものは無い。
名前も、地球の文化を知ってから使い始めたもの。
ボク達が戦っているエイリアンは(地球の言語で表現するなら)【ユニット】と呼称される兵器であり、生産性と性能を追求した結果、地球の生物を真似たユニットが誕生した。
エイリアンの惑星は【帝国軍】が統治する独裁国家となっていて、フェルやシャル達は帝国軍に反発する者達……いわゆる【反体制派】と呼ばれ――
◇
「つまり、エイリアンの方も大変ってわけね」
「フェル達は帝国軍に捕まった人たちなんだ。 それで、処刑代わりに最前線へ送ったりしたらしい」
だからあの戦艦は修理されていなかったし、派手に塗装したアーマーを装備させたりしたわけね。
帝国軍ってのは最低だな……。
「フェル達はどうなるの?」
「念のために監視が付くけど、この基地で生活することになるってよ。 フェルが「ハイゼにお礼を言いたい」とか言ってたらしいし」
投獄されたり、他の場所で実験台にされるよりはマシかな……。
「食べ物はどうするの?」
「地球のモノが喰えるって」
なら、エイリアン……いや異星人の食事の心配はしなくていいのね。
「オレ、パワードスーツのメンテがあるから、そろそろ戻る」
「わかった」
サイがボクの額へキスをする。
そして立ち上がって椅子を元に戻し、医務室のドアの前で立ち止まってから、再びボクの方に振り向いた。
「部屋に戻るのはいつになる?」
「夜、だけど……」
――まさか、ね?
変なこと考えたりしてないよね?
「じゃあ、部屋で大人しく待ってろ。 ――いいな?」
猫なで声でサイは言った。
含みのある笑みを浮かべながら。
その笑みを見た瞬間、体が芯から熱くなるような感覚を覚えた。
この感覚……どう表現すればいいのだろう。
「――わ、わかった」
ボクは、ただそう答えるだけしかできなかった。