ep.4.5
【第二演習場】
サイに新しい戦い方を訓練させてみた。
新しい戦い方と言っても、ボクと全く同じ装備をさせただけ。
ただし、追加スラスターは予備が無いので装備させていない。
最初は動きがぎこちなかったけれど、1時間後には二刀流がサマになってきているので、数日訓練を続ければ、それなりに動けるようにはなるだろう。
「サイが二刀流できるなんて意外」
「いや、左腕はまだAIで補正させてるから動かしにくい。 ハイゼは補正なしでやってるんだろ?」
「まあね。 ジャグリングとかやってたから、すぐに慣れたよ」
ボクは持っていたキロネックスを器用に回して、ジャグリングをしてみせた。
サイは「すごいな」と言いながら拍手する。
「今日はここまでにしようか。 明日・明後日も訓練すれば、ある程度は二刀流もできるようになると思うよ」
「わかった。 じゃあ、ゆっくり休む」
◇
演習場から少し離れたロッカールームに来たボクは、パワードスーツを脱ぎ、インナーから服に着替えようとして、自分のロッカーを開けた。
すると、ボクの背後にサイが立って、後ろからそっとボクを抱きしめてくる。
「――サイ?」
なんとか振り向くと、サイの熱っぽいまなざしがボクを追ってきた。
ここはロッカールームの奥、しかも一番隅のほう。
高さ180cmはあろうロッカーたちが目隠しになっていて、入口からは死角になっている。
……だから万が一人が通りすぎても、見られることはない。
「インナー姿のハイゼ……すごく色っぽい」
「何言ってんの、バカ」
ボクは言い返すが、サイは何も言わずにボクの首筋に口付けをする。
そのあと、湿り気のある熱い息が耳にかかり、ボクの背筋を「ぞくり」いや「ぞわり」と、なんとも表現し難い感覚が襲った。
「返事もしてないのに、そういうことをしようとするのは駄目でしょ」
サイの体を押して彼を引き剥がし、ボクはさっさと服に着替える。
「――ケチ」
サイは不満そうに呟いたあと、ボクの隣でインナーを脱いだ。
「……」
全裸になったサイ。
少し興味はあったが、実際に見てしまうと、何も言えなくなる。
傷ひとつ無い肌に、鍛えられた逞しい体。
サイの裸は、大昔の彫刻の裸体よりも美しかった。
サイに気づかれないように、ボクは静かに唾を飲み込む。
「――――」
そして、ボクが流し見てしまったのは、太くずっしりとしたサイの自身だ。
いつか、あんなものがボクの中に入ってきて、ボクをめちゃくちゃに犯してくると妄想すると……正直興奮した。
「サイはまだ12歳だったよな?」
「そうだけど」
「家族は?」
「居ないよ。 親戚は居るけど、交流はしてない。 保護者も居ないから、ボクは全て自己責任で行動してる」
ボクにはもう両親は居ない。 もちろん保護者も。
ボクが所属するレジスタンスはただの雇い主であり、プライベートには一切干渉してこない。
もし誰かが「人としてどうなの?」や「教育上良くない」なんて言ってきたら、ボクは躊躇なくそいつを殺すだろう。
他人の分際でボクの生き方を邪魔するヤツは、絶対に許さない。 必ず殺す。
そんなことを言ったのが子供であっても、容赦はしない。
ボクが、1人で生きていくうえで決めたことだ。
「ハイゼは、傍から見ればまともな子だけどさ、中身は狂ってるんじゃないの?」
笑いながら、服を着ているサイが言う。
――ああ、確かにボクは狂っているかもね。
どこがどう狂っているかなんて、考えてたことはないけど。
「まぁ、細かい話は付き合い始めたらでいい。 ――オレは先に戻るぜ」
「だから、返事はしてないでしょうが……!」
怒るボクを無視して、サイは先にロッカールームを出て行っく。
そして1人残されたボクは、ただ静かに、ただじっとサイの後ろ姿を見つめ、立ち去って行く彼を見送った。
◇
【作戦決行日】
エイリアンの戦艦は、ガルフポート基地から直線距離で30kmの地点に居た。
イオージマに乗艦したボク達は、作戦の最終確認を行ってから、着替えのためにロッカールームに来ている。
「ハイゼ。 先に格納庫へ行ってるぞ」
「わかった。 ボクもすぐに行くから、あっちで待ってて」
「おう」
サイがロッカールームから出て行くと、残ったのはデイビッドとボクの2人だけとなった。
ボクは普通に服を脱いで、インナーを着てからフロントを閉めようとした瞬間、デイビッドはボクの腕を掴んで、インナーをはだけさせてきた。
「――デイビッド?」
とたん、デイビッドは怒りを孕んだ目で、ボクを見る。
「――ハイゼ、首筋の"それ"はなんだ?」
デイビッドに言われて、ロッカーの扉に付けられた鏡を見る。
そして、ボクの首筋には赤紫の小さな痕――いわゆるキスマークがついていたのだ。
「あの野郎……」
ボクは唸るような声で呟いていた。
隣のデイビッドは、ただ唖然としている。
「サイサリアにつけられたのか?」
「そうだけど、サイと寝てはいないよ。 ただ、首にキスされただけ」
答えると、デイビッドは頭を抱える。
どうして、頭を抱えるんだろう?
「別に誰と関係を持とうが、ボクの勝手でしょ?
だって、ボクはレジスタンスに雇われたただの傭兵なんだから」
「でもな……」
インナーに着替え終わったボクは、バタンとロッカーの扉を閉めたあと、ロッカールームを出ようとした。
そして、ドアの前で足を止める。
「"教育上よくない"なんて説教したり、サイに"人としてどうなんだ"とか言ったりしたら、確実にあんたらを殺すから、覚えておいてね。 その言葉、ボクの地雷だからさ」
◇
【イオージマ:飛行甲板】
パワードスーツを装備したボクは、サイの隣に並んだ。
そして、武器やスラスターの最終確認を終わらせ、姿勢を低くする。
「ボクとサイは、雑魚を無視して戦艦に直行すればいいんだね?」
「そうだ。 ヤシロ達を追うエイリアンは俺達に任せろ」
後ろに居るルドガーが、笑いながらボクの肩を叩いた。
「それじゃ、海月ハイゼ」
「サイサリア・グラウゼン」
2人揃って名乗り、スラスターの出力を上げ――
「発進します!」
「行くぜ!」
同時に発進した。
◇
イオー・ジマの甲板からスラスター全開で飛び立ったあと、ボクとサイは海面に降りた。
空を飛ぶと、燃料を早く消費してしまうからだ。
海面を滑走し始めて間もなく、パワードスーツのレーダーが反応して、巨大な物体を映し出す。
「見えたぞ、戦艦だ」
「想像よりも大きいね。 スピードも速くなってる」
よくエイリアンが出てくるSF映画で見るような、複雑なデザインの戦艦が空に浮いている。
全長は300mくらいありそうだ。
「周辺にエネルギー反応! エイリアンのお出ましだぞ!」
ルドガーが叫び、戦艦の左右にワームホールが展開され、たくさんのエイリアン達が中から現れた。
「雑魚は任せたよルドガー、デイビッド」
ボクは蹴るような動作でスラスターを吹かし、海面から飛び上がる。
同時に、アサルトライフルの銃身を切り詰め、近接戦闘向けに改修された「7.62mm ショートライフル」を構えた。
「二丁拳銃もできるのか」
「命中率は低いけどね」
2丁構えたライフルを巧みに操り、ボクに向かって突進してくるエイリアンを撃ち落とす。
ショートライフルの装弾数は25発。
予備のマガジンは持ってきていないため、弾を撃ち切ったらライフルを捨てるしかない。
ま、戦艦に乗り込んだら、キロネックスだけで十分なんだけどね。
「戦艦の砲は起動していない! 2人とも、行けるぞ!」
「おっけー!」
「了解!」
ボクはルドガー達に雑魚を任せ、弾切れになったライフルを投げ捨てながら、腰の両サイドに格納されたキロネックスを抜き、くるりと一回転させる。
「緊張するな、近接戦は」
同じくキロネックスを抜きながら、サイが言った。
「慣れると楽しいよ」
戦艦の甲板に降り立ったボク達は、一気に走り出し、戦艦の艦橋を目指す。
「ここからは俺たちが相手だぜ!」
ボク達を狙うエイリアンは、ルドガー達が引き受けてくれる。
「艦橋に穴を開ける。 サイはすぐに乗り込んで、中の敵が攻撃してこないか確認して」
「任せろ」
前に出たボクはスラスターを一気に吹かし、跳躍した。
艦橋を飛び越える間に左手のキロネックスで窓に切れ目を入れ、降下する時に右手のエクスカリバーで窓をくり抜いた。
穴からサイが飛び込み、キロネックスを中に居たエイリアン共に向けた。
ボクも続いて艦橋に突入し、エイリアン共を見やる。
「さて、地球の言葉はわかるかな? 無駄な抵抗はしないで、降伏してもらうのがベストなんだけど」
ボクが言うと、目の前に居た赤いアーマーを着たエイリアンが、両手を上げながら近づいてきた。
「どうか……どうかワタシ達を助けてくれ」
以外にも、そのエイリアンが発したのは、流暢な英語だった。
発音は、イギリス訛りに近い。
エイリアンは、人間の言葉も学んでいたようだ。
「助けるのはいいけど、先にこの戦艦を止めてほしいな」
「それはできない。 この艦のエンジンに、ヤツらが爆薬を仕掛けたんだ。
エンジンを止めたら、艦が爆発する」
"ヤツら"と言ったから、なんらかの理由で内部抗争をしているのは確かだ。
しかも、罠もセット済み。 卑怯にも程がある。
「進路は変えられない?」
「ダメだ。 変えても爆発する」
このエイリアン、今のところは信用できそうだ。
あとは、どうやってこの戦艦を止めるか、なんだけど……
「物理的に解除はできない?」
「爆薬はエンジンと接続されているが、接続部を破壊し、コンソールで爆薬の不活性化をすれば、なんとかなる。
だが、エンジンルームに続く通路は1本だけ。
その通路には、ヤツらから指示を受けたユニットが、大量に配置されている」
ユニット――アリ型たちのことか。
「通路と爆薬の接続部分はこっちでなんとかする。 他は君たちに任せるよ。
あと、間違っても馬鹿な真似はしないように。 じゃないと叩き斬るから」
ボクはキロネックスを構え直しつつ、エイリアンを見る。
赤いアーマーのエイリアンは、コンソールらしき場所を叩き壊して、中からレーザーライフルらしきものを取り出した。
「ヤツらにバレないよう隠していたんだ」と言いながら、隣に立つ青いアーマーを着たエイリアンにも、ライフルを渡す。
「残ってる人は?」
「格納庫に非戦闘員が30人ほど。
格納庫の脱出ポットは溶接されてて使えないが、代わりに補強した。 シェルターとしては十分だろう」
エイリアンは大きなゲートのそばにあるパネルに触れながら、ボク達を見る。
ボクとサイはキロネックスを構え、ゲートの解放に備えた。
「5分以内に済ませてくれ。 じゃないと爆弾が起爆する」
「――3分で終わらせるよ」
大きな音を立てて、ゲートが開いた。
ボクとサイは走り出し、オスプレイが数十機も入れそうな広い通路を突き進む。
◇
ボクたちに気づいたアリを叩き切り、死骸を足場にして、さらに加速した。
赤と青のエイリアンは、ライフルを撃ちながらボク達に続く。
あのアーマーは、パワードスーツと似た機能を備えているようだ。
「通路の中間に、コンソールが設置された部屋がある。 そこからでないと、不活性化作業はできない」
エイリアンが小さなゲートの前で止まった。
この通路には、複数のアリが居るから、エイリアン2匹だけで対処するのは無理だろう。
「サイ、2人を援護して」
「なに言ってるんだハイゼ!? ならオレがこの先に行く!」
肩を掴んできたサイを、ボクは思いきり殴った。
「サイはまだボクより弱いでしょ!
あんた1人じゃ、この通路は突破できない。 ボクが1人で進むしかないんだよ」
ボクは、呆然と立ち尽くすサイを抱きしめる。
そして秘匿回線に切り替え、耳元で囁いた。
「あとで……サイの気が済むまで、ボクのことを抱いてもいいから」
ボクは頭部アーマーを、サイの頭部アーマーに擦りつける。
――これは、キスをする代わりだ。
「2人とも、名前はある?」
突然のことで固まったサイを無視してボクが訊くと、赤いエイリアンが頷いた。
「ワタシの名前はフェル。 青い方はシャルだ」
なるほど、わかりやすくていい名前だ。
「フェル、シャル。 彼を頼む。 突っ込ませすぎないようにね」
「ああ、任せてくれ」
ボクはサイの頭を撫でたあと、スラスターを吹かしてその場を後にした。
◇
刻んだアリを踏みつけ、壁を蹴り、天井を蹴りながら、ボクは通路を進んでいく。
通路に残ったエイリアンは数体だけ。
サイが相手にしていたエイリアン達も片付いたようだ。
「前方にあるのがエンジンルームのゲート?」
「すぐには開けない、叩き切れ」
フェルが言った。
ボクは笑いながらキロネックスを振り、ゲートを四角くくり抜く。
◇
ゲートに作った穴をくぐると、円筒形の物体を中心に据えた部屋に出た。
あれが戦艦の動力なんだろうか?
「どれが爆薬と接続してるやつ?」
「筒の中心から下に伸びたパイプだ。 それを切ってくれ」
ボクは指示に従い、細く伸びたパイプを切り裂いた。
直後、切り裂かれたパイプから青白い液体が吹き出し、筒から放たれていた光が、赤から白い光に変わる。
「こんな単純な方法で平気なの?」
「ヤツらは、ワタシ達のような存在を片付けるのに、手間をかけたがらないんだ。
だから、簡単な方法で済ませてる」
納得したボクは、さっさとエンジンルームから出ようとした。
だが、後ろでガラスが割れるような――ぴしっという不思議な音を耳にする。
「――!」
殺気を感じて、ボクは跳躍した。
次の瞬間、ボクの居た場所に細長い物体が突き立てられて、金属を引っかく音を立てる。
「コイツは!?」
「アイツら、エンジンにユニットを潜ませていたのか!?」
2人も知らなかったらしい……なら2人を責めるのは間違いだね。
「ハイゼ!」
「ボクは大丈夫。 サイはそこを守ってて」
「でも!」
「大丈夫だっつってるでしょ!」
サイには死ぬほど心配させておこう。
そんな人に抱かれるのはどんな感じなのか――知りたかったから。
「コアの場所はわかる?」
「恐らく頭部のはずだ。 地球で言うムカデを参考にしているから、あの細い胴体にコアは作れないだろう」
なるほど、地球の生物を参考にエイリアン――いや、ユニットを作っていたのね。
ボクはムカデの攻撃を避けながら、細部を観察する。
ムカデは、強力なアゴを最大の武器とし、鋭く尖った大量の脚を不意打ちに用いるらしい。
ムカデと同じようにしなやかな動きをするから、体当たりだけでも十分な武器になるだろう。
甲殻の強度は――ダンゴムシ程度か?
「ただ細くて長いだけがとりえのエイリアンだと良いけど」
私が呟くと、サイからなぜか映像通信が送られてきた。
「あいつ、オレのと比べると、どう?」
こんな時でもくだらない質問をしてくるのか、お前は。
「――怒るよ?」
ボクはただ淡々と返して、ムカデを睨む。