ep.4
――翌日。
時間は午前10時。
新たな大規模作戦について話し合うため、ボクたちは作戦会議室に集まっていた。
「エイリアンの戦艦を鹵獲するって言ってもさ、鹵獲するのに最適なターゲットとか決めてあるの?」
まず最初に、ボクが訊いた。
「問題ない。 先月、オアフ島での戦闘で損傷したエイリアンの戦艦が撤退したらしい。
その戦艦が、ミシシッピ州に向かって進行している――と、連絡があった」
「……連絡があった日は?」
「おとといだが?」
どうして軍はなにもしないんだろう。
普通なら、迎撃したりするんじゃないの? 敵の戦艦が来てるんだよ?
「偵察部隊が接近しても、戦艦は"一切攻撃してこなかった"。
エイリアンを出撃させないし、着艦しても無視だったそうだ」
「なんでその時に鹵獲しないのさ」
「まぁ、聞け。
着艦して艦内に侵入しようとしたら、そばにワームホールが展開されて、他の部隊が出てきたらしい。
だが、こちらの部隊を追い払ったらすぐに撤退したそうだ」
「おかしいと思わないか?」と言って、ルドガーはビュー・スクリーンに映った戦艦を叩く。
たしかに、普通なら戦艦も一緒に撤退させるはずなんだけど……。
「何か狙ってるのかな?」
「この戦艦は、損傷した部分の修理もしていない。
それに、オアフ島で確認した時は白だった色が、今では派手な赤に変わっているじゃないか」
ボクに続いて、デイビッドが言葉を発する。
「バリアも展開してないわ」
レジーナさんが呟き、ボクは映像を確認した。
エイリアンの艦は、大型になると、バリアを展開して身を守るようになる。
だが、この戦艦はある程度損傷してからバリアを展開し、動力源のみを防御しているだけだった。
「近づくと、他の部隊が現れて戦艦を守る。
なのに損傷は放置で、船体の色も遠くから視認できるほど、派手なものに変えてしまった」
スクリーンの前で、ルドガーは腕を組んだ。
ボクは、さりげなく腰を抱いてきたサイの腕を除けつつ、戦艦が意味不明な行動をとる理由を考えてみる。
「爆薬を積んで特攻とか、戦艦そのものが大量破壊兵器になってる――とか?」
「ハイゼの言うことはわかるが、そんなことをしたら、奴らが脱出できないんじゃないか?
ワームホールだって、すぐに使用できるわけじゃないのに」
直後、急にルドガーが黙った。
「――脱出させる必要は無い?」
そこで、ボクも察した。
「……かもしれない。 アイツらにだって知能はある。
もしかしたら、エイリアンたちも内輪揉めとかを起こしてるのかも」
「政府軍vs反体制派――みたいにか?」
ルドガーに聞かれ、ボクは頷いた。
「目立つ塗装は注意を引くため、じゃないかな? 特攻が失敗しても、奇襲ができるような感じ。
あの戦艦をセンサー代わりにすれば、こちらに気付かれないように座標を把握して、ワームホールを展開できるだろうしね」
まだ確信はできないが、敵の狙いはわかった気がする。
あとは、どうやってボクたちが動くかだ。
「A中隊/B中隊/C中隊を、鹵獲作戦の実行部隊として出撃させ、D中隊/E中隊に、基地の防衛を担当させよう」
スクリーンの画像が切り替わって、ガルフポート基地周辺を、軍事衛星が撮影したものになった。
「そして、B中隊所属の第4小隊……つまり、ハイゼとサイサリアには、戦艦に直接乗り込んでもらいたい。
――いけるか?」
2人だけで戦艦に乗り込むって、なんて無茶な……。
「戦艦にはまだバリアがある! そんな戦術は不可能だ!」
デイビッドが、ボクを見ながらルドガーに言った。
「――バリアなら大丈夫。 キロネックスがあればね」
ボクは、デイビッドの服のすそを引っ張り、イスに座らせた。
「そうなのか?」
「フォトニック結晶は、エイリアンが使っている光学兵器や、バリアの発生装置にも使われているの。
だから、キロネックスはバリアを突破できる。 ――問題はない」
「ならいいんだが……」
ボクの説明に、デイビッドは納得したらしい。
「戦艦に乗り込んだら、何をすればいい?」
「――コミュニケーションが可能で協力的だったら、頼んで戦艦を停止させろ。
何か罠が仕掛けてあるなら、協力して解除してやるんだ。
その間、A中隊と第3小隊が時間を稼いでやる」
「――協力的じゃなかったら?」
ふざけて聞いてみると「なら殺せ」と、物騒な答えが返ってきたので、ボクは肩をすくめた。
「なら、お互いの装備の確認もしておきたいな。 特にハイゼの装備品とか」
デイビッドは、いつかのリストを見ながら提案した。
……いつの間にあのリストを手に入れたんだろう?
「良かれと思って」
隣でサイが呟いた。 ――サイ、お前が犯人だったか。
「今回は新型のキロネックス2本とバックラーを使うから、以前の装備は使わない。
旧型のキロネックスとネマトシスは、ルドガーにあげるよ。
いつもシールドとアックスを装備してたんだし、問題はないでしょ?」
「――俺だってエースなんだ。 それくらい使いこなしてみせるさ。 俺たちは、部下と一緒にハイゼ達をサポートする」
さすが、第1小隊の隊長をやってるだけはある。
「おれは、スナイパーライフルで砲台の処理をしよう。 レジーナと第3小隊は、おれの直掩を頼む」
第4小隊は、ボクのせいで指揮系統が独立しているため、第3小隊からの指示を受けない。
なので第3小隊は、ひとつ前の部隊である第2小隊から、適宜指示を受ける体制になっていた。
ちなみに、サイは国連軍所属だが、ボクの直接の部下になったため、指揮系統から独立している。
「戦艦への接近にはイオージマを使うことになった。
パワードスーツの発進後、イオージマは速やかに戦線から離脱。
C/D/E中隊は、ローテーションで交代しつつ、イオージマより展開させた上陸用舟艇を伝って、補給物資の運搬を頼む」
今回の作戦は、他の部隊にも負担がかかりそうだ。
あまり時間をかけないようにしないと。
「残りは後方支援との調整なんだが、まだ作業中らしいんだよな……」
ルドガーが、スクリーンの電源を切りながら呟く。
「来るまで休憩でいいんじゃない?」
「あのなぁ……。 国連の兵士は、ハイゼみたいなPMCとは違って暇じゃないんだぞ」
とか言ってるくせに、ボクの隣に座ったルドガーは、机の中に隠していたらしき雑誌を取り出して、読み始めてしまう。
――結局、休憩するんじゃん。
◇
――あれから30分経った。
後方支援に連絡してみたところ、補給作業で遅れが発生したため、まだ来れないと言われてしまった。
「――――告白したいな」
雑誌を閉じながら、ルドガーがぽつりと呟いた。
唐突に、強面なルドガーなら言わなそうなセリフを。
「告白?」
ボクが訊くと、ルドガーは慌てた様子で雑誌を机の中に戻した。
「あ、いや……こっちの話だ」
「あっそ」
慌てるルドガーを見ながら、ボクはコーヒーをひと口飲む。
「でも、告白したいならさっさとしておくべきだと思うよ?
ボク達は、常に最前線で戦っている兵士。
バケモノと戦い続けている以上、突然の死は避けられない。
ボクは…………この世に未練を残したまま死にたくはないし」
ボクの言葉に、ルドガーは面食らってしまったようだ。
「でもな、告白なんてしなくてもいいんじゃないかって、思うこともあって……」
「愛の告白じゃないの?」
横からレジーナさんが割り込み、ばつが悪そうになりながら、ルドガーは頭を搔く。
「愛の告白ではあるんだが、歳をとれば、どーでもよくなるに決まってる。
その頃になってから、『あの頃、お前のことが好きだったんだ』って言うのも、アリなんじゃないか……と」
「どうでもよくなってから告白するのかよ?」
やや不機嫌そうに言ったのは、サイだった。
「どうでもよくなってなかったら、言うのが怖いだろうが!」
机に突っ伏したサイは、唸るように相槌を打つ。
「でもそれ、『今でも自分に気があるんだ』って、相手に思われないか? そういうアピールに見えるぞ?」
サイに指摘されて、ルドガーは目を白黒させる。
「それは困る!
平気で言えるってことは、本当にどうでもよくなってるはずなんだよ。 でも、言ったことで勘違いされるのは嫌だ!」
「じゃあ告白しろよ」
「でも、いつか言うっていう思いが、どうでもよくない今の俺の張り合いになるし……」
「じゃあ、今は『将来告白する』って心に誓っといて、いざその時がきたら誓いを破る――とかは?」
ルドガーは納得した様子だったが、なにかに気づいて顔を上げた。
「今から破るつもりだったら、意味ないだろ!」
「あー……」
サイは、若干めんどくさそうにしていた。
正直、ボクもイライラしている。
ルドガーって、こんなに面倒くさい人だったっけ……?
「というかさ、その時になってから言うの自体、意味の無いことじゃないか?
――"そんな事をしたって、今の自分が幸せになるわけじゃない"だろうに」
「う……」
それは、ルドガーだけではなく……ボクにも突き刺ささる言葉だった。
そして突然、サイはボクの肩を抱いてきて、ぐいっと自分の胸元に引き寄せてきた。
「だからオレは、ハイゼに愛の告白をしたんだ」
ボクが元の位置に戻る間、周囲がしんと静まり返った。
みんな……ボクとサイを交互に見ながら、唖然としている。
「いつか笑い話にするなんて冗談じゃない。
笑い話にして救われるのは、本物の幸せを手に入れた――未来の自分だけなんだからな」
静かになった作戦会議室に、サイの声が響く。
「ボクも救われるんだけどな……」
スマートフォンを見ながら、ぼそっと呟いてみた。
「ひどいな!」
サイは驚いているが、ボクはつとめて平静を装う。
「だいたい、サイは笑い話にするようなテンションでしか告白してこないじゃない」
「ハイゼが本気と思ってくれないだけだろ! というか――」
突然、ボクの座っていたイスが回り、目の前にサイの顔が現れた。
「――本気で告白していいのか? ん?」
サイが、ずいっと顔を近づけてきた。
互いの鼻先が触れ合い、ボクは思わずのけぞってしまう。
「――ハイゼ、お前のことが本当に好きなんだ。
信じてもらえなくて、悲しくて、1人で泣いたりもしてるよ」
ルドガーたちを尻目に、サイは告白してくる。
「ハイゼが拒否しきれないのをいいことに、押して、押して、押して――いつかほだされてくれないかなって、本気で思ったりもしてる」
ああ……サイは本気なんだ。
本当に――――本当に私のことが好きなんだね。
あの時、ボクが彼を助けたことをきっかけにした『刹那的恋慕』だけではなく、本気でボクのことを好きになったんだ。
「真面目に考えてくれないか?」
サイは、ぎゅっとボクの手を握る。
「――――好きだ、ハイゼ」
……無理だよ。
ボクはまだ幼い子供だから、サイの想いにはちゃんと応えられない。
だから……
「ご…………」
「――――ほら、困った」
ボクが口を開く前に、サイが言葉を発して遮った。
なんでかルドガーたちも安堵している。
「まったくもう」
「悪いな」
ニカっと笑ったあと、サイはボクのイスを元に戻してくれた。
◇
ハイゼは、"ごめんなさい"って言おうとした……。
ハイゼは、オレの想いを受け入れる気もなくて、でもオレを手放すのも嫌だと思ってる。
だけど、本気の決断をしなきゃいけなくなったら、ハイゼはオレを手放すつもりなんだ。
――オレだってハイゼと離れたくないから、あいまいにしてる。
ルドガーには、カッコつけたこと言ったのに…………だ。
「(泣きそうだから)なにか飲み物買ってくる。 みんなのも買ってくるぞ?」
オレはイスから立ち上がり、みんなに聞いた。
「俺、ブラックコーヒー」
「おれはグリーン・ティーな」
「あたしはイチゴオレ」
「ボクはココアで」
オレは「了解」とだけ答えて、静かに部屋を出た。
◇
「――――」
そしてボクは、部屋を出て行ったサイを、静かに見ていた。