ep.3.5
ガルフポート基地に戻ってきたのは、21時を過ぎてからだった。
――移動中、サイと話すことはなかった。
◇
「輸送任務、ごくろうさま」
「レイチェルさん」
帰還後の作業を終えてから食堂に向かうと、調理師のレイチェルさんがボク達を待っていた。
レイチェルさんが示したテーブルには、美味しそうなスイーツが沢山並んでいる。
「イオージマで夕食は済ませたって聞いたから、デザートを用意したの。 甘さ控えめで、さっぱりした物が中心だけどね」
「……チーズケーキにティラミス、冷凍庫にはチョコレートフラッペ! ボクの大好物ばっかりだぁ!」
好物ばかりが並んだテーブルを見て、ボクの顔が綻んだ。
隣のサイは、そんなボクを見て微笑んでいる。
「これだけの量、喰えるのか?」
「大丈夫。 スイーツは別腹だって言うし」
席についたボクは、まずティラミスを選び、スプーンでひと口頂く。
――スッキリした甘さに、ほどよいコーヒーの苦味が口の中に広がる。
やっぱり、レイチェルさんの作るティラミスは最高だ。
一方、サイは手作りのアイスバーを食べている。
アイスバーを最初に食べるというのは、やはりというか……なんというか。
「他のも食べれば?」
「アイスバーを食べたらちゃんと食べるよ」
ルドガーは抹茶のパウンドケーキ、デイビッドはチーズケーキを食べているようだ。
ティラミスを食べ終えたあと、ボクはサイが食べていたアイスバーを手にする。
「――スッキリして美味しいね。 このアイスバー」
「だろ? いつも買ってるやつも美味いが、レイチェルのも良いな。 今度、オーダーしても?」
「お昼の時間が終わった頃なら、大丈夫よ」
「やった」と呟いたサイの表情は、おもちゃを買ってもらって喜ぶ子供みたいだった。
「……」
アイスバーを食べていて、なぜか昨日のことが頭をよぎってしまう。
アイスバーは関係無いはずなんだけどな……。
「寒いのか?」
「少し、口の中が冷たくなっちゃった」
サイの質問に、ボクは笑いながら答えた。
レイチェルさんが調理場に引っ込み「コーヒー? 紅茶?」と聞いてきたので「紅茶で」と答えておく。
すると、サイが誰にも見られないよう慎重に動き、ボクの耳元に顔を近付けた。
「――それとも、オレのホットなバーでも食べるか?」
――なに言ってるんだコイツは。
表情を変えずに、ボクは静かにサイの鼻をつまんだ。
「バカな事を言わないの」
ボクは小さな声で呟き、戻ってきたレイチェルさんから紅茶を受け取る。
「あら? どうしたの?」
「ボクのアイスを食べようとしたから、ちょっとお仕置きしただけ」
◇
――ガルフポート基地 格納庫。
翌日の午前11時。
輸送作戦中に荷物が届いていたと知らされ、ボクは荷物の確認に来ていた。
格納庫には、ボクとサイ、整備士以外、人は居ない。
「やっと残りの荷物が届いたみたいね」
「大事な荷物なのか?」
「そうだよ。 なんせ貯金の半分を使って作った装備だからね」
荷物を見ていると、ボクの胸が高鳴った。
早くコレを使ってみたい!と。
「まずはこの装甲。 胸部装甲を汎用型から10%軽量化、そして肩部/腰部を大型化させてスラスターを増設した。
頭部も、通信アンテナを追加しつつ、単眼だったメインカメラを四ツ目にしたんだ」
画像を見せると、サイはそのスタイリッシュなデザインを見て、目を丸くしていた。
「カッコイイ……。 ロボットアニメの主人公機みたいだ」
「でしょ!? デザインするの大変だったんだよ、コレ!」
ボクは上機嫌に話し続けながら、次は武器の画像を見せる。
「4本の剣は、キロネックスの改良型。
こっちのバックラーは『テンタクル(触手)』と言って、クローの部分がアンカーとして射出できる」
ボクが説明している間、サイは何かに気づいたらしく、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「このキロネックスの番号――M982はエクスカリバーの名前だよな?
それに、テンタクルの番号……AGT 1500は戦車のエンジンの名前じゃないか」
「だって、レアメタルとか使ってたし、セキュリティ不安だったし」
「でもな、仲間を混乱させるようなことをするなよ」
説明には納得したようだが、サイはまだ文句を言いそうだった。
荷物の確認を終え、コンテナを閉じた直後、サイがボクの手の上に――手を重ねてきた。
そして、ボクの手をしっかりと握りしめてくる。
「なぁ、ハイゼ」
「なに?」
猫なで声で呼ばれて、ボクはゆっくりと振り向く。
するとそこには、熱を帯びた瞳でボクを見つめるサイが居る。
「――好きだ」
昨日と全く同じ、ストレートな告白。
答えに詰まったボクは、ぐいっとその手をどける。
「まだ、返事はできないよ。 ボク、子供なんだよ?」
「そうか……そうだよな」
唸るようなサイの声。
彼の青い瞳が、じっとボクを見つめている。
「まだ12歳だもんな、ハイゼは。 わかった……無理に答えなくていいぜ」
白い歯を見せながら笑ったあと、サイは静かに立ち去っていった。
ボクは、彼の背中を見ているだけしかできなかった。
「どうして……どうしてわたしは、はっきりと答えられないんだろうね」
彼の姿が見えなくなったあと、ボクは天井を見ながら呟いた。
誰に言うでもなく、ただ1人で。
ああ、それはなんて――――孤独だ。
◇
自分が何を考えているのか、分からなくなってしまった。
あれから部屋に戻り、ベッドで横になったあと、すぐに熟睡してしまったらしい。
目覚めたのは、朝の9時。
今だけは、正式な国連の兵士でなかったことを喜ぶべきだろう。
国連の兵士だったなら、腕立て100回……いや、グラウンド100周はやらされてるはずだ。
とりあえず軽くシャワーを浴びてから着替え、食堂に行くことにした。
最新の情報を得るなら、食堂かラウンジに行くのが手っ取り早いからだ。
◇
「おはよう、ハイゼ」
「おはよう、ルドガー」
食堂に着くと、トレーを持ったルドガーと会った。
「ルドガー、サイがどこに居るか知らない?」
「アイツなら、さっさと食事を済ませて、パワードスーツを見に行ったんじゃないか?」
「わかった」と答えて、ボクは食堂に設置されたモニターを見る。
「会いに行かないのか? ここ最近、一緒に居るだろ」
「ボクはこのあと用事がある」
ボクが朝食を選んでいる最中、整備士の1人が食堂に来た。
何かあったのだろうか?
整備士は、頭をポリポリと掻きながらリストを睨んでいる。
「あ、ルドガー少佐。 ちょっと良いですか?」
「どうした?」
ルドガーが聞くと、整備士は持っていたリストをルドガーに見せる。
――あれ、何のリストだろう?
リストの内容が気になって、ボクはトレーを持ったまま、ルドガーの隣に並ぶ。
「3ヶ月の間に、基地へ搬入された装備品のリストなんですけど、いくつかモノが無いのがありまして」
「なんだ? 不正か?」
そのリストに書かれた装備品の名前を見て、ボクは固まる。
これって……全部ボクの装備じゃん。
「M982 エクスカリバーが2発に、AGT 1500が1基――か。
エクスカリバーを使える砲はこの基地には無いし、エイブラムスも、エンジン交換が必要な車両は無いぞ?」
指でひとつひとつ確認しながら、ルドガーはリストに書かれた名前を見ていく。
「20mm ポンポン砲? ――これ、ハイゼのじゃなかったか?」
気づいたルドガーが、隣に居たボクを見る。
「ポンポン砲って、あの盾――ネマトシスに内蔵したやつですよね? ハイゼさん」
なんで余計なことまで言うんだバカ。
リストを凝視したままのボクに、ルドガーからの視線が突き刺さる。
「――どういう事か説明してもらおうか?」
これは……もう正直に言わないと怒られるよね。
観念したボクは、スマートフォンを取り出して、自分の装備品達を見せる。
「ネマトシスはシールド、20mm ポンポン砲はシールドに内蔵された射撃武装。
M982 エクスカリバーとして登録したやつは、新しく持ってきた2本の剣のことで、AGT 1500は2つのバックラーの名前だよ」
画像とリストを照らし合わせ、ルドガーは納得したのか、小さく頷いている。
「なんで名前を偽装したんだ? ややこしくなるだろう」
「だって、武器の名前考えるの面倒だったし、レアメタルを使った武器もあったから、盗まれたら困ると思って……」
ぼそぼそと小さな声で説明しているボクの頭を、ルドガーは軽く小突いてきた。 その顔は、笑っている。
「次からはわかるようにしておけよ? わかったな?」
「――怒らないの?」
ボクが聞くと、ルドガーは大笑いした。
「別に違法行為をしてたわけじゃないんだ、怒るわけないだろ。 逆に、そういう"おふざけ"は面白いと思うぞ」
ルドガーは、ボクの頭を撫でる力を強くする。
子供扱いはやめてって、何度も言ってるんだけどな……。
「まあ、次からはみんなにも伝えるようにするよ。
このあとは、演習場で武器のテストをするつもりだったし」
「なら、俺達も見に行っていいか? 」
「もちろん」
◇
【ガルフポート基地 第一演習場】
食事を終えたボクは、パワードスーツを着用し、新たな装備と共に演習場に来た。
両腕にはクローが付いたバックラー『テンタクル』が取り付けられ、両手には2本の剣『キロネックス』を持った。
――追加したスラスターの調整も終わらせてある。 いつでも戦える。
「ターゲット、用意するぞ」
「はいよ」
ルドガーの言葉の後、演習場に使い捨て式の標的が現れた。
今回は動くタイプではなく、その場で起き上がる固定式の標的だ。
「じゃあ、全力でやるわ」
軽くジャンプをして体をリラックスさせたあと、強く踏み込んでからスラスターを全開にする。
全身が引っ張られるような不思議な感覚には、まだ慣れない。
でも、数秒でターゲットに接近するほどの速度を叩き出していた。
「なんて速度だ!」
最初の標的を斬り飛ばした直後、ルドガーが声を上げる。
「Gによる負担は抑えられてるあるけどね」
次は左腕のテンタクルからアンカーを射出し、少し離れた位置の標的を捕らえる。
そして、アンカーを巻き取りながら加速し、すれ違いざまに標的を切ってから、右のバックラーよりアンカーを発射して、別の標的に当てた。
ボクは機体が加速した状態のまま標的に近付き、縦に切り裂く。
「高機動によるヒット&アウェイ。 脆いアリの群れや、弱点を狙いやすい大型種には効果抜群だろうな」
ルドガー達は、ボクの新たなパワードスーツの性能に魅せられていた。
両腰の装甲へキロネックスを収めてから、ボクは鼻を鳴らしてみる。
――すごいでしょ? この装備たち。
「これなら、近いうちに大規模作戦を決行しても良さそうだな」
「え――また大規模作戦?」
待機所に戻ったボクは、何かのデータを見ているルドガーに聞いた。
「作戦の内容は?」
「簡単な内容だ――エイリアンの戦艦を鹵獲する。 それだけ」
これはまたすごい作戦を――
ボクは思わず肩をすくめた。
ペーパープランだけはあったあの作戦を、ついに実行するのね。
「明日からは忙しくなるぞ。
ハイゼは装備の調整を続けながら、サイサリアを鍛えておけ」
「OK、任せて。 どうせ、サイには新しい戦い方を覚えさせるつもりだったしね」