ep.3
【キューバ】
午前5時。
場所は、キューバの中では大きな湾。
名前は……たしか『バイーア・デ・ハバナ』と言ったっけ。
港に停泊したアーレイ・バーク級から、大量の物資が降ろされていた。
「1日あればキューバに来れるんだな」
「マイアミからなら最速9時間で行けるけどね。 クジラに襲われたせいで、少し時間がかかったけど」
ボクはパワードスーツを装備した状態で、サイと共に船団護衛にあたっていた。
ボクは少しの間艦から離れ、破壊された港町を見ることにした。
トラックを含めた数台の自動車は横転してぺしゃんこ、倉庫だったであろう建物は黒焦げになっている。
堤防やスロープには、エイリアンの死骸が積み上げられ、死骸の山が発するエイリアン特有の臭いに、ボクは眉をひそめる。
なんてひどい国……。
キューバの現状は、ボクの想像を遥かに超えていた。
「キューバ軍には、パワードスーツが足りてないのか?」
足下に落ちていたボロボロの雑誌を手に取り、サイは呟く。
「それもあるけど、エイリアンとの戦闘に慣れていないんでしょう。 人間相手とは勝手が違うし」
キューバ軍のデータを呼び出し、戦力を確認してみた。
リストに書かれた詳細を追うと、パワードスーツは"5機"しか配備されていないらしい。
普通、街を守るためなら5個中隊――つまり最低40機は必要となるのに、キューバの場合"国全体"にたったの5機しか配備されていなかった。
アメリカ軍が協力しなかったら、この国はとっくに滅んでいただろう。
「軍艦も一世代以上前の古いやつばかり。 空母なんて甲板が錆びてて使い物にならないじゃん」
「本当に国を守る気があるのかね、この軍は?」
いざって時は国と民間人を捨てて逃げるんでしょ、とは言わないでおいた。
余計なトラブルは起こしたくない。
まあ、ボクはPMCからの指示が優先だから、国連の方針に従う必要はないんだけどね。
「荷物が降ろし終われば任務終了。 今日は早く帰れそうね」
ボクがぼそっと呟いた直後だった。
パワードスーツのレーダーが異常な反応を捉え、警報を鳴らす。
この反応は――
「エイリアンのワームホール反応! 奴らが来ます!」
驚くオペレーターの声。
余計なことを言うんじゃなかった。
「全員、戦闘準備! 歩兵部隊は民間人の保護を優先しろ!」
ルドガーの指示に従って、キューバ軍の部隊が動き出す。
「ハイゼ、行けるか?」
「修理も終わってるから大丈夫。 戦闘中はサイを頼むよ」
「また突撃するつもりだな」
ルドガーは頭を抱えるようなジェスチャーをした。
相変わらず察しがいいね、ルドガーは。
ボクは細かい指示を出すのが苦手だから、指揮はベテランのルドガーやデイビッドに任せるのが一番だ。
「ワームホールから出て来た小型艇はボクが叩く。 船団や市街地に向かうエイリアンはA中隊に任せるよ」
「了解した」
イオージマの甲板から発艦し、ボクはフワフワと宙を漂っている丸い物体に向かって、急上昇した。
あれはエイリアンが移動に使っている乗り物で、地球で言うとバスのようなものだ。
精度の低い機銃しか装備しておらず、パワードスーツの性能をもってすれば、簡単に沈められる。
ボクは機銃掃射を避けながら接近し、船の周囲を飛ぶコウモリ型のエイリアンを狙って、ネマトシスを構えた。
内蔵されたポンポン砲から放たれた弾は、コウモリのすぐそばで炸裂し、弾に内蔵された散弾が飛び散って、コウモリをズタズタにする。
「すごいな、その武器」
ルドガーはポンポン砲の性能を見て感心していた。
「20mm ポンポン砲って言うの。 覚えておいて」
「ポンポン砲……QF 1みたいだ」
まあ、それを元にしてるし。
ボクはポンポン砲を撃ちながらさらに船へ接近し、突進してきたコウモリをネマトシスで叩き切る。
そして船の出っ張った部分、艦橋にあたる部分に取り付くと、ライフルとネマトシスを、艦内に居るエイリアン共に向けた。
身長(全高?)170cmほどの人型エイリアン達は、ボクの姿を見て驚いているようだ。
だが、彼らは武器を構えるようなことはしない。
ただの船員だから、武器は持っていなかったのだろう。
「こんにちは、クソッタレ共」
軽く挨拶をしてから、ボクは引き金を引いた。
ガラス状物質で作られた窓を叩き割りながら、ポンポン砲の20mm弾、ライフルの7.62mm弾がエイリアン達に襲いかかる。
青黒い液体を撒き散らして、エイリアンの体はバラバラになっていった。
「マーカーは付けた。 対艦ミサイルでトドメだけ頼むわ」
「わかりました」
オペレーターに残りを任せ、ボクは次の船に向かって飛ぶ。
向かってくるコウモリをライフルで撃ち落とし、落下する残骸を足場にして、さらに加速した。
いわゆる「八艘飛び」のようなやり方で、ボクは移動を続ける。
船の艦橋に取り付く前に、ボクはネマトシスをバックパックに格納させ、代わりに、右手のライフルを左手に持ち替える。
そして、空いた右手でキロネックスを構えた。
「2隻目はどのくらい保つかな!」
スラスター全開。
角度を合わせてキロネックスで窓を叩き切り、ボクは艦内に突入した。
ゆっくりとキロネックスを構え直し、ボクは動揺しているエイリアンを見る。
赤く光る単眼カメラが、じろりと自分達を睨んでくる状況で、エイリアンは何を考えるのだろう。
――知りたくもないけど。
「今日はエイリアンの三枚おろしが沢山できそうね」
手始めに、真正面の一匹を一刀両断した。
雑魚が――ボクの前に立つんじゃない。
「へっ、不味そうだな」
ボクの言葉を聞いて、ルドガーは笑った。
確かに、エイリアンの肉は毒々しい色をしているので、食べようとは思わない。
姿勢を低くしてから加速し、次の一匹にキロネックスを突き立てた。
足でエイリアンの死体を蹴り、キロネックスを引き抜いている間に、バックパックのネマトシスを起動させ、艦橋から出ようとしたエイリアンを撃つ。
――もう逃げられないんだから、大人しく殺されろよ。
キロネックスを投げて違う一匹を壁に張り付け、それとは別の一匹に向かってボクは走る。
エイリアンは怯えているのか、その場でしゃがみ込んでいた。
だが、ボクはエイリアンの頭を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「コアはどこだっけー? 胸だっけ? 頭だっけ?」
呟きながら、エイリアンの首にライフルを突き付ける。
首から胸部にかけて弾丸が貫通するように角度を調整したあと、ボクは何度も引き金を引いた。
「まあ人型は脆いから、コアの場所なんて関係ないけどさ」
最後に、エイリアンを張り付けにしているキロネックスの柄を握った。
エイリアンはキロネックスを引き抜こうとしているが、ボクはエイリアンの両腕をライフルで撃って破壊する。
「次の船も任せるー」
軽い調子で言いながら、ボクはキロネックスを上に振るった。
背後の壁ごと上半身を真っ二つに裂かれたエイリアンは、青黒い体液を噴き出しながら、その場に崩れ落ちた。
◇
ボクが3隻目の船を制圧すると、残りのエイリアンが、上空に開いたワームホールに向かって移動を始めた。
「撤退するようだな」
「ワームホールの中へ行く気にはならんね。
奴らが撤退を完了するまで警戒は怠らないで。 攻撃はしなくてもいい」
船から飛び降り、ボクは地上に居たサイの隣に着地する。
「そっちはどうだった?」
「別に。 訓練通りに動いただけだった」
「でも、スムーズに動けてる。 成長したじゃん」
サイのパワードスーツに記録されたデータを見て、ボクは感心した。
あの時よりスムーズに立ち回れているし、訓練で指摘した部分も改善されている。
もっと鍛えれば、彼は一流の兵士になれるだろう。
「なあ、ハイゼ」
サイは秘匿通信に回線を切り替え、ボクを呼んだ。
どうして回線を変えたんだろう?
「なに?」
ボクは回線を切り替えながら聞く。
その最中、サイはボクの肩を静かに抱いてきた。
「また部屋に行ってもいいか?」
「なんだ、そんなこと? べつにいいよ。 基地に戻るまでは暇だし」
◇
パワードスーツを整備に出し、一人でシャワーを浴びたあと、ボクは部屋に戻った
だが、部屋にサイの姿はない。
――部屋に来るって言ったクセに、なんで居ないんだよ。
ボクは毒づきながら、さっさとベッドに潜り込んだ。
◇
体に伝わる不思議な振動と、男のうめき声のせいで、目を覚ました。
ボクはいつの間にか眠ってしまったらしい。
枕元の時計を見て、時間は20時と把握し、うめき声の正体を知ろうとして、ボクは部屋の照明を点けた。
「――なにしてんの?」
思わず、冷めた声で言ってしまった。
そこには、ボクが寝ていたベッドに裸で寄りかかって、荒く呼吸をしているサイの姿があった。
ボクが目覚めた事に気づいたサイは、手にしていた瓶のフタを開け、それをぐいっとあおる。
――お酒を飲んでるの? 飲めないって言ってたくせに?
「ここ最近溜まってたから、ちょっと――ヌイてた」
開けてから時間が経っていたのだろうか。
サイは少し溶けたバニラアイスをスプーンですくい、口に運びながら言う。
そして、サイの体を見て気づいた。
よく鍛えられた彼の肉体に、白濁としていて、濃厚そうな精液がかけられていたことに。
「ボクの部屋で……そんなことしないでよ……」
恥ずかしくなったボクは、とっさに枕元へ置いていたミネラルウォーターのパックを取って、サイに差し出す。
「汗もかいてるし、暑いんじゃないの?」
「……別に」
サイはミネラルウォーターを受け取るが、飲もうとはしない。
そしてパックを手渡す際、ボクの鼻腔を――甘くて独特な残り香が刺激する。
その匂いを嗅いで、ボクは無意識に喉を鳴らす。
「さっさと"それ"拭かない? 部屋とかシーツが汚れちゃう」
「うるせえな。 ――わかったよ」
サイはそう言って体にかかっている精液を指ですくい、口に運んだ。
「いや、飲むなよ!?」
予想もしてなかったその行動に驚くが、サイは笑いながら口を開け、舌先に乗せた精液を見せつける。
「お前も飲むかぁ? おいしいぞぉ?」
「いらんわ!」
というか汚いだろ……。
ボクの反応を見ていたサイは、可笑しそうに笑いながら、精液を飲み下す。
――なぜそんな事ができるのだろう?
サイの行動を見て疑問に思った。
小さい頃からエイリアンとの戦いに明け暮れ、年相応の環境で育ったことがないボクには、ソッチ方面の経験が無いからだ。
一応、知識だけはある。
「なんだ、こういうのは知らねえのか?」
「仕事人間だったからね。 それに、ボクはまだ12歳」
口を尖らせながらボクは答える。
「サイ。 ひとつ聞いていいかな?」
話を変えるために、ボクは質問する。
「ん?」
冷蔵庫を開けながら、サイは振り向く。
「そういうことはさ、自分の部屋とか、1人になれる所でするもんだよね? ……なんでボクの部屋でやったの?」
新しいアイスを開け、口に運びながら、サイは寂しそうな表情になる。
「ハイゼって、よく見ると美人だよな」
サイはボクの質問には答えず、逆に質問してきた。
「美人? ああ……祖先が頑張ったらしいからね」
「え?」
「競走馬とか家畜と一緒。 ようは品種改良さ」
祖先がやってきたことを想像すると、怒りがこみ上げてくる。
「大昔、中国で最も栄えた華族と、日本の高名な武家が"雑種"をつくった。 そこから計画を始めたらしいの」
「計画?」
ボクはその場に座り、深呼吸する。
「一族は、世界中から基準を満たした人間を取り込み、子孫を増やしていったんだ。
そして、近親姦にならないよう年月をかけて交配を重ね、DNAをまとめたあと、ついに『世界中の人間の血を引く』1人の日本人――"海月 ハイゼ"を作り上げた」
こんな話を他人にしたのは、初めてだ……。
「ほら、話の内容自体はシンプルでしょ」
誰にも言ったことがない、ボクの生い立ち。
初めて話したせいか、肩が震えていた。
常識という枠から外れたボクのことを他人に話すことが、怖かったのかもしれない。
「始まりが中国人であること、寿命になると子供に戻って、再び成長することで永遠に生き続ける"ベニクラゲ"の仕組みと、自分たちの家系が似ていたから、クラゲを意味する単語を――この"雛形"の姓名にした」
ボクが言い終えると、サイは黙ったままボクに近付き、そっと抱きしめてきた。
「……サイ?」
「変なこと言わせて、ごめん」
ボクは首を振った。
悪いのはボクなんだから。
「――で、なんでボクの部屋でそんなことをしたのさ?」
ボクが唐突に話題を戻したからなのか、サイは可笑しそうに笑う。
「おまえ、無理やり話しを戻しやがったな」
今の彼は、態度が悪いところもある。
というか、こいつ酒が飲めないんじゃなくて、酒癖が悪いから、飲酒を禁止されたのかもしれない。
「オレ、フロリダでハイゼに助けられただろ?」
「うん」
「あの時のハイゼの後ろ姿が、すごく格好良かったんだよ」
「……そうだったんだ」
あの時は、無意識で体が動いただけだったのに。
「それで、オレも強くなりたくてハイゼの部隊に入った。
だけど、お前の表情を見ていくうちに、ハイゼと過ごすうちに気づいたんだ――」
サイは、ボクを抱きしめる腕の力を強めた。
「オレ、ハイゼのことが好きだ……って」
ボクの体に、勃ちあがったサイの自身が押し付けられた。
驚いたボクは何も言えず、ただ押し黙っているだけ。
こんな時は、どう応えたらいいのだろう?
「ボク……男だよ?」
ボクはぽつりと呟く。
「わかってる」
そう言ってサイは立ち上がり、脱いでいた下着を履いた。
「返事は今すぐじゃなくていい」
そのあと、酒の瓶、空になったアイスのカップ、脱いでいたTシャツを抱え、部屋のドアを開ける。
「ハイゼがちゃんと答えてくれるまで、オレは何度も告白するし、どんな時でも甘えるつもりだからな」
笑いながら「おやすみ」と言ったサイは、部屋を出て行った。
「――――」
1人になったボクは、ただ無言のまま、ベッドに潜り込んだ。