ep.2.5
事態が急変したのは、マイアミを出航して、数時間経過した頃のことだった。
◇
――時間は17時前後。
ボク達がB中隊と交代して出撃し、とりあえずイオージマの甲板から飛んで後方を確認した際、海面から無数の目だけを出したエイリアンを見つけたのだ。
数は三つ。
昔の資料にあった、水中戦用のエイリアンかもしれない。
「総員、戦闘配置! エイリアンがイオージマのケツについてる!」
艦隊が体制を整えている間、ボクは甲板に置かれたコンテナに向かった。
「1番コンテナに入ってるパーツをバックパックに装備して。 ライフルとキロネックス、ネマトシスじゃ足りない」
「いいですけど、なんなんです? これ」
細長い箱状の物体を取り付けながら、整備士が聞いてきた。
ボクはFCS(火器管制システム)のセッティングを変更しながら、イオージマやアーレイ・バーク級2隻のソナーとリンクさせる。
「少し古い武器だよ。 サイ、行ける?」
「――ああ」
声をかけると、隣に居たサイは、ぐっと右手の親指を立てた。
ボクも同じ合図で返し、2人仲良く甲板から海上へ降りていく。
◇
海上を滑りながらボク達は移動し、レーダーが、飛沫を上げながら泳ぐクジラを捕捉した。
まず、ルドガー率いる第1小隊が発砲するものの、クジラは急速潜航して攻撃を回避する。
「海中に向けて撃っても意味が無いな」
舌打ちしながら、ルドガーはライフルを格納した。
「弾が水の抵抗を受けるからね」
レーダーでクジラの位置を確認しながら、ボクは考える。
パワードスーツは水中でも活動できるが、角張ったデザインのせいで水の抵抗を受けてしまい、十分な機動力を発揮することができない。
水中戦用パワードスーツも存在するが、イオージマにもアーレイ・バーク級にも、そんなものは積んでいなかった。
「タイミングが合えばなんとかなりそうだが、狙うにしても潜るまでが早くてな……」
「――クジラのくせに」
クジラは数回浮上するものの、接近すれば潜って逃げていく。
アレが海中からボクらを見て笑っていると思うと、無性に腹が立った。
――あまり人間を舐めないほうがいいと思うよ。
「ボクが前に出る。 周辺の警戒はサイ達に任せるわ」
「その剣じゃ無理だろ」
ルドガーは、ボクが剣で斬りに行くと思ったらしい。
まあ、攻撃に使うのはこれじゃないけどね。
「あいつらの居る深さは15mくらいか。 ――いける」
ボクは加速してクジラに接近するが、クジラはまた潜ってしまった。
クジラの体長は10mほど――火力不足にはならないだろう。
「潜ってれば安全だと思うなよ」
潜ったままのクジラを追い越しつつ、バックパックに装着された箱を展開させる。
箱からは筒型の物体が3つほど落下して――静かに沈んでいった。
レーダー上で、クジラがちょうど筒に重なった瞬間。
小さな爆発音が数回聞こえたあと、水しぶきと濃密な泡に混ざって、クジラの肉片が舞い上がった。
「1匹撃破した」
冷静に確認しながら、残ったクジラの様子をうかがう。
「今の武器は?」
「ただの爆雷だよ。
基地に来るときに持ってきたやつだけど、保管しておいてよかった」
こいつは、レーダーやソナーを参考に爆発する水深を設定して、水中に居る相手の前方に位置取りながら、一気に投射するもの。
爆薬には、フォトニック結晶の欠片を利用した新型爆薬を使用しているので、手に持てるサイズでも、十分な威力が出せる。
「でも、残った2匹は爆雷を警戒するんじゃないか?」
ルドガーの言う通りだった。
海中のクジラが不規則に動き出し、爆雷を投射する位置を決めさせないようにしている。
無駄に頭がいいんだよね――コイツら。
「イオージマ。 残った爆雷を投射したら一度着艦する。 甲板にある3番コンテナ、用意しておいて」
指示を出しながら加速し、イオージマを追い越してから、適当な位置に残りの爆雷を投射した。
そして、爆雷が無くなった直後にスラスターを吹かし、航行するイオージマに着艦する。
「これ、どこに取り付ければいい?」
「両ふくらはぎの外側に。 セッティングはこっちでやる」
即座に爆雷の無くなった箱が外され、他の整備士が、足に四つの筒を取り付けた。
「固定完了。 行けるぜ!」
整備士がボクの頭を叩く。
「行ってきます」と言ってからボクは跳躍し、再び海上に降りた。
同時に、さきほど投下していた爆雷が炸裂したのか、数ヶ所で飛沫が上がっている。
「状況は?」
「爆雷は避けられたみたいだ」
悔しそうな表情で、サイは映像通信を送ってきた。
「そう。 ――やっぱり行くしかないか」
サイが「どこに?」と聞いてきたが、ボクは答えないまま姿勢を変え、海に飛び込んだ。
「ハイゼ!?」
「付いてこないでよ」
――さすがに海中だと動きにくいな。
ボクは後方を泳ぐ2匹のクジラを見ながら、なんとか姿勢を安定させる。
ボクに気付いたクジラは、体を反転させると、さらに深くへ潜っていった。
あのまま深海まで潜るつもりか?
だが、ボクはスラスターを全開にして、急旋回した。
「やっぱり、噛みつきが武器か」
直後、大きく口を開けたクジラが浮上してきたのだ。
「大丈夫か!?」
「ああ、平気。 だけど、あのクジラの突進はやばいね。
歯も頑丈そうだし、艦の装甲も余裕で噛み砕けそう」
「どうするんだよ!」
クジラが動いたってことは、これからもっと攻撃が激しくなるかもしれない。
早く決着をつけないと。
「援護はいらない。 艦隊は全速力で航行を続けて」
「また無茶するのかよ!」
「そうだよ」とボクは心の中で言った。
――ボクは大丈夫。 だから、サイはそこで見守ってて。
言ってみたかった台詞は、恥ずかしくなったので言わないでおく。
1匹のクジラが再び潜り始めた。
なんだか攻撃パターンがホホジロザメだ。
ボクは潜ったクジラを睨み続け、機会を待った。
もう1匹は、距離を置いてこちらの様子を見ているだけだ。
「――来た」
クジラが口を開け、迫ってくる。
その距離、30m。
――口を開けるのがちょっと早すぎじゃない?
両足のユニットを起動させ、ボクは口を開けたクジラに狙いを定めた。
「20mm 四連装酸素魚雷8発。 召・し・上・が・れ!」
ボクの言葉を合図に、ユニットから魚雷が発射された。
酸素魚雷は、通常の魚雷とは違い雷跡を残さないため、発見するのが難しい。
そして、クジラは気付かないうちに魚雷を飲み込んだ。
「味はどうだい? クジラ野郎」
フォトニック結晶の欠片を混ぜた爆薬の効果で、クジラはぶくぶくと膨らんだあと、目の前で破裂する。
「ぎょ……魚雷」
「これも前に作ってたやつ。 パーツのほとんどは誘導ミサイルと共用だから、安いんだよ」
魚雷が無くなったユニットを捨てながら、最後の1匹となったクジラを見る。
さて、どう仕留めるか。
あのクジラはただボクを睨んでいる。
そして、速度を上げて突進してきた。
「戻れよハイゼ! 武器がもうないだろ!」
「こっちには盾がある」
「盾でどうやって倒すってんだよ!?」
サイはボクを追って潜ろうとしたらしいが、ルドガーに止められていた。
「ルドガー。 そのままサイを止めといて」
ボクは再度突進してきたクジラを見ながら、速度を調節する。
攻めるなら今しかない。
クジラが口を開けて足に噛みつこうとした瞬間、バックパックのスラスターを全開にして、ボクは足の装甲をパージした。
クジラが、パージされた足の装甲を噛み砕く間に、ボクはクジラの頭部に取り付き、ネマトシスの刃を脳天に突き刺す。
ギョロ――っとクジラの目が一斉に動いてこちらを見るが、そんなことはどうでもいい。
ボクはネマトシスに搭載された射撃武装を起動させた。
その名は『20mm ポンポン砲』。
これは、時限信管によって任意に起爆させられる能力を持つ20mm弾を撃ち出す武装で、本来は牽制に使うもの。
けれど至近距離――しかも体内に何度も撃ち込まれればひとたまりもないだろう。
ボクがポンポン砲に内蔵された25発全てを撃ち切るころ、クジラは絶命していた。
「こちら、ミツキ・ハイゼ。 クジラを殲滅した。 これより帰還する」
死んだクジラの頭からポンポン砲を引き抜き、ボクはイオージマに向かって浮上した。
◇
「なんでいつも無茶ばかりするんだよ! もっと仲間を頼れよ、ハイゼ!」
艦内格納庫に戻った直後、サイが後ろで怒鳴ってきた。
「だって、みんなの武器じゃクジラは倒せないと思ったんだもん」
「輸送任務だから倒す必要はないって、そうハイゼは言っただろ!」
「だけど、あのクジラは速かった。 放っておいたら艦が危なかったよ」
ふうっと息を吐き出しながら、ボクは頭部アーマーを外す。
装甲が無くなり、インナーが剥き出しになったボクの足を、サイは見た。
「装甲をパージしたのか?」
サイは戸惑った。
まあ、戦闘中に装甲を捨てるなんてこと、普通はしないからね、当然の反応か。
「囮に使ったの。 パーツの予備はあるし、すぐに修理できるよ」
武器や装備を使い捨てにする戦い方は「人さえ無事ならそれでいい」という、ボクの考えによるものだった。
「ハイゼ」
パワードスーツを脱いだボクがその場を去ろうとした時、サイが小さな声でボクを呼んだ。
「オレ、もっと頑張るよ。 サイに頼られるくらいに。
だから、もっとハイゼを見て、戦い方を覚える」
ボクから学べることなんて何も無いのに。
本人がそれでいいなら、止めはしないけど。
「――まあ、頑張れ」
ボクはサイの頭をぽんぽんと叩いてから、格納庫を立ち去った。
◇
夜中。
整備士に散々怒られたあと部屋に戻ったボクは、さっさとベッドに潜り込み、眠ろうとしていた。
そして、ベッドに入ってから少し時間が経った頃、部屋のドアが開く音がした。
コツコツという足音が、ボクの方に近づいてくる。
この足音は、何度も聞いているものだ。
「サイ……?」
振り返ると、サイが脇が大きく開いた……たしか、ディープカットタンクトップ……と、黒のローライズというラフな格好でそこに居た。
「起こしたか?」
「まだベッドに入ったばかりだけど」
ボクは上体を起こし「どうしたの?」とサイに訊いてみる。
「……一緒に寝てもいいか?」
ホームシックにでもなったのかな?
それとも寂しがり屋か、子供っぽいのか――理由はわからない。
ボクは無言で体を壁際に寄せ、マットレスをぽんぽんと叩く。
「落ちても知らんよ」
「大丈夫」
そう言って、サイはボクの隣に潜り込んだ。
ボクは再び横になり、気になってサイを見てみると、少し熱を帯びたサイの目が――ボクを見つめていた。
怯えるチワワみたいな目で、ボクを見ないでよ。
なんて反応すればいいのかわからなくなる。
「――狭いなら、抱きついてもいいけど」
何を言えば良いのかわからなくて、冗談のつもりで言っただけのに、サイはボクを抱きしめてきた。
ぬいぐるみを抱きしめるみたいな、絶妙な力加減で。
いや、普通は逆でしょ。
まあ……いいか。
「普通は逆じゃない?」
ボクが呟くと、サイはきょとんとした表情でボクを見る。
「別に。 でも、胸筋とかそういうのが無いからかな? ハイゼの胸って……なんか硬い」
ああ、痩せてるからか。
「痩せてるからね。 というか、まな板みたいだとでも言いたいの?」
サイは考える。
「フルフラットボディ――いや、ヘリコプター甲板。 でも、この固さなら空母の飛行甲板の方が近いか?」
おい、ボクの胸をさすりながら考えるんじゃない。
ていうか例えがおかしいし、空母の飛行甲板みたいとか――どこぞのRJを思い出すからやめろ。
「やかましい」
むっとしながら、ボクはサイの頬を強めに引っ張っていた。