ep.2
「サイ! 左頼むよ!」
「了解!」
荒廃した街中を駆けながら、ボクは叫んだ。
目の前からやって来るのは、多数のアリとクモ。
「しっかし、こんな難易度でシミュレーションやってたのかよ! お前は!」
「難しい設定で戦闘に慣れておけば、実戦が楽になるでしょ」
物陰に隠れながらライフルを撃つサイを見て、彼の未熟さを知る。
その位置だと、右側面の警戒ができないよ。
「ボクみたいに、接近戦もできるようになるし」
アリの顎にネマトシスを突き立て、そのまま叩き切る。
こいつに取り付けてあるブレードは、非常時に使うものではなく、積極的に使うためにあるのだ。
「変わりモンだな! やっぱり!」
「言ってろ!」
ライフルのマガジンを交換し、サイは再び攻撃に移ろうとしていた。
だが――
「エイリアン!?」
サイの右側。
廃ビルの中から飛び出したクモが、サイに覆いかぶさった。
距離的には助けられるが、色々と学ばせたいこともあるので、助けたりはしない。
「助けてくれよ!」
「右側面に死角を作ったサイが悪い。 次から気を付けることね」
ぐっと伸びをしてから、ボクはシミュレーションを終了させた。
専用のヘルメットを脱げば、シミュレーションルームの無機質な内装が目に入る。
ボクは、体を固定していたロボットアームを解き、隣で息を切らしているサイを見た。
「あの設定を初見でやったのに、10分は生き残った。 そこは評価するよ。 普通なら8分未満で死ぬ設定なんだから」
「8分未満……」
Tシャツを脱いだサイは、ボクが差し出したタオルを受け取り、大量の汗を拭っていた。
「サイは、ライフルをフルオートで撃ちすぎてる。 だから弾切れが早い。 マガジン交換中は隙だらけになる――常識でしょ?」
「――エイリアンが来ると、どうしても焦っちまうんだよ」
座り込んだサイの表情は、悔しそうだった。
ボクはサイの隣に座り、彼の肩の上に手を置いた。
普通、こんなことをするのは逆だと思うんだけど。
「まずは指切り撃ちやセミオート(単発)射撃を練習。 それに慣れたら、ナイフやバトルアックスを使った戦闘の訓練をしよう」
「作戦中はどうしたら?」
「どうせ第4小隊はボクとサイの2人だけ。 ボクがそばに居てあげるよ」
優しく言うと、サイは黙ったままボクに寄りかかってきた。
力加減はしていたらしく、重さは感じない。
「あんたは子供か」
「うるせえ」
サイはTシャツを着て立ち上がる。
「オレは疲れたから先に戻る」
「わかった。 ボクはここを片付けてから、作戦会議に出ないといけないんだ」
サイがボクの言葉に反応した。
「戦闘、か?」
「いや、輸送任務。 出撃は明後日になる。 備えは万全にしておいて」
静かに頷くいたあと、サイは部屋を出て行った。
ボクだけが残った部屋には、シミュレーターから発せられるハムノイズだけが、不規則に響いていた。
◇
会議室に入ると、自然と気が引き締まる気がした。
会議室にある大きなスクリーンには、キューバが映し出されている。
「なんでキューバ?」
ボクはデイビッドの隣に座り、テーブルに置かれた書類を見る。
どうやら今回の作戦は、キューバに展開しているアメリカ陸軍の部隊へ、物資や人員を輸送するのが目的らしい。
「ここ数日、エイリアンの襲撃が増えたせいで、物資が不足しているらしい」
第1小隊の隊長「ルドガー・フレッチャー」が、スマートフォンに保存していた、キューバでの戦闘の映像を見せてくれた。
「だったら、アメリカ軍がやればいいのに」
「アメリカだって、本土の防衛とかで忙しいんだよ。 それに、ガルフポート基地の部隊は、そこまで消耗してないしね」
デイビッドはボクに別の書類を差し出しながら言った。
確かに、ここの部隊は一人も戦死者を出していないし、輸送機や艦艇も数は揃っている。
「出撃する部隊は?」
「出撃する機械化歩兵部隊はA中隊とB中隊の2つ。
物資輸送にはアーレイ・バーク級 ミサイル駆逐艦を2隻。
機械化歩兵や航空兵器の母艦には、ワスプ級 強襲揚陸艦を使う」
ルドガーから説明を受けた瞬間、ボクの眉がぴくっと動いた。
「なんでアーレイ・バーク級? 輸送艦じゃないの?」
「輸送艦だと武装が少ない。 アーレイ・バーク級なら高速だし、エイリアンに襲われてもある程度は応戦できる」
「高速輸送艦は? あれは武装も忠実してるよね?」
「本土防衛の部隊が使っている。 こちらには回せないそうだ」
ボクはため息をついた。
つまり、できるだけエイリアンと戦わないようにして、さっさと作戦を終わらせてこいってことね。
それなら、足の速いアーレイ・バーク級を使うのが正解――になるのかな?
「アーレイ・バーク級の武装は?」
「主砲とCIWSに……アスロック、短射程魚雷は使える。
だが、ヘリコプター格納庫やヘリコプター甲板には物資を満載するから、ヘリは搭載できない。
ヘリコプターとパワードスーツの運用は、強襲揚陸艦に任せることになる」
「ミサイルはどうしたのさ?」
「物資を載せる関係で、積めないそうだ」
書類を裏返しながら、ボクは出されていたコーヒーをひと口飲む。
戦闘の方が好きなんだけどな――というより、コーヒーにミルクが入ってない。
「エイリアンが来なきゃいいけど」
「だが、ハイゼの装備にレーダーもあっただろう?」
ボクが新しくもらった盾――ネマトシスのことね。
データ上では、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦に搭載されているレーダーをパワードスーツ用に小型化したもの――としているけど、実態はただの盾だ。
材料に希少なレアメタルを使っているから、盗難を防ぐためにデータを偽装したけれど、誰も気づいてないということになる。
「でも、所詮はパワードスーツの装備よ。 過信しないで」
「わかってる。 まだ子供のハイゼに無理はさせないさ」
言って、ルドガーはボクの頭を撫でてきた。
12歳だからって、子供扱いされるのはイヤなんだけど……。
「さて、作戦の全体的な流れを確認しよう。
ハイゼ、会議はもうすぐ終わるから、寝るんじゃないぞ」
「居眠りなんかしないってば」
◇
「ガルフポート基地からマイアミに移動。 そこからキューバに向かうのか」
「マイアミで物資を積み込む必要があるからね。 航行中は、機械化歩兵が2小隊出撃する。 交代は2時間ごと」
ボクは自室にクリストファーを呼んで、作戦内容を伝えていた。
「出撃したらどうすればいい?」
「燃料を無駄に消費しないように、甲板上で見張りをする。 海上に降りるのは、エイリアンが現れてから」
パワードスーツのスラスターは燃料タンクが小さいため、60分ほどしか連続飛行できない。
強襲揚陸艦に搭載させた燃料(高圧縮した水素)も多くはないため、燃料の無駄使いは厳禁。
一応、反重力機能によって浮遊も出来るが、戦闘で使えるほどの速度は出せない。
「弾薬も少ないから、無駄撃ちしないでよ?」
「わかってる」
サイは、ボクが持ってきた書類を睨み続けている。
――いつになく熱心だな。
「別にエイリアンを倒す必要は無いからね」
「大丈夫。 オレは索敵に集中するよ。 みんな、お前の装備を誤解しているみたいだしな」
「それ、聞かれるまで説明しないから、サイも黙っててね」
サイは、「りょーかい」と軽い調子で答えたあと、ボクの部屋にある小さな冷蔵庫を開けて、アイスバーを取り出した。
というか、いつの間にアイスを入れてたんだ。
「ハイゼが会議に行ったあと、冷やしておいた」
「勝手に入らないでよ」
「悪い悪い」
少しむっとしながら、ボクはサイが差し出したアイスバーを受け取り、包装を剥いた。
アイスバーを口に含むと、濃厚なチョコの風味がじわりと広がっていく。
「うまいね、コレ」
「だろ? オレのお気に入りなんだ」
アイスを齧りながらサイは笑う。
「バニラとチョコ。 2本ずつ残ってるけど、どうする?」
「作戦から戻ったら食べよう。 ボクはお酒が飲めないからね、酒代わりにする」
「オレも酒は無理だ」と言いながら、サイは食べ終えたあとのバーを見た。
当たり付きだったのね、このアイス。
「当たった」
サイはバーに書かれた「BINGO!」の文字を見せる。
ちょうどアイスを食べ終えたので、ボクはバーを見てみた。
「ボクもだ」
やはりBINGOと書かれていたバーを見せると、「良かったな」と言ってサイは立ち上がった。
「交換してきてやる」
「いや、ボクも一緒に行く」
「なら、DVDでも見るか?」
部屋を出てすぐにサイが聞いてきた。
「遅くなるからダメ」
ボクは即座に答えていた。
「ケチ」
「怒るよ?」
と言ったあと、ボクはサイの背中を思い切り叩く。
明日は忙しくなるんだよ。
◇
翌日。
ボク達はパワードスーツや武器をコンテナに収め、輸送車に載せた。
H中隊が手伝ってくれたお陰で、準備が早く終わり、夕方5時以降は自由時間となった。
「なんか、落ち着かないな」
基地のラウンジに来ると、ボクの後ろに居たサイが呟いた。
「今日はシミュレーターや筋トレなんてやらずに、しっかりと体を休ませなさい」
「わかってるけどよ、じっとしてるのは苦手なんだよな」
お前は筋肉馬鹿か、と心の中で毒づきながら、ボクはラウンジのモニターを見る。
ラウンジのモニターには、世界中で起きているエイリアンとの戦闘の様子や、各基地の戦力、資源、装備などのデータが表示されており、世界中で情報を共有できるようにしていた。
……ボクの装備データに騙されている人も、大勢いそうだけど。
「資源のデータを見てると嫌なこと思い出すな。 消費したバケツの数とか」
「何の話だ?」
「いや、なんでもない」
ボクはモニターから離れ、自販機の前に来た。
スマートフォンを当てて入金してからココアを選び、作り終わるのを待つ。
「いつもココアだな」
「コーヒーは苦手なの。 カフェラテなら飲めるけど、売り切れてるし」
「少しずつ飲んで慣れたら?」
「苦いからやだ」
ボクがそう言うと、サイが「お子様~」と言いやがったので、鼻を思いきり摘んでやった。
ココアができあがってから指を離すと、すっかり赤くなった鼻をサイはさする。
「お前……本気でやるなよ」
「ボクをお子様と呼ぶのが悪い」
ボクは1人で金も稼げるし、税金だって納められる。
勉強はあまり得意ではないけれど、自分の武器を作るくらいならできる。
だから、子供扱いされるのは嫌なんだ。
「サイ、寝る時間までDVDでも見ようか」
ボクが聞くと、サイは目を輝かせた。
ボクよりサイの方がお子様なんじゃないの?
「見よう! 何を借りるんだ?」
「ドラマよりは映画かな? サイが好きに選んでも良いけど」
すると、サイはスマートフォンで作品を調べ出した。
「――成人向けとか見ちゃう?」
なに言ってんだコイツ。
「アメコミ原作の――って、あれはR-15か」
「いや、アダルト……」
サイがとんでもないものをレンタルしようとしている。
――ボクは未成年なんだぞ。
そう心の中で言いながら、ボクはただ静かに、力加減なしでサイの耳を引っ張った。
◇
時間が経つのはあっという間だ。
気付けばもうワスプ級 強襲揚陸艦「イオー・ジマ」に乗艦し、ボクたちはマイアミに向けて出発している。
サイの部屋に居たボクは、手にしたタブレットで状況を確認していて、サイはベッドで横になっていた。
「マイアミに着いても、艦からは降りられないな」
「そうだね。 すぐに積み込みを始めて、また出発だし」
サイはボクと話してはいるが、なんだか眠そうだ。
「眠いなら寝たら? マイアミでの作業は、あっちの部隊がやることになってるし、1回目の出撃はB中隊からだから、少し時間はあるよ」
ボクが言っても、サイは黙ったまま。
ボクが再びタブレットに視線を戻すと、サイは無言のまま、シャツの裾をぐいぐいと引っ張ってきた。
「服が伸びる」
「床に座ってないで、ベッドに座ったらどうだ?」
自分が横になっているベッドをばしばしと叩き、サイは言った。
「寂しがり屋かよ」
「うるせえ」
ボクが笑いながらベッドに座ると、サイがいきなり腰に抱きついてきた。
手は塞がらないからいいけど――なんだか少し恥ずかしい。
「ハイゼって結構細いんだな。 背は低いと思ってたけど」
ボクの腰骨に触れ、サイは呟く。
「体重40kgだからね。 食っても太らないんだよ」
「嘘だー」とサイは言うが、ボクは結構食べる方だ。
山盛りの炒飯を10分ほどで平らげるし、ラーメンも大盛りを注文するくらいには。
「マイアミの方は物資を急ピッチで用意しているらしいね。
ただ、エイリアンがフロリダを襲撃したとばっちりで、設備が壊れているみたい」
ボクは説明しながらサイの方を見たが、彼は深い寝息をたて、眠ってしまっていた。
――寝ちゃったか。
もう少しだけ、話していたかったんだけど……。
「――おやすみ」
今はゆっくり寝させてあげよう。
ボクはサイの頬にそっとキスをしてから、静かに部屋を出た。