ep.5.5
翌日。
格納庫にて、どうやって新しいパワードスーツを調達しようか考えていた頃、格納庫に来た私は、慌ただしく動き回る整備士たちに気づいた。
「忙しそうだね」
ボクが指示を出していた整備士に声をかけると、その整備士は頭を掻いた。
「ハイゼのパワードスーツをどうしようか相談していたらよ、フェルや異星人のみんなが協力したいって言ってきたんだ」
「どうして?」
「ハイゼは救世主だからだって」と整備士に言われて、ボクは恥ずかしくなった。
――救世主だなんて、ボクはそんな器じゃないのに。
「フレームは先月完成した新型を用意した。 実戦テストと調整は終わらせてあるタイプだ。 信頼性に問題は無いぜ」
新型のフレームか。
こんなに早くボクの所に届けられるなんてね。
「新型は、炉心からのエネルギー伝達ロスを30%に抑え、スラスターの推力を20%アップ。 関節部モーターのパワーは10%も向上させてるんだ」
整備士が、新型パワードスーツのスペックを説明してくれた。
けど、ボクなんかが新型を受領しても良いのかな?
国連が一介の傭兵に新型を提供するのは、異常じゃない?
「このフレームは、ルドガー、デイビッド、レジーナ、サイサリアにも提供されることになった。
敵の戦艦を鹵獲して、異星人の難民を保護し、敵の情報を得た事が評価されたらしい」
なるほど、この基地の主戦力を強化するために新型を提供したのね。
……また大規模な作戦をやらされる気がするけど。
「あと、ハイゼの所属先からパーツが届けられてるんだよな」
「――え? 会社から?」
会社に、パワードスーツが破損したという報告はしていた。
会社がパーツのみを送ってきたということは、新型フレームの提供を知らされていたんだろう。
「送られてきたのは、どんなパーツかな――っと」
ボクはリストの束をめくりながら確認する。
「炉心用の補機類って書いてあったが……」
「ああ――」
リストに書かれたモノを見て、ボクは笑った。
「それ、オーバードライブの連続使用を可能にさせて、炉心が生成する余剰エネルギーを推進力として放出させるためのパーツだよ。
つまり、先日の戦闘で強引にやったあの機動を、何度でもできるようにする部品なんだ」
ボクの言葉に、整備士は目を丸くする。
「そんなこと――不可能だろ……」
確かに、そんなことは不可能だった。
でも、このパーツがあれば、あの技を永続的に使えるようになるんだ。
「パワードスーツや大型兵器の炉心は、エイリアンのコアを加工して作られる『フォトニック結晶』に、制御装置を取り付けたものなのは知ってるでしょ?」
「ああ」
ボクはリストの裏に、ボールペンでイラストを描き始めた。
「結晶は、内部に高エネルギーを溜めているから虹色に輝き、エネルギーを使い切ると透明になる。
そして、無傷のコアから作られたフォトニック結晶は、大型兵器の動力に使われ、コアの欠片から作られたフォトニック結晶は、パワードスーツや特殊な銃器やボクの剣などに加工されるってわけ」
だから、撃破したエイリアンからコアを摘出するのも、傭兵の立派な仕事。
コアを売って追加報酬を得る事で、ボクたち傭兵は生計を立てているからだ。
今は、後方支援にコアの回収を任せているけどね。
「会社が用立てた炉心は、小型のエイリアンから摘出した無傷のコアを使っているモノ。 これに、周辺に漂うエネルギーを回収し、炉心に再チャージさせる機能を持つ補機類を取り付けたんだ」
つまり、使いすぎにだけ注意していれば、半永久的にオーバードライブを使用できるということ。
周辺にエネルギーが滞留していないと機能しないから、単独行動中に使えないのはマイナスポイントだけどさ。
「お前だけそんなモノを使うのはズルいだろ」
まあ……サイにだけでもパーツはプレゼントしたかっ――ん?
「とりあえず、サイの分だけは用意してあるみたいだ。 残りは最終調整中で、届くのは来週――」
と、リストに書いてあった。
特別扱いを嫌うボクに対する配慮と思っておこう。
「じゃあ、荷物が届き次第、作業は進めておくぜ」
「ありがとう。 助かるよ」
そうして、格納庫から出ようと思っていた時――
「ハイゼ」
背後でボクを呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、やはりそこにはサイが居た。
「パワードスーツはどうなったんだ?」
「提供された新型フレームをカスタマイズすることになった。 サイのパワードスーツも、ボクと同じ仕様にカスタマイズされるって」
ボクの言葉を聞いて安心したのか、サイはいきなりボクに抱きついてきた。
そして、耳元で「ありがとう」と囁いてくる。
――耳に息がかかって、ボクの背筋を表現するのが難しい違和感が襲う。
「――イチャイチャするんなら、格納庫じゃなくて余所でしな。
たくっ――、俺たちには恋人なんて居ねぇってのに、12歳のガキが彼氏なんか作りやがって……生意気だっての」
隣で、ボクとサイのやり取りを目の当たりにした整備士は呟いていた。
◇
夜。
自室に戻り、ベッドで眠っていた。
だけど、人の気配を感じたボクは、隣に目をやる。
サイが起きたのかなと思ったら、違った。
サイは隣でぐっすり寝ている。
次に、ソファの方へ視線を移すと、ソファにフェルが座っていた。
静かに……ただ静かに、置物のように。
「フェル? どうかしたの?」
ソファの横にある読書灯に照らされながら、フェルは瞳をオーロラ色に輝かせている。
その瞳――まさか……。
「――すまんな。 少し知りたい事があって」
やっぱり、超能力でボク達を見ていたんだ。
小声で呟いたあと、フェルはソファから立ち上がり、静かに近づいてきた。
「――ハイゼ。 何故おまえは、"記憶が分離"しているんだ?」
フェルの言葉に、ボクは戸惑った。
――記憶が分離。 きっとそれは……。
「どういうこと?」
ボクは、知らないふりをすることにした。
「ハイゼは、ごく普通の家庭に生まれ、育ち、エイリアンの襲撃で家族を失った。
そして、孤児院を飛び出したあと、レジスタンスになっている。
そしてレジスタンスとして活動している記憶の中に、何らかの要因によって"繋がりを断ち切られた"ような記憶を見つけたんだ」
ああ、良かった。 分離した記憶まで覗かれていなくて。
あの記憶は、他人には知られたくないものだから……。
「ボクにとっては悪夢みたいなもの。 思い出したくないから、分離しただけ」
フェルは小さな声で言った。 「おまえは、自在に記憶を操ることができるのか」――と。
答えはイエス。 これは、一種の超能力みたいなものだ。
「――記憶を見たい?」
「ハイゼが抵抗しないのであれば」
「記憶を見て、ボクを嫌いにならないでくれる?」
「それは――」
「見てみないとわからない」と言いつつ、フェルはボクの肩を掴み、顔を近づけてくる。
――近い、すごく近い。
キスができそうなくらい近い。
「――――」
オーロラ色に輝くフェルの瞳に見蕩れていた時だった。
「――!?」
サイが急に起き上がり、フェルを突き飛ばしたのだ。
「オレに黙って、勝手なことしてるんじゃねえ!」
「さ、サイ――っ!?」
怒鳴りながら、サイはボクをきつく抱きしめてきて、強引に唇を重ねてきた。
――しかも、無理やり舌まで入れてきやがる。
「――オレ、見たくない」
サイは怒っていた。
肩で呼吸しながら、ボクを睨んでいる。
怒ったサイを見たことがないから、豹変した彼を目の当たりにしたボクは、ただ狼狽するだけ。
ああ――、ボクは今のサイが怖くてしかたないんだ。
「オレはハイゼの記憶なんて見たくない! その記憶を見て、ハイゼや仲間の態度が変わるのは嫌なんだ!
オレは今のハイゼが良い! 今のハイゼが好きなんだよ!」
サイは私の肩を掴んで、激しく揺さぶってきた。
ちょっと苦しいし、力強く握られた肩が痛んで……ボクは必死に抵抗した。
「分離した記憶なんて見せるな!
今、周りにあるものだけを見てくれ!
今の姿だけを見せてくれ!
頼む……頼むからっ!!」
豹変したサイになんて声をかければいいんだろう。
幼いボクにはわからない。
ただ、ボクがサイの地雷を踏んだのは明らかだ。
「オレにはハイゼしか居ないんだ! だから、変わらないで……変わらないでくれ……」
サイは錯乱している……?
もしかして、精神に障害があるのかもしれない。
普段のサイはまともに見える……けど。
「ハイゼ……」
サイはボクにすがりつき、泣き出している。
ボクの名前を呼び続けながら。
「ボクは、変わったりしないよ。
心からサイを愛しているんだからね。
でもさ、皆と絆を深めるために、ボクという人間を知ってもらう必要があると判断したんだ。
だけど、言葉で説明できる量でもないから、記憶を見せて面倒を省きたいの。
――わかる?」
サイの頭を撫でながら、ボクは優しく語りかける。
――今はこれくらいのことしかできない。
涙声で、サイは「でも……」と呟く。
「ボクは変わらないし、これから先もサイを愛し続ける。 神様じゃなくて、世界に誓ったっていい」
サイは顔を上げた。
「オレの前から居なくならない?」
「うん」
「ずっと愛してくれる?」
「愛してあげる」
「記憶を見せる時は……オレに言ってくれるか?」
「もちろん。 ボクと一緒に記憶を見よう」
サイは涙を拭い、すまなそうな表情になる。
自分が豹変していたことを、自覚しているのだろう。
「――さっきはごめん。 フェルも……突き飛ばして悪かった」
「ワタシなら大丈夫だ」
フェルは立ち上がると、ボクとサイの頭を撫でてきた。
「悪かったのはワタシだ。 だから謝罪する。 それと、もう喧嘩するなよ」
喧嘩というより、サイが本性を見せただけの気がする。
「これは喧嘩じゃない。 でしょ?」
「うん」
フェルはボクたちを見て笑った。
「――いつでもいい。 記憶を見たくなったら、ワタシに声をかけてくれ。
ワタシは、ほとんどの時間を格納庫の隅で過ごしているからな」




