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サイサリア/ハイゼ  作者: スマ甘
11/14

ep.5.5

 翌日。

 格納庫にて、どうやって新しいパワードスーツを調達しようか考えていた頃、格納庫に来た私は、慌ただしく動き回る整備士たちに気づいた。


「忙しそうだね」


 ボクが指示を出していた整備士に声をかけると、その整備士は頭を掻いた。


「ハイゼのパワードスーツをどうしようか相談していたらよ、フェルや異星人のみんなが協力したいって言ってきたんだ」

「どうして?」


 「ハイゼは救世主だからだって」と整備士に言われて、ボクは恥ずかしくなった。

 ――救世主だなんて、ボクはそんな器じゃないのに。


「フレームは先月完成した新型を用意した。 実戦テストと調整は終わらせてあるタイプだ。 信頼性に問題は無いぜ」


 新型のフレームか。

 こんなに早くボクの所に届けられるなんてね。


「新型は、炉心からのエネルギー伝達ロスを30%に抑え、スラスターの推力を20%アップ。 関節部モーターのパワーは10%も向上させてるんだ」


 整備士が、新型パワードスーツのスペックを説明してくれた。

 けど、ボクなんかが新型を受領しても良いのかな?

 国連が一介の傭兵に新型を提供するのは、異常じゃない?


「このフレームは、ルドガー、デイビッド、レジーナ、サイサリアにも提供されることになった。

 敵の戦艦を鹵獲して、異星人の難民を保護し、敵の情報を得た事が評価されたらしい」


 なるほど、この基地の主戦力を強化するために新型を提供したのね。

 ……また大規模な作戦をやらされる気がするけど。


「あと、ハイゼの所属先からパーツが届けられてるんだよな」

「――え? 会社から?」


 会社に、パワードスーツが破損したという報告はしていた。

 会社がパーツのみを送ってきたということは、新型フレームの提供を知らされていたんだろう。


「送られてきたのは、どんなパーツかな――っと」


 ボクはリストの束をめくりながら確認する。


「炉心用の補機類って書いてあったが……」

「ああ――」


 リストに書かれたモノを見て、ボクは笑った。


「それ、オーバードライブの連続使用を可能にさせて、炉心が生成する余剰エネルギーを推進力として放出させるためのパーツだよ。

 つまり、先日の戦闘で強引にやったあの機動(マニューバ)を、何度でもできるようにする部品なんだ」


 ボクの言葉に、整備士は目を丸くする。


「そんなこと――不可能だろ……」


 確かに、そんなことは不可能だった。

 でも、このパーツがあれば、あの技を永続的に使えるようになるんだ。


「パワードスーツや大型兵器の炉心は、エイリアンのコアを加工して作られる『フォトニック結晶』に、制御装置を取り付けたものなのは知ってるでしょ?」

「ああ」


 ボクはリストの裏に、ボールペンでイラストを描き始めた。


「結晶は、内部に高エネルギーを溜めているから虹色に輝き、エネルギーを使い切ると透明になる。

 そして、無傷のコアから作られたフォトニック結晶は、大型兵器の動力に使われ、コアの欠片から作られたフォトニック結晶は、パワードスーツや特殊な銃器やボクの剣などに加工されるってわけ」


 だから、撃破したエイリアンからコアを摘出するのも、傭兵の立派な仕事。

 コアを売って追加報酬を得る事で、ボクたち傭兵は生計を立てているからだ。

 今は、後方支援にコアの回収を任せているけどね。


「会社が用立てた炉心は、小型のエイリアンから摘出した無傷のコアを使っているモノ。 これに、周辺に漂うエネルギーを回収し、炉心に再チャージさせる機能を持つ補機類を取り付けたんだ」


 つまり、使いすぎにだけ注意していれば、半永久的にオーバードライブを使用できるということ。

 周辺にエネルギーが滞留していないと機能しないから、単独行動中に使えないのはマイナスポイントだけどさ。


「お前だけそんなモノを使うのはズルいだろ」


 まあ……サイにだけでもパーツはプレゼントしたかっ――ん?


「とりあえず、サイの分だけは用意してあるみたいだ。 残りは最終調整中で、届くのは来週――」


 と、リストに書いてあった。

 特別扱いを嫌うボクに対する配慮と思っておこう。


「じゃあ、荷物が届き次第、作業は進めておくぜ」

「ありがとう。 助かるよ」


 そうして、格納庫から出ようと思っていた時――


「ハイゼ」


 背後でボクを呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くと、やはりそこにはサイが居た。


「パワードスーツはどうなったんだ?」

「提供された新型フレームをカスタマイズすることになった。 サイのパワードスーツも、ボクと同じ仕様にカスタマイズされるって」


 ボクの言葉を聞いて安心したのか、サイはいきなりボクに抱きついてきた。

 そして、耳元で「ありがとう」と囁いてくる。

 ――耳に息がかかって、ボクの背筋を表現するのが難しい違和感が襲う。


「――イチャイチャするんなら、格納庫(ここ)じゃなくて余所でしな。

 たくっ――、俺たちには恋人なんて居ねぇってのに、12歳のガキが彼氏なんか作りやがって……生意気だっての」


 隣で、ボクとサイのやり取りを目の当たりにした整備士は呟いていた。


 ◇


 夜。

 自室に戻り、ベッドで眠っていた。

 だけど、人の気配を感じたボクは、隣に目をやる。


 サイが起きたのかなと思ったら、違った。

 サイは隣でぐっすり寝ている。

 次に、ソファの方へ視線を移すと、ソファにフェルが座っていた。

 静かに……ただ静かに、置物のように。


「フェル? どうかしたの?」


 ソファの横にある読書灯に照らされながら、フェルは瞳をオーロラ色に輝かせている。

 その瞳――まさか……。


「――すまんな。 少し知りたい事があって」


 やっぱり、超能力でボク達を見ていたんだ。


 小声で呟いたあと、フェルはソファから立ち上がり、静かに近づいてきた。


「――ハイゼ。 何故おまえは、"記憶が分離"しているんだ?」


 フェルの言葉に、ボクは戸惑った。

 ――記憶が分離。 きっとそれは……。


「どういうこと?」


 ボクは、知らないふりをすることにした。


「ハイゼは、ごく普通の家庭に生まれ、育ち、エイリアンの襲撃で家族を失った。

 そして、孤児院を飛び出したあと、レジスタンスになっている。

 そしてレジスタンスとして活動している記憶の中に、何らかの要因によって"繋がりを断ち切られた"ような記憶を見つけたんだ」


 ああ、良かった。 分離した記憶まで覗かれていなくて。

 あの記憶は、他人には知られたくないものだから……。


「ボクにとっては悪夢みたいなもの。 思い出したくないから、分離しただけ」


 フェルは小さな声で言った。 「おまえは、自在に記憶を操ることができるのか」――と。

 答えはイエス。 これは、一種の超能力みたいなものだ。


「――記憶を見たい?」

「ハイゼが抵抗しないのであれば」

「記憶を見て、ボクを嫌いにならないでくれる?」

「それは――」


 「見てみないとわからない」と言いつつ、フェルはボクの肩を掴み、顔を近づけてくる。


 ――近い、すごく近い。

 キスができそうなくらい近い。


「――――」


 オーロラ色に輝くフェルの瞳に見蕩れていた時だった。


「――!?」


 サイが急に起き上がり、フェルを突き飛ばしたのだ。


「オレに黙って、勝手なことしてるんじゃねえ!」

「さ、サイ――っ!?」


 怒鳴りながら、サイはボクをきつく抱きしめてきて、強引に唇を重ねてきた。

 ――しかも、無理やり舌まで入れてきやがる。


「――オレ、見たくない」


 サイは怒っていた。

 肩で呼吸しながら、ボクを睨んでいる。

 怒ったサイを見たことがないから、豹変した彼を目の当たりにしたボクは、ただ狼狽するだけ。

 ああ――、ボクは今のサイが怖くてしかたないんだ。


「オレはハイゼの記憶なんて見たくない! その記憶を見て、ハイゼや仲間の態度が変わるのは嫌なんだ!

 オレは今のハイゼが良い! 今のハイゼが好きなんだよ!」


 サイは私の肩を掴んで、激しく揺さぶってきた。

 ちょっと苦しいし、力強く握られた肩が痛んで……ボクは必死に抵抗した。


「分離した記憶なんて見せるな!

 今、周りにあるものだけを見てくれ!

 今の姿だけを見せてくれ!

 頼む……頼むからっ!!」


 豹変したサイになんて声をかければいいんだろう。

 幼いボクにはわからない。


 ただ、ボクがサイの地雷を踏んだのは明らかだ。


「オレにはハイゼしか居ないんだ! だから、変わらないで……変わらないでくれ……」


 サイは錯乱している……?

 もしかして、精神に障害があるのかもしれない。

 普段のサイはまともに見える……けど。


「ハイゼ……」


 サイはボクにすがりつき、泣き出している。

 ボクの名前を呼び続けながら。


「ボクは、変わったりしないよ。

 心からサイを愛しているんだからね。

 でもさ、皆と絆を深めるために、ボクという人間を知ってもらう必要があると判断したんだ。

 だけど、言葉で説明できる量でもないから、記憶を見せて面倒を省きたいの。

 ――わかる?」


 サイの頭を撫でながら、ボクは優しく語りかける。

 ――今はこれくらいのことしかできない。


 涙声で、サイは「でも……」と呟く。


「ボクは変わらないし、これから先もサイを愛し続ける。 神様じゃなくて、世界に誓ったっていい」


 サイは顔を上げた。


「オレの前から居なくならない?」

「うん」

「ずっと愛してくれる?」

「愛してあげる」

「記憶を見せる時は……オレに言ってくれるか?」

「もちろん。 ボクと一緒に記憶を見よう」


 サイは涙を拭い、すまなそうな表情になる。

 自分が豹変していたことを、自覚しているのだろう。


「――さっきはごめん。 フェルも……突き飛ばして悪かった」

「ワタシなら大丈夫だ」


 フェルは立ち上がると、ボクとサイの頭を撫でてきた。


「悪かったのはワタシだ。 だから謝罪する。 それと、もう喧嘩するなよ」


 喧嘩というより、サイが本性を見せただけの気がする。


「これは喧嘩じゃない。 でしょ?」

「うん」


 フェルはボクたちを見て笑った。


「――いつでもいい。 記憶を見たくなったら、ワタシに声をかけてくれ。

 ワタシは、ほとんどの時間を格納庫の隅で過ごしているからな」

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