第五話
今回、途中で三人称視点に変わります。
ほぼ真っ暗と言ってよい蔵の中を、苦も無く自在に動けるのは半妖だからか。
蔵の中は外から見るより遥かに広く見える。ここも魔窟の一種なのか?
吹き抜けで三階分の階段と、びっしりと棚が存在している。
ところどころにある籠には槍や長刀の長物が纏められているし、鞘に納められた刀が無造作に立てかけられてもいた。
あるいは鞘に収まった苦無や小太刀が床に投げ出されてもいる。
俺は棚にかけられた梯子を上り、引き出しのひとつを開けて中にある鞘に蛇腹剣を戻す。
妖刀は特に祟ることも喚くこともなく、ただの刀であるかのように大人しく鞘に収まった。
ちなみにこの鞘は持ち出し禁止だ。何故だ。
しかしどうしたものか。
そもそもここに最初に来たときからおかしかった。
『蔵の中にある武器、どれでも好きなのを手にとれ』と、言われた俺は最初弓、ないしは何らかの遠距離武器を探した。
しかし蔵の中に遠距離武器の類いは存在せず、仕方なしに槍を選んだ。
あぁそうそう、俺に剣の才は皆無らしい。
学長に『道場入門したての若造でも、もう少しましに棒を振ります』とまで言われた。
『修練して損はありませんが絶対に大成しないから他の道を探しなさい』とも。
……『かといって他の道すら私には見えませんねえ』ともな。
まあつまり武芸全般の才がないらしい。
だがふてくされることもできん。忍者だし。
忍者にならなきゃいいって?職業選択の自由なんてこの世界にはないぞ。
忍者になって死ぬか、忍者として生きるか。どっちかだ。
そんなのはどっちも御免だね。
俺には生きる目的がある。
『人形』を作ることだ。
造形し、機巧を組み、人形を繰る。
生涯捧げた生き方を、死んだくらいで変えられるかよ。
そしてできれば、それを次世代に伝える。
前世唯一にして最大の心残りは、先祖代々培った機巧人形の技術を、俺の代で終わらせてしまったことだ。
嗚呼なんという無念。嗚呼なんという勿体なさ。できれば今生ではこの技術を受け継がせたい。
とにかく、俺は少しでも生存率を上げるべく槍を手にした。槍なら素人の俺でも何とか使えるだろうし。
それで蔵から出たら、何故か瀬戸物翁が悲鳴をあげた。
『頭は大丈夫か』『気分はどうだ』『(意味不明な言語)』『どこへ行く気だ』と矢継ぎ早な言葉に俺は『いつも通り疑ってる』『普通』『はい?何?なんて?』『こっちが聞きたい。みんなはどこに?一足先に試し斬りにでも?』と答えた。
すると翁は、あろうことか大蛇丸先生を呼びだした。
あの人超がつくほど忙しいんだからわざわざ呼ぶなよ……。
その後は、やって来た先生に面白そうに笑われ小鬼狩りに行けと言われ。
帰ってきたら『合ってないようだから別の武器にしなさい』と言われ。
後はご存じの通り一週間といったところか。
とりあえず、俺は今仕舞った引き出しの、すぐ上の引き出しを開ける。
そこに丁寧にしまってある刀に、手を伸ばし……だめだ、持ち手が剣山みたいになった。
仕方ない、片っ端から試して探すとしよう。
そっから四半時とかいて30分後。
二十数本試してようやく新しい『鋼』に選ばれた。
今回は鉈。
銘は『小鬼殺し』。
……持ち手に小鬼の革使ってるんだな。名前の通りか。
『べ、別にあんたなんか好きじゃ……ないんだからね!』
とか言ってくれたらこっちも楽なんだが……『融け合う』とかいう、未知なる感覚はない。
となれば、また魔窟に潜って二、三匹狩るとしよう。
「うぉーいジイさん、これ融けてる?」
「融けとらんわ!さっさと魔窟に行け!行って殺せ!角を十集めるまでは帰って来てはならんぞ!」
「へいへい」
鉈、刃渡り50はあるぶっとい凶器を肩に担いで、俺は再び魔窟に向かう。
角十本は貯金してあるから適当にやるとして、こっからは……内職に勤しみますかね。
・・・・・
霧深き妖気の結界に隠された里、移動魔窟『鬼ヶ島』。
そこに拠点を構えるは世にも稀な半妖、妖怪で構成された、外法外道の集団、『大蛇忍軍』。
それを束ねる首領の一族、『朱天家』。
一族の悲願達成のため、代々妖気の研鑽と戦乱への介入を行い、時には自ら戦乱の世を招くことすらあった。
そんな地獄の鬼も泣かせにいった朱天家の次なる跡継ぎ、百鬼丸は、『鬼ヶ島』南部のとある施設に辿り着いていた。
そこは地獄の炎が吹き上がり、すさまじい熱気が撒き散らされている。
さらには遠目でわかる異様な妖気。吹き出す黒煙が、時折人の顔に見えるのはおそらく気のせいではない。
そして、無数の断末魔と、それを叩き潰すかのような金鎚の音色。
かぁん、かぁん。かぁん、かかぁん。
輪唱するように重なる、幾つもの澄んだ音色が鳴り響くごとに、怨唆の唸りが弱まり、静けさが戻るようだ。
「オヤジ、鍛冶オヤジはいるか?」
百鬼丸が中へ入り声をかけると、奥より赤茶けた肌の大男が現れた。
右手に金槌、左手にやっとこ鋏を持ち、額からは立派な角が天井へ伸びている。
地獄の極卒もかくやといった出で立ちだが、彼はこの『鬼ヶ島』にて鍛冶仕事を引き受ける職人である。
「おぉ、若じゃあねえか。聞いたぜ、えらくすげえ鋼を得たとか」
「うむ」
珍しく自慢げに、百鬼丸は両袖をまくった。
さらされた両腕、そこには肩から手首まで蛇の鱗がおどろおどろしく刺青されていた。鱗の一枚一枚は非常に大きい。
と、よく見れば、鱗が動いている。
鱗の河が肩から手首へ流れていき―――目が、合った。
「うぉっ!?」
鍛冶親父がたたらを踏んで後ずさる。
右腕全体で辛うじて『眼』だとわかる黄金の輝きは、『興味なし』と言うように閉じられる。
蛇鱗の刺青ではない。腕を『覗き窓』にし、巨大な蛇を一部を覗いていたのだ。
「『大蛇御首級』、魔龍八岐大蛇の八首、そのひとつ『常闇の首』だ」
「たまげたぜ……こんな怒でかい『刃紋』、初めて見た」
「首ひとつでこの大きさ。八岐大蛇とはどれ程の怪物だったのだろうな……ところでオヤジ、ひとつ聞きたい。木繰郎のことだ」
木繰郎の名を聞いた瞬間、鍛冶オヤジは大慌てで百鬼丸に詰め寄った。
「木繰郎?あいつが何かしやしたか?からくりの暴走ですかい?爆破ですかい?かっぱらいですかい?いやあいつは悪いヤツじゃないんですが傀儡造りとなるといつも頭があっぱらぱーに―――」
「いや違う落ち着け、そうではない。今日の件はそれではない。あいつは未だ鋼に選ばれていないという。どころか七日も選びなおし続けていると……そんなことあり得るのか?」
そう聞くと、鍛冶オヤジはがりがりと頭を掻きながら言いにくそうに答えた。
「あー、なくはねえんです。『魂鋼』の妖刀は普通の刀と違って意思がありやす。だから宿る相手は自ら選ぶ。だから選ばれねえこともざらです。だから鋼も“お試し”で付き合うこともあるにはある。ま、大抵他に気に入った奴を見かけ次第、そいつ呪い殺して離れちまうんですがね。だから合わねえ鋼は手に取っちゃいけねえ」
「誤魔化すなオヤジよ。そんなこと百も承知。鋼の気分云々を言っているのではない。あの蔵の『合魂の儀』を潜り抜けられるのかと聞いている」
「……選ばれねば、資格なくば取り込まれる。それが『魂鋼』……だが例外がありやす」
百鬼丸の問いに、鍛冶オヤジはしばし言いよどみ、ためらいがちに口を開いた。
「……『魂鋼』の使い手が死んだときは、それが敵に奪われねえよう、刀蔵に戻ってくるよう呪がかけられてる。しかし使い手が死んだ鋼は、今まで斬った命と使い手の無念を喰らい、一匹の新しい『妖怪』になろうとしやす。だから鋼に呪いが溜まりすぎぬよう、鍛え直すんでさ。この俺の『魂鋼』、『亡砕』と『霊潰』で。で、そのあと鞘へ仕舞って蔵に封印と」
そう言って疲れたように笑い、鍛冶オヤジは自分の道具を振って見せた。
「しかし『業物』と呼ばれる鋼はそう上手くいかねえ。業物ちうのは読んで字のごとく『業』が染み着いてる。斬られた数多の怨念と、使い手の“生きたい、死にたくない”なんていう魂から出た断末魔、そんなものを軽々とぶっとばし、“死のうが生まれ変わろうが本懐を遂げる”っつぅ不変の一念だけが焼き込まれている。そういう鋼はえらく強い力を持つが、使い手を選ぶ。そりゃ『魂鋼』はもともと選ぶもんだが、業物は選り好みに選り好みやがるから新しい使い手がまず見つからん。もし、気に入らんヤツが指一本でも触れようものなら狂ったように祟りやがる……そして何より、ちょっとでも油断すりゃ資格が有る者も喰らって取り込み、染みついた怨念が本懐を遂げようとする」
そのままオヤジは、じっと道具を見つめる。
「取り込まれちまったらそれで終い、二度と正気に戻れねえだけじゃねえ。殺すだけでもまだ足りねえ。死体を炉で燃し魂魄を引きずり出して―――こいつで鋼ごと粉々にするしか救う手がねえ」
その眼には深い悲しみがあった。
一度だけ目を瞑り、オヤジは顔を上げた。
「つっても、まぁ滅多にねえです。その『大蛇御首級』だってすさまじい妖刀だが業は染みついてねえですし、そういった代物は蔵にはありやせん。別の所で、三忍衆の方々が直々に管理されてやす。そうでもしねえと、あいつら自分で適合者を喰らいに行くんで」
百鬼丸は朧げに、鍛冶オヤジの言いたいことを理解し、戦慄した。
「……おい、まさか。あいつは鋼に選ばれてないんじゃなく、あいつが業物に狙われているのか?」
「ええ、それを他の鋼は察しているのでしょう。だからアイツら木繰郎を選ばねえんだ。そして長の方々も木繰郎みたいな未熟者に渡すことはねえでしょうよ」
そう言ったオヤジだったが、百鬼丸はどこか言い知れない不安を感じていた。
(もし。もし、だ。それでも合う鋼がなかったら)
それでもあの三忍衆が、業物を渡さないなんてことがあるだろうか。
やっぱり視点変更は話を別にすべきだったかな…