第三話
あの後、小鬼どもから角を回収した。手持ちの苦無でガッと頭蓋を割って切先でぺきょっと取る。
鬼は角に妖気を溜めるらしく、その角は様々なことに使われる。漢方薬や符術、あと武器の強化とか……まぁとにかく色々だ。
それから撤収。山林を走り抜けると、ちょいと開けた場所へ出た。
日の光はやはり高い木々により遮られ、息を吸えば冷たい湿気が感じられる。
そして目の前の斜面に、目立たないように鳥居が建っていた。
朱塗りの鳥居……だったのだろう。ぼろぼろに朽ちた鳥居は膝をつくように傾いている。
「護符はあるな?」
「もちろん」
百鬼丸が懐から一枚の護符を取り出し、それを口に横向きにくわえると、片手で印を結んでふっと息を吹いた。
するとどうだ、百鬼丸の口から一筋の黒煙が鳥居に向かって走り、煙は途中で墨で書いたかのような『開』という文字に。
それが鳥居に触れると、鳥居の下の空間が水面のように波打ち輝き始める。
まあ簡単に言ったら、転送ポートってところだ。
「行くぞ」
「おう」
二人して鳥居をくぐる。
ちなみにこれ、専用の護符を持ってなかったらくぐっても転送されない。
鳥居をくぐり、光が消えると、そこは雪国……じゃねえ、普通に森の中だ。
ただ、さっきまでとは違いとても明るい。
穏やかな日差しが差し込み、心地いい風が吹いている。
近くには小屋があって、その前に置かれた長椅子で番忍が将棋を打っていた。
「ん?おー木繰郎、それに百鬼丸。試し斬りは終わったか?」
「ぬぬぬぬぅ……」
俺達と同じような忍び装束を着た、二人の男。
傍らに短槍と金棒を置き、茶まですすっている。
どうやら将棋のほうはもうすぐ決着がつきそうだ。
彼らはこの、俺達が出てきた鳥居を見張る門番だ。
振り返れば、そこには岩山があり、半径にして10メートルはあろうかという巨大な洞窟が。
洞窟の奥は地下へと下っており、暗黒が満ちている。
そして洞窟に対して門のように聳え立つ、朱塗りの立派な大鳥居。
これぞ大魔窟『鬼ヶ島』の入口『鬼ヶ洞』だ。
ちなみにさっき俺達がいたのはその『鬼ヶ島』の第二階層、『鬼ヶ山』。
そう、どう見たって外にしか見えなかったあの森は、実は地下ダンジョンだったってことだ。
うーん、ファンタジー。
ん?あそこにいるのは……。
「にゃ!百鬼丸!ついでに木繰朗!」
鳥居の傍、そこにいた少女がこちらに気づき、跳ね寄ってきた。
ぴょーんと景気よくジャンプして軽快に俺らの前に立ったおさげの少女。
彼女もまた忍び装束に黒い蛇皮の帯をしている。
ただ、野郎のそれとは違って妙に肌の露出があっちこっち多い装束だ。
なんかこう……ゲームに居そうな…。しかもこれが正式な衣装ってんだからうちのくのいちはおっそろしい。ガキの頃からこれって……おお怖い怖い。最後に熱いお茶も怖い。
で、こいつは同期の中における最優秀くのいち、多摩。
くりっとしたネコ目の彼女は、いつもの如く快活に声をかけてきた。
いやちょい待ち。なんかおかしい。
「一週間ぶりにゃ!二人はどんな『魂鋼』を手にしたにゃ?」
「……“にゃあ”?熱でもあんのか?」
そんな媚媚の語尾してたっけお前。
そう指摘すると、多摩は顔を赤くして猫のように唸る。
「ないニャ!これは仕方ニャいんだニャ!これはニャアの『魂鋼』のせいニャ!」
「おい百鬼丸、見ろよこのあざとい可愛さ。今も未来も変わらず残る日本の伝統だぜ」
「お前は何を言ってるんだ……だが確かに。可愛いぞ多摩」
百鬼丸の爽やかさらりな褒め言葉に、真っ赤に照れる多摩。
おーおー、提灯みたいに真っ赤に、真っ赤に……燃えてる?
「って燃えてる!?」
多摩の髪が御下げの先までボンボン燃えてる!
「みっみずぅ!?」
近くにあったあの小屋、入り口から見えた水瓶に多摩を担いで逆さに放り込んだ!
「にゅや?!ギニ゛ャ!!」
じゅうっと鎮火の音がしてから多摩を引き上げる。
可哀想にあそこまで燃え上がっていたらチリチリのパーマじゃすまないだろう。
しばらく誤魔化せるようハゲ隠しになるようなモノを作ってやらねぇと。
……あれぇ?
「……どうやら、おみゃあすんごく死にたかったらしいにゃあ?」
水瓶からざばぁした多摩、びっちょびちょの濡れ猫になっていたが、しかし髪の毛は全く無事の、もとのまま。
……ただ、濡れた服があっという間に乾き、髪は再度燃え上がり(しかもボウボウと先程より激しく)、水瓶の水も沸騰しているのが不思議だ。
「ニャにか遺言は?」
「うーん、ファンタジー」
「フシャーッ!」
殴られた。そこは引っ掻け……何でもないです。
多摩
大蛇忍軍第八八八期生筆頭くのいち
魂鋼銘『暗器・火掻き爪』
引っ掻いたものが燃える呪いがかかった着け爪。
殴ったのはそういう理由。