第二話
初期人形は簡素に。
かこん、がこん、きりきりきり、と、木と木の組み合う軽い音、発条が巻き上がり、歯車が回転する軽快な音が奏でられ、木箱が丸ごと変形する。
上面が左右へ別れ、側面は上に三つ折りに畳まれ、まるで木の肩当のよう。
腕が飛び出し、木彫りの頭がきりきりと回りながら木箱からせり出す。
最後に格納されていた足が勢いよく伸び、背負子を蹴るように跳びあがった。
それは俺の前に着地し、両腕を前に突き出すように、獣のような前傾姿勢で構えた。
「……出たな」
百鬼丸の何とも言えない視線が俺の人形に突き刺さる。
俺の人形―――『螽』は非常に簡素な造りの人形だ。
箱外装を丸ごと簡素な胴鎧のように装備し、渋い茶色の忍び装束を着ている。
苦労して木から削り出した部品と、鍛冶親父に頼み込んで造ってもらった部品を組み合わせ、蚕婆さんに頼み込んで分けてもらった端切れで服を縫った、俺が手塩にかけて作った可愛いからくり人形!
いやあ苦労した!集まらない材料!取れない製作時間!足らない費用!嵐のような土下座!!
余りの必死さにドン引きされて、元は『九郎』って名前だったのにいつの間にやら『木繰郎』に改名されてたからな!
まあその名前は人形師冥利に尽きるってもんだから、むしろ嬉しいんだがね。
「はぁ……そんなキテレツな戦をするのはお前だけだぞ」
「だろうなぁへへへ!じゃ、さっさと片付けようや」
俺は傀々っと指を動かし、儡っと腕を振りかざした。
指先に繋がった糸がその動きを人形へ伝え、仕込まれたからくりを動かす。
「そぉら!」
『螽』の胴部が六筋、あばらのように開き、軽快な音ともに戦輪が射出される。
割りと狙いは目茶苦茶だが、小鬼どもの密集具合から当たると踏んだ。
「ウギャアア!!」
予想通り先頭の一匹は慌ててスッ転んで避けたが、代わりに後ろのヤツがもろにこれを喰らった。
二枚ほどが動脈をかっさばいたらしく、全身勢いよく血だるまになる小鬼。
それに興奮し怒り顔で残りがこちらへ走り出す。
もちろん、行動が遅すぎる。
客が驚いた時には次の仕込みを終えているのが良い手品師の基本。
特に、俺みたいな物好きな戦い方をする馬鹿は一手も無駄にできねえ。
「い」
『螽』が攻撃するよう糸を繰り、その動作で俺の手元に戦輪を出す。
「ろ」
戦輪を指で傀々っと挟み、腕を儡っと振り上げるように投げつければ、ようやく走ろうとしている小鬼の目に刺さった。
「は」
―――そしてその動作がまたからくりを動かす。
『螽』の胴からきりきりと、軽快な振動が糸から伝わり、戦輪が無事装填されたことを俺に教えてくれた。
さあもう一丁、といこうとすると。
「待て待てひとりでやる気か?少しは残せ」
百鬼丸が俺の前に、というか『螽』の前に出た。
その手には、いつの間にやら小太刀が二振り。
右は順手、左は逆手で小太刀を握り、腰は低く構えている。
「……ん?」
なんだ?気のせいか?
小太刀を抜いた途端、百鬼丸の様子がずいぶんと……ずいぶんと禍々しく……。
いや、断っておくが俺はそういうのに敏感なタチではない。
そんな俺でも感じられるということは相当だろう。
……まさか。
「……なぁ百鬼丸、聞いてなかったな。それがお前の『魂鋼』か?」
百鬼丸は俺に背を向けたまま、声には喜悦すら滲ませて。
「いかにも。これが俺の『魂鋼』、『大蛇御首級』だ」
小鬼どもに 襲いかかった。
振動が地面を伝い来るほどの踏み込み、明らかに力が上がっている。
一足飛びで集団の中に飛び込み、同時に先頭二匹の頭がぽんと跳ぶ。
「シャァッ!!」
化け物じみた気合を上げ、霞むような速さで次々に斬り殺していく百鬼丸。
おかしい。あいつは強かったが、こんなにもバケモノ染みてはいなかった。
……なるほどこれが『魂鋼』。妖刀の力というわけか。
と。俺が一人戦慄しているとだ、何と前から後ろから小鬼の増援が来た。
前からざっと10、後ろも10。
「うぉおい百鬼丸ー、おかわりだぞー。後ろは殺るから前は任せるぜ」
「シャァアアア!!」
うぉ、眼が真っ赤になってギラギラ光ってら。しかもなんか黒い霞?オーラを纏ってる。
んー、大分変ったなアイツ。取り憑かれて正体失わねえだろうな?
っと、後ろから来てるんだった。前は任せて大丈夫そうだし、『螽』は後ろに廻すか。
あそれ傀々意の傀意と。
『螽』を這うように四つ足で走らせ、俺の後方へ。
「ほれ使え」
そこへぽいと投げた蛇腹剣、それをキリギリスがしっかりと握る(握らせてるのは俺だが)。
「さて御立会い」
傀っと引いて儡々っと動かす。
俺の指に連動し、キリギリスは蛇腹剣担いで跳ね上がり、小鬼どものど真ん中に着地した。
驚きはすれど単純バカで凶暴なやつらだ、四方から囲んで叩こうとしてるな。
へへへ、計画通り。
「『しなだれ大蛇]』、好きに喰らえや」
傀傀傀の傀っ。
キリギリスの上半身が、一度反動を付けて独楽のように回転し始める。
ぐるんぐるんぐるんのすぴんすぴんすぴん、そして同時に蛇腹剣が獲物に襲いかかった。
伸びたり縮んだり曲がったり、自在に変形しながら小鬼どもを斬り殺している。
自ら命を喰らいに往く、そんな妖刀だからこそ可能な技だ。
「へへへ、仕掛けは上々細工は隆々。あとの結果はご覧の通りってな」
「お、おい。あんなに回転してお前は巻き込まれないのか?」
前の方を片付けたのか、正気を取り戻した百鬼丸がそんな声をかけてきた。
「決まってんだろ」
はい、油断したら糸もろとも巻き込まれます。
でもそれをこなしてこその一流芸、つまり俺だ!どやぁ!
もちろん、そんなアピールをしてはいけない。涼しい顔を保つのだ俺。
「なんだその顔は。無性に腹が立つ」
あ、これ出来てねえわ。
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「ようし退場だ『螽』」
小鬼を片付けた後、人形を戻すべく、印を結んで腕を引く。
途端、『螽』がカラクリを逆転させ、元の木箱状態へ。
それを背中の背負子に戻して、と。
ちなみに、結んだ印自体に意味は特にない。それがからくりを動かす鍵になってるってだけだ。
ちゃんと印を結んで手順通りに引かなかったら……まぁ、お陀仏だわな。へへへ!
「……であのに………もないのに…」
ん?
妙なつぶやきが気になって振り返ると、百鬼丸が……何か睨みつけるように俺の木箱と上の木の枝、指先や糸をじっと見ていた。
「何か言ったか?」
「……いや、いい。何でもない気にするな」
そうかい?
百鬼丸「あの人形はどうやって立ってたんだ?つりさげてもないのに…」
それ気にしたら負けやで。