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ひきこもりろんり

作者: てこ/ひかり

「ここもダメか…」


 ようやくたどり着いた隣町も、先ほどの町と同じように破壊の限りを尽くされていた。これで、この地域も全滅だ。もしかして、もう希望は残されていないのだろうか。水も食べ物も、とっくに残されていない。明日を生き抜く力も理由も、日に日に失っていった。天を仰ぐと、夜空に浮かぶ赤い満月が、一人ぼっちになった俺を見下ろし妖しげに笑っていた。




 世界が「こう」なる数日前。暗闇の中で息を潜め、俺は首を傾げていた。おかしい。何かが変だ。さっきからいくら床を足で叩いても、母親が食事を持ってこない。そういえば酔っ払った親父の呻き声も聞こえてこないし、妹が隣の部屋から壁を殴ってくることもない。

 「……」

 …もしかして、俺を置いて家から逃げ出しやがったのだろうか?それとも、供給源を断てば俺が諦めて部屋から出てくるとでも思っているのだろうか?


 俺は思わず唇を歪め、笑ってしまった。久しぶりに笑ったものだから、口の端が裂けてしまった。そんなことで、10年引きこもった俺を動かすことなどできるものか。「こんな日」もいつか来るだろうと、食糧は常にカップ麺やグミなど一週間分は確保している。


 数年前電気が止められた時だって、俺はこの部屋に止まった。それ以来、俺の世界には真っ暗だ。今ではパソコンも携帯も、時計すら動いていない。たまに雨戸の隙間から入り込んでくる太陽の光が、俺に朝と夜を教えてくれた。真夏には部屋の中は蒸し風呂のようになり、真冬には冷凍庫の中みたいに息も白くなるが、それでも俺は部屋を出なかった。たとえ世界が終わっても、俺はこの部屋で引きこもり続けてみせる。そう思っていた。


 …そんな、何度も何度も「解放」の危機を逃れてきた俺が、今回ばかりは「何かがおかしい」と異変を感じ取っていた。散々迷ったが、『トイレだけはセーフ』という自分ルールを適用し、とにかくドアを開けてみることにした…。





「何だ…これ…」


 見慣れた廊下も天井も、すっかり青空の下に晒され、木材はとっくに風化して朽ちてしまっている。俺が引きこもっている間に、一体世界に何があったのだろう。核戦争か、巨大地震でもあったのだろうか?緊張が一気に高まり、背中にどっと嫌な汗が滲み出した。10年ぶりに見た世界は、今や荒れ果てた破滅の地へと変貌している。おそらくもう、この付近に人間は住んでいないだろう。瓦礫の間から顔を覗かせる真っ二つに割れた大理石の表札が、俺にそう告げていた。


 …とにかくもう、ここに居るわけにはいかない。近所の公園か体育館か、どこかで人々が避難しているかもしれない。溜め込んだ食糧や水を引っ張り出して、俺は急いで家だったモノを飛び出した。





「……それが、もう20年以上も前の話だ」

「なるほど、お主はそれで何十年もこの荒れ果てた星で暮らしてきたということか」


 突然目の前に現れた白髪の老人の質問に、俺は嗄れ声で答えた。

 引きこもっていた部屋を飛び出してから20年間、俺はひたすらこの星を歩き回った。どこまで行っても、何をしても、誰もいなかった。助けも来なかった。

 もう歩く力も底を着いて、ひび割れたコンクリートの上で何とか食べられそうな野草を探していると、この老人が現れた。最初は、幻覚か何かを見ているのかと思った。ぼんやりと滲む視界の向こうで、頭に輪っかをつけた老人がじっと俺を見つめていた。


「アンタは…神様か何かなのか?」

「ふむ…何と呼ばれてるのかは実はよく知らん。ワシはワシじゃ。お前さんを迎えに来た」

「迎え…」

「そうじゃ。本当なら20年前のあの時、人類は全員ワシらの世界に迎え入れる予定だったのじゃ。まさかあんな暗い部屋に人間が潜んでおるとは…」


 老人が申し訳なさそうに頭を掻いた。


「さあ、行くぞい。もうここには何もない。この世界は終わりじゃ。お前さんも、十分わかったじゃろう?」

「フン…」


 手を差し出す老人に、俺は薄ら笑いを浮かべた。久しぶりに笑ったものだから、口の端が裂けてしまった。そんなことで、星を出ない歴=年齢の俺を動かすことなどできるものか。もうここには何もない?そんなことはとっくにあの部屋の中で経験している。世界が終わった?そのずっと前から、俺は人として終わっているのだ。


「爺さん、ナメるなよ…俺は引きこもりだ。あの部屋を出たのだって、『寝床を変えるのはセーフ』だっただけだ。たとえ神様に諭されようが、俺は最後までこの星に引きこもってみせるぜ…」

「何とまあ、見上げた精神力じゃ。間違った使い方じゃが…」


 根拠不明の不敵な笑みを浮かべる俺に、老人は呆れた表情を浮かべ何処かへ消えてしまった。

「追い出せるもんなら、出してみろよ」



 今に見てろよ。明日にこそ、生き残った人を見つけ出す。そしてそいつに生活維持の何もかもを放り投げて、シェルターにでも引きこもってみせるからな。誰もいなくなった赤い月に向かって、俺は野草に齧りつき、泥水を啜りながら高らかにそう吠えて見せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっととぼけた神様(?)が、アジがあっていい。 [一言] 今なら、全人類、地球に引きこもり ともいえますね^^)
[一言]  面白かったです。  こういった「ねじれた気骨」を持つ人間を描くのも、小説の醍醐味ですね。  >>久しぶりに笑ったものだから、口の端が裂けてしまった。  今回はこの一文が、センスがあって…
[一言] >たとえ神様に諭されようが、俺は最後までこの星に引きこもってみせるぜ… もう、それは引きこもりと言わないような気がします。
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