Channel MAID MIX 3. b-1/y-1
冬の雨の日に、僕が拾ってきたのは、濡れた毛皮を纏いぶるぶる震えている小さ な女の子だった。
「こわかったよ」
部屋に連れ帰り、一番新しそうな柔らかなバスタオルを選って冷えた体をくるみ、 そして、白い蛇腹形のオイルヒーターの前の特等席にクッションを置いて座らせ ると、彼女はそうひとことだけ言って、安心したようにことりと目を閉じた。
まぶたの先にある長いまつげは、雨を含んでいるようにしっとりと、甘い弧を描 いている。
「さとるちゃ・・・」
彼女の唇から小さな小さな寝言が漏れて、部屋の空気に溶けて消えていった。そ れを聞いて初めて僕は、まつげを濡らしていたのは涙なのかもしれないと思った。
乾き始めたさらさらのおかっぱ頭が少し横に揺れて、白いおでこがのぞくと、彼 女はさっきよりもさらに幼く見えた。生気がなかった頬にだんだんと血色が戻り、 彼女がたてるかすかな寝息が僕の眠りを誘い、ふたりしかいない部屋の中は時間 だけがそっと足音を立てぬようにじんわりと、遠い朝に向かって緩く移動してい た。
翌朝、僕が目を覚ますと、バスタオルに包って丸くなっていたのは僕の方で、彼 女は僕の横にぺたんと座り黒い瞳をくりくりとさせながらじっと僕の顔を見つめ ていた。
「おはよう」
「おはよう」
返ってきた彼女の声は少しかすれていて、古いドレスの衣擦れの音を想像させた。
「コーヒー飲む?」
僕は体を起こして、とりあえずそう言った。
両手を伸ばしたら簡単に抱き締めることが出来そうなすぐそばで僕を見ている彼 女に、いったい何を話せばいいのかわからなかったから。
「何かお礼をしたいけど・・・、わたしは何も持ってない」
いきなり彼女はうつむいて、白い手をきゅっと握り締めて泣きそうな声で言った。
「してあげられることなら何でも・・・」
何回聞いても彼女の声は、裾を長く引いた絹のドレスの音に聞こえる。
か細く艶のある音をたっぷりとしたドレープの間から、まるで楽器でも奏でるみ たいに生じさせながら、彼女は僕の心のフロアを静かに歩いている。
「きみの名前は?」
僕の問いかけに彼女は悲しそうに首を横に振った。
「何も持っていないんです」
ドレスなんか着ていない、質素な無地のワンピースの彼女は、つらそうに膝の上 の自分の拳を見つめている。
「じゃあ・・・」
そっと顔を上げた彼女の瞳に、僕は正直に願いを伝えた。
「僕に、君の名前を付けさせてくれないか」
びっくりしたように見開いた目に、暖かい色が燈った。
きみの名前はユキ。
僕がそう呼んだから、きみはユキ。
ユキは今日も僕の部屋の、四角い空が見える小さな出窓の側で、白い毛皮をきら きらさせながら、午後の眠りを楽しんでいる。