ヒボク村と旅の準備
力を貸そう―――――その突然の提案に驚いたものの、俺は女騎士の手を握った。女性とは思えないほどの力で握り返してくる。少し痛いくらいだ。
「契約は成立だな。その男の治療が済み次第ヒボク村へ出発する」
「あ、あ、りがてえ……。まさかシーザリオさんに手伝ってもらえるとは……。シーザリオさんなら楽勝ですよ……!」
ヒボク村の男は興奮している。ギルド内の空気の変わり方といい、このシーザリオという女騎士は間違いなくただ者ではない。
「少年、君の名前を教えて欲しい」
じっと目を見てくる。俺が信頼に足る人物かを見極めているような目だ。黄昏のような黄色と澄み渡る空のような青色のオッドアイ。力強さと妖艶さを感じる体付き。何より驚くのが、近くで見ると想像以上に若いことだ。20歳前半くらいだろうか。人気がある理由が強さだけではない事が良く分かる。つまり、美人だし露出も多い。
「スキル・ファルデ。スキルと呼んで下さい」
「よろしくな、スキル」
そう言うとニッコリと微笑んだ。悪い人ではなさそうだ。
「私は君の連れとお話をしながら待つとしよう。治療を終えたら声をかけてくれ。―――――さあ、行こうか」
「はひっ!」
リリーは突然呼ばれたため驚いたようだ。どうしていいか分からずオロオロしている。俺は行って来いとという仕草をした。その仕草に気付いたリリーは、小さく頭を下げると、シーザリオさんの後について行った。どうやら仕草の意図が通じたようだ。俺も治療に専念しよう。
しかし、このヒボク村の男……、この笑顔は明らかにエロい事を想像している顔だ。間近でシーザリオさんを見れてそんなに嬉しいのか、とても幸せそうな顔をしてやがる。俺のヒールよりもよっぽど治癒効果があったようだ。
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治療を終えると、ヒボク村の男は更に詳しい事情を話してくれた。
「俺と相方は牧場の見張りの仕事をしていた。そしたら突然、二体のオークが襲ってきたんだ。今までに村がオークに襲われた事なんてなかった。完全に不意をつかれた。クソっ!」
「襲ってきた理由とかは分からないのか?オーク自体は凶暴だが、意味もなく人間の村を襲うことはないはずだ」
シーザリオさんが不思議そうに聞く。正直なところ、俺にはこの辺りの事情が分からない。オークの存在自体、奴隷時代にぼんやりと聞いた事があるくらいだ。もちろん見たこともない。
「すいません、シーザリオさん。実はオークの事をあまり知らないんです。教えてもらえると助かります」
「ん?ああ……難しいな。頭が良くない緑色の奴だよ。あっはっは」
シーザリオさんが困った顔をしている。なんだろう?何か言えない事でもあるのだろうか。
「お姉様、私が後で説明します」
そう言ったのはリリーだった。しかしお姉様って……。俺の知らない間にどういう会話が繰り広げられてこういう呼び名になったんだ。
「お、おお!おお!頼むぞリリー!言葉にするのは難しいんだよなぁ、うん」
もしかしてシーザリオさん、ただ単に説明するのが苦手なのでは……。
「ごほん……ならばスキルとリリーは先に宿に戻り旅の支度を整えるがいい。準備が出来次第ここに戻って来い。すぐに出発する。その間、この男の話は私が聞いておく」
「わかりました、お姉様」
「……よろしくお願いします」
「そう固くなるな。たかがオークだ。私の力があれば負ける事はない。こいつらが弱かっただけだ」
「シーザリオさん……ひでえっす……」
「嘘は言ってない。そういう訳だ、ヒボクの男。相方もきっと生きている。さっさと倒して連れて帰ってくるさ」
男の顔がパッと明るくなった。こういうかっこいい事をサラッと言ってしまうのか。俺なんて、オークとの戦いに不安しかないのに。これが経験の差か。剣術と戦術、学べる所は学んでいこう。ランクSの騎士と旅なんて普通では出来ない。俺も強くなる必要がある。
こう考えるシーザリオさんではなく『シーザリオ先生』だな。色っぽい女教師か、悪くない。俄然やる気が出てきた。
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旅の支度をするために俺とリリーは宿に戻った。ヒボク村までは二、三時間という事なので大掛かりな旅の支度ではない。ギルドに寄る前に購入した食料と装備品の吟味が主だった。
「私のせいでオークと戦う事になってしまってすいません……私は……戦えもしないのに……」
ギルドにいる時は全くそのような素振りは見せなかったのだが、実際はかなり気にしていたようだ。リリーが、困っている人がいると放ってはおけない性格なのはよく知っている。
「気にしてないさ。旅をする上でモンスターと戦うのは避けられないからな。最高の仲間も手に入れて、逆に大成功だ」
リリーの頭を撫でて慰めようと思ったが、さすがに王女様にそれは失礼かなと思い踏みとどまった。
「本当ですか!でしたら頑張りましょう!オークを野放しには出来ません」
パッと表情が明るくなった。
「オークの攻撃方法は分からないが、戦闘ではしっかりフォローをして下さい。アイテム、一杯買ったから。『魔力爆弾』の使い方は分かりますよね?」
「導線に魔力をこめるんですよね。が、がんばります!」
市場で購入した四元素の爆弾は『魔力爆弾』という名前だ。導線に魔力を与えると属性攻撃が出来る。野球ボールくらいの大きさなので投げやすく、威力もそこそこある。魔法使いの商人が試しに使って見せてくれた。モンスターを倒すまでではないが、足止めには十分な威力だった。
「そうだ、オークの弱点は知ってるか?」
「属性的な弱点はないはずです。悪い心を持つエルフが姿を変えたものがオークなんですけど、力が強くなって頭が悪くなってしまった事以外はエルフと変わりません。あ、外見はもちろん変わってますよ。緑色で、あんまり可愛くないです」
可愛くない―――――という情報に意味があるのか分からないが、緑色で醜い姿というのは、俺のイメージとあまりズレていない。
とりあえず、全ての属性の爆弾を二つずつ持っていくことにした。全部で8個になる。
「準備も出来たしギルドに戻るか」
「はいっ!」
ふと、自分の中で一つの考えが生まれた。
「いや、待て、ちょっと気合を入れよう。『いくぞー』って言ったら『おー』って大声で答えながら腕を突き上げるんだ」
「なんですかそれは?」
リリーが首をかしげた。それはそうだ、この世界にこんな掛け声はない。俺自身が、どうしても気合を入れたくなったからだ。自分でも何故かは分からない。もしかしたら不安なのかもしれない。
「この旅がうまくいきますように、っていうオマジナイだな」
「だったらやりましょう!挙げる腕は右ですかね、左ですかね」
「好きな方で良いよ。じゃあ…………『いくぞー!!!!!』
「「おー」」
思った以上に「おー」という声が小さく、思わず二人で笑ってしまった。よく見れば、リリーはなぜか両手を挙げている。
「ふふふっ、だめじゃないですか、スキル。大声を出さないとオマジナイにならないですよ」
「いや、リリーの声が小さすぎるのが悪い。あと、なぜ両手を挙げた」
そうしてまた二人して笑った。少し、気持ちが軽くなった。
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