ギルドと女騎士
手枷と足枷がない睡眠がこんなに気持ち良いものだとは思わなかった。いつもは感じる節々の痛みが全くない。リリーはまだベットの上で気持ちよく寝ている。もちろん俺はその下で寝ていた。
宿で台所を借り野草のスープを作る。道中で摘んだものだ。食べられる食材を教えてくれたフールには感謝しかない。元気でやっているだろうか。
部屋に戻ると、まだまだ眠そうな顔をしてベットの上に座るリリーがいた。朝食を持って来た事に気づくと、ピシッと背筋を正し、テーブルの片付けを始めた。
今日の朝食はパンと野草のスープ、そして薄くスライスした干し肉だ。リリーは「美味しいです」と喜んで食べた。
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馬二頭を引き連れ、対岸の街『ウォータ』に向かう船を探した。早朝であるため、多くの船が港に停まっていた。まだ手持ちの金貨は多いため、交渉はすんなりいった。少し大きめの穀物船で、他にも同じような同乗者が数名いた。明らかに冒険者のような装備をしているものや鎧を携えた女性がいた。間違いなく女騎士だ。あれが有名な女騎士かとちょっと感動してしまう。「くっ殺せ!」言って欲しい。
船賃の交渉の際『ローファン家の第一王女』という肩書きを利用させてもらおうかと思っていたのだが「それはだめです。今の私はただの旅人です」と一蹴されてしまった。まあ、素性を明かして野盗だの変な犯罪ギルドだのに目を付けられるのも困るので、その案には素直に同意した。
疲れが抜けていないのか、ウォータに着くまでの間、リリーはずっと眠っていた。俺はそれをぼんやりと眺めていた。
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昼近くにウォータに到着した。すぐに宿を探す。今回は長期滞在が可能な宿を探した。しばらくこの街を起点にお金を稼ぐ事にしたからだ。このまま北上いてもいいのだが、今の能力ではすぐに旅が詰んでしまう事は明らかだった。「そうですね……わかりました……」とリリーは了解したものの、明らかに悔しさを押し殺していた。一番安い宿ではなく、中くらいのランクの宿に決めた。お金の問題はあるが、リリーにみすぼらしい思いをさせたくないという気持ちからだった。
リリーの要望で、ギルドに向かう前に中心街で買い物をする事になった。俺も、魔力のアイテムを色々と買い揃えたかったので、ちょうど良い機会だった。リリーには、しばらく後方でアイテム支援をしてもらうつもりだったからだ。モンスターを退ける聖水や、四元素(火、風、土、水)の爆弾などを購入した。
また、リリーために『皮の盾』と攻撃を受けると簡単な防御魔法が展開する『星のイヤリング』を買った。当の本人は防御力を無視したドレスをみて興奮している事が多かったが、『星のイヤリング』だけは気に入ったようで「ありがとう!大事にしますね!」と言い、しばらく鏡の前でイヤリングを付けた自分の姿を見つめていた。
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冒険者ギルドは街の中心街から少し奥に入ったところにある。ローファン国以外の国にもネットワークを持っており、一度登録するればどこの国に行っても仕事がもらえるという冒険者には欠かせない組織だ。
重い木の扉を開けると、空気が一変した。
一回りも大きい筋肉隆々の男や、いかにも怪しげなローブを来た性別不明な人間。武器も多種多様で、巨大な両手剣から扱いやすい片手剣、アックスや槍、弓矢などなど。修羅場をくぐり抜けてきました感をヒシヒシと感じる。
どうもこちらに気付いたようで、歩くたびに目線が増えていく。考えて見れば、明らかに子供と分かる男女が入って来るような場所ではない。
「なんか……恐いですね……」
リリーが腕にしがみついてきた。
「ああ……」
正直、俺も恐い。こんな殺気立った人間達の真ん中に飛び込んだことなど一度もない。周りが全て『かぼちゃ』だと思うことにした。前世でよくやっていた方法だ。なんというか、どうでもいい知識しかこの世界で使ってない気がする。
受付カウンターまで来ると、メイド服を来た綺麗な女性が声をかけてきた。
「あら、かわいいお二人さんね。何か御用かしら?」
「ギルドへの登録を行いたいのですが」
「若いのに大変ね。じゃあ、この用紙に記入してね」
「分かりました」
受付のお姉さんに言われるまま用紙に記入をする。
名前 【スキル・ファルデ】
性別 【男】
年齢 【14】
職業 【剣士】
魔法 【ヒール】
名前 【リリー・ローファン】
性別 【女】
年齢 【14】
職業 【魔法使い】
魔法 【ファイアーボール】
【ヒール】
「じゃあ、これでお願いします」
「うん。ありがと。あれ、男の子の方はヒール使えるのに治癒士じゃないの?」
「ちょっと事情があって、最近剣士になりました。それに、今後彼女を守っていかなくてはいけないので、剣士の方が都合が良いんです」
「なるほどね。最初はGランクスタートだし、たいした仕事はないかもしれないけれど、しっかり達成していけば、ランクが上がっていい仕事が出来るようになるからね。ちなみに掲示板はそこ―――――そして―――――これがギルドの証である指輪。今は安っぽい鉄の指輪だけど、ランクが上がれば良い物になるよ。それじゃ、がんばってねー」
なんとも軽い感じのお姉さんだ。お礼を言い掲示板に向かう。
『牧場の見回り』『スライム狩り』『洞窟内でのキノコ狩り』『商人の護衛』などなど。Gランクらしく賃金も安く、危険度も低い仕事が並ぶ。修行も兼ねたいのでスライム狩りが無難で良いかな。
そう思った瞬間だった。
突然扉が開け放たれ、血まみれの男が入ってきた。
『どうした!何があった!』ギルド内が騒然とする。タイミングよく近くにいた俺は急いで駆け寄って肩をかした。
「どうした!?何があった!?」
「なんだガキかよ……」
「ガキで悪いか。今ヒールを使ってやる」
「……そうか。すまない」
俺はすぐさま男を寝かせヒールを使った。ただ、直接魔力は当てない。時間はかかるが、この男に痛みがないようするためだ。
「何があった。教えてくれ」
「ヒボク村が……オークに襲われた……。一緒に護衛していた相方は、多分やられた……。俺は、オークを村から引き離すだけで精一杯だった……。きっとまた襲って来る……。故郷を、守りたい……誰か……力をかして欲しい……がはっ!」
「もういいしゃべるな。もう少しで治る」
魔力を強めにした途端、やはり痛みが走ったようだ。すまない、少しだけ辛抱してくれ。
その時だった。近くで見ていたリリーが男の手を握った。そして、
「私たちがオークを倒します!倒してみせます!だからあなたは安心していい!」
と力強い声で言った。リリーのその言葉は、始めは、傷ついた男を慰めるものだと思っていた。だが、リリーの目を見ると、それはすぐに違うと分かった。彼女は、本当にオークを倒すつもりだった。
「面白い女の子だ、私が力を貸そう」
それは女性の声だった。しかし、類を見ないほど力強く、それでいて可憐な声。
ギルド内の全ての人間が、その言葉を発した主を見た。
屈強な男たちが道を開けていく。場は静寂に包まれている。まるでモーゼの海割りのようだと思った。
女性は悠然と歩み寄ってくる。明らかに普通の冒険者と違う。
「お前もいいヒールを持っているな。私は『シーザリオ』という。Sランクの騎士だ。よろしく頼む」
オッドアイを持った、赤茶色髪の女騎士が握手を求めてきた。
いつもありがとうございます。そしてブクマしていただきありがとうございます。
※フレイムボール→ファイアーボールに修正してます。